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手のひらの宇宙:小説現代新人賞公募原稿14万5500文字完成までもう少し、公募提出後下書きにします。お時間あったら読んでみてください。

試行錯誤中のLaLaLaです。

※ネタバレ



手のひらの宇宙

プロローグ

 男が改札の前に立って、もう二時間になる。二時間のあいだ彼は一度も、来ないかもしれないとは考えなかった。会いたいと言ったのは彼女のほうだ。

 二人は三軒隣の家で育った。物心ついたときにはもう並んで登校していた。付き合いはじめた日というものが二人にはない。告白も約束もなかった。同じ速さで歩ける相手が、たまたま塀の向こうに住んでいた。

 高校を出て、二人ともこの町に残った。彼は印刷所で活字を拾い、彼女は駅前の勤め先に入った。四年のあいだ、二人の暮らしは高校のころとほとんど変わらなかった。

 二十二の春に、彼女は東京の本社へ移った。転勤だった。手紙は月に二度から二月に一度になり、去年の秋から来なくなった。翌年には彼女の一家も父親の都合で町を出て、三軒隣の家には別の表札が掛かった。それでも彼は終わったとは思わなかった。誰かに終わりだと言われたわけではない。言われていないものを勝手に終わらせる方法を、彼は知らなかった。

 先月その彼女から便りが来た。一年八か月ぶりだった。便箋の真ん中に、会いたいからそちらへ帰る、とだけあった。なぜ会いたいのかは書いていない。四年に何があったのかも書いていない。字は少し乱れていた。彼女はこんな字を書く人ではない。二年前の字は定規で引いたようにまっすぐだった。彼はその乱れを汽車の揺れのせいだと思うことにした。

 彼は緑色のコートを着ていた。六月にコートは暑い。額に汗の玉が浮いていたが脱がなかった。彼女が改札を抜けてきたとき、いちばん先にまっすぐ立っている自分を見せたかった。

 三時十二分の下りで来ると書いてあった。彼はその時刻を手帳に書いて、書いた上から二度なぞった。三時十二分は来た。七人降りた。駅員が七回鋏を鳴らして、ホームは空になった。彼女はいなかった。

 彼は慌てなかった。乗り遅れたのだと思った。次は三時四十一分だった。それも来て四人降りた。彼女はいなかった。彼は柱のほうへ二歩寄って、また元の位置に戻った。

 時刻表は見なかった。もう暗記していた。四時九分、四時三十三分、五時二分。数字が頭のなかで勝手に列をつくった。一本ごとに彼は自分に言い聞かせた。次だ。次の扉が開いて彼女が降りてきて、一年八か月ぶりにあの話をする。よりを戻す話か、終わらせる話か。どちらでも聞きたかった。聞かないうちはこの一年八か月が終わりも始まりもしないのだった。

 片手にレコードを一枚持っていた。紙のジャケットで、角が指の熱でもう柔らかくなっている。高校のとき二人で一度だけ喫茶店で聴いた曲が入っている。曲のあいだ彼女はテーブルの上で指を動かしていた。二拍で一回。定規で引いたように正確だった。その速さは彼の心臓と同じだった。二年離れてもそれだけは消えなかった。よりを戻せるなら渡すつもりだった。終わりを告げられるならそれでも渡すつもりだった。どちらにも渡せるように、彼はそれを握っていた。

 日が傾いて、改札の白い床に鉄柵の影が伸びた。影は一本ずつ間をあけて並んでいた。彼はそれを数えた。数えているあいだはまだ待っているのだと自分に言えた。影は時間が経つほど長くなり、床の端で壁に折れて消えた。

 最終電車は十一時十八分だった。それも来て、それも過ぎた。改札の灯りが半分落とされた。若い駅員が、もう閉めます、と遠慮がちに言った。彼は頷いた。頷いてからしばらく立っていた。             ◇翌日から彼は彼女を探した。探しようがなかった。

 便箋に差出人の住所はなかった。帰ると書いてあったから要らないと思ったのだ。彼女の一家が越した先へ手紙を出すと、二週間して転居先不明の判が押されて戻ってきた。そこからまた移ったらしい。東京の勤め先に問い合わせると、三月に退職していると言われた。その先は教えられない決まりです、と若い女の声が二度言った。たどる道は、影が消えるように一本ずつ消えた。

 手に残ったのは住所のない便箋一枚と、渡せなかったレコード一枚だった。             ◇

 彼女のことを彼が聞いたのは、その年の秋だった。町に残っていた彼女の遠縁の者からの風の噂だ。彼女は東京で長く患っていたらしい。何の病かはその人もはっきりとは言わなかった。心を壊していたのだ、とだけ言った。あの一行はいちばん悪いときに書かれたものらしい。字の乱れは汽車の揺れのせいではなかった。彼女は帰ろうとして帰れなかった。帰れる場所に、もういなかった。

 それ以上のことは彼にはわからなかった。よりを戻すためだったのか、終わらせるためだったのか。それを言う口は、あの日、そこに来なかった。             ◇

 彼はその駅を離れなかった。その夜からではない。何年もかけて少しずつこの街に沈んでいった。仕事を変えて住む場所も変えたが、改札の見える場所からは離れられなくなった。やがて駅前に小さな店を持った。黒い円盤を売る店だった。あのレコードと同じ手ざわりのものを並べておきたかった。緑色のコートは着つづけた。六月にはとりわけ。

 十年が過ぎた。あの盤は棚に入れず、レジの後ろの壁に掛けてある。値札はつけていない。訊かれたら、非売品です、と答える。それ以上は答えないので、たいていの客はカウンターの下のケースを見に行く。

 店の窓からは改札が見える。彼はいまも一日に何度か、そちらを見る。

第一章 半拍

 美術館に入ったのは、雨が思ったより本気だったからだ。入場料は四百円だった。そのとき財布には千二百円あって、四百円を出すと八百円になる。八百円はうどん二回ぶんだ。わたしはうどん二回と引き換えに、雨の当たらない場所を買った。

 一階は壺だった。壺は雨宿りにはあまり向いていない。階段を上がると二階の奥に細長い部屋があって、そこに絵が並んでいた。学生の部、という名前の展示だ。絵の下に小さい紙が貼ってあって、名前と学校と、賞の名前が書いてある。金色の札がついているのが一枚あった。

 わたしはその前で止まった。止まるつもりはなかった。

 夜の交差点だった。横断歩道の白い縞が斜めに走っていて、その上に人が十人ばかりいる。全員が雨の中にいる。傘は開いているものと閉じているものがあって、開いているほうは、傘というより黒い羽根が空中で伸びている途中みたいに見えた。

 人の輪郭が横に流れていた。顔がない。目や口を描いてから消したのではなくて、最初から描かれていない。肩から先が右へ、あるいは左へ、走ったあとの水みたいに伸びている。信号の緑は、緑の線がそのまま横に六センチ引き延ばされて、路面に落ちるところで途切れていた。自転車の後ろの赤いランプだけが点になって残っている。動いているものは全部、線になっていた。

 真ん中に、女の人が一人いた。その人だけ、線になっていない。

 輪郭がある。指がある。傘の骨が八本ぜんぶ数えられる。ワンピースの裾が濡れて脚に貼りついているところに、影が三段に分けて置いてある。まわりの人間が一秒でシャッターを切られた写真の中にいるのに、この人だけは何時間もそこに立っていて、立っているあいだに描かれたように見えた。

 速さの違うものが、一枚の中に並んでいる。

 わたしは絵の下のほうから見る癖がある。人物の顔から見る人が多いけれど、顔は最後に描かれることが多いので、そこからでは順番がわからない。下の隅、額の縁に近いところ。そこには最初に置かれた色がだいたい残っている。

 この絵の左下の隅は、灰色だった。塗ってすぐ上から別の色を重ねたらしくて、境目が濁っている。乾くのを待っていない。待たずに重ねると色は濁る。濁ったところの上に、また次が来ている。画面のほとんどが、そうやって濁っていた。

 絵の具は厚いところと薄いところがあった。厚いところは、筆というより指か何かで押しつけたみたいに畝ができていて、その畝の頂上だけが照明を受けて白く光る。薄いところはキャンバスの布目が透けている。塗り残しではなくて、通りすぎたのだと思う。

 筆の毛が一本、傘のあたりに埋まったままになっていた。抜くのが面倒だったのだと思う。それか、抜くより先に次を塗りたかったのだと思う。女の人のところだけ、違った。

 畝がない。色の境目が濁っていない。ということは、ここだけは乾かしてから塗っている。頬の下の影は三度に分けて置いてある。三度置くには、二回、乾くのを待たないといけない。この絵の中で、この人のところにだけ、待ち時間がある。

 わたしはその人の傘の柄を見た。握り方が、わたしのと同じだった。人差し指だけが柄から浮いている。あの持ち方をする人間が世の中にもう一人いて、しかもそれを絵に描かれているという事実を、わたしはしばらく持て余した。

 全部を速く描いた人が、この人のところだけ何日もかけている。それか、この人のところだけ、何度も手が止まった。

 わたしは一歩下がって、もう一度全体を見た。下がると、線になった人たちのほうが速く見える。速すぎて、真ん中の女の人が置いていかれている。世界のほうが先に行ってしまって、この人はまだ、行く前の交差点に立っている。

 絵の横に、人が立っていた。白いシャツの袖をまくって、丸めたカタログを片手に持っている。丸めたほうで、ときどき自分の腿を叩いていた。規則はない。思い出したように叩く。

 係の人が近づいてきて、受賞者の方はあちらでお名前を、というようなことを言った。その人は、はい、と言った。言い終わる前にもう歩き出していて、係の人がまだ半分しか身体を向けないうちに三歩進んでいた。係の人は小走りになった。

 その人の右手の親指の付け根に、青が残っていた。洗ったあとの、落ちきらないほうの青だ。わたしは絵を見て、それから背中を見た。絵と、描いた人と、両方が同じ部屋にいる。そういうことは、そう何度も起こらない。

 名前は絵の下の紙に書いてあった。佐伯航、と読むのだと思う。ワタルかもしれない。わたしはそこで三十秒くらい迷って、コウにした。理由はない。速そうだったからだ。部屋を出るときにもう一度振り返った。二度目に見たとき、傘はさっきより速く流れていた。絵は動かない。動いたのはわたしの目のほうだ。

 外に出ると雨は上がっていた。四百円は、うどん二回よりは長持ちした。             ◇三か月たって、六月になった。

 展示の最終日に、わたしはもう一度あの美術館へ行った。四百円を出した。二階の細長い部屋はもう次の展示に変わっていて、壁には花瓶の絵が掛かっていた。花瓶と、机と、白い布。左下の隅を見たけれど濁っていなかった。ちゃんと乾かしてから塗ってある。全部が同じ速さで描かれた絵は、見るところが少ない。

 わたしはその部屋を三分で出た。四百円で三分だ。うどんのほうが長持ちする。玲は階段の踊り場の窓のところで待っていた。窓枠に腰かけて、片方の足を前後に揺らしている。

 「遅い」

 「キャップ探してた」

 「二番目に落ちるとこ?」

 「そう」

 玲は窓枠から下りて、先に階段を下りはじめた。一段ずつ下りる。わたしが一段ずつ下りる人間だからだ。

 「長谷川さん、階段の下り方が上品やわ」

 「一段ずつやから」

 「うち真似してんねん。ええとこの子に見えるかなと思て」

 玲は誰と歩いても、その人の脚の長さの人になる。前に一度だけ二段ずつ下りたことがあって、そのときわたしは追いつけなかった。玲は踊り場でこちらを見て待っていた。それきりだ。玲がいつどこでこの技術を覚えたのかを、わたしはまだ訊いていない。

 「三限の先生、来週休講やって」

 「でな、うちバイト増やそかと思てんねん」

 「どこの」

 「駅前の喫茶。時給ええねん」

 坂の途中のバス停で玲は手を上げた。バスはもう見えていた。

 「またあした」

 わたしはそのまま坂を下りた。商店街の端に、レコード屋がある。

 間口の狭い店で、ガラスの引き戸に手書きで中古盤入荷と貼ってある。貼り紙の四隅のセロテープが茶色い。店の中は暗い。奥のカウンターの後ろの壁に、レコードが一枚、ジャケットのまま掛かっている。

 青い。

 夜の色ではなくて、朝の色でもない。そのあいだの時間の空を四角く切り取って壁に留めたような青だ。真ん中に白い字で何か書いてあるけれど、ガラス越しでは読めない。角が少し柔らかくなっていて、光の当たり方で丸く見える。

 値札がついていない。この店の他の盤には全部ついている。緑色のコートを着た人がカウンターの奥から出てきて、ケースの中の盤を並べ替えはじめた。六月にコートは暑い。わたしは引き戸から目を離して歩き出した。

 駅の手前の信号で捕まった。赤のあいだ、三人が横に並んで待っていた。青になって、右の二人が同時に歩き出した。二人の背中が二歩ぶん先へ行ったところで、わたしの足はやっと動いた。

 渡り切ったところで、音が聞こえた。紙を丸めたもので、腿を叩く音だ。規則はない。思い出したように叩く。わたしはその音のほうを見た。見る前に、もう見ていた。

 駅前の広場の隅で、その人は鞄を膝に乗せてしゃがんでいた。丸めたノートを右手に持って、そのまるめたほうで、ときどき腿を叩いている。鞄の口が開いていて、中のものを出しては入れている。フィルムの箱が二つ、丸めたタオル、輪ゴムの束。手の動きが速い。速すぎて、一度出したものをまた出している。探しものは鞄の中にあるのに、指がその上を三度通りすぎた。

 わたしは自動販売機の横で止まった。缶を買うつもりでポケットに手を入れて、そのまま入れていた。指のあいだで百円玉が二枚、貼りつくくらい温くなった。三か月前、あの絵を見たのは、雨が本気だったからだ。四百円は雨宿りの代金で、絵はおまけだった。おまけのほうが残った。

 その人は立ち上がって、鞄の口を閉めて、駅の階段のほうへ歩き出した。歩くのも速い。歩き出したときに、上着のポケットから黒い蓋のようなものが落ちた。落ちた音は小さくて、本人には届いていない。

 わたしは拾った。

 拾ってから、声を出そうとした。あの、という音が喉のところまで来た。来たときには、その人はもう階段を七段か八段上がっていた。上がっていく背中に届かせるには、いま出しかけている大きさでは足りない。足りない声はどこにも行かず、口の中で溶けた。

 それから、わたしは走った。走ったのは、この街に来て初めてだと思う。

 階段の下で肩から鞄が滑って、肘で受け止めた。上りは十九段ある。数えたわけではなくて、上がっているあいだに数字が勝手に出てきた。上がり切ったところが改札で、緑色の服の駅員が箱の横に立っていた。

 わたしは切符を持っていない。

 券売機は改札の左手に三台並んでいた。二台に人がいて、右端が空いていた。わたしはポケットの百円玉を出した。二枚。運賃表を見上げた。この駅から先の値段は、見たことがない。どこまで行くのかを知らないと、いくらの切符を買えばいいかがわからない。

 いちばん安い百二十円の釦を押した。硬貨を入れる。落ちる。切符が出るまでに、機械は自分の都合の時間をかける。改札を抜けたところで、ホームの上の音が変わった。扉が閉まる音だ。あの音は一回しかしない。

 階段をもう一段ずつ上がって、上がり切ったところで、電車はもう動いていた。三両目の窓の内側に、白いシャツがあった。吊り革を持っていない。ノートを丸めたほうで、扉の横の壁を叩いていた。規則はない。思い出したように叩く。

 その人はこちらを見なかった。窓の外を見ていたけれど、見ていたのは走り出したあとの景色で、わたしの立っているところは、その景色のうしろにあった。電車の尻の赤い灯が、線路の曲がるところで消えた。ホームには誰も残っていなかった。風が下から上がってくる。海が下にあるからだ。

 わたしは百二十円の切符を持って、ホームの真ん中に立っていた。行く先はない。手のひらの中で、黒い蓋が汗で滑った。改札に戻ると、駅員が切符を見て、それから顔を見た。

 「乗られました?」

 「いえ」

 「じゃあ、払い戻しできますよ」

 駅員は窓口のほうを指した。わたしは、はい、と言って、そのまま外へ出た。百二十円を返してもらうには、窓口で名前を言って、紙に書いて、待たないといけない。それをしているあいだに、また何かが行ってしまう気がした。八百円が六百八十円になった。うどんは一回半になった。

 黒い蓋は、レンズの蓋だった。裏に指の脂がついていて、外側に小さく数字が刻んである。持ってみると思ったより軽い。缶の蓋くらいの重さだ。これがなければ、今日はただ、追いつけなかった日だった。

 部屋に帰って、電気を点けた。湯を沸かして、パスタを袋の時間より一分早く上げた。一分は、湯を切って皿に移しているあいだに勝手に戻ってくる。世界に返してもらえる一分は、いまのところこれだけだ。

 食べて、皿を洗って、机の端にレンズの蓋を置いた。ハンカチを開いたままにしておいた。裏の指の脂が、電球の下で光った。わたしはそれを拭かなかった。

 拭いてしまうと、この人が触ったという事実の側が一枚薄くなる。汚れたままのほうが証拠として強い。証拠、という言葉を頭の中で使ってしまってから、わたしは少し、自分から目を逸らした。

 三か月前のあの部屋で、絵の前に立っていたのはわたしだけだった。他の人は入ってきて、前を通って、出ていった。速い人には、あの絵の左下の隅が濁っていることも、真ん中の女の人のところにだけ待ち時間があることも、見えない。わたしはあそこに七分いた。七分いたから見えた。

 速いと間に合う。遅いと見える。両方はもらえない。次の日、わたしは三限のあと坂を下りて、商店街を抜けて、同じ信号を渡った。駅前の広場の隅に、誰もいなかった。

 わたしは自動販売機の横に立った。時計は五時十二分だった。昨日その人がしゃがんでいたのは、五時十二分より少し前だったと思う。もう少し前だったかもしれない。

 五時四十分まで、わたしはそこにいた。六時十分まで、そこにいた。鞄の内ポケットの中で、レンズの蓋がハンカチごと角に当たっている。手を入れると指の腹に丸い縁が触れた。電車が着くたびに、階段の上から人が降りてくる。降りてきて、広場を横切って、商店街のほうへ散っていく。その中に白いシャツはなかった。

 商店街の端のレコード屋には、まだ灯りがついていた。ガラスの引き戸の奥、カウンターの後ろの壁に、青い盤が掛かっている。緑色のコートを着た人がカウンターの内側に座って、こちらを見ていた。見ていたというより、そこから改札のほうを見ていて、わたしがその線の上にいた。

 目が合った。その人はすぐに手元へ視線を戻した。わたしはもう一度、階段の上のほうを見た。

第二章 早送り

 六月十四日の午後四時すぎに、倉庫街の三番目の路地の壁に西日が当たる。当たっているのは正味で二十分ほどで、そのうち本当に使えるのは最後の六分だけだ。それを知るために僕は三日続けて同じ路地に通って、光の来る角度と壁のひび割れの影の伸び方を手帳に書きつけた。三日かけて調べたその六分を、僕はこの日、一秒も使わないことになるのだが、そのときの僕はまだそのことを知らなかった。

 三脚を立てて脚の長さを揃えて水平を出したのが三時二十五分で、それから僕はビールケースを壁の前に置いて位置を三度直した。北原は四時七分に来た。

 映画研究会には去年の春に十一人いた。いまは四人だ。撮る側の三人はそれぞれ自分の企画を抱えていて、出る側の人間は北原ひとりになった。彼女は僕の三本ぜんぶに出ている。一本目の海にも、二本目の階段にも、まだ何も入っていない三本目にも。三本のうち完成したものはゼロだから、彼女はこの一年で、この世に存在しない映画に三度主演したことになる。履歴としてはかなり珍しい部類に入ると思う。

 「早いね、佐伯くん」

 「遅いよ」

 「四時集合やったやろ」

 「四時に撮りはじめるって書いたんだ」

 北原は片方の肩を上げてから鞄を壁際に置いた。鞄の口から白いエプロンの紐がはみ出して地面に触れそうになっていた。彼女は駅前の喫茶店で働いている。今日は五時上がりを六時に替えてもらったと、路地に入ってくる途中でもう言っていた。

 「六時までやからね」

 「一時間ある」

 「一時間で三日ぶんの光が撮れるって言うたんは、あんたやで」

 彼女は僕より頭ひとつぶん小さくて、そのくせ壁の前に立つとカメラの中でだけ妙に大きく写る。そういう人間はときどきいて、その理由を説明できた者はいまのところ誰もいない。北原は一度だけ、完成した映像の中に入ったことがある。

 六歳のときだ。地元のスーパーのコマーシャルで、長さは十五秒。白いワンピースの子供が卵のパックを両手で抱えて走ってきて、レジの前で振り返って笑う。それだけの十五秒が、いまも夕方のローカル局で流れている。十三年のあいだ、同じ十五秒が、同じ速さで、同じ笑い方で流れつづけている。彼女はその子を「あの子」と呼ぶ。

 「うちのおかん、いまだにあれ録画してんねん。テープが伸びてまうから何本も」

 「見るの?」

 「見るもなにも、向こうから出てくんねん。夜にテレビつけたら、いきなり自分の六歳が卵持って走ってきよる。あれは、なかなかのもんやで」

 北原はそう言って、壁の前のビールケースの高さを靴の先で確かめた。

 「うちの人生でいっちばん最後まで行った仕事が、六つのときの十五秒やねん。それ以降ぜんぶ途中や。三本続けて途中」

 「悪かったよ」

 「怒ってへんよ。ただな、あの十五秒はもう一生あのままやろ。うちが四十になっても六つのまんまで走っとる。ああいうもんを一本ぐらい、こっち側で作りたいやんか。六つのときの誰かに勝手に決められたやつやなくて」

 「秋の学祭までには出す」

 「うん」

 北原は返事をしてから、少し間を置いて、続けた。

 「今年で最後にするわ。四年生でも大学院でもないけど、四本目はもう無理やと思う」

 彼女は笑っていた。笑いながらエプロンの紐を鞄の中に押し込んだ。僕はレンズのキャップを外そうとして指を前に出した。キャップはそこになかった。

 「なくした?」

 「なくした」

 「取りに帰る?」

 「いい」

 西日が壁に届いたのは四時二十二分だった。壁はモルタルで縦にひびが一本入っていて、光がその角度に来るとひびの底に影ができて線が急に太くなる。太くなった線は、誰かが建物の内側から鉛筆で引いたみたいに見えた。

 北原がケースの上に上がった。風でスカートの裾が動いて、また戻った。僕はカメラを覗いた。彼女の顔の左半分に光が乗って、右半分は落ちていて、落ちているほうにひびの影がちょうどかかっていた。三日かけて探していた画がそこにあった。

 僕はスイッチに指を置いた。それから、フィルムは回らなかった。

 「まだ?」

 「まだ」

 北原は立っていた。僕は三脚の脚を七センチ下げて彼女の顔の位置を上げて、光の当たる面積を増やしてからもう一度覗いた。さっきよりよくなっていた。よくなったぶん、指はさらに動かなくなった。

 「終わり?」

 「終わり」

 北原はケースから降りてスカートの埃を払った。彼女は僕に理由を訊かない。三本目の途中まで残っている人間は彼女だけだ。

 「明日も同じ時間?」

 「たぶん」

 「たぶんて、あんた三日通って調べたんちゃうん」

 「調べたよ。調べたことと撮れることは別なんだ」

 北原は少し考えるような顔をして、それから、そういうもんかもね、と言って路地の出口のほうへ歩いていった。僕は三脚をたたんだ。たたむのは八秒でできる。世の中には八秒でできることと、四十分待って一秒もできないことがあって、その二種類は僕の中では同じ一本の手につながっている。

