目の前の出来事は、私の心を映し出す鏡だった
昨日の夜、娘がイラついて自分の部屋の壁をドンドン叩いていた。
今朝もイライラが続いているのか、仕事に関するイライラを話してきた。
仕事に関することは、ちょっと厳しい意見なんじゃないかと思って、もう少し柔らかい考え方でも良いんじゃないかとアドバイスした。
アドバイスを求めてきても、娘は結局のところ自分の意見を通すんだけどね。
私の仕事場でも、小6の女子からお母さんとの関係について相談された。(私は学童保育で支援員をしています)
話の内容は、
お母さんは厳しくて怖い
自分の自由な時間がない
みたいなことだった。
反抗期の気持ちもあるんじゃないかと思いながら、自分のやっていることを、もっと認めて褒めて欲しいんじゃないかなぁと思った。
彼女のお母さんは、とても自分に厳しい方なので、娘さんのためを思って厳しくしているのもわかる。
だから、
「お母さんに、学童でも良く頑張ってるって、褒めておくからね」
と、私は彼女に伝えた。
彼女は納得していなかったようなので、「また、ゆっくり話そうね」という言葉も添えた。
この2つの話は、全部私の気持ちを代弁しているんじゃないかと思った。
そして、アドバイスしている言葉は、私に対するアドバイスだった。
自分では気がついていないけれど、イラついている何かが私の中にある。
物事を厳しく難しく考えすぎて、自分を苦しめている。
誰かに対して、批判的に反抗している。
褒めて欲しい、認めて欲しいという気持ちがある。
現実は、恐ろしいほどに自分の気持ちを見せつけてくれる。
まだまだ、この中にも、この他の出来事の中にも、自分では見たくない気がつかない私の心が映し出されているのだ。
だからこそ、常に目の前で起きていることを色眼鏡をかけずに冷静に見ることが大切だ。
気づいたら、それを否定したり責めたりしないで、まずは優しく自分を癒してあげる。
イライラしてたんだねー。
厳しく難しく考えすぎて辛かったねー。
反抗したくなる気持ちわかるよー。
褒めて認めて欲しかったんだね。
わかるよー。
こうやって自分を癒すだけで、心とお腹のあたりが温かくなって安心するし、褒めてもらったり認めてもらえなくても、私が私をわかってくれるから、そんなのどうでも良くなってくる。
それに、イライラするのも疲れるから、笑顔でいたいし、厳しく難しくするのも面倒だから、何事もシンプルでいいし、抵抗せずに、流れに任せればいいって思えてくる。
なんか笑えてくる。
これでいいのだ。
今回は温かく安心感が出てきたけれど、そういう気持ちになれず、悶々とすることもある。
そんな時は、そのまま放置すればいい。
答えを探さなくてもいい。
勝手に解決するから大丈夫。
だって、起きていることは完璧だから。
今日も楽しく幸せです。
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