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私が私を喜ばす

昨日は職場で、思っている事をぶちまけた。


仕事をしていての違和感とか。


共感してくれる人もいて、私はいい気になっていた。


私は本当に違和感を解決したかったのだろうか?


ただ、誰かに共感してもらいたくて、みんなが感じているであろう違和感を言っただけで、解決する事が目的であったのか考えてしまった。



その違和感の解決策は別の方法もあったはずだから。


私は私に共感して欲しくて、思っている事をぶちまけてしまっただけ。


私をわかって欲しい。

私を認めて欲しい。



そんな下心が隠れていた。


なんか子供じみている。


だけど、私をわかって欲しい、認めて欲しいと悲しんでいた私のこともわかってあげよう。


悲しかったんだね。

我慢してたんだね。


わかるよー。


だけどね、みんな私のことをわかってくれてるし認めてくれてるよ。


だから大丈夫。



そもそも、私は、

他人の事をわかってあげている? 


他人の事を認めている?


もし、出来ていないなら、私の事をわかってもらえたり、認めてもらえるわけがない。


それは、昨日、記事に書いている。


こんな子供じみた手を使うのではなくて、私がして欲しい事があったら、私が先に他人にする。


そして、なによりも私が私を大切に扱って私を満たす。


私が私を喜ばせるのが先。


私を喜び満たされたら、他人を喜ばせる。


この順番だよね。



これからは、私の事も他人の事も、喜ばす達人になる。


今日はどんな喜ばせる事をしようかな?


本日の潜在意識の書き換え記事はこちら。

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