 その日に使ったフィルムの長さはゼロだった。ゼロというのは、フィルム代が一円もかからないという意味においてはたいへん優秀な数字だ。部室は文化会館の二階の突き当たりにあって、棚に僕の缶が三つ並んでいる。

 一本目のラベルには「海」と書いてある。中身は去年の八月の蓮だ。須磨の防波堤の上を、端から端まで歩いていく。それだけで四分ある。撮ったのは一次の発表の四日前で、そのときの蓮はまだ落ちていなかった。四分のあいだ彼は一度もこちらを見ない。歩き終わったところで振り返って何か言うのだが、風の音でその声は入っていない。

 二本目は「階段」で、中には階段を上がる足だけが十二秒入っている。三本目にはまだ何も入っていなくて、ラベルには六月二日という日付だけが書いてある。二週間前の日付が二週間前のままそこにあるというのは、なかなか堂々とした事実だと思う。

 蓮は窓際の椅子で赤い表紙の問題集を開いていた。線を引くのに定規を使う。線を引くときだけ、蓮の手は僕よりずっと遅い。

 蓮は僕の従兄弟で一つ上で、この大学の二年にいる。いるのだが、彼が本当に受けたいのは別の学校の医学部で、去年の春に一度落ちて、この大学へ入り直したうえで、今年また受け直すつもりでいる。昼は法学部の講義に出て、夕方から駅前の予備校の夜間に通う。予備校では窓から三番目の同じ席に座る。同じ席というのは比喩ではなくて、本当に同じ席らしい。

 だから彼はこの部室にいる。ここは彼にとって、大学の中でいちばん誰にも進路を訊かれない場所だ。その赤い問題集を、蓮は毎年新しく買う。

 書き込みのある本を次の年に持ち越さないというのが彼の決まりで、去年のも一昨年のも、みんな本棚の同じ段に立ててある。同じ出版社の同じ書名の同じ厚さの本が四冊。中身も同じだ。違うのは、書き込んだ字の量だけで、いちばん右の一冊はまだ半分白い。彼は毎年、白いところから始めるために千八百円を払っている。

 一度だけ、去年のを使えばいいのにと言ったことがある。蓮は、あれは去年の俺の答えが載ってるやろ、と言った。

 「撮れたか」

 「撮ってない」

 「三本目やろ、それ」

 「そう」

 蓮は定規を置いて棚のほうを見た。三つの缶のうち、いちばん左のを見ていた。

 「あれ、まだ持ってんのか」

 「持ってる」

 「捨ててくれてええで」

 「捨てない」

 「あの日の俺、けっこうな顔で歩いてるやろ」

 「いい顔だよ」

 「そこやねん」

 蓮は問題集を開いたまま裏返して机に伏せた。

 「あれを人に見せたら、みんな去年の八月の俺のほうを本物やと思う。ほんまもんは、いまここで四冊目書いてるほうやのに。あっちは終わってて、こっちはまだ途中やから、終わってるほうが勝つねん。写ってるもんは強い」

 僕は答えなかった。答えを持っていなかったからだ。編集して音をつけて頭と尻を切れば、あの四分はたぶん三日で終わる。三日で終わるとわかっているものを、僕は十か月置いてある。

 繋いでしまえば、防波堤の上の蓮は去年の八月の蓮のまま固定される。フィルムというのはそういう装置だ。動いているものを一本の帯に巻き取って、二度と動かなくする。北原の六歳が十三年間走りつづけているのと、原理はまったく同じものだ。

 「絵は描いてんの」

 「たまに」

 「絵は完成すんのにな」

 「絵は動かないからだよ」

 「動くもんは、終わりを自分で決めなあかんからな」

 蓮はそこで一度言葉を切って、伏せた問題集を表に返した。切ったところの続きには、たぶんある単語が入る予定だった。蓮はその種類の単語を口に出さないし、僕も出さない。二人とも佐伯という名字で、そのあたりはおそらく血の側の問題だ。

 あの絵の女の顔を、僕は四回塗った。四回目の顔は一回目とほとんど同じだった。同じ場所に戻るためだけに三週間かかったわけで、蓮の四冊目とどこが違うのかを、僕はまだうまく言えない。絵のほうは去年の秋に描いた。

 県のコンテストで金賞をもらって、三月に美術館に飾られた。夜の交差点の絵だ。雨が降っていて傘が十本ばかり開いていて、人はみんな横に流れた線になっている。線にするのは速い。人が走った軌跡というのは走っている人を見なくても描けるもので、あの絵の八割は四日で終わった。

 真ん中に立っている女の人だけ、三週間かかった。

 顔を描いて、乾かして、削って、また塗った。それを四回やった。四回目に描いた顔は一回目に描いた顔とほとんど同じだった。同じ場所に戻ってくるためだけに三週間を使ったわけで、これは登山でいえば頂上まで行って写真も撮らずに降りてきたようなものだ。あの絵の前に立った人のうち誰ひとりそのことを知らないし、審査員も知らない。金色の札は、四日で描いたほうの八割に対して貼られている。

 「秋の学祭、北原ちゃん出るんやろ」

 「出す予定ではある」

 「予定な」

 「彼女、今年で最後だって言ってる。四年やってて完成品がゼロやと、さすがに気の毒やと自分で思うって」

 「そら思うわ」

 蓮は笑って、それから笑いをやめて、赤い問題集を閉じた。

 「飯行こ」

 「行く」

 と言ったときには僕はもう立ち上がっていて、蓮はまだ鞄に本を入れている途中だった。三十秒ほど、僕は立ったまま待っていた。世の中には、立って待つための三十秒というものが一日に何度かある。

 飯を食って蓮と別れて、僕は商店街を抜けた。

 パン屋の前を通って乾物屋の前を通って、商店街の端まで来ると、間口の狭いレコード屋がある。ガラスの引き戸で、中は昼でも暗い。奥のカウンターの後ろの壁に、レコードが一枚ジャケットのまま掛かっている。

 青い。

 僕はガラスの前で止まった。止まっていたのは三十秒くらいだったと思う。中で緑色のコートを着た男が顔を上げてこちらを見た。六月にコートを着る人間の事情について僕は何も知らない。僕は歩き出した。

 駅前の広場を横切っているときに思い出した。キャップは、たぶんここで落ちた。昨日の五時ごろ、この隅にしゃがんで鞄の中を探した。僕は自動販売機の横から街灯の下まで、地面を見ながら歩いた。植え込みの根元を靴の先でかき分けてベンチの下を覗いた。黒くて丸いものはどこにもなかった。

 九十秒ほどで僕はやめた。

 落としたものはたいてい出てこない。出てこないものを探しつづけるのは時間の使い方として下手だし、僕は自分の速さについてはかなり自信を持っている。僕は階段を上がって電車に乗って帰った。

 部屋に着いて机の上にカメラを置いた。レンズがむき出しのまま窓のほうを向いていて、硝子が電球を丸く映していた。夜中の二時に目が覚めた。

 あのキャップは、去年の秋に父親のレンズについてきたものだ。譲られたというより、父親が使わなくなって押し入れの箱に入っていたのを僕が勝手に出した。キャップの裏には指の脂がついていて、その脂は僕のものと父親のものが混ざっている。いつか拭こうと思っていて、拭かないまま一年近く経っていた。

 僕は電気を点けて机の上のレンズを見た。

 自分が九十秒であきらめたということに僕が気づいたのは、そのときだった。四十分待てる人間が、九十秒しか探せない。この二つがどうして同じ手のなかに同居しているのかを、僕はまだ説明できない。

 朝になったらもう一度あの広場に行こうと思った。行ってもたぶん何もない。誰かが拾ったのなら、その誰かはもう自分の家に持って帰っている。電気を消して目を閉じた。閉じた瞼の裏を、四時二十二分の壁の光がもう一度だけ通っていった。指はやはり動かなかった。

第三章 非売品

 中古のレコードを買い取るときに、私がいちばん先に見るのは盤ではなくジャケットの角だ。

 角が四つとも生きている盤は、たいてい中身もいい。角が潰れているものは、床に立てて置かれていた期間が長い。立てて置かれていたということは、棚に入りきらないほど買っていたか、片づける習慣がなかったかのどちらかで、前者なら盤は大事にされているし、後者なら埃が溝に入っている。角を見れば、その家の暮らし方がだいたい出てくる。人は自分の指の癖を選べない。

 六月十七日の午前に持ち込まれたのは段ボール二箱で、角はどれも生きていた。持ってきたのは五十くらいの男で、父親が亡くなって家を片づけていると言った。私は一枚ずつ抜いて、内袋から出して、蛍光灯の下で斜めに傾けた。

 傾けると、溝の上を光の帯が動く。傷は光の帯を横切る線として出る。針で削れた擦り傷は白く、放置してできた黴の跡は虹のように見える。虹が出た盤は、洗えばだいたい直る。直らないのは、一度でも埃の上を針が走った盤だ。埃を挟んだまま鳴らすと、埃はレールの上の小石と同じ働きをして、溝の壁をその場で削る。削れたところは二度と戻らない。持ち主はそのとき、いい音で聴いているつもりでいる。

 私は二箱を四千円で買った。男は、そんなもんですか、と言って、それから、まあそんなもんでしょうな、と自分で答えて帰っていった。昼まで洗った。

 洗剤を薄めた水に指で円を描くように当てて、レーベルは濡らさない。すすいで、水切り棚に立てて、乾くのを待つ。乾くまでのあいだにやることは何もない。私はカウンターの椅子に座って、乾いていく盤を見ている。この時間が一日のうちでいちばん長い。

 乾いた盤には静電気が乗る。

 乗ったまま棚に入れると、その盤は棚の中でずっと埃を呼びつづける。だから内袋に入れる前に、私は帯電防止のブラシで一枚ずつ撫でる。撫でているときに、指の先が盤に引かれる感じがある。引かれるといっても、動くほどの力ではない。手を離せば何も起こらないし、離さなければずっとそこにある。目には見えないし、写真にも写らない。

 午後の二時ごろに、女の子が店の前を通った。

 通るというより、通りかけて、そこで少し遅くなる。歩幅がひとつぶん縮んで、それからまた元に戻る。速度が落ちるのは、ちょうどこの引き戸の正面に来たあたりだ。彼女はガラスの向こうから、奥の壁を見ている。壁に掛けてある一枚を見ている。

 週に三度か四度、同じことが起きる。もう二か月になる。彼女は一度も入ってこない。

 入ってきてくれれば、私は答える用意がある。あれは何ですかと訊かれたら、非売品です、と言う。それ以上を訊かれたら、そこから先は考えていない。二か月のあいだ、私はその「それ以上」を考えないままにしてある。

 四時前に、今度は男の子が通った。

 この子は速い。歩くのが速くて、そのくせガラスの前で急に止まる。止まっている時間はいつも三十秒くらいで、腕時計を見ないので正確なところはわからない。この前は目が合った。目が合ったとたんに歩き出した。丸めたノートを持っていて、それで自分の腿を叩く癖がある。規則はない。思い出したように叩く。

 この子も、壁の一枚を見ている。

 女の子は午後の二時前後で、男の子は四時か、六時をまわってからだ。二か月のあいだ、二人が同時にこの引き戸の前にいたことは一度もない。私はカウンターからそれを見ている。見ているだけで、何もしていない。何をするというのもない。世の中には、隣り合った二本の線が並行なのか交わるのかを、外から見ている人間の側でだけ知っているという場面がときどきある。

 壁の一枚は、青い。月に一度、私はあれを壁から下ろす。布で拭いて、内袋から盤を出して、蛍光灯の下で斜めに傾ける。傷はない。埃も入っていない。当たり前だ。一度も針を落としていない。拭き終えたら袋に戻して、壁に戻す。それだけだ。封筒が届いたのは五月の終わりだった。

 差出人の欄には施設の名前が印刷してあって、その下に彼女の字で名前が書いてあった。字は十年前より細くなっていた。ペン先を強く押しつけられなくなった人の字だ。便箋は一枚で、四行あった。

 体を悪くして、いまはここにいること。長いこと連絡ができなかったこと。私は行けないから、あなたが来てください、ということ。それから、面会の受付は午後の一時から四時までだということ。

 一行目から四行目まで、そこには十年前に書かれなかったことが書いてあった。なぜ会いたいのかは、やはり書いていない。

 封筒の裏に住所がある。県外だが、電車を乗り継いで三時間で着く。地図で調べた。山の中の駅から、バスが一日に六本出ている。時刻もわかっている。一時の受付に間に合うためには、こちらを朝の九時十二分に出ればいい。九時十二分の電車には、私はこの十年、一度も乗ったことがない。

 封筒は、壁に掛けたジャケットの裏側に立ててある。六月十七日は、届いてから十八日目にあたる。

 夕方の六時をまわって、私は店の灯りを消した。引き戸を閉めて、鍵をかけて、それから駅のほうへ歩いた。歩いて三分だ。店の窓からも改札は見えるのだから、わざわざ行く必要はない。それでも私は、だいたい毎晩そこまで行く。

 改札の前には人がいる。

 勤め帰りの人間が階段から降りてきて、広場を横切って、商店街のほうへ散っていく。駅員は箱の横に立って、切符を受け取っては鋏を入れている。私はその手前の柱の陰に立って、十分くらい見ている。

 九時十二分の電車のことを、私は毎晩考える。

 乗るのに必要なものは、もう全部そろっている。住所がある。時刻がある。金もある。店は一日くらい閉めてもどうということはない。十年前に足りなかったものが、今回はひとつも欠けていない。

 それでも私は、十八日のあいだ、あの封筒をジャケットの裏に立てたままにしている。

 柱の陰から、階段を降りてくる人の顔がひとつずつ見える。私はもうこの改札から誰かが出てくるのを待ってはいない。待っていないのに、毎晩ここに来ている。この二つを同じ紙の上に並べて書くと、どちらかが嘘だということになる。私にはどちらが嘘なのかがわからない。

 七時二十分の電車が着いて、二十人ばかりが降りてきた。その中に、あの女の子がいた。彼女は改札を抜けて、広場の隅の自動販売機の横に立った。何も買わなかった。立って、階段のほうを見ていた。

 私は柱の陰から、それを見ていた。三十分ほどして、彼女は歩き出した。商店街のほうへ入っていって、私の店の前を通ったはずだ。灯りは消えている。あの時間の引き戸のガラスには、外の街灯が映るだけで、奥の壁は見えない。

 私は店に戻って、鍵を開けて、灯りを点けた。壁の一枚を下ろして、裏から封筒を抜いて、便箋をもう一度読んだ。四行を読むのに三分かかった。それから便箋を折り直して封筒に入れて、封筒をまたジャケットの裏に戻して、壁に掛けた。九時十二分の電車には、明日も乗らない。

第四章 合わせる人

 玲がバイトを始めた喫茶店は、駅前のロータリーに面した二階にある。

 階段は外にあって、鉄で、上がると音が鳴る。踏む場所によって鳴り方が違う。三段目と七段目がいちばんよく鳴るので、その二段だけ端のほうを踏むと静かに上がれる。二回通っただけでそれを覚えてしまう自分について、わたしはあまり深く考えないことにしている。

 玲はカウンターの内側でグラスを拭いていた。エプロンは白で、紐を前で結んでいる。

 「早いやん」

 「三限、休講やった」

 「せやった。うち、それ言うたやんな」

 わたしは窓際の席に座った。窓からロータリーが見える。バスが二台停まっていて、その向こうが駅の階段だ。階段の下り口から人が出てくる。出てくるたびに、わたしの目はそっちへ行く。行ってから戻ってくる。一往復に四秒くらいかかる。

 注文はアイスコーヒーにした。玲が運んできて、コースターを置いて、グラスを置いて、それから伝票を裏返して置いた。動作が三つとも同じ速さだった。

 「ここ、時給ええねん。あと、まかないが玉子サンドやねん」

 「玉子サンドか」

 「玉子サンドやで。うち、玉子サンドのために生きてるようなとこあるから」

 玲がカウンターへ戻ってすぐ、常連らしい年配の男の人が入ってきた。玲は同じことを言った。時給とまかないの話ではなくて、いらっしゃいませ、のほうだ。同じ言葉なのに、声が下のほうに置かれていた。わたしに言ったときより半音低い。男の人はゆっくり喋る人で、玲の受け答えもゆっくりになった。

 次に入ってきたのは、大学生の三人組だった。玲の声はまた上がって、速くなった。笑い声の高さが、三人のうちいちばんよく笑う子の高さとほとんど同じところに来ていた。

 わたしはアイスコーヒーの氷が溶けるのを見ていた。氷は溶けると同じ体積の水になるわけではなくて、少し減る。減ったぶんはどこへ行ったのかを、わたしは中学の理科で習ったはずだけれど、思い出せない。

 カウンターの奥から、もうひとりの店員が出てきた。

 わたしと同じくらいの歳で、背は玲より少し高い。髪をうしろでひとつに結んでいる。その人はトレイを持って、カウンターの端を回るときに肘を内側にたたんだ。玲もそこで同じように肘をたたんだ。二人ともほとんど同時にたたんだので、狭いところですれ違うための決まった動きなのだと思った。

 「北原さん、六時上がりでしたっけ」

 「今日はな。昨日は六時に替えてもろたけど」

 「撮影?」

 「撮影っていうか、撮影の準備の準備みたいなやつ。結局一秒も回してへんかったわ」

 「一秒も」

 「一秒も。三日通って光を調べてな、光は来てん。ちゃんと来た。ほんで来たとこで止まんねん、あの人の指が」

 「へえ」

 「四十分待てんねんで。四十分ずっと待って、いちばんええとこで、動かへんねん。ふしぎな人やろ。佐伯くんて言うんやけど」

 わたしはグラスを持ち上げていた。持ち上げた高さのまま、しばらく持っていた。氷がひとつ、下のほうで位置を変えて、小さい音を立てた。訊けばよかった。

 佐伯というのはどういう字を書くのか、とか、映画を撮っているんですか、とか、その人はどこの学部か、とか。訊きたいことは頭の中で列になって並んでいて、しかも全部、失礼にならない程度の世間話の顔をして並んでいた。並んでいるだけで、口までは来なかった。

 その代わりにわたしの口から出たのは、玲に向かって言った、氷が溶けるの早いね、だった。

 「そら六月やもん」

 北原さんはトレイを持って、奥のテーブルのほうへ行った。行ってしまうと、もうその話は終わりだった。話というのは、電車と同じように、扉が閉まるところまでしか乗れない。わたしは鞄の中に手を入れた。内ポケットの角に、ハンカチにくるんだ丸いものが当たった。

 この店の人はあの人と知り合いで、明日も会う。渡してくださいと言えば、それで終わる話だった。終わらせる方法が、いま、テーブルからカウンターまでの四メートルのところに置いてある。わたしは手を出して、鞄の口を閉めた。五時になって、玲は上がった。エプロンをたたんで、鞄を持って、わたしのところに来た。

 「一緒に出よ」

 鉄の階段を下りるとき、玲は三段目も七段目も普通に踏んだ。二人ぶんの音が同時に鳴った。ロータリーの端まで来て、玲は言った。

 「うち、あの店たぶん続くと思う。前のとこは三週間でやめてん」

 「なんで」

 「わからん。合わへんかった」

 「玲は誰とでも合うと思ってた」

 「合わせてるだけやで」

 玲は笑っていた。笑ったまま、続きは言わなかった。わたしはそこで、玲に言おうとしたことがある。

 一緒にいると楽だ、というようなことだ。ほんとうはもう少し長い文で、朝いちばんに玲を見つけると一日の速度が決まるとか、そういうことも入っていた。入っていたけれど、そこまで長い文を人に向かって言ったことが、わたしには一度もない。

 わたしの口から出たのは、そろそろ行かな、だった。

 「え、まだ五時やで」

 「うん」

 「どっか寄んの」

 「レコード屋」

 言ってしまってから、自分でそれを聞いた。

 「へえ。レコード買うん、長谷川さん」

 「ときどき」

 わたしはときどきも買っていない。一枚も買ったことがない。玲はバス停のほうへ歩いていって、乗る前にこちらを見て手を上げた。わたしも上げた。今度はバスが動き出す前に上げられた。それだけが今日の成果だった。

 商店街のアーケードに入ると風が止まる。魚屋の前は濡れていて、乾物屋の笊には椎茸が並んでいる。パン屋の前は通りすぎた。三つ並んだものの前で立ち止まる元気は、今日はなかった。

 商店街の端のレコード屋の前で、わたしは足を止めた。いつもここで半歩ぶん遅くなる。今日は止まった。止まったところで、次にすることを自分が知らないことに気がついた。

 引き戸には手書きの貼り紙があって、四隅のセロテープが茶色い。中は暗い。奥のカウンターの後ろの壁に、青い盤が掛かっている。わたしは戸に手をかけて、横に引いた。思ったより軽かった。軽すぎて、開いた幅が予定より大きくなった。上で鈴が鳴った。

 中は外より涼しくて、紙と埃と、それから少し酸っぱいような匂いがした。左右の棚に木の仕切りが立ててあって、上に手書きの札が挿してある。国内、洋楽、映画音楽、演歌。床には段ボールが二箱あって、盤が斜めに立てられている。

 カウンターの内側に、緑色のコートの人が座っていた。顔を上げて、いらっしゃい、と言った。それだけ言って、また手元に戻った。手元では、白い布で盤を拭いていた。円を描くように拭くのではなくて、溝に沿って、外から内へ、同じ角度で動かしている。

 わたしは棚のあいだに立った。

 壁の一枚は、ここから見ると思っていたより小さかった。ガラス越しに見ていたときは、もう少し大きいものだと思っていた。青は、思っていたとおりの青だった。真ん中に白い字がある。手のひらの宇宙、と読めた。

 値札はついていない。あれは何ですか。その八文字は、わたしの喉のところまで来ていた。喉まで来て、そこで、来ただけになった。

 その代わりに、わたしの手は棚から一枚を抜いていた。抜いたのはいちばん手前にあった盤で、外国の男の人が二人で笑っている写真がジャケットになっていた。裏を見ると値札が貼ってある。八百円。

 わたしはそれをカウンターに置いた。

 「八百円です」

 「はい」

 わたしは千円札を出した。緑色のコートの人は、レジを打って、二百円を出して、盤を紙の袋に入れた。袋に入れるときに、指が四隅の角を順番に確かめるように動いた。

 「これ、聴いたことありますか」

 わたしは首を横に振った。

 「いい盤ですよ」

 その人はそれ以上何も言わなかった。わたしも何も言わなかった。壁の一枚のことは、二人とも一度も見なかった。見なかったことのほうが、この八百円より高くついている気がした。外に出ると、まだ明るかった。机の端に、封筒が一通置いてある。

 三日前に来たものだ。差出人は父で、住所は実家のままだ。封は切っていない。切っていないので、中に何が書いてあるかは知らない。知らないものについては、まだ何も決めなくていい。

 わたしはその封筒の上に、紙袋に入れたままの八百円の盤を置いた。それから、鞄の内ポケットからハンカチを出して、レンズの蓋を机の反対の端に置いた。机の右の端に封筒と盤があって、左の端に蓋がある。あいだは五十センチくらいある。この距離を今日わたしは四メートルまで縮められたのに、縮めなかった。

 アイロンの赤いランプが消えるまで、まだ少し時間があった。

第五章 四十秒

 朝の八時に駅前の広場へ行った。

 落としたものが翌朝そこにあるという確率について、僕はいくつかの経験からかなり低い数字を持っている。それでも行ったのは、前の晩に九十秒でやめたことを、僕の中の誰かが根に持っていたからだ。誰かというのは僕のことだが、僕と僕のあいだにはときどき時差があって、その時差のぶんだけ話がややこしくなる。

