オーガニックでも体を壊す?
食は、生命の“声”を聴く行為
──健康食品に潜む思わぬ落とし穴
人を良くすると書いて「食」。
その言葉のとおり、食は命をつなぐ行為であり、
私たちの意識そのものをつくるものだと思う。
「オーガニック」や「無添加」
という言葉を見かけると、
つい、体によさそうだと安心してしまう。
けれど、
その言葉の中身を静かに見つめてみると、
“ほんとうのやさしさ”とは、
もう少し違うところにある気がする。
日本で「オーガニック」と名乗るには、
有機JASの認証が必要になる。
けれど、その取得には物理的条件だけでなく、
お金(費用)も時間もかかる。
これは小さな農家ほど負担が大きく、
だからこそ“認証がないけれど、
心はオーガニック”な人たちが実はたくさんいる。
さらに、日本の土地は狭い。
だから、隣の畑の農薬が風に乗って、
川上から川下へ水に乗って、混ざることもある
可能性は否定できない。
上流から下流へと流れる水のように、
土の境界も曖昧だ。
完全な“無農薬栽培”を守るハードルは高く、
理想よりもずっと難しいそうだ。
だからこそ、ラベルよりも
「人の意志」や「つくる姿勢」「生産者の人がら」を感じること。
それが、自分にとってのオーガニックを見抜く感覚かもしれない。
そして、その人たちの心意気や取り組みに感謝し、
「いいね」を送る行為こそが、
購買という応援の形なんだと思う。
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土は、生きている。
鉱物、有機物、水、空気──
すべてが調和し、微生物が呼吸している。
そこから命の循環が始まっている。
野菜はその土の水分を吸い、ミネラルを蓄える。
そして私たちは、それをいただいて生きている。
つまり、私たちは野菜を通して“土を食べている”のだ。
◯◯産だから美味しいのではなく、
◯◯だから滋養があるのではなく、
その土地が肥えているから美味しい。
そう言ってもいいだろう。
そして、風が運ぶのは香りだけではない。
土から蒸散した微細なミネラルが空気にも混ざり、
私たちは呼吸とともにそれを吸い込む。
それは腸内細菌にも影響を与え、
体の内なる“生態系”をそっと整えてくれる。
食べることも、呼吸することも、
土地と命が再会する儀式のようなもの。
書きながら、
自然とそう感じていた自分に気づいた。
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