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【二十四節気/処暑】暑さが、退いていく。処暑の色と、秋草が持つ日本の美意識について

二十四節気 ―処暑(しょしょ)― 2026年8月23日(日)〜9月6日頃

「処暑」——暑さが止まる、おさまる、という意味です。

ようやく、夏が退き始めます。

とはいえ、まだ残暑は続きます。日中の気温は高く、夕立も来る。でも、朝と夕方の空気に、確かに変化が生まれています。

風が少し軽くなった。
空の青がひとつ澄んだ。
夕暮れが少しだけ早くなった——
そういう変化を、この季節に感じ取る感性が、処暑という言葉の背景にあります。

処暑は「暑さが止む、おさまるという意味」を持ちます。また、この頃からは「野分(のわき)」と呼ばれる強い風も吹き始め、秋の台風の季節の入り口でもあります。

荒れた翌朝の風景に「をかし」と感じた清少納言の感性——その枕草子の一節は、処暑という季節の情緒をよく伝えています。


秋草の色——退いていくことの美しさ

処暑の頃の野原に目を向けると、秋の草花が次々と姿を見せ始めます。

女郎花(おみなえし)、桔梗、藤袴——これらの色は、夏の鮮烈な色とは異なる、落ち着いた美しさを持っています。

女郎花色(おみなえしいろ)

女郎花色(おみなえしいろ)は、女郎花の花のような、やや緑がかった淡い黄色。

秋の七草のひとつである女郎花は、細い茎の先に小さな黄色い花を咲かせます。その色は、夏の菜の花色や山吹色と比べて落ち着いており、どこか「さっぱりとした黄色」という印象です。暑さが退いた後の、清潔な明るさを持つ色です。

桔梗色(ききょういろ)

桔梗色(ききょういろ)は、桔梗の花の青みのある紫。

夏の藤色よりも深く、秋の萩色よりも青みが強い——処暑の頃の空の色が地上に降りてきたような、清潔で深い紫です。

桔梗は古来から「秋の七草」の筆頭格として愛されてきた花で、その気品ある紫は、夏が終わり秋が訪れる頃の空気感そのものを映しています。

藤袴色(ふじばかまいろ)

藤袴色(ふじばかまいろ)は、藤袴の花の、ごく淡い紫がかったピンク。

秋の七草の中でも特に繊細な印象を持つこの花の色は、処暑の「暑さが退いていく」という感覚のやわらかさを体現しています。強さではなく、しなやかさで季節に応える——そんな美しさです。


「退く」という動詞と、色の感覚

処暑という節気には、「退く」という動きがあります。

夏の色が退いて、秋の色が入ってくる。その「入れ替わりの時間」にこそ、この季節の独自の色彩があります。

青朽葉(あおくちは)

青朽葉(あおくちは)は、まだ青みが残りながらも枯れかけた葉の色——黄みがかった緑。

紅葉する前の葉が最初に変化する頃の色で、完全に枯れてもなく、完全に青くもない中途の状態の色です。

日本の色彩感覚には、こうした「途中の状態」に名前をつける習慣があります。

青くも黄色くもない青朽葉、萌黄でも深緑でもない若葉色——移行の瞬間を切り取ることが、日本の色の豊かさの理由のひとつです。処暑という節気そのものが、この「途中」を大切にする感性から生まれた言葉です。

細タペ「ナンキンハゼ」
細タペ「冬支度」
タペストリー「紅葉の宴」
のれん「紅葉の宴」


雨の名前が変わる

夏の雨と秋の雨には、それぞれ違う名前があります。

夏の夕立は激しく、短く、晴れ上がった後は熱が戻ってくる。

ところが処暑の頃から、雨の質が変わり始めます。しとしとと降り続く「秋霖(しゅうりん)」——秋の長雨です。その違いは色にも現れています。

夏の雨が照柿や緋色を生んだとすれば、秋の雨は全体の彩度を少し下げ、薄鈍(うすにび)のような、くすんだ灰みを帯びた色調を景色に加えます。

薄鈍は薄い鈍色——喪の色とされた鈍色を薄めた色で、秋の長雨のしっとりとした情緒に近い色です。

処暑の頃に降る雨には様々な名前があり、秋の長雨を「秋霖(しゅうりん)」と呼びます。雨の名前が変わることで、同じ「雨」でも季節の違いが感じられる——色の名前と同じように、日本語は「変化の途中」を繊細に捉えてきました。


虫の声という「色」

処暑の頃から、夜に虫の声が聞こえ始めます。

秋の虫の声には、色があるとすれば何色でしょうか。透明に近い、でも確かに存在する何か——そう問うと、日本の伝統色に答えがあるかもしれません。

空色(そらいろ)

空色(そらいろ)は、晴れた秋の空のような澄んだ青。夏の空色より少し深く、少し透き通った青——秋の夜に虫の声が響く空気の色に近い。

利休鼠(りきゅうねず)

そして利休鼠(りきゅうねず)は、灰みのある緑がかった色。夜露で濡れた草の上に虫が鳴く、その草の色に近い渋さがあります。

色は視覚のものですが、処暑という季節には、聴覚・嗅覚と色覚が交差します。虫の声を聞きながら色を想像すること——それが感性をひらくことの一つの形です。


処暑の頃の、京都洛柿庵の作品たち

暑さが退き始め、秋草の色が野原に広がる頃。京都洛柿庵(らくしあん)の作品の中で自然と目が向くのは、秋草をモチーフにした作品たちです。

タペストリー「てまり紫陽花」

タペストリー「てまり紫陽花」——夏の紫陽花の記憶を残しながら、処暑の頃に飾り続けると、その藍みがかった紫が秋の桔梗色に重なり、少しずつ季節の色を帯びていくように見えます。

koyomiフレーム 「うさぎの餅つき」

また、この時期に koyomiフレームや絵麻-ema-を秋のものへ差し替えることで、「ああ、夏が終わっていくんだ」という感覚が暮らしの中に生まれます。

窓の外の空気はまだ夏でも、部屋の中のしつらえが少し秋へと動いている——その小さなずれが、かえって処暑という季節の情緒を深めてくれます。


「おさまる」ということの、静けさ

豆タペ『桔梗』

処暑の「処(しょ)」という字は、「おさまる」「とどまる」という意味を持ちます。激しく燃えた夏の暑さが、静かにおさまっていく。

退くことは、負けることではありません。熟したものが自然に次の形へ変わっていくような、静かで必然的な変化——そこに処暑の美しさがあります。

暑さがおさまる頃、自然もひとつ深呼吸をするように静かになります。その静けさの中に、秋草の小さな花が咲く。その景色の色を知ることが、「感性がひらく」ということの、ひとつの形です。

▼京都洛柿庵 オンラインショップ・三条店にてお取り扱い中
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