 僕は自動販売機の横に立って、そこから半径十メートルを縦に区切って歩いた。四本の帯に分けて、一本ずつ端から端まで見た。植え込みの根元は靴の先で葉をどけて、ベンチの下は膝をついて覗いた。膝をついたときにズボンが濡れた。朝の八時のアスファルトというのは、思っているよりずっと湿っている。

 二十二分かかった。

 二十二分というのは九十秒の十四倍とちょっとで、僕はその倍率のことを、探しているあいだじゅう考えていた。同じ場所を同じ人間が探して、一日目は九十秒で切り上げて、二日目は二十二分やっている。片方が正しくてもう片方が間違っているという話ではないのだと思う。ただ、そのあいだの十四倍のどこかに何かが挟まっている。

 キャップはなかった。僕は駅の反対側の交番へ行った。若い警官が机で書きものをしていて、遺失物の届けを出したいと言うと、紙とボールペンをこちらへ滑らせてよこした。

 「品名は」

 「レンズのキャップです。カメラの」

 「メーカーは」

 「ニコンです。五十二ミリの」

 「特徴は」

 僕は少し考えた。黒い、丸い、軽い。裏に指の脂がついている。そのどれも、この紙の枠には入らない気がした。

 「裏側に、汚れがあります。拭いてないので」

 警官は、汚れ、と書いた。書いてから、顔を上げずに続けた。

 「届いてたらご連絡しますけど、こういうのはあんまり出てこないですね」

 「でしょうね」

 「拾った人が、自分のやと思て使うことがあるんですわ。悪気なしに」

 昼に喫茶店へ寄った。北原はカウンターの内側にいて、僕を見ると、あら、と言った。

 「あんた、店には来んと思てた」

 「玉子サンドがあるって聞いた」

 「誰から」

 「きみから」

 北原は玉子サンドを持ってきて、それから水のグラスを置いた。窓際の席のテーブルには、まだ丸い輪が残っていた。誰かのグラスの跡だ。輪はほとんど乾きかけていて、外側だけが線になっていた。

 「さっきまで、玲ちゃんの友達来ててん」

 「へえ」

 「静かな子。氷が溶けるの見てるだけで一時間おった」

 「そういう人はいい」

 「あんたが言うと嫌味やわ」

 「学祭の締切、いつまでや」

 「十月の頭に、上映プログラムを出す。フィルムはその二週間前」

 「三か月半か」

 「三か月半だ」

 「あんたの三か月半て、たぶん人の一週間ぐらいの分量やで」

 北原は笑っていなかった。笑わずにそう言って、それからグラスを一個、光にかざした。夕方に、僕は商店街を抜けた。レコード屋のガラスの前で、僕はいつものように止まった。止まってから、今日は手を出して戸を引いた。

 中は外より涼しくて、紙と埃の匂いがした。カウンターの内側に緑色のコートの男が座っていて、白い布で盤を拭いていた。円ではなく、溝に沿って外から内へ、同じ角度で動かしている。顔を上げて、いらっしゃい、と言った。

 僕は棚を二列だけ見て、それからカウンターの前に立った。

 「あれ、いくらですか」

 壁の一枚を指した。

 「非売品です」

 男は手を止めなかった。布は同じ速さで動いていた。

 「売れないってことですか」

 「売らないということです」

 僕は少し待った。世の中には、こちらが黙っていると続きを言う人と、こちらが黙ると同じだけ黙る人がいる。この人は後者だった。布の音だけが五秒か六秒続いた。

 「聴いたことは」

 「ありません」

 「持ってて、聴いてないんですか」

 「一度も鳴らしてないんです」

 男はそこで初めて手を止めて、布をカウンターの上に置いた。それから、壁のほうを見ずに言った。

 「針を落とすと、溝は減ります。ほんのわずかですが、必ず減る。減ったぶんは戻らない」

 「じゃあ、なんで持ってるんですか」

 男は僕の顔を見た。目の下に、たてに二本、深い線が入っていた。

 「いい質問ですね」

 それだけ言って、布をまた取って、盤を拭きはじめた。

 僕は財布から千円を出して、棚のいちばん手前にあった八百円の盤を買った。外国の男が二人で笑っているジャケットだった。理由はない。何も買わずに出ていくには、この店で使った時間が長すぎた。

 男は紙袋に入れながら、指で四隅の角を順番に確かめるように動かした。

 「これ、昨日も一枚出ましたよ」

 「同じのが?」

 「同じのが」

 僕は袋を受け取って、外に出た。外は六時を過ぎていて、光が横から来ていた。商店街を抜けたところの交差点で、僕は信号に捕まった。

 西日がアーケードの出口から真横に差して、横断歩道の白い縞の上を長く走っていた。縞と光が同じ方向を向いていて、そこを渡る人の脚が、白い上を通るときだけ影ごと消える。人が下半身から溶けていくように見える。あの絵で僕が線にした人たちが、いま現実の側で線になっていた。

 僕は鞄を下ろしてカメラを出した。三脚はなかった。露出も測っていない。フィルムは三本目で、ラベルには六月二日と書いてある缶のやつだ。指がスイッチを押した。

 押したことに気づいたのは、少し経ってからだった。四十秒くらい回した。渡る人が三十人ばかりいた。そのうち何人かは走っていて、何人かは歩いていて、ひとりだけ、青になってから動くまでにひと呼吸ぶん遅れた人がいたような気がする。気がするだけだ。ファインダーの中では全部が同じように白の上を流れていた。

 信号が赤に戻ったところで、僕は止めた。三か月ぶりに、フィルムが減った。減ったぶんは戻らない。さっき、緑色のコートの男が同じことを言っていた。

 僕は現像に出さなかった。三本目はまだ三十六枚ぶん以上残っていて、途中で出す習慣が僕にはない。缶に戻して、鞄に入れた。この四十秒の中に何が写っているのかを、僕はまだ知らない。部屋に帰って十時を過ぎたころに、電話が鳴った。叔母だった。蓮の母親だ。

 「航くん、蓮、そっち行ってへん?」

 「来てないです」

 「今日、予備校行ってへんて連絡あって」

 「いつからですか」

 「今日だけ。今日だけやねんけどな」

 叔母はそこで少し黙った。受話器の向こうで、換気扇か何かの音がしていた。

 「あの子、去年の夏に須磨で撮ってもろたやんか。航くんに」

 「あれ、まだあるん」

 「あります」

 「そう」

 叔母は、そう、をもう一度言って、それから、遅うにごめんね、と言って切った。僕は受話器を戻して、しばらくそこに立っていた。棚から缶を出して、机に三つ並べた。海、階段、それから六月二日。いちばん右の缶だけが、昨日までとは違うものになっている。中身が四十秒ぶん、この世界の側にはみ出した。

 僕はその缶を持ち上げて、耳のところで振った。何の音もしなかった。フィルムというのは振っても何も言わない。

第六章 同じ盤

 同じ盤が二日続けて売れることは、うちの店ではまず起こらない。

 中古のレコード屋というのは、同じ品が二枚あることのほうが珍しい商売だ。同じ題名の盤が二枚あっても、盤面の状態も値段も違うので、二日続けて同じ札の同じ値段が抜けるという事態はまず起きない。

 六月十八日と十九日に、同じ棚のいちばん手前から、八百円の同じ盤が一枚ずつ出た。偶然だと思っておくのが商売人としては正しい。私はその日の売上を帳面に書きながら、二行に同じ品名を書いた。書いてしまうと、二行はもう並んで、そこにある。

 その日の午前に、五十くらいの女の人が来た。棚は見ずに、まっすぐカウンターに来た。こういう客は探しものがある。

 「あの、題がわからへんのですけど」

 「歌ですか」

 「歌です。昔の。家に置いてあったやつで、母が死んで、うちで片づけてたら箱が出てきて、その中にあったはずやのに、盤だけどっか行ってしもて」

 「歌えますか」

 女の人は少し笑って、それから、笑ったまま口をつぐんだ。人前で歌うということについて、この年代の人はたいてい一度、身体ごと止まる。

 「ふん、でいいです」

 彼女は鼻から音を出した。四小節ぶんだ。途中で一度、音の高さを間違えて、そこで止まって、もう一度頭からやり直した。二度目は最後まで行った。私はその四小節を聴いた。

 人が思い出しながら歌うとき、旋律はだいたい正しくない。上がるところが下がっていたり、長さが倍になっていたりする。それでも間違え方には規則がある。人は自分が好きだったところだけを長く伸ばす。伸びたところを詰めて考えると、元の形が出てくる。

 「昭和三十年代の、映画の主題歌だと思います」

 私は棚のいちばん奥の列から一枚抜いて、内袋から出して、蛍光灯の下で傾けた。傷はない。B面の二曲目に針を落とした。前奏が四小節鳴ったところで、女の人は口を押さえた。

 「そう。それ」

 「合ってましたか」

 「合うてます。母が台所でこれをようやってました。歌わへんかった。ふん、で」

 彼女は千五百円を払って、包んだ盤を胸の前で持って帰っていった。

 人は自分の探しているものの名前を知らないまま、二十年でも三十年でも持っている。名前を知らないから探せない。探せないまま、鼻歌のかたちだけが残る。私はこの商売でその手の客に何度も会っている。会うたびに、こちらは名前を出してやることができる。自分の分の名前を、私は誰にも出してもらっていない。

 買っていったのは、あの女の子と、あの男の子だ。

 二人とも棚を見ていない。二人とも壁を見て、それからいちばん手前の一枚に手を伸ばした。棚のいちばん手前というのは、選ばなかった人間の手が届く場所だ。この店を持って七年になる。七年のあいだに、選ばなかった人間の手つきというのはひと目でわかるようになった。買う気のある客は指を仕切りの奥に入れる。買う気のない客は手前を撫でて終わる。

 男の子のほうは訊いた。あれはいくらですかと訊いて、非売品ですと言われて、それからもう二つ訊いた。持っていて聴かないのかと訊いて、なぜ持っているのかと訊いた。二つ目のほうは、店を開けてから誰にも訊かれたことのない質問だった。訊かれなかったのは、みんなが遠慮していたからではない。誰もそこまで来なかったからだ。あの子は入ってきて三分でそこまで来た。

 女の子のほうは訊かなかった。棚のあいだに立って、壁を見て、それから喉のあたりで一度、息の形が変わった。私はカウンターから見ていた。言葉が出てこようとして、途中で沈む音というのは、口の外に出なくても見える。

 私はそれを見て、何も言わなかった。言えたはずだ。あれが気になりますか、と。八文字だ。私はその八文字を、二か月のあいだ一度も使っていない。六月二十日の午前十一時に、私は電話をかけた。

 封筒の裏に印刷されている番号だ。番号は十日前から手帳に書き写してある。書き写すのに三十秒かかって、かけるまでに十日かかった。三回鳴って、女の人が出た。施設の名前を言って、それからご用件を、と言った。

 「面会のことで」

 「入所者のお名前をお願いします」

 私は名前を言った。言うと、向こうで紙をめくる音がした。紙をめくる音のあいだ、私は自分の店の壁を見ていた。青いジャケットが掛かっていて、その裏に封筒が立ててある。

 「はい、おられます」

 おられます、という言い方だった。

 「面会は午後の一時から四時までです。ご予約はいりませんが、初めての方でしたら、続柄をお伺いすることになります」

 「続柄」

 「ご家族の方ですか」

 私は受話器を持ったまま、そこで止まった。家族ではない。親戚でもない。婚約者でもないし、恋人という言葉も、十年たったいまでは誰も裏書きしてくれない。あの日、駅で八時間立っていた男という項目は、あの用紙にはたぶんない。

 「お名前だけでも、お伺いできますか」

 女の人の声は親切だった。親切だったから、なお答えられなかった。

 「すみません、また、かけ直します」

 私は受話器を置いた。置いてから、時計を見た。通話は一分四十秒だった。十年と一分四十秒だ。二十四のとき、私は印刷所で活字を拾っていた。

 棚に木の箱が並んでいて、箱の中に鉛の字が入っている。よく使う字は手前の浅い箱に、使わない字は上の段の奥にある。原稿を左手に持って、右手で一字ずつ拾って、盤の上に組んでいく。速い人は一時間に千五百字拾う。私は八百くらいだった。

 あの棚の前に立てば、この世のどんな文章でも組めた。

 会いたいという三文字は、いちばん手前の浅い箱にぜんぶある。あの二年のあいだ、私はその三文字を一度も自分の原稿にしなかった。手紙が来なくなってからも、机の抽斗に書きかけの紙を四枚ためただけで、投函はしなかった。

 拾えなかったのではない。拾えるところに全部あった。電話も同じだ。番号は手帳にある。かければ女の人が出る。出た人は親切だった。足りなかったのは、続柄の欄に入れる二文字か三文字だけで、それは箱のどこを探してもなかった。

 昼を過ぎて、女の子が店の前を通った。

 いつもより五分ほど早かった。半歩ぶん遅くなって、それから戻って、行った。彼女はもう入ってこない。八百円の盤を一枚買って、それで済ませたつもりになっている。あれで済ませられるものなら、私も十年前に済ませている。

 四時をまわって、男の子が通った。今日は止まらなかった。速い足で、そのまま駅のほうへ行った。手に丸めたノートを持っていて、それで腿を叩いていた。二人の時間は、五分ずつ近づいているのか、離れているのか、私にはまだわからない。六時に店を閉めて、私は駅へ行った。柱の陰ではなく、その日は券売機の前に立った。

 運賃表を見上げた。あの町までは直通がなくて、二度乗り換える。手前の県境の駅までの切符をまず買う。二千四百円だ。私は千円札を三枚入れた。機械が硬貨を落として、切符を出した。薄い紙が一枚、受け皿の中で少し反っていた。

 乗り換えの時刻は覚えている。

 九時十二分にここを出て、十時四分に県境の駅で乗り換える。乗り換えの待ち時間は十九分ある。次が十時二十三分で、山のほうへ入っていく。着くのが十一時五十八分。そこから一日六本のバスに乗って四十分。バス停から施設まで、徒歩十二分と地図に書いてあった。

 合計で三時間半だ。

 この三時間半を、私は十年のあいだ持っていなかった。十年前に足りなかったのは住所で、時刻表ではない。今度は両方ある。両方あるものについて人は何も言い訳ができないので、私は誰にも何も言っていない。

 切符の券面には日付が印字してある。六月二十日。この数字は明日には別の意味になる。今日の私にとっては行ける日で、明後日の私にとっては行かなかった日だ。同じ紙の同じ数字が、一晩で名前を変える。

 私はそれを取って、財布ではなく、コートの内側のポケットに入れた。改札には入らなかった。

 入らずに、私は柱の陰に立って、十分ほど階段を見ていた。七時二十分の電車が着いて、人が降りてきて、散っていった。その中にあの女の子はいなかった。彼女がここに立って階段を見ていたのは、たしか三日前のことだ。

 店に戻って灯りを点けて、壁の一枚を下ろした。裏から封筒を抜いて、便箋を読んだ。四行だ。読むのに三分かかる。私は便箋を折って、封筒に戻した。それから、コートの内ポケットから切符を出して、封筒のあいだに挟んだ。

 封筒には、有効期限のあるものが一枚入った。切符というのは、買った日から翌日までしか使えない。明日の終電を過ぎれば、この二千四百円はただの紙になる。ただの紙になるとわかっているものを、私はいま、自分で買った。壁に戻して、灯りを消した。

第七章 閉架

 大学の図書館の地下に、閉架書庫がある。

 カウンターに請求票が出ると、係の者が階段を下りて、書庫から本を出してくる。わたしは週に三日、その係をしている。時給は五百二十円で、九十分で四百八十円にしかならない日もあるが、そういうことを気にする人間はこの仕事を選ばない。

 書庫は棚が動く。ハンドルを回すと、鉄の棚がレールの上を横に滑って、通路が一本だけ開く。開いた一本の中に入って、番号を追って、目当ての一冊を抜く。抜いたら通路を出て、次の番号のためにまたハンドルを回す。棚がすれ違うときに低い音がして、その音は書庫の天井にいったん上がってから降りてくる。

 わたしはこの仕事が速い。

 自分でも意外だった。番号を見て、階段を下りて、ハンドルを回して、抜いて、戻る。この一連は三分半でできる。ほかの係の人は五分か六分かかる。速いのは、上でその本を待っている人がいるからだ。誰かが待っているという事実だけが、わたしの中の詰まりをきれいに抜いてくれる。自分のためには半拍遅れる人間が、他人の待ち時間に対しては一秒も無駄にできない。この二つがどうして同じ体に入っているのかは、まだわからない。

 六月二十二日は、四時までのシフトだった。

 最後に出した請求票は、洋書の写真集で、番号は七四八の棚の上から二段目にあった。届けると、カウンターの前に立っていたのは大学院生らしい男の人で、開いてすぐ、ああ、これじゃない、と言った。

 「別の版でしたか」

 「同じ題で、二冊あるんですよ。写真の入ってるほうが要るんです」

 わたしはもう一度階段を下りて、ハンドルを回して、隣の一冊を抜いてきた。その人は、すみません、と言って、それから、早いですね、と言った。四時に上がって、駅前まで歩いた。鉄の階段の三段目と七段目を端のほうで踏んで、二階に上がった。玲がカウンターの内側にいた。

 「北原さんは」

 わたしは自分の口からその言葉が出たことに、少し遅れて気がついた。準備してきたからだ。昨日の夜、部屋で三回、声に出さずに口の形だけ作った。北原さん、いらっしゃいますか。落とし物を預かっているんですけど。二文で終わる。二文なら言える。

 「今日おらへんねん。撮影やって」

 「そう」

 わたしは窓際の席に座った。玲がアイスコーヒーを持ってきて、そのままわたしの前の椅子に座った。

 「五分だけ休憩」

 「いいの」

 「マスター、いま銀行行ってる」

 玲はグラスの水を一口飲んだ。飲み方が、いつもわたしといるときの飲み方だった。

 「長谷川さんてさ、うちのこと、疲れへんの」

 「なんで」

 「うち、喋りすぎやから」

 「そうかな」

 「そうやで。この前も言うたやんか、合わせてるだけやって」

 玲はテーブルの木目を指でなぞった。

 「うちな、中学のとき転校三回してん。親の仕事で。三回目でわかったことがあって、教室入って最初の三日で、その教室でいちばん強い子の喋る速さを覚えるねん。それに合わせたら、だいたい大丈夫」

 「疲れない?」

 「疲れへん。もう、それが速さやから」

 玲は指を止めた。

 「せやから、たまにわからんようになんねん。うちの、ほんまの速さってどれやったかな、って」

 窓の外でバスが停まって、扉が開いて、閉まった。

 わたしはそこで、言おうとしたことがあった。玲の速さは、わたしといるときのこれだと思う、というようなことだ。理由もある。玲は階段を一段ずつ下りるようになったし、氷が溶けるのを見ているだけの人間の前に、五分の休憩を持ってきて座る。

 わたしの口から出たのは、そっか、だった。三文字だ。準備していない文は、いつも三文字になる。

 「撮影、どこでやってるの」

 「倉庫街。三番目の路地やって言うてた。西日が壁に当たるとこやねんて」

 玲はそれだけ言って、立ち上がって、カウンターへ戻った。わたしは倉庫街まで歩いた。

 駅の裏を抜けて、貨物の線路を渡ると、灰色の建物が続く一角がある。路地は番号で呼ばれているわけではないので、どれが三番目なのかはわからない。一本目に入って、何もなくて、出た。二本目も何もなかった。

 三本目の路地の奥に、人がいた。わたしは入口で止まった。そこから奥まで、十五メートルくらいある。壁の前にビールケースが置いてあって、その上に北原さんが立っていた。手前に三脚があって、その後ろに、白いシャツの人がいた。

 西日がアーケードのない空から真横に来て、壁に当たっていた。壁はモルタルで、縦にひびが一本入っている。光がその角度に来ると、ひびの底に影ができて、線が急に太くなる。太くなった線は、建物の内側から誰かが鉛筆で引いたみたいに見えた。

 わたしはその線を見ていた。

 絵の中の傘の骨が八本あったことを思い出した。あの絵の中で、まわりの人はみんな横に流れた線になっていて、真ん中の女の人だけが線になっていなかった。線を引くのが速い人だ。線ならいくらでも引ける人が、線にならないものの前でだけ止まる。

 その人は三脚の後ろでカメラを覗いていた。覗いたまま、動かなかった。北原さんはケースの上に立っていた。風でスカートの裾が動いて、また戻った。誰も何も言わなかった。

 わたしは息を止めていた。止めているつもりはなかったが、途中で苦しくなって、それで気がついた。光は壁の上のほうへ移っていった。ひびの影が細くなって、太い線が消えて、壁がただの壁になった。

 その人は三脚から離れて、脚をたたんだ。たたむのは速かった。北原さんがケースから降りて、スカートの埃を払って、何か言った。声はここまで届かなかった。二人は路地の反対側の出口のほうへ歩いていって、角を曲がって、見えなくなった。

 路地には誰もいなくなった。わたしは十五メートルを歩いた。ビールケースは置きっぱなしになっていた。三脚の脚が立っていた場所に、アスファルトの上の砂が三つ、丸く払われた跡が残っている。わたしはその跡のうしろに立って、壁のほうを見た。

 壁はただの壁だった。光はもうない。

 鞄の内ポケットから、ハンカチにくるんだものを出した。開いて、手のひらに乗せた。黒くて丸くて、思ったより軽い。あの人は四十分待って、いちばんいいところで押せなかった。わたしは三か月待って、四メートルのところで渡せなかった。

 どちらが長いという話ではないのだと思う。ただ、この路地には今、押せなかった人が使うはずだった光の跡と、渡せなかった人間が持っている蓋とが、両方ある。それを同じ場所に並べたのは、わたしだ。

 わたしは口を開けた。

 「これ、落としましたよ」

 声は出た。壁に当たって、少しだけ返ってきた。誰もいない路地で言う分には、わたしの声はちゃんと出る。二十二時間遅れているだけで、機能そのものは壊れていない。

 「あの絵、見ました」

 二文目も言えた。言ってしまうと、その二文はもう新品ではなくなった。次に本人の前で言うときには、これは二度目になる。二度目のほうが言いやすいのか言いにくいのか、わたしはまだ知らない。

 蓋をハンカチに包み直して、鞄に戻した。部屋に帰ると、郵便受けに封筒が入っていた。差出人は父で、住所は実家のままだ。字は前のと同じで、太くて、右上がりで、住所の「県」の字だけがいつも大きい。

 机の右の端には、三日前の封筒がまだ置いてある。封を切っていないほうだ。

 わたしは二通目をその上に重ねた。重ねると、下の一通は見えなくなった。見えなくなったからといって、なくなるわけではない。二通あるということは、一通目に返事がないのを知っていて、それでも二通目を書いた人がいるということだ。

 アイロン台を出して、コンセントに差した。赤いランプが点いた。消えるまでのあいだ、わたしは机の右の端を見ていた。

第八章 撮り直し

 自分が何を見ていなかったかを人から教えられるという経験は、たいていの場合、見ていなかったこと自体よりも、それを教えられる瞬間のほうが厄介にできている。

 路地から表通りへ出たところで北原がその話をした。さっきの子は知り合いなのか、と彼女は訊いた。僕は誰のことだと訊き返した。北原は路地の入口を親指で指して、あそこにずっと立っていた子がいたのだと言った。僕は振り返ったが、そこにはもう誰もいなかった。壁の前にビールケースがひとつ置き忘れられていて、それは間違いなく僕が置き忘れたものだった。

 北原は鞄からエプロンを出して腕にかけながら、あんたのことを外から見ている人はちゃんといるのだ、あんたのほうが見ていないだけだ、というようなことを言って、喫茶店の鉄の階段を上がっていった。彼女はこれから六時間ぶんの玉子サンドを作る。僕は三脚を担いで、その日もフィルムを一秒も使わないまま帰ることになった。二日続けてゼロだった。ゼロが二日続くと、それはもう記録ではなくて性質と呼ばれる種類のものになる。

