「感覚が変わる」と「動きが変わる」は、別の話。
これはスポーツの現場では、よくある話だ。
痛みは楽になった。
動きやすくなった気もする。
でも、
走るとまた違和感が出る。
施術後は歩ける。
けれど、
ジョグ。
ラン。
スプリント。
速度が上がるごとに、症状が戻ってくる。
逆に多少痛みが残っていても、
記録が伸びたり、
パフォーマンスが上がることもある。
身体とは、
そういうものだ。
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フォームローラーを使ったあと、
なんとなく楽になった気がした。
マッサージガンを当てたら、
少し動きやすくなった感じがした。
でも翌日のトレーニングで、
また同じ場所が張る。
またケアする。
また戻る。
そして、
またケアする。
このループにはまる人は少なくない。
これは意志が弱いからでもない。
継続が足りないからでもない。
そもそも、
問いに対する答えになっていない可能性がある。
感覚は変わった。
でも、
動きが変わっていない。
ただそれだけのことかもしれない。
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身体は「層」でできている
筋肉は単体で動いているわけではない。
筋肉があり、
その上を筋膜が覆い、
さらに別の組織が重なる。
身体は何層ものレイヤーでできている。
そして動作の中では、
それぞれの層が互いに滑り合いながら機能している。
問題が起きるのは、
この滑りが失われたときだ。
本来なら動くはずの組織が動かない。
滑るはずの層が滑らない。
すると身体は、
別の場所で代償を始める。
動きにくい。
力が伝わらない。
張りやすい。
痛みが出る。
そんな現象が起き始める。
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多くの場合、
組織が短くなったのではない。
弱くなったのでもない。
滑らなくなったのだ。
僕はそう考えている。
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静止状態と動作中では問いが違う
施術や筋膜リリースは有効だ。
感覚も変わる。
可動域も変わる。
実際に楽になる人も多い。
でも、
ここで見落とされがちな前提がある。
施術は、
静止状態の身体に働きかけている。
つまり、
静止状態の問いには答えられる。
しかし、
動作中の問いには、
まだ答えていない。
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歩く。
走る。
跳ぶ。
切り返す。
投げる。
登る。
そこには重力があり、
加速度があり、
荷重がある。
静止状態で楽になったことと、
負荷がかかった状態で
組織が適切に応答できることは、
まったく別の話だ。
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静止画では見えない癖も、動画にすると見つかる。
身体もそれと似ている。
止まった状態では問題がなくても、
動き始めた瞬間に、
本当の課題が現れることがある。
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「感覚が変わった」で終わらない
だから僕は、
「楽になりましたか?」
だけでは足りないと思っている。
本当に知りたいのは、
動いてみてどうですか?
走ってみてどうですか?
荷重をかけた時はどうですか?
以前と違う感覚で動けていますか?
ということだ。
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感覚の変化は、
入り口に過ぎない。
本当に大切なのは、
身体が動作の要求に応答できるようになったかどうか。
だと思う。
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施術はゴールではない。
準備だ。
ケアもゴールではない。
準備だ。
本番はいつも、
歩くこと。
走ること。
動くこと。
生きること。
その中にある。
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感覚が変わったことよりも、
動きが変わったかどうかを大切にしたい。
身体は、
動きの中でこそ本当の答えを教えてくれるのだから。
