「パパは歌わないで」と言う娘の強さに、自分の弱さを思い出した父
朝からずっと「保育園に早く行きたい」と言っていた長女。
保育園へ向かう車の中では、アンパンマンの歌を歌いたいと言う。一緒に歌おうと私も歌い始めると、「パパは歌わないで」と言われた。
歌いたいのは、パパと一緒に歌うことではなく、自分が歌うことだったらしい。
こういう小さなところにも、少しずつ「自分」が出てきている。
一方、次女はというと、自分の手の存在を完全に把握したようだ。
起きているときは、ほとんどと言っていいほど、自分の手を顔の前に上げて、グーにした手をじっと見ている。
乳児は生後数か月になると、偶然視界に入った自分の手を見つめるようになり、次第に手を意図的に動かしたり、目で追ったりするようになる。
これは、視覚から得た情報と、実際に手を動かした感覚が少しずつ結びついていく過程でもある。
「これは自分の身体で、自分が動かしている」
そんな身体感覚の土台が、こうした何気ない「自分の手を見る」という行動の中で育っていくらしい。
姉は「自分で歌いたい」と言い、妹は「自分の手」を発見している。
二人とも、少しずつ自分というものを作っているのだなと思う。
迎えに行くと、長女が保育園で作った紫陽花の花を見せてくれた。
花を水に溶かした溶液らしい。
保育園が楽しいようで、最近は昼寝をしない。
そのせいなのか、帰りの車に乗ると必ず寝てしまう。
そして最近は、車で寝てしまった娘を、そのまま抱き抱えて家まで運ぶのが恒例になっている。
これがまた重い。
重くなったね。
もちろん大変なのだけど、その「重い」が、なんだか嬉しい。
そんなことを考えながら、ふと娘たちには空手のような個人スポーツをさせてみたいなと思った。
護身術にもなるし、精神的な強さにもつながると思うからだ。
ただ、それだけではない。
自分自身が、これまでチームスポーツしか経験してこなかったことを思い出した。
チームスポーツには、もちろんたくさんの良さがある。
仲間と協力すること、役割を果たすこと、誰かのために動くこと。自分一人ではできないことを、チームで成し遂げる経験は、今振り返っても大きな財産だと思う。
でも、私は「一人で戦う」という経験が少なかった。
中学校の体育で柔道をやったときのことを、今でも覚えている。
組み合う瞬間、めちゃくちゃ緊張した。
相手と一対一で向き合い、自分の身体一つで勝負する。
逃げることも、誰かに任せることもできない。
あのとき感じた緊張こそが、「一対一の強さ」というものだったのかもしれない。
チームスポーツをしてきたことで、どこか自分も強くなったような気になっていた。でも、一人で戦うことに向き合った経験が少ないことを、実は自分の中で少し引け目に感じていたのだと思う。
それを人に悟られたくなくて、隠そうとしたこともあった。
だから、自分が経験できなかったことを、娘たちには経験してほしいと思っているのかもしれない。
もちろん、空手がすべてではない。
個人スポーツには個人スポーツの良さがあり、チームスポーツにはチームスポーツの良さがある。
最終的に何をするかは、娘たち自身が決めればいい。
親ができるのは、ただ、自分が知らなかった世界も含めて、いくつかの選択肢を見せてあげることくらいなのだと思う。
そして、いつか娘が一人で何かに向き合うとき。
そのときに、自分の足で立っていられる強さを持っていてくれたらいいなと思う。