 部室に戻って、僕は棚からいちばん左の缶を出した。窓の中に去年の八月の須磨が出てきた。

 終わりで蓮は立ち止まり、振り返って、口を動かす。二音か三音だ。風の音に食われて声は入っていない。現場で僕はその声を聞いたはずなのだが、何と言ったかを覚えていない。覚えていないものはこの帯の中にも入っていないので、その二音か三音は、この世界のどこにも保管されていないことになる。

 繋ぐなら三日だ。頭と尻を切って、音を当てて、タイトルを入れる。三日で終わる。三日で終わるとわかっているものの前で、僕は十か月手を止めている。繋いだ瞬間に、去年の八月の蓮はそこで完成する。北原の六歳の十五秒とまったく同じ種類のものを、僕はこの手で一本こしらえることになる。

 電話が鳴ったのはその夜の九時で、蓮だった。

 明日は空いているかと彼は訊いた。空いていると僕は答えた。須磨へ行こう、と蓮は言った。泳ぐ気かと訊くと、泳がない、撮ってほしいのだと言った。去年と同じ場所を同じように歩くから、撮り直してくれ、というのが用件だった。

 なぜ撮り直すのかと僕は訊いた。蓮の理屈はこうだった。去年のものが問題なら、新しいものを作ればいい。二本並べれば人間は必ず新しいほうを見る。去年の八月の自分が本物だと思われるのが嫌なのだから、今年の自分を撮ってもらうのが筋である。

 翌日の三時に須磨の駅で落ち合った。

 浜へ降りて防波堤の付け根まで歩いた。六月の海は八月の海より色が濃くて、水平線の手前で二段に分かれて見える。人はほとんどいなかった。遠くで犬を連れた老人が一人、こちらへ向かって歩いていたが、途中で向きを変えて帰っていった。

 去年と同じ位置に三脚を立てるのに十五分かかった。蓮は待っていた。待っているあいだ、砂を靴の先で掘っていた。掘っては均し、掘っては均していた。

 去年の最後に自分が何か言ったはずだ、と蓮は言った。言った、と僕は答えた。何と言ったか覚えているかと彼は訊いた。覚えていないし、音も入っていない、と僕は言った。蓮はしばらく黙って、それから、俺も覚えていない、と言った。じゃあ今日は聞こえるところで言えばいい、と僕は言った。そうだな、と蓮は言った。

 四時十分に、光の角度が去年に近くなった。僕はスイッチに指を置いた。置いた指は、そのまま押した。

 押したことに僕自身が少し驚いた。フィルムが回りはじめるときの音はラジオの雑音によく似ていて、その音が聞こえるということは、この世界の一部が確実に減っているということでもある。四十分待って押せない指と、何も考えずに押した指が、同じ手の同じ場所についている。

 蓮は四分歩いた。去年より三秒だけ長かった。端まで行って立ち止まり、振り返って、こちらに向かって口を開けた。風はあったが、去年ほどではなかった。ちゃんと撮れよ、と蓮は言った。声は入った。

 僕は指を離さず、そのあと十秒ほど回しつづけた。蓮は防波堤の上に立ったままこちらを見ていた。見ているだけで、何もしていなかった。海は彼の後ろで動きつづけていて、彼だけが動いていなかった。それがあの絵とまったく同じ構図であることに気がついたのは、フィルムを止めて三脚をたたんでいるときだった。僕はどうやら、動かない人間を真ん中に置くという構図を、自分の意思とは別のところで何度も選んでいるらしい。

 帰りの電車で蓮は窓の外を見ていた。今日のはいつ繋ぐのかと彼は訊いた。学祭までには、と僕は答えた。ちゃんと繋げよ、繋がなかったら去年のが残るだけだからな、と彼は言った。わかっていると僕は言った。わかっていないだろう、と彼は言って、少し間を置いてから、冗談だ、と付け足した。

 電車は海沿いを走って、トンネルに入って、出た。出たところで海はもう見えなくなっていた。

 部屋に帰って棚に缶を並べた。海、階段、六月二日、それに今日ぶんの新しい缶がひとつ増えて、四本になった。ラベルには六月二十三日と書いた。書いてから、いちばん左の缶をしばらく見ていた。

 同じ男が同じ場所を歩く四分間が、この部屋に二本ある。片方には声が入っておらず、もう片方には入っている。二本を並べて置いておくかぎり、この従兄弟は完成しないままでいられる。そういう理屈も一応は成り立つのだが、その理屈が誰のためのものなのかは、僕にはよくわからなかった。

 棚に戻す前に、僕は三本目の缶をもう一度手に取った。中には六月十八日の交差点の四十秒がまだ入っていて、僕はそれをまだ見ていない。見ていないものが自分の部屋の棚にあるというのは、考えようによっては、封を切っていない手紙が一通あるのとそう変わらない。

第九章 一秒

 切符というものには有効期限がある。

 六月二十日に買った二千四百円の切符は、翌日の終電を過ぎた時点でただの紙になった。私はその瞬間を見ていない。見ていないところで、紙のほうが勝手に役目を降りた。降りたあとの切符は、封筒のあいだに挟まったまま、ジャケットの裏に立ててある。

 こういうものは捨てるべきなのだと思う。使わなかった切符を持っていても、次に使えるわけではない。それでも私は捨てなかった。捨てるという行為は、買うという行為と同じくらい、はっきりした意思を必要とする。私にはそのどちらもない。

 二通目が届いたのは六月二十六日の午前だった。

 郵便屋が投げ入れた束の中に、同じ施設の名前が印刷された封筒が混ざっていた。宛名の字は前と同じで、前より少しだけ細くなっていた。ペン先を紙に押しつける力というのは、その日の体調によって毎回変わる。

 便箋は一枚で、三行だった。

 先日お手紙を出しましたが、届いていますでしょうか、というのが一行目だった。届いていなければ、住所を間違えているかもしれません、というのが二行目で、面会の受付は午後一時から四時までです、というのが三行目だった。

 私はその三行を、カウンターの上で二十分ばかり見ていた。届いている。住所は合っている。間違えているのは住所ではない。

 十年前の六月に、私は駅の改札の前で八時間立っていた。あのとき私は、彼女が来ない理由をいくつも考えた。乗り遅れたのだと考え、日にちを間違えたのだと考え、途中で気が変わったのだと考えた。最後まで考えつかなかったのは、来られないという可能性だけだ。二十四の私はそこまで想像力が届かなかった。

 今度は、届く側に私がいる。

 あの人はいま、住所を間違えたかもしれないと考えている。手紙が郵便局のどこかで止まっているかもしれないと考えている。私が読んで、読んだうえで、十七日と六日のあいだ何もしていないという可能性については、たぶんまだ考えついていない。

 それを考えつかないでいてくれるうちに何かをするのが、人としてまともなやり方だ。私は帳面を開いて、その日の仕入れを書いた。午後の二時前に、あの女の子が来た。

 引き戸が開いて、上の鈴が鳴った。彼女は前と同じように棚のあいだに立って、背表紙ではなく壁のほうを見た。前と違ったのは、その日は棚から一枚も抜かなかったことだ。八百円の盤を買って帰るという手続きを、彼女はもう自分に許さないことにしたらしい。

 三分ほど、彼女は立っていた。喉のあたりで、息の形が二度変わった。私はこのとき、自分の口が動くのを、少し離れたところから見ているような気持ちで聞いていた。

 「あれが、気になりますか」

 八文字だ。二か月と少しのあいだ言えなかった八文字が、なんの前触れもなく出てきた。自分のことでは十七日動けない人間が、他人のことでは二秒で動く。この不公平については、以前から気づいてはいた。

 彼女はこちらを向いた。それから、はい、と言った。

 「非売品なんですよね」

 「そうです」

 「どういう盤なんですか」

 私は少し考えた。考えるといっても、答えを探していたわけではない。どこまで言うかを決めていた。

 「渡せなかったものです」

 彼女は黙っていた。黙り方が、待っている黙り方だった。この子は人の話の続きを急がせない。急がせないのは、たぶん自分が急がされるのが苦手だからだ。

 「十年前に、人に渡すつもりで持っていました。渡せなかったので、こちらに残っています」

 「聴いたことは」

 「ありません。一度も鳴らしていない」

 彼女はそこで、少しのあいだ壁を見た。

 「聴かないんですか」

 「聴くと、減りますから」

 言ってから、これは説明になっていないと思った。溝が減るという話は、この場合、話の半分にもならない。彼女は、そうですか、と言って、それ以上は訊かなかった。訊かないでくれたことに、私は少し助けられた。

 彼女が帰ろうとしたので、私は一つだけ話をした。

 先週来た客の話だ。五十くらいの女の人で、母親の家を片づけていたら題のわからない歌が出てきた。盤はどこかへ行ってしまって、旋律だけが残っている。歌えますかと訊くと、その人は鼻から音を出した。四小節だ。途中で高さを間違えて、頭からやり直して、二度目は最後まで行った。

 「わかったんですか」

 「わかりました。昭和三十年代の映画の主題歌でした。B面の二曲目です」

 「すごいですね」

 「すごくはないです。人は、好きだったところだけを長く伸ばして歌うんです。伸びたところを詰めれば、元の形が出てくる」

 私はカウンターの布を畳んだ。

 「あの人は、三十年その歌を持っていました。持っていたのに、題を知らなかった。題を知らないから、探せない。探せないから、ずっと鼻歌のかたちのままだった」

 彼女は引き戸のところに立って、こちらを見ていた。

 「題がわかったら、どうなるんですか」

 「注文できます」

 彼女は、注文、と小さく言った。言い方が、その単語を初めて手に持ってみたような言い方だった。

 「うちは注文も受けてます。題さえわかれば、たいていのものは半月で来ます」

 「半月」

 「半月です」

 彼女は少し頭を下げて、引き戸を開けて、出ていった。鈴が鳴って、外の音が入ってきて、戸が閉まって、また静かになった。その日、私は六時に店を閉めなかった。

 灯りを点けたまま、カウンターの内側でしばらく座っていた。七時になって、外の商店街のシャッターが順番に降りる音が聞こえた。八時前に、私は壁の一枚を下ろした。

 ジャケットの裏から封筒を二通抜いて、カウンターの上に並べた。あいだから、期限の切れた切符が一枚落ちた。私はジャケットから内袋を出して、内袋から盤を抜いた。

 十年ぶりの重さだった。三十センチの円盤は、思っているよりずっと重い。片手で持てるが、片手で持つものではない。私は両手で持って、蛍光灯の下で斜めに傾けた。傷はない。埃も入っていない。溝は十年前に工場を出たときのままだ。世の中でこれほど完全な状態で存在しているものは、そう多くない。

 私は店の奥の機械の蓋を開けた。

 客に試聴させるための古いプレーヤーで、毎日使っている。ターンテーブルを回して、回転数を確かめた。四十五ではなく三十三だ。盤を載せた。載せると、盤の中心の穴が軸に落ちて、小さい音がした。

 アームを持ち上げた。持ち上げたところで、私の手は止まった。

 止まったまま、二十秒くらいそうしていたと思う。二十四のときに私はこれを紙袋の中で八時間握っていて、そのあいだ一度も、これを自分で聴くという場面を想像しなかった。これは私のものではなかった。渡すためのものだった。渡せなかったものを自分で鳴らすというのは、順番として、まだどこか違う。

 私はアームを下ろした。針が盤の外周に触れる直前の、まだ触れていないところで、スピーカーから音が出た。静電気だ。乾いた盤の表面に溜まった電気が、針の先の空気を通って、細かい雑音になる。じり、という音が一秒だけ鳴った。曲ではない。溝の音でもない。盤がそこにあるということだけを伝える音だ。

 私はアームを持ち上げて、戻した。

 一秒だった。十年で一秒。この調子でいけば、片面を鳴らし終えるのに私はあと二万年ばかり必要になる。盤を内袋に戻して、ジャケットに入れて、封筒二通と切符を裏に立てて、壁に掛けた。灯りを消して、鍵をかけた。

 外に出ると、商店街はもうほとんど暗かった。パン屋のシャッターに、明日の予約承りますという紙が貼ってある。乾物屋の前を通って、駅前の広場へ出た。柱の陰には行かなかった。その代わり、券売機の前に立った。運賃表を見上げて、県境の駅までの金額を確かめた。二千四百円。数字は先週と同じ場所にあった。

 私は財布を出さなかった。

 同じ紙をもう一枚買って、もう一度ただの紙にするだけだ。それをやると、私はたぶん、あの封筒の裏に切符を溜めていく人間になる。二枚になれば三枚になる。三枚まで行った人間が四枚でやめるところを、私は見たことがない。

 私は券売機の前を離れて、家に帰った。途中で一度だけ振り返った。改札の灯りはまだ点いていて、階段の上から人が降りてきていた。降りてきた人はみんな、どこかへ帰る顔をしていた。

第十章 注文

 注文、という言葉を、わたしは商店街を抜けるあいだじゅう持って帰った。

 言葉を持って帰るという感覚が、たぶん人に伝わらない。わたしの場合、その日に聞いた言葉のうち一つか二つが、鞄の中の重さのようになって残る。家に着いてから鞄を開けて、それを出して机に置く。置いてしばらく見ている。そういう時間がある。

 注文というのは、こちらから言わなければ何も起こらない種類の言葉だ。

 その点で、わたしがこの二十年で使ってきた言葉とは種類が違う。すみません、とか、はい、とか、そっか、とか、そういうものは全部、向こうから来たものへの返事だった。返事は速い人でも遅い人でも一応できる。半拍遅れても、返事は返事として成立する。

 注文は返事ではない。わたしは机の右の端を見た。封筒が二通ある。左の端にレンズの蓋がある。真ん中には何もない。次の日、四時に閉架のシフトを上がって、商店街へ行った。引き戸を開けると鈴が鳴った。緑色のコートの人はカウンターの内側にいて、盤を拭いていた。溝に沿って、外から内へ、同じ角度で。

 「いらっしゃい」

 わたしはカウンターの前まで行った。行ってから、そこで一度、床のほうを見た。床は板で、木目が縦に走っている。準備してきた文は二つある。昨日の夜、部屋で口の形だけ三回作った。

 「注文って、誰でもできるんですか」

 一つ目は言えた。

 「できますよ」

 「題名がわかっていれば」

 「わかっていれば」

 その人は布を置いた。カウンターの下から伝票の綴りを出して、ボールペンをその上に置いた。置き方が、こちらに向けて置く置き方だった。

 「題は」

 わたしは壁を見た。あの盤の真ん中に白い字がある。二か月のあいだ、ガラス越しには読めなかった。先週この店に入ったとき、棚のあいだから読んだ。読んでからずっと、その六文字はわたしの中にある。

 「手のひらの宇宙、です」

 言ってしまってから、自分の声を聞いた。声はふつうの大きさで出ていた。その人は、伝票の上のボールペンに手を伸ばしかけて、そこで止まった。止まっていたのは、三秒か四秒だと思う。それから顔を上げて、わたしを見た。目の下に、たてに二本、深い線が入っている。

 「あれと同じものを」

 「はい」

 「なぜ」

 わたしはそこで、答えを持っていなかった。持っていないことに、訊かれてから気がついた。あの盤が気になった理由も、この店の前で足が半歩遅くなる理由も、説明できない。説明できないまま二か月通って、注文票の前まで来てしまった。

 「わからないです」

 その人は少し黙って、それから、そうですか、と言った。

 「わからないもののほうが、たいてい長く残ります」

 そう言って、ボールペンを取った。

 伝票に題名を書いた。字は小さくて、ひとつずつ同じ大きさだった。次の欄に、わたしの名前と、下宿の電話番号を書かせた。書いているあいだ、その人はカウンターの向こうで待っていた。急がせなかった。

 「入荷まで、半月くらいです。もっと早いこともあります」

 「うちで扱ってるのは中古なので、状態は選べません。傷のあるものが来たら、そのときはお断りしてもらってかまいません」

 「聴けたら、それでいいです」

 その人は伝票の控えを切り取って、わたしに渡した。薄い紙で、複写の青い字がすこし滲んでいた。手のひらの宇宙、と書いてある。誰かが自分のために書いた、わたしの名前つきの紙だ。

 「代金は入荷のときで」

 「はい」

 外に出て、わたしはその控えを二度たたんで、鞄の内ポケットに入れた。レンズの蓋の隣になった。問題は、わたしがレコードをかける機械を持っていないということだ。下宿の部屋にあるのは、ラジオが一台と、目覚まし時計と、アイロンだ。アイロンでレコードは鳴らない。

 閉架のバイトは時給五百二十円で、週に三日、一日四時間。ひと月で二万五千円くらいになる。下宿代が二万二千円で、そのうち一万五千円は実家から来る。差し引きで、わたしが自由にできるのはひと月に一万八千円ある。

 中古のプレーヤーの値段を、わたしは知らない。知らないので、明日あの店で訊けばいい。訊けばいい、と自分で思ったことに、わたしはあとから少し驚いた。金曜に喫茶店へ行った。鉄の階段の三段目と七段目を端で踏んで上がると、カウンターの内側に二人いた。玲と、北原さんだ。

 「長谷川さん、ちょうどよかった」

 玲がそう言った。ちょうどよかった、と人に言われる状況に、わたしはあまり慣れていない。北原さんが奥から出てきた。手にトレイを持っていなかった。

 「あんたが玲ちゃんの友達か」

 「はい」

 「うち、北原。映画研究会」

 「頼みがあんねん。秋の学祭に出す映画の手伝い、してくれへん」

 わたしは玲を見た。玲は水のグラスを拭きながら、こちらを見ずに言った。

 「うち推薦しといたで。この子、本探すの日本一速いから、ゆうて」

 「本と映画は関係ないやろ」

 「関係あるって。記録係とか、そういうやつやろ。番号とか時間とか書く係」

 北原さんは椅子を引いて座った。

 「実はな、ほんまに人がおらへんねん。うちの会、四人しかおらん。撮る子が三人おって、みんな自分のを撮ってて、うちは出るだけ。カチンコ打つ人も、時計見る人もおらへん」

 「わたし、映画のことは何も知らないです」

 「知らんほうがええねん。知ってる子は口出してくるから」

 北原さんはそう言って、それから少し声を落とした。

 「うち、今年で最後にするって決めてんねん。四年おって、完成したやつが一本もないから」

 わたしは、その言葉を持ち帰りたいと思った。持ち帰る前に、返事をしなければならなかった。言葉は喉のところまで来ていた。いつもならここで沈む。沈んで、あとで部屋で、机の右端を見ながら思い出す。

 路地の壁の前で、わたしは二文だけ声に出したことがある。あれは二度目のほうが言いやすいのか言いにくいのか、まだ知らないと書いた。書いたのはわたしの頭の中でだ。

 「はい」

 出た。

 「ほんま?」

 「はい。やります」

 北原さんは両手を叩いた。玲がグラスを拭く手を止めて、こちらを見た。見て、それから、へえ、と言った。へえ、の言い方が、いつもの玲の高さではなかった。少し低かった。合わせるのを忘れた高さだと思う。

 「撮影は来週から。倉庫街と、駅と、あと海」

 「海」

 「須磨。監督が海が好きやねん」

 監督、という言葉が出たので、わたしはそこで一度、息を止めた。止めたことに気づかれないように、水を一口飲んだ。氷はまだ溶けていなかった。その夜、下宿の廊下の電話が鳴った。共同の電話で、いちばん近い部屋の人が出て、廊下の奥まで呼びに来る決まりになっている。二階の端まで来て、長谷川さん、と呼ばれた。

 母だった。

 「元気にしてるん」

 「してる」

 「ごはん食べてるか」

 「食べてる」

 母は、そう、と言って、それから少し黙った。廊下の窓が開いていて、下の道を自転車が通る音がした。

 「お父さんな、あんたに話があるみたいやわ」

 わたしは受話器を持ち替えた。

 「手紙、来てへんか」

 「来てる」

 「読んだ?」

 わたしは、うん、と言った。嘘をつくのは速い。嘘だけは、わたしの中で半拍も遅れない。

 「そう。ならええわ」

 母はそれ以上訊かなかった。訊かないでくれたのは、たぶん、訊いても仕方がないと知っているからだ。天気の話を二つして、電話は切れた。部屋に戻って、電気を点けた。机の右の端に封筒が二通ある。左の端にレンズの蓋がある。真ん中に、注文票の控えを置いた。

 三つが横に並んだ。右のは開けていないもので、左のは返していないもので、真ん中のは、わたしがこの二十年で初めて自分から言って手に入れた紙だ。半月かかると言われた。半月というのは、待つのが仕事の人間にとっては、たぶん短いほうだ。

第十一章 残り三分

 八ミリのフィルムというのは、カートリッジという小さな箱に収まっている。

 箱の中で、フィルムは供給側のリールから巻き取り側のリールへ移動していく。撮った部分は巻き取り側に溜まり、まだ撮っていない部分は供給側に残っている。ここまでは誰でも想像できる。問題は、この箱が途中では開けられないという点にある。

 開ければ光が入る。光が入れば、撮った部分も撮っていない部分も、区別なくすべて白くなる。だから途中で中身を取り出すという選択肢は存在しない。三分二十秒ぶんのフィルムを全部使い切って、箱ごと現像所に出す。それ以外の方法はない。

 つまり僕は、六月十八日の交差点の四十秒を見るために、残りの二分四十秒を撮らなければならない。

 この構造について、僕は自分の部屋の床に座って三十分ばかり考えた。すでに手の中にあるものを見るために、まだ手の中にないものを作らなければならない。前に進まないかぎり、後ろにあるものが見えない。よくできた冗談のような仕組みだが、フィルムを設計した人間はたぶん冗談のつもりではなかったはずだ。

 僕はカートリッジをカメラに戻した。カウンターの窓には、残りの目盛りが出ている。あと三分と少し。翌日、喫茶店で北原にその話をした。記録係が見つかった、と北原は言った。玲ちゃんの友達で、来週から入ってもらう、と。

 僕は、そう、と言った。

 どんな子かと訊くべき場面だったのだと思う。撮る側の人間が新しく入る人のことを何も訊かないというのは、たぶん礼儀として問題がある。ただそのとき僕の頭は残りの二分四十秒の使い道でいっぱいで、記録係というのは僕にとって、時計とノートを持っている人という記号でしかなかった。

 その子ええ子やで、と北原は言った。僕は、うん、と答えた。その足で、僕はレコード屋へ行った。

 引き戸を開けると鈴が鳴って、中は外より三度ばかり涼しかった。緑色のコートの男はカウンターの内側にいて、白い布で盤を拭いていた。溝に沿って外から内へ、同じ角度で。この人の手はいつも同じ速度で動いていて、その速度を見ていると、こちらの呼吸のほうが合わせにいってしまう。

 僕は用件を言った。この店の中を撮らせてほしい、と。

 男は布を止めて、顔を上げた。何のためかと訊いた。学祭に出す映画で、街の中の場所を何箇所か撮っているのだと僕は言った。実際にはまだ何も決まっていなくて、決まっていないという事実をこの人の前で言うのは避けたかった。

 「フィルムですか」

 「八ミリです」

 「音は」

 「別録りです。今日は絵だけです」

 「棚と、床と、私の手までなら」

 「ありがとうございます」

 「壁のあれは撮らんといてください」

 僕は壁を見た。青い一枚が掛かっている。角が四つとも柔らかい。

 「入りませんか、画角に」

 「入らないように撮ってください。撮れるでしょう」

 撮れる、と僕は答えた。実際、その手の注文はいくらでも実現できる。カメラというのは、写すものを決める装置であると同時に、写さないものを決める装置でもある。八割は後者の仕事だ。僕は三脚を立てずに、手持ちで撮った。

