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感受性が高い人ほど、人生は遅れる|❹


── 繊細さは才能じゃない。神経の使い方だ


※本記事は、年末年始に公開している連作のひとつです。

人の気持ちが、痛いほどわかりすぎる。
空気を読みすぎて、決められない。

感受性が高い人ほど、
人生はなぜか進まない。


それは、才能でも欠点でもない。

神経の取り扱い方を、間違え続けているだけだ。


この文章では、
その停滞が起きる構造をほどいていきます。


判断の前に、すでに疲れている


感受性が高い人は、
人生が進みにくい。

これは性格や努力の問題ではない。
神経の使い方の問題だ。

音質と音量。
空気の振動。
場に漂う、特有の間。

人の声色。
行き交う感情。
言葉になる前の違和感。

解像度が高い人は、
それらを無意識に拾ってしまう。

結果、
何かを判断する前に、
すでに 情報過多で疲弊している。

エンジンをかける前に、
アイドリングだけで
燃料をほぼ使い切っている状態だ。


繊細さを「磨く」という罠


感じすぎる人が陥る、
最大の誤解がある。

「もっと感じられるようになる必要がある」
「鈍感になってはいけない」

これは、逆だ。

感受性の高さは、
才能ではなく特性だ。

そして現代社会では、
その特性はほとんどの場合、
制御されていないオーバースペックとして
人生の足を引っ張る。

必要なのは、
磨くことではない。

制御することだ。


なぜ、動けなくなるのか


理由は単純だ。

感受性が高い人は、
選ぶ前に、すべてを並行して感じてしまう。

・相手がどう思うか
・空気がどう変わるか
・先に起きうるネガティブな可能性

それらを一気に、
しかも同じ重さで受け取ってしまう。

結果、
神経は常に 過活動状態 に陥る。

過活動の神経では、
良い決断はできない。

決断とは、
情報を捨てる行為だからだ。




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「選ぶこと」が制限されがちな子どもたちに、
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スピリチュアルという名の依存


感受性が高い人ほど、
スピリチュアルに惹かれやすい。

理由は明確だ。
• 生きづらさに「意味」がつく
• 繊細な自分が肯定される
• 所属できる言語と共同体が手に入る

だが多くの場合、
それは 神経をさらに刺激する。

感度は上がるが、
安定はしない。

結果として、
人生の歩みはさらに遅くなる。


才能が使える瞬間

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