 棚のあいだに立って、木の仕切りの札を左から右へ流した。国内、洋楽、映画音楽、演歌。札の字は手書きで、演歌の「演」だけが少し傾いている。床の板目を縦に撮って、段ボールに斜めに立てられた盤の背を撮った。

 最後に、カウンターの内側の手を撮った。

 男は僕がカメラを構えているあいだ、いつもと同じ速度で盤を拭いていた。撮られていることを意識すると人の動作はたいてい二割ほど遅くなるのだが、この人の手は変わらなかった。円ではなく、溝に沿って、外から内へ。指の関節が四つ見えて、そのうち親指の付け根に古い傷がある。

 四十秒ばかり回した。残りの目盛りは二分になった。

 「終わりました」

 「そうですか」

 男は布を置いて、それから、ひとつ訊いてもいいですかと言った。僕は、どうぞ、と答えた。

 「その中には、もう何か入ってるんですか」

 「四十秒だけ」

 「何を撮ったんです」

 「交差点です。渡ってる人を、四十秒」

 男はうなずいた。うなずいてから、少し間を置いた。

 「見ましたか」

 「まだ見てません。途中では出せないので」

 「なるほど」

 彼はそれ以上何も訊かなかった。訊かない代わりに、カウンターの下から伝票の綴りを出して、何かを確かめるようにめくって、また戻した。めくったのは一枚だけで、その一枚に何が書いてあるのかは、こちらからは見えなかった。

 店を出るとき、鈴がもう一度鳴った。夜に蓮の家へ電話をかけた。

 叔母が出て、蓮は塾から帰っていないと言った。九時を過ぎていた。予備校の自習室は八時半までのはずだが、その話はしなかった。叔母は、また来てあげてな、と言って、それから、この前の海のやつ、あの子は喜んでたわ、と言った。

 「本人がそう言ってましたか」

 「そんなん言わへんよ、あの子は。でもシャツ洗うてって出してきたから」

 次の日の夕方、僕は商店街の出口の交差点にいた。残りは二分だ。西日は先週と同じ角度で来ていて、横断歩道の白い縞の上を長く走っていた。人が渡ると、白い上を通るあいだだけ脚が影ごと消える。

 僕はカメラを出して、赤のあいだに構えた。青になった。十人ばかりが同時に歩き出した。そのうち、いちばん手前にいた人が動かなかった。髪の長い人で、鞄を左手に提げて、正面を向いて立っていた。青になったことは見えているはずだった。まわりの人間の背中が二歩ぶん先へ行ったところで、その人の足はやっと動いた。

 僕はスイッチを押していた。押したことに、押してから気がついた。背中が向こう側の歩道に着いて、人混みに紛れた。僕はカメラを下ろした。目盛りは一分半になっていた。この四十秒ぶんの中に、僕は同じ交差点を二度撮ったことになる。一度目は先週で、二度目が今日だ。一度目に何が写っているのかは、まだ知らない。

第十二章 在庫

 中古盤の注文というのは、要するに人の在庫を当たる仕事だ。

 新品なら問屋に頼めばいい。中古にはそれがない。同業の店に電話をかけて、こういう題のものが手元にありますかと訊く。あれば送ってもらい、こちらの売値に少し乗せて客に渡す。相手の店にとってはただの一枚が出るだけで、こちらにとっては注文が一件片づく。それだけの商売だ。

 私はこの十年、その電話を一度もかけなかった。

 かけようと思えばいつでもかけられた。題は知っている。歌手も、番号も、発売年も知っている。壁に掛かっている一枚の裏側には全部印刷してあって、私は月に一度それを拭くたびに読んでいる。

 六月二十九日の午前に、私は受話器を取った。最初にかけたのは大阪の同業で、三十年やっている店だ。題を言うと、向こうは少し黙って、それから在庫の帳面をめくる音がした。

 「ああ、ありますよ。二枚あるな」

 二枚、と私は繰り返した。

 「一枚は帯なしで千二百円、もう一枚は帯付きで二千円。どっちにします」

 「状態は」

 「どっちもきれいです。あれ、そんなに回ってへんから、盤面は残ってるのが多いんですわ」

 私は帯なしのほうを頼んだ。客に渡すのに帯は要らない。要らないというのは商売上の判断で、私自身の判断ではない。私自身のほうの判断がどう出るかについては、そのとき考えないようにした。

 「送料はうちで持ちますわ。ついでに何枚か入れときます」

 「ついでとは」

 「返品もんが溜まってましてね。ええのがあったら見といてください」

 電話は三分で終わった。三分だ。私は受話器を置いて、カウンターの上を見た。何もなかった。帳面と、ボールペンと、四つ折りにした布があった。十年である。

 この十年のあいだ、私はあの盤を、この世に二枚とないもののように扱ってきた。壁に掛けて、値札をつけず、月に一度拭いて、非売品ですと答えてきた。そう扱っていれば、そう扱うだけの理由が向こうから生えてくると思っていたのかもしれない。

 実際には、大阪の店の棚に二枚あった。帯なしが千二百円で、帯付きが二千円だ。私は帳面を開いて、その日の日付の下に、注文分入荷予定、と書いた。書いた字が思ったより小さくなった。荷物は七月二日に届いた。三日だ。半月と言ったのは私で、その半月には何の根拠もなかった。

 段ボールは思っていたより大きかった。開けると、新聞紙に包まれた盤が四枚入っていた。上の三枚は向こうの店の返品もので、いちばん下に、注文の一枚があった。新聞紙は先月の日付だった。

 私はその一枚を出して、蛍光灯の下で傾けた。青い。真ん中に白い字がある。ジャケットの角は四つとも生きている。壁に掛かっているほうの角は柔らかく丸くなっているので、二枚を並べれば、どちらがどちらかは私にしかわからない違いとして残る。

 内袋から盤を抜いて、光の帯を溝の上に走らせた。傷はない。埃も入っていない。私はそれを、しばらくカウンターの上に置いていた。この一枚は、私のものではない。

 あの子が注文したもので、代金を受け取って渡す商品だ。うちの在庫だ。在庫であれば、聴いていい。試聴は商売の一部で、状態を確かめずに客に渡すほうが、この商売では不誠実にあたる。理屈というのはいつも、こういうときにだけよく働く。

 私は店の奥のプレーヤーの蓋を開けた。ターンテーブルを回して、回転数を三十三に合わせた。盤を載せた。中心の穴が軸に落ちて、小さい音がした。アームを持ち上げた。今度は止まらなかった。

 針が外周に触れる前に、じり、という音が出た。それから針が溝に入って、音の質が変わった。溝の中の音は、外の空気の音とは違う。閉じた場所の音だ。前奏が始まった。歌が入った。

 女の声だった。低くはない。うまくもない。まっすぐ出しているだけの声で、伸ばすところで少し揺れる。私はカウンターの椅子に座って、それを最後まで聴いた。二分四十秒だった。終わって、針が溝の内側の無音の部分に入って、アームが自動で上がった。機械が蓋の中でかちりと鳴って、ターンテーブルが止まった。

 私はしばらく座っていた。何も起きなかった。

 起きるはずだと思っていたわけではない。ただ、十年のあいだ壁に掛けていたものの中身が、二分四十秒の、ごくふつうの歌だったという事実を、私は座ったままそこで受け取った。歌詞に手がかりはなかった。彼女に関係のあることは何も歌われていなかった。当たり前だ。これは彼女が作った歌ではない。あのとき喫茶店でかかっていたというだけの歌だ。

 私は針をもう一度落とした。二度目に聴いたとき、私は胸に手を当てていた。当てたのは無意識だったが、当ててから何をしているのかがわかった。数えていた。

 あの日の喫茶店で、彼女はテーブルの上で指を動かしていた。二拍で一回だ。曲のあいだじゅう、一度も狂わなかった。その速さが自分の心臓と同じだということに、私はあのとき気がついて、気がついたことを彼女に言わなかった。言うほどのことではないと思った。言うほどのことではないと思ったことのいくつかを、私はその後の十年で何度も思い出している。

 二度目の再生の途中で、私は自分の脈を数えた。合わなかった。曲のほうが速い。

 四小節のあいだに、曲は八拍進んで、私の脈は七つしか打たなかった。ずれは小さいが、四十秒も続ければ手のひらの下ではっきりわかるほどになる。二十四のときには合っていた。三十四の心臓は、あのころより遅い。

 曲は同じ速さのままだ。盤は減らない限り同じ速さで回る。ずれていったのは、こちらだけだ。三度目を聴いた。三度目は数えなかった。

 聴き終わって、私は盤を内袋に戻し、ジャケットに入れた。値札を書いた。千八百円と書いて、それを表に貼らずに、内袋のあいだに挟んだ。あの子には、明日か明後日に電話をする。下宿の共同電話の番号が伝票に書いてある。

 その一枚を、私はカウンターの下の棚に置いた。壁のほうには掛けなかった。二枚を同じ壁に並べるという考えは、ひととおり浮かんで、すぐに消えた。十時に灯りを消して、店の奥の机に座った。

 便箋を出した。うちで包装に使う薄い紙ではなく、ちゃんとした便箋を買ってある。買ったのは六月の十日で、あの日から二十日以上、封筒に入れるものを書かないまま抽斗に入れてあった。私は四行書いた。

 手紙は二通とも届いていること。返事が遅くなったこと。体のことを聞いたこと。それから、七月のうちに一度そちらへ行きます、ということ。

 四行目を書くのに、一行目から三行目までの三倍の時間がかかった。日付は入れなかった。入れれば、その日付が今度は私の期限になる。十年前にあの人が日付を書いて、書いた日にここへ来られなかったことを、私は知っている。

 書き終えて、便箋を折って、封筒に入れた。糊をつけて、封をした。封をした封筒というのは、開いているものとはまるで違う重さになる。中身は同じ紙一枚で、増えたものは何もない。

 私はそれを机の上に置いて、灯りを消した。壁の一枚は暗がりの中で四角い影になっていた。その裏には、前の二通と、期限の切れた切符が一枚、まだ立ててある。

第十三章 二十秒

 七月三日の朝、わたしは六時に起きた。集合は午後の三時半だ。九時間半ある。九時間半で用意するようなものは何もないのだが、起きてしまったものは仕方がない。ブラウスにアイロンをかけた。襟から、肩、袖の順で、二往復ずつ。かけ終わってハンガーに掛けて、それから机の上のノートを見た。

 大学ノートを一冊、新しく下ろした。表紙に何も書かなかった。何を書けばいいのかわからなかったからだ。記録係というのは何を記録するのか、わたしは昨日の夜に北原さんから電話で聞いた。カットの番号と、テイクの番号と、フィルムの残りと、それからOKかNGか。時間も書いてほしいと言われた。

 「時間って、何の時間ですか」

 「わからん。監督が言うてた。何時何分に何をしたかがわかったらええって」

 時計は持っている。秒針のあるものではないので、腕時計を貸してもらえないかと大家さんに訊いたら、亡くなったご主人のものを出してきてくれた。文字盤が黄色くなっていて、秒針がある。三日間だけお借りしますと言うと、大家さんは、そんなもん、いつまでも持っときなさい、と言った。

 三時二十分に倉庫街に着いた。三本目の路地の入口に、北原さんが立っていた。手を振られたので、わたしも手を上げた。上げるまでに、たぶん半拍かかった。

 「早いやん」

 「監督まだやねん。あの人、機材があるときは早いけど、ないときは遅い」

 路地の奥に、ビールケースが置いてある。前に来たときのままだ。わたしはそれを見て、あの日ここに十五分立っていたことを北原さんが知っているのかどうかを考えた。考えても答えは出ないので、考えるのをやめた。

 三時二十八分に、その人が来た。路地の入口から入ってきて、三脚を担いでいて、歩くのが速かった。鞄をアスファルトに置いて、置いた瞬間にもう三脚を開いていた。

 「北原、ケース動かした?」

 「動かしてへん」

 「じゃあ位置は前と同じだ」

 その人は三脚を立てて、脚の長さを揃えて、水平器を覗いた。それから顔を上げて、わたしを見た。三か月と十七日ぶりに、この人の正面から見られた。

 美術館の二階では、わたしは背中を見ていた。路地では十五メートル離れていた。交差点では階段を上がっていく後ろ姿だった。正面はいちおう見ているが、それは絵の下の小さい紙に書いてあった名前と、遠くの輪郭だけだ。

 目の下に、たてに影があった。眠っていない人の顔だ。

 「記録の人?」

 「はい」

 「佐伯です」

 「長谷川です」

 それで終わりだった。その人は水平器に戻って、三脚の脚を二センチ下げた。わたしはノートを開いて、いちばん上に書いた。七月三日。十五時二十八分、監督到着。書いてから、これは記録すべきことなのかどうかを少し迷った。迷ったが、消さなかった。

 仕事は思っていたより忙しかった。

 その人は指示を出すのが速い。ケースを十センチ右、というのが最初で、言い終わる前にもう自分でカメラの位置を直している。次に、北原、髪の左を耳にかけて、と言って、かけたのを確かめる前に露出計を出す。北原さんはそれに慣れていて、言われたことを言われた順にやっていく。

 わたしはノートに書いた。十五時四十一分、ケース位置決定。十五時四十四分、露出f五・六。十五時四十七分、テイク一準備。その人は一度だけ、こちらを見ずに言った。

 「残り、いくつ」

 わたしはカメラの側面の窓を見に行った。目盛りが出ている。

 「一分半です」

 「正確に」

 「一分二十五秒くらいです」

 「わかった」

 わたしは書いた。十五時四十九分、フィルム残一分二十五秒。書きながら、この人はいまわたしに正確にと言ったのだと思った。正確に、というのは、わたしがこの二十年でいちばんよくできることだ。

 四時を過ぎて、光が来た。壁のひびの底に影ができて、線が急に太くなった。北原さんがビールケースの上に立った。風が来て、スカートの裾が動いて、また戻った。

 その人はカメラを覗いた。覗いたまま、動かなくなった。路地が静かになった。北原さんはケースの上で立っていた。わたしはノートを開いたまま、腕時計を見ていた。秒針は動いている。十秒経った。二十秒経った。

 北原さんはこちらを見なかった。見ないでいるのが、この人のやり方だ。四年やっていて、完成した作品がゼロだと言った人が、いま、また止まった指の前で立っている。三十秒経った。

 光は壁の上のほうへ移りはじめていた。あと一分もない。前に来たとき、光が消えるまでを、わたしは十五メートル先から見ている。あのとき、この人は最後まで押さなかった。押さないまま脚をたたんで、路地の反対側から出ていった。

 わたしはあの絵を見ている。

 夜の交差点で、傘が十本開いていて、人はみんな線になっていて、真ん中の女の人だけが線になっていない。左下の隅は乾かさずに塗り重ねてあって濁っている。真ん中の人のところだけ、三度に分けて影が置いてある。三度置くには、二回、乾くのを待たないといけない。

 この人は、待てる人ではない。待たされている人だ。わたしは口を開けた。

 「まだ、二十秒あります」

 自分の声が路地に出た。その人がカメラから顔を上げて、こちらを見た。

 「二十秒?」

 「光がひびを越えるまで、あと二十秒くらいです。この前と同じ角度なら」

 「この前」

 「先週、ここを通りました」

 その人は一秒くらいわたしを見て、それからカメラに戻った。

 「二十秒か」

 「じゃあ、いま撮る」

 スイッチの音がした。

 フィルムが回りはじめる音は、思っていたより乾いていた。ラジオのチューニングを外したときの音に少し似ている。北原さんはケースの上に立っていた。動かなかった。壁のひびの影が、彼女の顔の右側にかかっていた。

 わたしは腕時計を見ていた。秒針が半周した。十八秒で、光がひびの上を越えた。その人は指を離した。フィルムの音が止まって、路地はまた静かになった。北原さんがケースから降りて、スカートの埃を払った。払ってから、わたしのほうを見た。見て、それから何も言わずに、両手を一度だけ小さく叩いた。

 わたしはノートに書いた。十六時七分、テイク一。十八秒。OK。書いた字が少し曲がった。撤収は速かった。三脚は八秒でたたまれた。北原さんはこれから店に入ると言って、路地の出口から先に出ていった。

 わたしはノートを鞄にしまっていた。しまっているところに、その人が来た。

 「長谷川さん」

 「はい」

 「二十秒って、どうしてわかったの」

 わたしは、前に見たからです、と言った。

 「見た」

 「先週、ここで。同じ時間に、光がひびを越えるところを見ました」

 「なんで見てたの」

 鞄の内ポケットに、ハンカチにくるんだものが入っている。ここで出せば、話は終わる。落としましたよ、と言えばいい。路地の壁に向かって、わたしは一度、その練習をしている。二度目のほうが言いやすいのか言いにくいのか、まだ知らないと、あのとき思った。

 いま知った。二度目のほうが言いにくい。

 「たまたまです」

 その人は、そう、と言った。それから鞄を持って、路地の出口のほうへ歩き出して、二歩行ったところで振り返った。

 「明日も三時半。駅の東口」

 「時計、それ借り物?」

 「大家さんのです」

 「秒針があるのはいい」

 それだけ言って、行ってしまった。歩くのが速い。路地の出口の光の中に出ると、輪郭が一度白く飛んで、それから見えなくなった。わたしは腕時計を見た。十六時十九分だった。下宿に戻ったのは六時前だった。玄関の横に伝言板がある。誰かに電話があったとき、出た人が名前と用件を書いておく板だ。

 わたしの名前があった。商店街のレコード店から、注文の品が入荷しましたとのこと。取りに来てください。書いたのは一階の人の字で、日付は今日の午後二時になっていた。半月と言われたものが、六日で来た。

 わたしは部屋に上がって、机の上にノートと腕時計を並べた。ノートには今日の時刻が九つ書いてある。腕時計の秒針は動いている。右の端には封筒が二通あって、左の端にはレンズの蓋がある。真ん中の注文票の控えは、明日、役目を終える。

第十四章 一週間

 人から数字をもらうという経験を、僕はそれまで一度もしたことがなかった。

 助言ならいくらでももらってきた。もう少し待てとか、思い切って撮れとか、いいところで止まる癖があるとか、そういうことは高校の美術の教師からも映画研究会の先輩からも従兄弟からも言われている。助言というのは、たいていの場合、言うほうが自分のために言っている。聞いたほうの手は何も動かない。

 まだ二十秒あります、というのは助言ではない。あれはただの計測結果で、当たっていれば正しく、外れていれば間違っている。ああいうものを人から手渡されたのは初めてだった。彼女がそう言ったとき、僕の指は勝手に動いた。指のほうが先に納得したという言い方が、たぶんいちばん近い。

 翌日は三時半に駅の東口で集合した。僕は三時二十分に着いた。彼女は三時十六分に来ていた。柱の横に立って、大学ノートを胸のあたりで両手に持って、階段のほうを見ていた。荷物は鞄がひとつだけだった。

 「早いね」

 「はい」

 「何時から?」

 「三時十六分です」

 その答え方が僕には少し面白かった。ふつう人は、ちょっと前です、とか、いま来ました、とか答える。この人は分単位で答える。分単位で答えるには、着いた時刻を見ていなければならない。誰にも訊かれないかもしれない数字を、この人は毎回控えているのだと思う。

 その日撮ったのは駅の階段と改札のあたりで、人の流れの中に北原が立っているという画だった。北原には動かないでいてもらった。まわりだけが動いて、真ん中が動かない。僕はどうやらこの構図を、一年に何度も選んでいるらしい。

 長谷川さんは階段の下に立って、時刻とテイクの番号を書いていた。書くのが速い。字が小さくて、行が曲がらない。三度目のテイクのあとで、僕は残りを訊いた。彼女はカメラの側面を覗きにきて、四十秒くらいです、と言った。それから、正確には三十五秒だと思います、と言い足した。

 僕は少し笑った。彼女は笑わなかった。冗談を言ったつもりがないのだから、それが正しい。撮影の合間に、僕はいくつか質問をした。

 何年生かと訊くと二年ですと答えた。学部を訊くと文学部ですと答えた。閉架書庫でアルバイトをしていると言った。閉架というのは、頼まれた本を地下から出してくる仕事だ。棚が動くのだと彼女は説明した。ハンドルを回すと鉄の棚がレールの上を横に滑って、通路が一本だけ開く。その一本の中に入って本を抜く。

 通路は一本しか開かないのか、と僕は訊いた。一本だけです、と彼女は言った。二本開けたければ、いま開いている一本を閉じないといけません、と。僕はその話を、そのあと三日くらい何度か思い出した。三時間ほど撮って、六時前に終わった。北原は喫茶店へ行き、長谷川さんはノートを鞄にしまっていた。

 僕はそのとき、彼女を撮ってみたいと思った。思ってから、口に出した。順番としてはたぶん逆にすべきだったのだが、僕の場合、手も口も考える前に動く。動いたあとで頭が追いつく。

 「長谷川さんを撮ってもいい?」

 彼女は鞄の口を閉める手を止めた。

 「わたしをですか」

 「うん。何をしてもらうとかじゃなくて、そこに立ってるだけでいい」

 彼女はしばらく黙っていた。黙り方が、断るための黙り方ではなかった。何かを勘定している黙り方だった。

 「すみません。それは、いやです」

 「写るのが、いやなんだと思います。理由はうまく言えないです」

 僕はわかったと言った。実際わかったわけではないが、この場合、わかったと言う以外にできることがない。人には撮られたくない理由というものがあって、それは撮る側が理解できる種類のものであるとはかぎらない。

 「じゃあ、記録だけお願いします」

 「はい」

 彼女は鞄を持って、階段のほうへ歩いていった。歩き出しの一歩だけが遅れて、そのあとは普通の速さになった。エンジンのかかりが遅い機械というのは世の中にいくつもあるが、たいていの場合、かかってしまえばちゃんと走る。

 そのとき僕は、三本目のカートリッジの中身のことを考えなかった。

 考えるべきだったのだと思う。あの中には交差点の四十秒が入っていて、その四十秒には、青になっても動かなかった人がひとり写っている。もっと言えば、六月十八日にも同じ交差点を撮っていて、そちらに何が写っているかを僕はまだ見ていない。

 撮られるのが嫌だと言った人の映像を、僕はすでに二つ、この箱の中に持っている可能性がある。可能性の段階では、人はまだ何も悪いことをしていない。蓮が現場に来たのは、その二日あとだった。

 倉庫街の路地の入口に立っていて、僕が気づいたときには十分くらいそこにいたらしい。北原が先に見つけて、あの人知り合いかと訊いた。従兄弟だと僕は答えた。蓮は白い紙袋を提げていた。

 「差し入れかと思たら、そんなん持ってへん」

 北原がそう言うと、蓮は笑って、飲みもんは自分で買ってくれ、と言った。それから僕のほうに紙袋を出した。中を見ると、たたんだ半袖のシャツが入っていた。

 去年の八月に須磨で着ていた一枚で、先月撮り直したときにも着ていたやつだ。洗ってあった。襟のところが伸びているのはそのままで、ただ、洗ってアイロンをかけると、伸びた襟はかえって伸びたことがよくわかる形になる。

 「なんでこれ」

 「もう着ぃひんから、小道具にでも使えや」

 「まだ着られるだろ」

 「サイズが合わへんようになった」

 蓮の身体は去年から何も変わっていない。半年前と同じ体格で、同じ顔で、同じ歩き方をしている。サイズが合わなくなったというのは、この場合、寸法の話ではないのだろうと僕は思った。思ったが、そこで止めた。止めたということを、僕はこのあと長いあいだ覚えていることになる。

 蓮は撮影を三十分ほど見て、それから帰っていった。帰りぎわに、長谷川さんのほうを見て、記録の人ですかと訊いた。彼女がはいと答えると、蓮は、この人の映画はちゃんと終わりますからね、と言った。

 彼女は、はい、と答えた。その日の最後のカットで、カートリッジが終わった。カメラのカウンターの窓に、赤い印が出た。三分二十秒を使い切ったという合図だ。使い切ってしまえば、あとはもう箱ごと外に出すしかない。

 僕はカメラの裏蓋を開けて、カートリッジを取り出した。手のひらに乗るくらいの、黒い樹脂の箱だ。振っても何の音もしない。この中に、六月十八日の交差点と、七月三日の壁の十八秒と、それから昨日の階段と、僕が撮ったものが全部、順番に並んで入っている。

 順番に並んでいるというのが、フィルムのいいところで、同時に厄介なところでもある。撮った順にしか出てこない。飛ばして先に見ることはできない。商店街の写真屋に持っていった。八ミリの現像は店では受けられないので、預かって現像所へ送る形になる。カウンターの女の人が伝票を書いて、控えをくれた。

 「仕上がり、一週間くらいですね」

 「一週間」

 「混んでたらもう二、三日いただくかもしれません」

 僕は控えを財布に入れて、店を出た。外は七月の夕方で、まだ明るかった。商店街のアーケードの下を歩いて、乾物屋の前を通って、レコード屋の前を通った。ガラスの向こうは暗くて、奥の壁の四角い青がぼんやり見えた。

 一週間だ。

第十五章 二分四十秒

 七月四日の午前は、水切り棚の前で終わった。

 前の日に買い取った箱の中身が三十六枚あって、そのうち二十一枚に黴の跡が出ていた。梅雨の前に押し入れの下段へ入れられていたものだ。押し入れの下段というのは、この国でレコードにとっていちばん危険な場所で、私はこの商売を七年やってきて、下段から出てきた盤の状態がよかったためしを二度しか知らない。

 黴は洗えば落ちる。落ちたあとに残るのは、盤の表面のごく浅い曇りだ。これは光の帯を走らせたときにだけ見える。針は拾わない。音には出ない。出ないのだから、商品としては何の問題もない。それでも私は、曇りの残った盤には値札を五十円下げて貼る。理由を説明しろと言われると困る。

 十一時に洗い終えて、水切り棚に立てた。

 乾くまでのあいだ、私は帳面を開いて、注文の欄を見た。手のひらの宇宙、長谷川。伝票の日付は六月二十八日で、入荷が七月二日になっている。四日だ。半月かかると言った私の見立ては、まるまる十一日ぶん外れた。

 下宿には昨日の午後に電話を入れた。本人は不在で、出た人が伝言板に書いておくと言った。昼を過ぎて、引き戸が開いた。鈴が鳴って、あの子が入ってきた。いつもの時間より一時間ほど早い。鞄のほかに何も持っていなかった。

 「注文の、取りに来ました」

 「お待ちしていました」

 私はカウンターの下の棚から一枚を出して、上に置いた。青いジャケットで、角は四つとも生きている。壁に掛かっているほうと並べればどちらがどちらかは私にしかわからないが、並べるつもりはない。

 彼女はそれを見た。見てから、少し近づいて、また見た。

 「同じですね」

 「同じものです」

 「千八百円でしたよね」

 「千八百円です」

 彼女は財布から千円札を二枚出した。私は二百円を返して、内袋のあいだに挟んでおいた値札を抜き、紙の袋を出そうとした。そこで彼女が言った。

 「あの、うちに、かける機械がないんです」

 私は袋を出す手を止めた。

 「ないんですか」

 「ないです。ラジオはあります」

 「ラジオでは鳴りません」

 「はい」

 彼女はカウンターの上の盤を見ていた。買ったばかりのもので、代金は払い終わっている。この店で彼女が手に入れたのは、いまのところ、青い紙の四角い板だ。

 「聴いていかれますか」

 言ってから、自分がそれを言ったことに気がついた。この二か月、私が自分の口から先に出した言葉は二つになった。

 「いいんですか」

 「試聴は商売の一部です」

 私は店の奥のプレーヤーの蓋を開けた。回転数を三十三に合わせて、ターンテーブルを回した。彼女はカウンターの前に立ったままだった。

 「座ってください」

 客用の椅子を出した。木の丸椅子で、座面が少し傾いている。彼女はそこに座って、鞄を膝の上に置いた。両手を鞄の上に置いた。私はジャケットから内袋を抜いて、内袋から盤を出した。指は縁とレーベルにしか触れない。載せて、中心の穴が軸に落ちる音がした。

 アームを持ち上げた。持ち上げてから、私は一度だけ、壁のほうを見なかった。見ないようにしたのだから見なかったというだけのことで、これは事実として書いておく。針を落とした。じり、という音が一秒あって、それから溝の音になった。

 ギターが一本入る。少し遅れてベースが来る。三小節目でドラムが入る。この時代の録音は音の粒が丸くて、高いところが早めに落ちる。歌が入った。女の声だ。低くはない。うまくもない。まっすぐ出しているだけの声で、伸ばすところで少し揺れる。

 私はカウンターの内側に立っていた。

 彼女は座っていた。膝の上の鞄に両手を置いて、正面を見ていた。正面にはプレーヤーがあって、その上で黒い円盤が回っている。途中から、私は彼女の右手を見ていた。鞄の上に置いた右手の、人差し指の先が動いていた。二拍で一回だ。

 曲の頭から数えていたわけではないので、いつから動いていたのかはわからない。気がついたときには動いていて、そのあとは最後まで狂わなかった。

 人が音楽に合わせて指を動かすことは珍しくない。一拍で一回動かす人がいちばん多い。二拍で一回というのは、拍を数えているのではなくて、曲の呼吸のほうを取っている人の動きだ。私はこの商売で何千人も客を見ているが、それを言葉にできる客に会ったことはない。みんな、勝手に動いている。

 私は自分の胸に手を当てなかった。当てても意味がないことを、三日前に知っている。二分四十秒で曲は終わった。針が内周の無音の部分に入って、アームが自動で上がった。機械の中でかちりと音がして、ターンテーブルが止まった。

 店の中には、外の商店街の音だけが残った。彼女は座ったままだった。

 「ふつうの曲でした」

 彼女がそう言った。

 「ふつうでしたか」

 「はい。すごくいい曲だと思って、というのとは違いました」

 「そうでしょうね」

 「がっかりしたわけでもないんです。ただ、二分四十秒でした」

 私は盤を上げて、内袋に戻した。戻しながら、この子は正しい言い方をする、と思った。二分四十秒だった。それ以上でも以下でもない。十年前の私が八時間握って、渡せなかったものの中身は、二分四十秒だった。

 「ありがとうございました」

 彼女は立ち上がって、袋を受け取った。受け取ってから、鞄の口を開けて、袋ごと中に入れた。

 「かける機械、いくらくらいするんですか」

 「中古なら、一万二千円からあります。うちにも二台置いています」

 「一万二千円」

 「安いものは針が古いです。針は別に買うと三千円ほど」

 「秋までには、買えると思います」

 「秋」

 「はい。いま、少し忙しくて」

 「忙しい」

 「映画の手伝いをしてるんです。学祭に出すやつで、記録係です」

 私は布を畳む手を止めた。

 「映画」

 「八ミリです。時間とか、フィルムの残りとかを、ノートに書く係です」

 「撮っているのは、学生さんですか」

 「はい。佐伯さんという人です」

 私はうなずいた。うなずいて、それから、そうですか、と言った。

 二か月のあいだ、私はこのカウンターから二本の線を見てきた。午後の二時前後に通る線と、四時か六時すぎに通る線だ。二本は一度も同じ時刻にこの引き戸の前に来なかった。私はそれを毎日見ていて、見ているだけで何もせず、この二本が交わるのかどうかは外から見ている人間の側でだけ知っている、というようなことを考えていた。

 交わったのは、私の見ていない場所だった。倉庫街か、駅の東口か、大学のどこかだ。私が知らないうちに、二人はもう同じノートの上で仕事をしている。片方が時間を測って、片方がそれを聞いている。

 見張っていた人間の見ていないところで、たいていのことは起こる。

 「秋になったら、機械を見せてください」

 彼女はそう言って、頭を下げて、出ていった。鈴が鳴って、戸が閉まって、また静かになった。私は水切り棚の前に戻った。

 三十六枚のうち二十一枚が乾いていた。帯電防止のブラシで一枚ずつ撫でて、内袋に入れて、棚に並べた。撫でているあいだ、指の先が盤に引かれる感じがある。動くほどの力ではない。手を離せば何も起こらないし、離さなければずっとそこにある。

 六時に灯りを消して、鍵をかけた。封筒はコートの内ポケットに入っている。四行書いて、封をして、机の上に置いて、その翌朝から毎日持ち歩いている。今日で三日目だ。持ち歩いているあいだ、封筒はだんだん角が丸くなる。紙というのはポケットの中でも減っていく。

 商店街を抜けて、駅前の広場を横切った。郵便局は駅の南側にあって、局の前にポストが一本立っている。私はその前で止まった。止まって、それから、内ポケットから封筒を出した。

 宛名の住所は施設のもので、こちらの差出人の欄には店の住所を書いた。自宅ではなく店にしたのは、返事が来たときに私が最初に見る場所がここだからだ。ポストの投入口は、口の下のところが少し錆びていた。二分四十秒だった、と私は思った。

 十年待った先にあったのは、ふつうの曲が二分四十秒だ。それを知ったうえで、私はまだ行っていない。行っていない理由が、盤の中身にないことだけは、これではっきりした。手を離した。封筒が落ちる音は、思っていたより軽かった。

第十六章 一本だけ開く

 七月の第二週は、五日のうち四日撮影があった。わたしのノートは十四ページ埋まった。書いてあるのは時刻と番号とフィルムの残量で、それ以外のことは書いていない。書いていないことのほうが多い日もある。

 たとえば七月八日は、佐伯さんが三回、同じ位置で三脚を立て直した。一度目は雲が出たから、二度目は北原さんの立ち位置を変えたから、三度目は理由を言わなかった。三度目の理由を、わたしはノートに書かなかった。書く欄がないからだ。

 現場は、わたしが入る前と少し変わったらしい。

 北原さんが言うには、前は誰も時間を言わなかったので、光がいつ消えるかは監督の頭の中にしかなかった。頭の中にしかないものは、本人が黙っていれば誰も知らない。誰も知らないものを人は待てない。だからみんな、ただ立って、終わったと言われるまで立っていた。

 いまは、わたしが言う。あと四分です。あと九十秒です。あと三十秒です。

 言うと、北原さんが息を吸うタイミングを変える。佐伯さんはカメラから顔を上げないが、脚の位置を最後の調整に入れる。それだけのことで、路地の中の人間が全員、同じ長さのものを共有する。

 わたしはこの一週間で、自分の声を人前で三十回くらい出した。二十年ぶんの平均を、一週間で超えた。数えているのは、たぶんわたしだけだ。七月十日の夕方、玲と一緒に帰った。バス停までの坂を、玲は一段ずつ下りる。坂に段はないが、玲の歩幅はいつも一段ずつの歩幅だ。

 「長谷川さん、変わったな」

 「そう?」

 「そうやで。前は坂で、うちが喋ってる横で黙ってた。いまも黙ってるけど、黙り方がちがう」

 「どう違うの」

 「前のは、なんか言おうとして黙ってた。いまのは、なんも言わんでええから黙ってる」

 玲は前を向いたまま言った。

 「うち、それ、ちょっと寂しいねんな」

 わたしは足を止めそうになって、止めなかった。止めると玲も止まる。

 「あんな、うち、合わせる相手がおらんようになるのが、いっちばん困んねん。長谷川さんはずっと、うちが合わせやすい人やった。ゆっくりやから。せやけど、いま長谷川さん、自分の速さで歩いてるやろ」

 「そんなことない」

 「あるって」

 玲はそこで笑った。笑ってから、続けた。

 「ええことやで。ええことやねんけど、うちは自分の速さ持ってへんから、ちょっと置いてかれた気ぃになんねん」

 わたしは、玲の速さは、と言いかけた。言いかけて、そこで一度、息を吸った。準備していない文だ。準備していない文は三文字になる。三文字にはしたくなかった。

 「玲の速さは、わたしが知ってる」

 言えた。十三文字だ。玲はこちらを見た。見て、それから前に向き直った。

 「なにそれ」

 「わからないけど、たぶん知ってる」

 「変な子やな」

 玲はバスに乗って、窓の向こうで手を上げた。わたしも上げた。今日は間に合った。七月十一日、喫茶店で北原さんと二人になった。佐伯さんは現像所に電話をしに行っていて、玲は休みだった。北原さんはカウンターの内側でグラスを拭いていた。

 「長谷川さん、あの人のこと、どう思う」

 「どう、というのは」

 「監督としてやで。変な意味ちゃうよ」

 わたしはアイスコーヒーのグラスを持っていた。氷は三つに減っていた。

 「速いです」

 「そうやろ。速い。速いのに止まる」

 「はい」

 「あんな、この前おもろい話聞いてん。あの人、交番に届け出したんやて」

 わたしはグラスを置いた。置いた音が、思ったより大きかった。

 「届け出」

 「落とし物。レンズの蓋なんやて。駅前で落としたって」

 「そう、ですか」

 「そんなん出てけえへんやろって言うたら、わかってるって。わかってるけど出したって。あの人、九十秒であきらめる人やのにな。おかしいやろ」

 北原さんはグラスを一つ、光にかざした。

 「それがな、お父さんのレンズについてたやつやねんて。もう使うてへんのを勝手に持ち出したらしくてな。蓋の裏に汚れがあって、それがお父さんのと自分のと両方ついてるから、拭かんとそのままにしてたんやて」

 わたしはグラスの水滴が、コースターの紙に丸く染みているのを見ていた。鞄の内ポケットの角に、ハンカチにくるんだものが入っている。一か月と、二日だ。六月十日に拾って、今日は七月十二日になる。拾ってから一時間なら、拾いましたで済んだ。一日でも、たぶん済んだ。一か月と二日は、済まない。

 済まない理由は、蓋の側にはない。日数の側にある。日数というのは、何もしないでいるあいだにも、勝手に増える。

 「どないしたん、顔白いで」

 「暑いからだと思います」

 嘘は速い。相変わらず、そこだけは半拍も遅れない。七月十三日の午後、閉架のシフトに入った。三時を過ぎたころ、カウンターに請求票が出た。取りに行くと、番号が七〇二の棚のものだった。画集の棚だ。

 カウンターの前に立っていたのは、佐伯さんだった。

 「長谷川さん」

 「ここだって聞いてた。ほんとにここにいるんだね」

 「います」

 請求票を見た。外国の画家の画集で、上下の二冊組の上巻だった。雨の絵で知られた人の名前だ。

 「地下です。少し待ってください」

 「一緒に行ける?」

 「関係者以外は入れないです」

 「そうか」

 わたしは階段を下りた。

 書庫は天井が低くて、蛍光灯が一列だけ点いている。棚は鉄で、床のレールの上に載っている。ハンドルを回すと、棚が横に滑る。七〇二の棚まで来て、ハンドルを回した。鉄が動く音が天井にいったん上がって、それから降りてくる。通路が一本だけ開いた。

 わたしはその一本に入って、上から三段目の左から七冊目を抜いた。抜いて、通路を出て、ハンドルを戻した。棚が閉じて、その一本はなくなった。二分四十秒で戻れた。ちょうど、あの曲と同じ長さだった。カウンターに置くと、佐伯さんは表紙をめくって、途中の一枚で止まった。

 夜の街の絵だった。雨で、街灯が水に映っていて、人は描かれていない。

 「これ、原色で見たかったんだ。印刷でも三割は死んでるけど」

 「三割ですか」

 「青がいちばん死ぬ。印刷の青は、紙の上でどうしても一段沈むから」

 わたしはその言葉を、持ち帰るほうの箱に入れた。佐伯さんは画集を閉じて、こちらを見た。

 「棚、一本しか開かないんだよね」

 「はい」

 「この前それ聞いてから、ずっと考えてた」

 「何をですか」

 「一本開けるには、いま開いてる一本を閉じなきゃいけない。でも、閉じてるあいだは、どっちも開いてないだろ。ゼロになる時間が必ずある」

 わたしはうなずいた。

 「二秒くらいです」

 「二秒か」

 「ハンドルを回すのに、片道二秒です」

 佐伯さんは笑った。この人が笑うのを、わたしは初めて見た。笑い方は速かった。わたしは、そこで言った。言おうと決めていたわけではない。決めていたら、たぶん言えなかった。

 「あの絵、見ました」

 佐伯さんの手が止まった。

 「絵」

 「三月に、美術館で。学生の部の、金賞のやつです。夜の交差点の」

 「見たの」

 「見ました」

 「なんで言わなかったの」

 「言うところが、なかったです」

 佐伯さんはしばらく黙っていた。黙っているあいだ、指で画集の背の上を二回叩いた。丸めた紙を持っていないときは、この人は指で叩く。

 「どう思った」

 「真ん中の人だけ、乾かしてありました」

 「え」

 「まわりは、乾かさないで塗ってあります。左下の隅の色が濁ってるので、たぶん急いで塗ってあります。でも真ん中の人の頬の下だけ、影が三度に分けて置いてありました。三度置くには、二回、乾かさないといけないです」

 佐伯さんは何も言わなかった。わたしは自分が喋りすぎたことに、そこで気がついた。喋りすぎるという経験が、わたしにはほとんどないので、気づくのが遅れた。

 「すみません」

 「いや」

 佐伯さんは画集をカウンターの上で少し押した。

 「それ、誰にも言ってない」

 「審査員も気づいてない。三週間かかったんだ、あそこだけ」

 「三週間」

 「四回塗って、四回目が一回目とほとんど同じになった」

 わたしは、そうですか、と言った。

 言いながら、鞄のことを考えた。ロッカーの中にある。内ポケットに、ハンカチにくるんだものが入っている。二文のうち、一文は言えた。もう一文は、まだ言えていない。一か月と三日が経っている。

 佐伯さんは画集を借りる手続きをして、貸出票を財布に入れた。それから、思い出したように言った。

 「そうだ。現像、上がった」

 「フィルムですか」

 「三本目。今日の午前に届いた。明日の五時、部室でみんなで見る。長谷川さんも来て」

 「はい」

 「あの十八秒も入ってる。きみが二十秒って言ったやつ」

 わたしは、はい、と言った。

 「あと、その前に撮ったのが何か入ってる。六月の。何撮ったか、正直あんまり覚えてない」

 佐伯さんは画集を抱えて、階段を上がっていった。わたしは請求票をカウンターの箱に入れて、閉架の階段を下りた。下りて、七〇二の棚の前まで行って、ハンドルを回した。

 棚が横に滑って、通路が一本だけ開いた。用はなかった。用がないのに開けたのは、たぶんこの一週間で初めてのことだ。わたしはその一本の中に立って、二分ほどそこにいた。

第十七章 四十秒のほう

 現像から上がってきたフィルムというのは、撮る前のフィルムとは別の物体だ。七月十四日の午後五時に、部室で映写機を回した。

 部室の窓には遮光のカーテンがない。かわりに、代々の部員が段ボールを窓枠の寸法に切って作った板があって、それを窓に嵌める。嵌めると部屋の中は本当に暗くなる。この段ボールは五年前の先輩の作品だと聞いている。この部で完成したものの中では、いちばん実用性が高い。

 集まったのは四人だった。北原と、二年の中沢と、僕と、長谷川さんだ。蓮も誘ってあったが来なかった。映写機はベルアンドハウエルの古い型で、ランプが熱くなるので三十分に一度は休ませる必要がある。僕はリールを掛けて、ループの長さを調節して、スイッチを入れた。

 壁に四角い光が出た。最初に出てきたのは、交差点だった。六月十八日のものだ。西日が横から来ていて、横断歩道の白い縞の上を光が長く走っている。人が渡ると、白の上を通るあいだだけ脚が影ごと消える。

 「これ、なに」

 北原が言った。

 「六月に撮ったやつ。レコード屋から出てきたところで、光がよかったから撮った」

 「なんも決めんと撮ったやつ?」

 「なんも決めてない」

 僕は自分でも少し驚いていた。いい映像だった。

 構図を決めていない。露出も測っていない。三脚も立てていない。手持ちで、赤信号のあいだに構えて、青になったところで押しただけだ。それなのに、この四十秒は、僕が今まで撮ったどのカットよりもよかった。

 人が三十人ばかり流れていく。白い縞の上でみんなが同じ方向へ動く。そのなかに、動かない人がひとりいた。いちばん手前だ。髪の長い人で、鞄を左手に提げて、正面を向いて立っている。まわりの人間は全員もう歩き出している。その人の足だけが、ひと呼吸ぶん遅れて動きはじめる。

 僕は画面を見ていた。それから、部屋の暗がりのほうを見た。長谷川さんは僕の斜め後ろの椅子に座っていた。膝の上にノートを置いて、両手をその上に乗せていた。壁からの反射で、顔の左半分だけが薄く光っていた。

 彼女はまっすぐ画面を見ていた。瞬きの回数がひどく少なかった。映像は続いた。彼女は横断歩道を渡っていく。渡っているあいだの歩く速度は普通で、遅いのは出だしだけだ。向こう側の歩道に着いて、人混みに紛れて、そこで四十秒が終わった。

 次にレコード屋の中が出てきた。棚の札が左から右へ流れて、床の板目があって、カウンターの内側の手がある。緑色のコートの男の手は、円ではなく溝に沿って外から内へ動いている。この四十秒は、撮ったときに考えていたよりずっと落ち着いて見えた。

 そのあとに、また交差点が出た。六月の下旬に撮ったほうだ。青になっても動かない人を、僕は後ろから撮っている。背中しか写っていない。髪が長い。鞄を左手に提げている。同じ人だ。

 部屋の中で、誰も何も言わなかった。北原も中沢も、二つの交差点が同じ人物であることには気づいていない。片方は正面で、片方は背中で、しかも二週間離れている。気づくには、その人を探しながら見ていなければならない。

 七月三日の壁の十八秒が出た。北原がビールケースの上に立っている。壁のひびの影が顔の右側にかかっている。光が上へ移っていく最後の十八秒で、彼女はまばたきを二回した。

 「うわ」

 北原が小さく言った。

 「これ、うちや」

 「きみだよ」

 「ちゃんと写ってる」

 「写るよ、撮ったんだから」

 「ちゃうねん。そういう意味ちゃう」

 北原はそれ以上言わなかった。四年やって、この人が自分の姿を上がってきたフィルムの上で見たのは、たぶん初めてに近い。二本目の階段の十二秒には足しか写っていない。最後に駅の階段が出て、そこでフィルムが終わった。

 白い光が壁に残って、映写機の中でリールが空回りする音がした。僕はスイッチを切って、窓の段ボールを一枚外した。夕方の光が入ってきて、部屋の中のものの輪郭が戻った。

 北原と中沢は、壁の十八秒の話をしていた。長谷川さんは、椅子から立ち上がっていた。ノートを鞄に入れて、鞄の口を閉めて、ドアのほうへ歩き出していた。歩き出しの一歩が、遅れなかった。

 「長谷川さん」

 彼女は止まらなかった。ドアを開けて、廊下に出た。僕は追いかけた。文化会館の階段は三階から一階まで、踊り場をはさんで六つに折れている。彼女はもう二つ目の折れ目のあたりにいた。速い。この人が速く動くところを、僕は初めて見た。

 一階の下まで来たところで追いついた。彼女は玄関の手前で立ち止まって、こちらを向いた。

 「すみません」

 先に謝ったのは彼女のほうだった。それが僕には少しこたえた。

 「なんで謝るの」

 「急に出てきたので」

 「謝るのはこっちだ」

 僕は息を整えた。整えるほど走ってはいないのだが、なぜか息が上がっていた。

 「あれ、きみだ」

 「知ってた?」

 「いま知りました」

 彼女は鞄を両手で持っていた。持ち方が、胸のあたりで抱えるような持ち方だった。

 「六月十八日です。あの日、わたし、あそこにいました」

 「覚えてるの」

 「覚えてます」

 僕は何を言えばいいのかを、そこで初めて考えた。考える前に走り出す人間の悪いところが、こういう場面で全部出る。

 「撮るなって言われてたのに撮った、という話じゃないんだ。撮ったのは会う前だから。順番としては、こっちが先だ」

 「わかってます」

 「でも、それは言い訳だと思う」

 彼女は少し黙った。

 「わたしがいやだと言ったのは、七月です」

 「うん」

 「六月のあなたは、まだ知らないです」

 僕は本題を言った。

 「あの四十秒を使いたい」

 彼女は顔を上げた。

 「学祭に出すやつの、頭に使いたい。あれがいちばんいい。僕がこれまで撮ったなかで、いちばんいい。三日通って光を調べたやつより、四十分待って押せなかったやつより、いい」

 「わたしが写ってます」

 「写ってる。だから訊いてる」

 玄関のガラスの向こうを、自転車が二台通った。

 「消すこともできる。頭の四十秒を切って、繋がずに置いておけばいい。切ったぶんは僕が持っておくか、きみに渡すか、燃やすか、好きにできる」

 「燃やせるんですか」

 「燃える。よく燃える」

 彼女はそれについて、しばらく考えているようだった。

 「一日、考えさせてください」

 「わかった」

 「明日の五時に、返事をします」

 「どこで」

 彼女は少し考えて、それから言った。

 「商店街の、レコード店の前で」

 僕は、わかった、と言った。なぜそこなのかは訊かなかった。訊かなかったのは気を使ったからではなく、その場所が僕にとっても、二か月のあいだ三十秒ずつ立ち止まっている場所だったからだ。

 彼女は玄関を出て、自転車の横を通って、門のほうへ歩いていった。歩き出しの一歩は、やはり遅れなかった。部室に戻ると、北原と中沢はもう帰り支度をしていた。

 僕はリールを巻き戻して、缶に入れた。ラベルには、六月十八日から七月十日、と書いた。日付が二つ並ぶラベルは初めてだった。棚に置くとき、缶は五本になった。その夜、九時過ぎに叔母から電話があった。

 蓮が今週、大学にも予備校にも行っていないという話だった。三日行っていない。今日は朝から出ていって、夜になっても帰らない。心当たりはないかと訊かれた。僕は、須磨かもしれないと言った。

 言ってから、なぜそう言ったのかを自分で考えた。理由はあった。あの男は、同じ場所へ戻るために時間を使う人間だ。問題集を四冊買い、同じ席に座り、同じシャツを着て同じ防波堤を歩く。叔母は、そう、と言って、それから、行ってみてくれへんかな、と言った。僕は時計を見た。九時十二分だった。

第十八章 代筆

 人の字を見て、その人の体調をあてるという商売はこの世に存在しない。

 存在しないが、私はそれをやっている。買い取りの伝票にはたいてい売り主が自分で名前を書くので、その字を七年ぶん見てきた。手が震えている人の字は、線の途中に細かい波が出る。急いでいる人の字は右上がりになる。眠っていない人の字は、はらいが短い。当てたことを確かめる方法はないので、これは私の中でだけ成り立つ技術だ。

 七月十五日の午前に、郵便が来た。束の中に、施設の名前が印刷された封筒が混ざっていた。三通目だ。私は帳面を閉じて、封を切った。便箋は一枚だった。一行目から四行目までは、彼女の字だった。

 私の手紙が届いたこと。返事をありがとうと書いてあった。二行目で、体のことを気にしてくれてありがとう、と書いてあった。三行目に、七月のうちに来てくれるのなら、と書きかけて、そこで一度、線が止まっている。止まった箇所にインクの点が残っていた。ペン先を紙につけたまま、しばらく動かなかった人の跡だ。

 四行目の途中から、字が変わった。同じ黒のインクで、同じくらいの大きさで、傾きだけが違う。彼女の字は少し右に倒れる。ここから先はまっすぐ立っている。書いてある内容も変わった。

 面会の受付時間のこと。八月の第二週から施設の一部が改修に入り、面会室が使えなくなること。その間の面会は原則としてご遠慮いただいていること。したがって、七月中か、八月の第一週までにお越しいただくのが望ましいこと。

 最後の行の下に、小さく書いてあった。ご本人のご依頼により代筆いたしました、と。名前が続いていた。看護の人の名前だと思う。私はその便箋を、カウンターの上に置いた。三行目の途中で止まったインクの点を、しばらく見ていた。

 字というのは体の動きだ。手が動かなければ字は出ない。三行目まで書けて、四行目の途中で人に頼んだということは、その時点でもう手が続かなかったということになる。それを本人が誰かに頼んで、頼まれた人が続きを書いて、末尾に一行添えた。

 添えたのは親切だ。添えなければ、私はこの便箋を全部彼女が書いたものとして読んだ。読んで、字が途中で変わっていることに気づいて、それが何を意味するのかを一人で考えることになった。考えるより、書いてもらったほうがいい。

 十年前の便箋には、字の乱れがあった。あのとき私は、それを汽車の揺れのせいだと思うことにした。今度は、思うことにする余地がない。昼過ぎに客が二人来た。

 三時に水切り棚の盤を内袋に入れた。四時に帳面を書いた。五時前に、私は引き戸のガラスのほうを見た。見たのは偶然ではない。三時ごろから、私は何度もそちらを見ていた。理由はない。理由はないと自分で言っておく。

 五時ちょうどに、あの子がガラスの正面に来た。いつもは通りすぎるところで止まる。今日は最初から止まりに来た。引き戸の前の、アーケードの柱の横に立って、商店街の入口のほうを向いた。

 鞄を両手で持っていた。胸のあたりで抱える持ち方だ。五時二分に、男の子が来た。速い足で入口のほうから来て、彼女の前で止まった。止まり方も速い。この二人は、止まり方まで速度が違う。私はカウンターの内側に立っていた。

 ガラスは一枚で、その向こうは商店街のアーケードの下だ。距離は二メートルもない。それでもこちらには何も聞こえない。この店は防音などしていないのだが、引き戸を閉めていると、外の声はほとんど入らない。入るのは、シャッターの音と、自転車のベルと、それから犬の声くらいだ。

 二人は話していた。男の子のほうが先に何か言った。三つか四つの文だった。彼女は聞いていた。聞いているあいだ、鞄の持ち方を変えなかった。それから彼女が答えた。長かった。

 この子が人に向かって長く喋るところを、私は見たことがない。この店で交わした言葉は、全部合わせても五十を超えていないと思う。ガラスの向こうで、彼女は少なくとも十秒以上、続けて喋っていた。

 喋りながら、一度だけ鞄の内側に手を入れた。入れて、何かを取り出しかけて、そこで止めた。手は鞄の中に入ったままで、五秒くらい止まっていた。それから手だけを出した。何も持っていなかった。

 彼女がまた何か言った。男の子がうなずいた。二度うなずいて、それから右手を出した。握手をするような形ではなくて、手のひらを上に向けて差し出す形だった。彼女は何も乗せなかった。乗せる代わりに、自分の手を鞄の持ち手に戻した。男の子は手を下ろした。下ろしてから、笑った。

 二人はそのまま、商店街の出口のほうへ歩いていった。並んで歩いていた。男の子のほうが少し速くて、三歩ぶん先に出て、それから歩幅を狭めた。狭めるのに二歩かかった。二人はガラスの前から消えた。私はカウンターの内側に立ったままだった。

 二か月と少し、私はここから二本の線を見てきた。午後の二時前後に通る線と、四時か六時すぎに通る線だ。並行なのか交わるのかは、外から見ている人間の側でだけ知っている、というようなことを私は考えていた。考えていただけで、何もしなかった。

 交わった。

 交わった場所は、私の店の前だった。私が見ていない場所で交わったのだとばかり思っていたが、最後の一回はここだった。そして私は、ガラス一枚のこちら側で、何も聞こえないまま、それを見た。見ることしかできない位置というのが、この世にはある。

 六時に灯りを消した。鍵をかけて、商店街を抜けて、駅前の広場へ出た。柱の陰には行かなかった。券売機の前にも立たなかった。家に帰って、机の抽斗から時刻表を出した。六月に一度調べて、そのままにしてあったものだ。付箋が二枚貼ってある。九時十二分の頁と、県境の駅の乗り換えの頁だ。

 私は三枚目の付箋を貼った。七月の残りの日数を数えた。今日は十五日で、七月は三十一日まである。八月の第一週を入れれば、あと二十三日ある。二十三日というのは、決めるには長すぎて、迷うには短すぎる長さだ。

 便箋をもう一度読んだ。三行目の途中で止まったインクの点のところで、私は指を置いた。

 あの人は、書けるところまで書いた。書けなくなったところで、人に頼んだ。頼むというのは、自分ひとりでは届かないと認めることだ。認めたうえで、それでも三行目までは自分の手で書いている。

 私は十年、自分ひとりで届く範囲のことだけをやってきた。時刻表の頁を開いたまま、私は日付を決めた。七月二十四日。土曜だ。土曜の午前に店を閉めても、うちの売上に大きな違いは出ない。九時十二分に乗れば、一時の受付には間に合う。

 決めてから、私はそれを紙に書いた。書かないと、決めたことにならない。この十年で私が学んだことのうち、役に立つものはそれくらいしかない。

第十九章 四十秒ぜんぶ

 その夜、わたしは部屋で青いジャケットを机の上に立てた。立てても鳴らない。かける機械はまだ買っていない。一万二千円と、針が三千円だ。閉架のバイトで、あと二か月かかる。鳴らないものを机の上に立てて、わたしはその前で二時間座っていた。考えていたのは、写るということについてだ。

 わたしは写真がきらいだ。集合写真は撮られる。学校ならそういう機会は避けられない。避けられないものは仕方がないので、列の端に立って、言われたとおりに前を向く。出来上がってきたものを見ると、いつも同じ顔をしている。口を閉じて、目を少し開いて、何かを言おうとして言わなかった顔だ。

 あれがきらいだった。言おうとして言わなかった瞬間ばかりが、紙の上に何十枚も残る。残っているものが本当のわたしなのだとしたら、わたしはずっと、言おうとして言わない人間ということになる。

 部室の壁に映ったものは、それとは違った。

 あそこに写っていたのは、信号が青になってから二歩ぶん遅れて歩き出す人だ。遅れて、それから普通の速さで渡っていく。それだけが写っていた。顔は遠くてほとんど見えない。表情は写っていない。

 写っていたのは、わたしの速さだった。速さというのは、写真には写らない。写真は一瞬を止めるので、遅い人も速い人も、止まってしまえば同じになる。動いているものだけが、遅さを持てる。

 わたしは二十年、自分の遅さを人に説明できなかった。あの四十秒は、説明していない。ただ、写っている。朝になって、わたしはノートに一行書いた。七月十五日。使ってもらう。書いてから、条件をもう一行足した。

 五時に、レコード店の前に行った。

 四時五十四分に着いた。六分早い。柱の横に立って、商店街の入口のほうを向いた。引き戸のガラスの中は暗くて、こちらの姿がうっすら映る。奥の壁の四角い青は、外が明るいときはほとんど見えない。

 五時二分に、佐伯さんが来た。入口のほうから速い足で来て、わたしの前で止まった。止まり方も速かった。

 「ごめん、二分」

 「大丈夫です」

 「考えた?」

 「考えました」

 わたしは息を吸った。準備した文がある。夜のうちに三回、声に出さずに口の形を作った。

 「使ってください」

 佐伯さんは、そうか、と言った。それから、ありがとう、と言った。言い方が、思っていたより静かだった。

 「ただ、ひとつだけお願いがあります」

 「なに」

 「切らないでほしいです」

 「切らない?」

 「四十秒、ぜんぶ使ってください。わたしが動かないところも、そのままで」

 佐伯さんは黙った。わたしは続けた。続けるつもりはなかったのだが、口が止まらなかった。人前でこういうことが起きるのは、生まれて初めてだった。

 「編集するとき、たぶん、動かないところは切ると思います。動きがないから、映像としては退屈だと思います。でも、切ったら、渡ってるだけの人になります」

 「わたしは、二十年、遅いです。信号でも、話でも、返事でも。遅いことを、人に説明したことがないです。説明しようとすると、言い訳になるので、しないです」

 わたしは自分の声が震えていないことを、頭のどこかで確かめていた。震えていなかった。声のほうは、案外しっかりしている。

 「あの四十秒は、説明してないです。ただ、写ってました。あれを見て、わたしは、ああ、これがそうなんだ、と思いました。だから、動かないところを切られると、困ります」

 佐伯さんは商店街の天井のほうを見ていた。アーケードの屋根は波板で、夕方はそこから斜めの光が入る。この人は、人が言いにくいことを言っているとき、よそを見る。

 「わかった」

 「はい」

 「四十秒、頭から尻まで、そのまま使う。頭に置く。タイトルの前だ」

 「ありがとうございます」

 「礼を言うのはこっちだよ」

 わたしはそこで、鞄の内側に手を入れた。入れたのは、自分でも予定していなかった。手のほうが先に動いた。指の先が、ハンカチにくるんだ丸いものに触れた。一か月と五日だ。

 いま出せば、この話はここで終わる。落としましたよ、と言えばいい。路地の壁に向かって、わたしは一度練習している。言えば、そのあとに続く話が決まっている。いつ拾ったんですか。六月十日です。なぜすぐに言わなかったんですか。

 わたしはその質問に、いまも答えを持っていない。答えを持たないまま渡すと、この蓋は、わたしが一か月黙っていたという話になる。四十秒の話をした直後に、それをやりたくなかった。

 手を止めた。五秒くらい、鞄の中に手を入れたままでいた。それから、何も持たずに手を出した。佐伯さんは天井を見ていた。気づかなかったと思う。わたしは自分で決めた。

 映画が完成したときに返す。頭に四十秒がついて、最後まで繋がって、上映が終わったときだ。そのときなら、一か月黙っていた話ではなくて、完成した話の中に置ける。勝手な決め方だと思う。決めているのはわたしで、待っているのはあの人だ。

 「じゃあ、決まりだ」

 佐伯さんが右手を出した。手のひらを上に向けて、こちらへ差し出す形だった。わたしはそれを見た。握手をするなら、手は縦になる。この人の手は横に開いていた。

 「ノート」

 「え」

 「記録の。日付を書き写したい。撮影日と、どのカットがどれか」

 わたしは鞄の持ち手を、両手で持ち直した。

 「あとで、書き写したものをお渡しします」

 「見せてくれないの?」

 「なんで」

 「記録以外のことも、書いてあるので」

 佐伯さんは、少し口を開けて、それから笑った。笑い方は速かった。二回目に見た。

 「そうか。わかった」

 手を下ろした。二人で商店街の出口のほうへ歩いた。佐伯さんは三歩ぶん先に出て、それから歩幅を狭めた。狭めるのに二歩かかった。この人は、合わせるということを知らない人だと思っていた。知らないのではなくて、合わせるのが遅いだけだ。

 「編集は八月に入る。北原に見せる前に、いっぺん通しで組む」

 「学祭は十月ですね」

 「十月の三日から五日。上映は四日の午後」

 わたしはその日付を頭の中に置いた。十月四日。

 「長谷川さん、夏休みは実家に帰るの?」

 「たぶん、帰らないです」

 「そう」

 「佐伯さんは」

 「帰らない。というか、うち、ここから電車で四十分だから、帰るも何もない」

 駅前の広場に出た。佐伯さんは階段の下で立ち止まって、時計を見た。それから、少し言いにくそうにした。この人が言いにくそうにするところを、わたしは初めて見た。

 「従兄弟が、家に帰ってないんだ」

 「蓮さん、ですか」

 「うん。三日、大学にも予備校にも行ってない。昨日の夜、須磨に行ってみた。いなかった」

 「警察には」

 「叔母が届けた。二十歳過ぎてるから、事件性がないと動かないらしい」

 わたしは階段の上のほうを見た。人が降りてきていた。

 「探すのは、得意です」

 佐伯さんがこちらを見た。

 「得意?」

 「番号があれば、地下から本を出せます。番号がないものでも、どの棚にありそうかはだいたいわかります」

 「人は本じゃないよ」

 「はい。でも、同じ場所に戻る人は、棚と同じです」

 佐伯さんはしばらく黙った。それから、うん、と言った。

 「あの人は、同じ場所に戻る」

 「明日、電話する」

 「はい」

 佐伯さんは階段を上がっていった。上がるのが速い。七段目のあたりで一度こちらを振り返って、手を上げた。わたしも上げた。上げるまでに、半拍かかった。下宿に帰って、電気を点けた。机の右の端に、封筒が三通ある。三通目は今朝来た。差出人はやはり父で、住所は実家のままだ。

 わたしはいちばん下の一通を抜いた。六月二十日に届いたものだ。封を切った。切るのに、はさみを使わずに指でやったので、端がぎざぎざになった。便箋は二枚だった。父の字は太くて、右上がりで、住所の県の字だけがいつも大きい。書き出しは、元気にしているか、だった。

 二枚目の途中に、こう書いてあった。

 店を、来年の三月でたたむことにした。土地は人に貸す。母さんと相談した。お前が卒業してからにしようかとも思ったが、こちらの都合で待てなくなった。九月にいっぺん帰ってきなさい。話がある。

 九月、と書いてある。十月四日ではない。九月だ。わたしは便箋を折って、封筒に戻した。戻してから、机の右の端に置いた。三通のうち、いちばん上に置いた。開いてしまった封筒は、開いていない封筒とはまったく違う重さになる。中身は同じ紙二枚で、増えたものは何もない。

第二十章 焼けた一コマ

 人が三日いなくなったとき、警察が何をしてくれるかについて、僕はその週にかなり詳しくなった。

 結論から言うと、ほとんど何もしてくれない。二十歳を過ぎた人間が自分の足で家を出て、事件に巻き込まれた形跡がなければ、それは行方不明ではなく不在と呼ばれる。届けは受け取ってもらえる。受け取ったうえで、たいていは待ってくださいと言われる。

 叔父は出張で九州にいて、明日戻ると言っているらしい。僕は七月十六日の朝から蓮を探しはじめた。

 最初に行ったのは須磨だった。前の晩にも行っている。防波堤は端から端まで歩いた。誰もいなかった。六月に撮ったときの三脚の跡はもう砂に消えていて、消えているのが当たり前なのに、消えていることに僕は少し引っかかった。

 次に予備校へ行った。夜間の受付で訊くと、七月十日以降は来ていないという。窓から三番目の席には、その日は知らない生徒が座っていた。当たり前の話だが、当たり前のことのいくつかは、目で見ると別の重さを持つ。

 昼に喫茶店へ行った。長谷川さんは二時に来た。

 閉架のシフトを替わってもらったのだと言った。誰と替わったのかは言わなかった。あとで聞いた話では、その週の彼女は自分の分と替わった分で六日連続で入ることになったらしい。そういうことを、この人は説明しない。

 「順番を決めましょう」

 彼女は席に着くなり、大学ノートを開いた。僕に見せない例のノートではなく、新しく買った別のものだった。

 「まず、行った場所を書いてください。行ってない場所を出すためです」

 僕は言った。須磨、予備校、大学の法学部の掲示板の前、自宅、駅前のパチンコ屋。彼女はそれを縦に並べて書いた。

 「これで全部ですか」

 「たぶん」

 「では、この五つの共通点を考えます」

 彼女はペンの尻で紙を叩かなかった。ただ黙って見ていた。長谷川さんは考えるときに何もしない。手も足も動かさない。人が考えているところを、こんなにはっきり見せられたのは初めてだった。

 「全部、佐伯さんが知っている場所です」

 「そりゃそうだ」

 「はい。だから、佐伯さんが知らない場所は入っていません」

 「知らない場所は書けないよ」

 「書けます。あの人が繰り返しやっていることを書けば、場所は出てきます」

 僕は少し考えた。繰り返していること。同じ席に座る。同じシャツを着る。同じ防波堤を歩く。同じ問題集を、毎年新品で買う。

 「本屋だ」

 「どこの本屋ですか」

 「駅前の。三階が参考書の売り場になってる。あいつ、四年連続で同じ本を同じ店で買ってる」

 「行きましょう」

 三階の参考書売り場は、平日の午後だというのに人が多かった。夏だからだ。レジの奥に、五十くらいの男の店員がいた。長谷川さんがカウンターに行って、少し話をした。何を言ったのかは聞こえなかった。二分ほどして戻ってきた。

 「三日前に、その本を買った人がいます」

 「わかるの?」

 「その本は仕入れが少ないので、売れたら発注をかけるそうです。三日前に一冊出て、昨日入荷したと言っていました」

 「客の顔は」

 「覚えていました。二十歳くらいの男の人で、去年も一昨年も同じ本を買っている、と」

 僕はその場に立っていた。

 「買ってるのか」

 「はい」

 「五冊目を」

 「はい。七月に」

 蓮はいつも二月か三月に買う。年度の切り替わりで買って、白い本から始める。七月に買うのは周期の外だ。周期の外で新しい本を買う人間は、少なくともその時点では、続ける気がある。僕はそのことを、そのあと何度も自分に言い聞かせた。

 夕方まで、僕らは思いつくかぎりの場所を回った。図書館、映画館、二人で行ったことのあるうどん屋、高校の頃に自転車で行った山の展望台。降りるときに長谷川さんが足を滑らせて、僕が腕を掴んだ。彼女は、ありがとうございます、と言った。それだけだった。

 九時に駅前まで戻った。もう思いつく場所がなかった。思いつく場所がなくなるというのは、探すという行為の中でいちばん質の悪い状態で、そこから先は待つしかなくなる。僕らは自動販売機の横に立っていた。彼女は缶を買わなかった。僕も買わなかった。

 「ひとつ、訊いていいですか」

 「蓮さんが、誰にも進路を訊かれない場所は、どこですか」

 僕は顔を上げた。

 「家では訊かれます。予備校でも訊かれると思います。大学の講義でも、たぶん友達に訊かれます」

 「うん」

 「訊かれない場所が、あるはずです。人は、訊かれない場所に行きます」

 僕はその質問の答えを、たぶん一年前から知っていた。

 「部室だ」

 僕は走った。二階の廊下は暗かった。突き当たりの部室のドアの下から、光が漏れていた。光は動いていた。僕はドアを開けた。部屋の中は暗かった。窓には段ボールが嵌まっていた。五年前の先輩が作った、寸法どおりの遮光板だ。映写機が回っていた。白い壁に、須磨の防波堤が映っていた。

 去年の八月だ。海が白く飛んでいて、コンクリートも白い。画面の左の端から、半袖のシャツの男が入ってくる。裾を片方だけズボンに入れている。防波堤の真ん中をきっちり歩く。端に寄らない。

 その画面の前に、蓮が座っていた。床に、椅子を使わずに座っていた。膝を抱えて、壁を見ていた。壁からの光が顔に当たっていて、光の中を歩いていく去年の自分の影が、その顔の上を横切っていた。

 映写機の横の床に、缶が三つ転がっていた。カップ麺の容器が二つと、袋のパンの袋が四つ。それから赤い表紙の本が一冊、開いたまま伏せてあった。まだ白いページの本だ。

 「蓮」

 彼はこちらを見なかった。

 「何回目だ、それ」

 「わからん」

 声はふつうだった。四日いなくなっていた人間の声には聞こえなかった。

 「巻き戻して、また掛けて、また巻き戻してんねん。二日目からずっと」

 壁の中で、去年の八月の蓮が首の後ろを掻いた。掻いてから、手をズボンで拭いた。その直後だった。画面の真ん中に、丸い染みのようなものが出た。茶色い縁のある、白い穴だ。穴は歩いている男の胸のあたりにあって、男が進んでも穴は動かない。穴は画面に固定されていて、男のほうがその穴を通りすぎていく。

 「焼けた」

 僕は言った。

 「昨日な。途中で止めて、そのまま寝てもうた」

 映写機のランプは熱い。フィルムを止めたまま光を当てつづけると、そのコマだけが焦げる。焦げたコマは縮んで、真ん中から溶けて穴になる。一コマ分だが、映写すれば毎回そこに穴が出る。

 「一コマだけか」

 「一コマだけや」

 蓮は膝を抱えたまま言った。

 「なあ航」

 「穴があいたやろ」

 「あいた」

 「これでもう、去年のはあかんな」

 僕はそこで、何を言えばいいのかがわからなくなった。わからないまま、僕は映写機のスイッチを切った。部屋が暗くなった。リールが惰性で少しだけ回って、止まった。廊下の光が、開いたドアから細く入っていた。

 「腹減ってへんか」

 蓮が言った。

 「減ってる」

 「うどん行こ」

 「行く」

 と言ったときには、僕はもう立ち上がっていた。蓮は座ったままだった。三十秒ほど、僕は立ったまま彼が立ち上がるのを待っていた。

第二十一章 九時十二分

 店を一日閉めるには、貼り紙が一枚要る。

 私は画用紙を四つに切って、その一枚に書いた。七月二十四日は都合により休業いたします。二十五日は通常どおり開けます。都合により、の四文字を、書いたあとしばらく見ていた。この四文字は便利にできている。七年のあいだに私はこの貼り紙を九回出していて、内訳の九つのうち八つは、風邪と、仕入れと、親戚の法事だった。

 二十三日の夕方、引き戸の内側にそれを貼った。字の面をガラスに向けて貼るので、こちらからは裏返しの字が見える。裏返しの字というのは、書いた本人にもすぐには読めない。閉めたあと、私は椅子を壁際に運んで、その上に乗った。

 壁の一枚は、二本の細い釘に掛けてある。ジャケットの上の縁を釘に引っかける形で、七年前にこの店を借りたとき、いちばん先にやった作業がこれだった。両手で持ち上げて、釘から外した。外したあと、壁を見た。

 そこだけ、色が違った。まわりの壁は七年ぶんの日焼けと煙草の脂で薄い黄色になっていて、掛かっていた部分は白かった。三十一センチ角の白い四角が、壁の真ん中に残っていた。物を長く同じ場所に置くと、置いた分の跡が残る。跡は物が消えたあとに初めて見える。鞄に盤を立てて入れて、その隣に、もう一つ入れた。

 文庫本だ。

 外国の短編集で、背が焼けて、もとは赤かったらしい色が茶に近くなっている。上の小口が波打っているのは、どこかで一度水を吸ったからだ。私が吸わせたのではない。私の手に来たときにはもうそうなっていた。

 見返しに、鉛筆で名字が書いてある。彼女の家の名字だ。下の名前は書いていない。高校の女生徒は本に名字しか書かない。名前まで書くのは持ち物を人に貸さない子だけで、あの人はよく貸す子だった。

 借りたのは十七のときだ。返していない。

 返さなかったのは、返す機会がなかったからではない。二人ともこの町にいた四年のあいだ、返せる日は千日以上あった。返してしまえば、次に会う理由がひとつ減る。十七の私はそう考えたわけではないと思う。ただ机の上に置いたままにして、置いたままにしているうちに、それが自分の本になっていった。

 七月二十四日は晴れだった。

 八時に起きて、髭を剃って、白いシャツを着た。緑色のコートは着なかった。着ないと決めるのに、鏡の前で少し時間がかかった。着ていけば、あの人はたぶんそれを覚えている。覚えていて、何も言わないという可能性もある。私は衣紋掛けに掛けたまま家を出た。

 駅に着いたのが八時五十分だった。券売機で二千四百円を買って、改札に出した。年配のほうの駅員が鋏を入れて、返した。私の顔は見なかった。改札というのは顔を見ない場所だ。あの日、私が八時間立っていたときも、駅員は三人替わって、誰も私に何も言わなかった。

 階段は十九段ある。この十九段を、私は一度、荷物を提げて上がったことがある。一九八一年の四月だ。

 あの朝、彼女は大きなトランクを二つ持っていた。東京の本社へ移る日だった。革ではなくて、布を張った安いやつで、角に金具がついている。母親が付き添いで来ていて、私は駅の入口で待っていた。二人が来て、母親が私を見て、あら、と言った。あら、以上のことは言われなかった。

 私はトランクを一つ持って階段を上がった。重かった。中身の半分は本だったらしい。上がりきったところで彼女が、ありがとう、と言った。私は、うん、と言った。ホームで八分待った。八分のあいだ、母親がずっと喋っていた。仕送りの話と、部屋の鍵の話と、ガスの元栓の話をしていた。私は二歩下がって立っていた。

 電車が来て、トランクを二つ載せて、彼女が乗った。窓は開かない型だった。彼女は窓の内側からこちらを見て、口を動かした。二音だった。私は手を上げなかった。

 上げようとしたときには、電車はもう動いていた。動いている電車に向かって手を上げるのは、間に合わなかったことを本人に知らせる行為になる。そう思って、上げなかった。この判断について、私はそのあとの十二年で何度か考えている。九時十二分の下りは二番線に来る。

 時計を見た。九時六分だった。私はホームの中ほどに立って、線路の先を見ていた。線路は緩く右に曲がっていて、その向こうは見えない。十年前の六月に、あの人が乗ってくるはずだった電車も、あの曲がり角の向こうから来ることになっていた。

 九時十一分に放送が入って、電車が曲がり角から出てきた。止まって、扉が開いた。足が動くかどうかを、私は一秒だけ疑った。足は動いた。動いてしまえば何の問題もなかった。人間の身体というのは、迷っているあいだは重いが、動き出したあとは驚くほど軽い。

 電車は空いていた。進行方向に向かって左側の二人掛けに座った。鞄は膝の上に置いた。九時十二分に扉が閉まって、電車は動いた。窓の外を商店街の屋根が流れて、その向こうに山が見えた。海は反対側だ。私は左に座ったので、この電車から海は見えない。

 私は鞄から文庫本を出した。三頁読んだ。

 外国の町で、男が下宿の階段を上がっていく話だった。三頁のあいだに階段しか上がっていない。私はそこで、頁を戻して、また同じ三頁を読んだ。二度目も同じところで止まった。文字は読めている。文字は読めているのに、内容が入ってこない。こういう読み方を人がするのはどういうときなのかを、私はいま知りつつある。

 本を閉じて、膝の上に置いた。高校三年の冬に、あの喫茶店に入った。

 学校から二つ目の角にある店で、白鳥という名前だった。看板に鳥の絵が描いてあって、その鳥は誰がどう見てもあひるだった。コーヒーが百八十円で、ミルクセーキが二百円だ。彼女はいつもミルクセーキを頼んだ。甘いものが好きだったわけではないと思う。コーヒーが飲めないことを言いたくなかったのだと、あとになって思った。

 その日は雪が降りかけていて、降りかけたまま降らなかった。窓の外の道が濡れているのに、空は白かった。店の奥にプレーヤーがあって、マスターが自分の盤を掛けていた。有線ではない。この店はマスターが自分で選んだものしか掛けない。そういう店が当時はいくらでもあった。

 途中でその曲がかかった。私は最初の四小節を聞いて、それから彼女のほうを見た。彼女はテーブルの上で指を動かしていた。二拍で一回だった。人差し指の先だけが、テーブルの木に触れて、離れて、また触れる。曲のあいだじゅう、一度も狂わなかった。

 私はその速さが、自分の心臓と同じだということに気がついた。気がついてから、脈を数えた。数えるあいだ、彼女はこちらを見なかった。曲が終わって、彼女が言った。

 「これ、なんて曲」

 私はカウンターへ行って、マスターに訊いた。マスターはジャケットを持ってきて見せてくれた。青いジャケットだった。夜になる前の空の色で、真ん中に白い字が入っていた。

 私は題名を覚えた。歌手の名前と、レコード会社の番号も覚えた。覚える必要はなかった。覚えたのは、そのとき彼女がテーブルで指を動かしていたからだ。席に戻って、題名を言った。彼女は、ふうん、と言って、それから、ええ曲やな、と言った。私は、うん、と言った。

 指のことは言わなかった。あなたの指と私の心臓が同じ速さだ、というようなことを十八の男が女に言うと、それはどう転んでも冗談としてしか成立しない。だから言わなかった。言うほどのことではないと思ったことのいくつかを、私はその後の十六年で何度も思い出している。

 十時四分に県境の駅で降りた。

 乗り換えまで十九分あった。ホームのベンチに座って、売店で買った茶を飲んだ。売店の女の人が、暑いですねえ、と言った。私は、そうですね、と答えた。この日、私が人と交わした最初の言葉がそれだった。

 ベンチの前を、高校生が四人通っていった。夏休みなのに制服を着ている。部活だろう。四人のうち一人が鞄を肩に引っかけて持っていて、残りの三人は手に提げていた。一九八二年の秋に、電話が一度あった。夜の九時ごろで、私はまだ印刷所の寮にいた。廊下の共同の電話が鳴って、誰かが私を呼んだ。

 彼女だった。公衆電話からで、後ろで車の音がしていた。東京の話をしばらくした。下宿が寒いという話と、授業で英語の本を読まされているという話だった。私は活字の話をした。一時間に八百字しか拾えないという話だ。彼女は笑った。

 それから、彼女が言った。

 「来ない?」

 二音だ。私は、そのうち行く、と答えた。

 「そのうちって、いつ」

 「そのうちや」

 彼女は少し黙った。黙っているあいだに、電話が鳴った。硬貨を入れろという音だ。彼女は、あ、と言った。それから、切れた。

 私は受話器を持ったまま廊下に立っていた。部屋には十円玉が九枚あった。折り返してかければよかった。番号は聞いていない。公衆電話には番号がない。次に手紙が来たときに、あのとき切れたねと書けばよかった。次に来た手紙には、そのことは書いていなかった。私も書かなかった。

 あれが、たぶん、いちばん近いところだ。

 別れ話をした日は一度もない。しなかったことに気づいたのはずっとあとだ、と私はどこかで思っていたが、正確ではない。私は一度だけ、行くか行かないかを訊かれている。訊かれて、そのうち、と答えた。

 そのうちに、十一年かかった。十時二十三分の電車は二両編成だった。窓の外の家がだんだん減って、代わりに田が増えた。稲が水を隠すくらいまで伸びている。途中の駅で五人乗って七人降りた。

 私は膝の上の文庫本の見返しを開いた。

 鉛筆の名字は薄い。四百字詰めの原稿用紙に鉛筆で書いた字が十五年でどうなるかを、私は活字を拾っていたころに何度か見ている。鉛筆は消えない。滲まないし、褪せない。ただ、紙のほうが黄色くなるので、相対的に薄く見えるようになる。

 消えているのは字ではなく紙のほうだ。手紙は月に二度から、季節に一度になった。

 私は返事を書いた。書きかけて、机の抽斗に入れた。四枚ある。一枚目は下宿の場所を訊いている。二枚目は印刷所を辞めるかもしれないと書いてある。三枚目には、こちらは何も変わりません、とだけ書いてある。四枚目は二行で終わっている。

 最後に来た手紙には、大学の食堂のカレーが値上がりしたと書いてあった。それだけだ。四百字ほどの手紙で、三分の一がカレーの話だった。私はそれを読んで、返事を書きかけて、抽斗に入れた。それが四枚目だ。

 あの手紙を私は捨てていない。いま、店の抽斗に、施設からの封筒三通と一緒に入っている。十一時五十八分に着いた。駅は小さかった。改札に駅員はいなくて、切符を入れる木の箱が置いてある。私は切符をその箱に入れた。鋏の音はしなかった。

 駅前のバス停の時刻表は一日六本で、次は十二時二十分だった。二十二分ある。ベンチに座った。目の前の灰皿に吸い殻が三本入っていて、三本とも同じ銘柄だった。バスを待つあいだに三本吸う人間は、たぶん待つのが苦手な人だ。

 バスは時間どおりに来た。乗客は私を入れて四人で、四十分揺られて、施設の名前のついた停留所で降りた。降りたのは私だけだった。そこから徒歩十二分だった。道は上りで、両側は杉林だった。途中に人家が三軒あって、そのうち一軒の庭で犬が吠えた。鎖の届く範囲で吠えているだけだった。

 私は歩きながら、鞄の中のものを二つ数えた。盤が一枚。八時間握って、渡せなかったもの。本が一冊。十七年借りて、返せなかったもの。どちらも、こちらの手元にあるべきものではない。十七年かけて私がやったことは、他人のものを二つ、自分の家に置いておいたということだ。

 坂を上がりきったところに白い建物があった。三階建てで横に長く、窓が規則正しく並んでいて、どの窓にも同じ形のカーテンが掛かっている。時計を見た。十二時五十六分だった。受付は一時からだ。

 門のところで四分待った。四分は短い。十年待った人間にとって四分などというものは何でもないはずだった。実際には、この四分がこの日でいちばん長かった。一時に自動扉が開いた。受付は入って左手にあった。ガラスの仕切りの向こうに、四十くらいの女の人が座っていた。

 「面会の方ですか」

 「はい」

 「入所者のお名前をお願いします」

 私は名前を言った。女の人は名簿を開いて、指で行を追った。追い終わって、顔を上げた。

 「はい、おられます」

 カウンターの上の用紙が一枚、こちらに滑ってきた。日付と時刻の枠があって、その下に面会者氏名、住所、と続いている。その次の欄に、こう書いてあった。ご本人との続柄。女の人がボールペンを用紙の横に置いた。

 「ご家族の方ですか」

第二十二章 秒針

 うどん屋を出たのは、七月十六日の十一時半だった。

 三人で入った。蓮さんはきつねを頼んで、汁まで飲んだ。四日ぶりの食事という感じの食べ方ではなかった。パンとカップ麺が部室の床に転がっていたので、食べていなかったわけではない。食べてはいたけれど、人と食べてはいなかった。

 その違いは、たぶん大きい。佐伯さんが叔母さんに電話をかけに行っているあいだ、わたしと蓮さんは店の前に立っていた。

 「長谷川さんて言うたな」

 「あんたが部室やて言うたんやろ」

 「わたしではないです。佐伯さんが思い出しました」

 「思い出させたんはあんたやろ」

 わたしは答えなかった。蓮さんは笑った。笑い方が、佐伯さんとよく似ていた。速い。

 「あんな、俺、見つけてほしかったんかどうか、自分でもようわからんねん」

 わたしは、はい、と言った。

 「見つけてほしいんやったら、もっとわかりやすいとこ行くやろ。ほんまに隠れたいんやったら、部室はあかん。あそこ、あいつが週に三回来るとこやもん」

 「はい」

 「せやから、たぶん、どっちでもよかった。見つかっても、見つからんでも」

 佐伯さんが戻ってきて、その話は終わった。七月二十日に、わたしは一人で蓮さんに会いに行った。佐伯さんには言わなかった。言うと一緒に来ると思ったからだ。一緒に来ると、蓮さんは佐伯さんに向かって喋る。わたしはそれを聞くだけになる。

 場所は大学の裏の坂の途中にある喫茶店にした。玲のいる店ではない。蓮さんは五分遅れて来た。赤い問題集を持っていた。表紙がまだ新品だった。

 「これ、五冊目」

 「聞きました」

 「あの本屋、覚えてんねんな。毎年おんなじ本買う客なんか、そらおるやろけど」

 蓮さんはアイスコーヒーを頼んで、砂糖を二つ入れた。混ぜるのに、スプーンを二十回くらい回した。

 「長谷川さんは、なんで俺に会いに来たん」

 わたしは、準備してきた文を出した。

 「訊きたいことがあります」

 「どうぞ」

 「同じところに戻るのは、なぜですか」

 蓮さんはスプーンを止めた。それから、また回した。

 「そら、そこがいちばんようわかってるからやろ」

 「わかっている場所は、楽ですか」

 「楽ではないな。しんどい。しんどいけど、どこがしんどいかがわかってる。新しいとこは、どこがしんどいかがわからん。それがいちばん怖い」

 わたしはその言葉を、持ち帰る箱のほうに入れた。

 「あんたも、そうなん」

 「わたしは」

 言いかけて、止まった。この人はわたしと同じだ、とわたしは思っていた。同じ場所に戻る人。だから見つけられた。そう思っていたし、たぶん半分は当たっている。当たっていないほうの半分に、そのとき気がついた。わたしは同じ場所に戻っているのではない。同じ場所から動いていない。

 レコード店の前で二か月足を止め、レンズの蓋を一か月半持ち、封筒を三通ためた。戻るには、一度どこかへ行かなければならない。行ってから戻る人と、行かないままそこにいる人は、外から見ると同じところにいる。

 「わたしは、たぶん、戻ってもいないです」

 蓮さんはこちらを見た。

 「それ、俺よりしんどいやつやん」

 「そうでしょうか」

 「そうやで。俺は少なくとも、いっぺんは出てんねん。落ちて帰ってきただけで」

 わたしは水を飲んだ。氷はまだ溶けていなかった。

 「あの映画、完成すると思いますか」

 「するやろ。あんたがおるから」

 「わたしは記録係です」

 「時間を言う人がおったら、人は動けんねん」

 蓮さんはそう言って、五冊目をテーブルの上で少し押した。

 「俺は、言うてくれる人がおらんかっただけや」

 その夜、部屋で父の手紙をもう一度読んだ。実家は時計屋だ。

 駅から歩いて七分の商店街の、いちばん端にある。間口は二間で、正面がガラスの陳列ケースになっている。ケースの中には腕時計が三十本ばかり並んでいて、そのうち売れるのは月に二本か三本だ。売上のほとんどは修理と電池の交換で、電池は千円、修理は物による。

 店の奥が作業場になっていて、そこに柱時計が七つ掛かっている。七つとも、少しずつ違う時刻を指している。小学生のころ、それがずっと気になっていた。時計屋の時計が合っていないのはおかしいと思っていた。父に言うと、父は作業台から顔も上げずに答えた。

 「合わせても、また狂う」

 「毎日合わせたら」

 「毎日合わせたら、毎日狂う。狂うたびに合わせるのは、時計を直したことにはならん」

 父はルーペを目に当てていた。ルーペを当てているときの父は、話しかけても半分しか聞いていない。

 「あの一番左のやつはな、一日に四十秒遅れる。もう三十年、ずっと四十秒や」

 「直さないの」

 「直さん。三十年おんなじだけ遅れるんやったら、それはもう狂うてるとは言わん。ちゃんと働いとる」

 わたしはその話を、たぶん八歳か九歳で聞いた。

 聞いたときに何を思ったかは覚えていない。覚えているのは、そのあと自分がその柱時計をよく見るようになったことだ。一日に四十秒遅れる時計は、一週間で四分半遅れる。一か月で二十分遅れる。それでも父は直さない。

 わたしは、たぶん、あの時計に自分を重ねている。

 重ねているという言い方はあまり正確ではない。重ねようとして、うまく重ならないことに気づいている、というほうが近い。あの時計は狂い方が一定だから許されている。わたしの遅れ方は一定ではない。四十秒のときもあるし、一か月と五日のときもある。

 手紙には、店を来年の三月でたたむと書いてあった。柱時計は七つとも売られるか、捨てられるか、誰かに引き取られる。一日に四十秒遅れる時計を欲しがる人がこの世に何人いるのかを、わたしは知らない。

 九月にいっぺん帰ってきなさい。話がある。わたしはその二行を、三度読んだ。返事を書こうとして、便箋を出した。出して、机の上に置いた。三十分して、書かずにしまった。

 書けない理由は、たぶん、九月に帰ればその話を聞くことになるからだ。聞けば、たぶん何かを決めなければならない。決めるのは、わたしの得意なことではない。封筒は三通のままだった。七月二十三日の夕方、閉架のシフトの帰りに商店街を通った。レコード店の前で、いつものように足が半歩ぶん遅くなった。

 遅くなってから、止まった。引き戸の中は暗かった。この時間はいつも暗い。けれどその日は、暗さの中に見えるものが違っていた。奥の壁の、いつも四角い青がある場所が、白かった。わたしはガラスに近づいた。

 三十一センチくらいの白い四角が、壁の真ん中にあった。まわりの壁は薄い黄色で、そこだけが白い。掛かっていたものが取り払われて、日焼けしていない部分だけが残っている。物がなくなってから、その物の形がはじめて見えていた。わたしはしばらくそこに立っていた。

 あの盤は非売品だと言われていた。売らないということです、とも言われた。売らないものが壁からなくなるということは、売ったのでなければ、持っていったということになる。翌日、二十四日に、もう一度通った。引き戸の内側に、貼り紙があった。七月二十四日は都合により休業いたします。二十五日は通常どおり開けます。

 字は小さくて、ひとつずつ同じ大きさだった。伝票にわたしの名前を書いたときと同じ字だ。都合により、の四文字を、わたしはしばらく見ていた。この四文字には、中身が書いていない。書いていないから、読んだ人間はそれぞれ勝手に中身を入れる。わたしは自分がそこに何を入れたのかを、あとで思い出せない。

 二十五日の午後二時に、店に入った。鈴が鳴った。緑色のコートの人はカウンターの内側にいて、盤を拭いていた。溝に沿って、外から内へ、同じ角度で。壁は白いままだった。

 「いらっしゃい」

 「こんにちは」

 わたしは棚のあいだに立った。立ってから、カウンターの前に行った。

 「昨日、お休みでしたね」

 「休みました」

 「壁の」

 言いかけて、そこで止まった。訊いてもいいことと、訊いてはいけないことの境目が、わたしにはよくわからない。わからないときは、たいてい訊かないほうを選ぶ。二十年そうしてきた。その人は布を止めなかった。

 「持って出ました」

 わたしは顔を上げた。

 「持って、出た」

 「戻ってきますか」

 その人は、そこで手を止めた。止めて、白い四角のほうを見た。見てから、こちらに戻った。

 「戻ってきました」

 わたしは何も言えなかった。

 その人の顔は、先週と同じだった。同じなのに、どこかが違っていた。何が違うのかを、わたしはその場では言えなかった。あとで思い返して、たぶんこれだと思ったものが一つある。目の下の、たてに二本の深い線が、少し浅くなっていた。

 「掛け直さないんですか」

 「掛け直します。まだ、決めていないだけです」

 その人は布を四つ折りにして、カウンターの端に置いた。角が揃っていた。

 「あなたの映画は、どうですか」

 「八月から編集です」

 「そうですか」

 それだけだった。外に出て、商店街を歩いた。アーケードの下は風がない。鞄の内ポケットには、まだハンカチにくるんだものが入っている。一か月と十五日だ。

第二十三章 繋ぎ目

 フィルムを繋ぐという作業について、あまり知られていない事実がひとつある。繋ぐたびに、フィルムは短くなる。

 二本のフィルムを接着するには、それぞれの端の乳剤を削って、重ねて、接着剤で溶かして圧着する。重ねるのだから、重ねたぶんだけ全体の長さは減る。八ミリの場合、一箇所につきおよそ二コマぶんだ。一秒が十八コマだから、二コマは九分の一秒になる。

 つまり、繋ぎ目をひとつ作るごとに、この世から九分の一秒が消える。

 百箇所繋げば十一秒だ。編集というのは、要するに、消したいものを消す作業だと思われている。実際には、消したくないものも少しずつ消えている。そのことは誰も教えてくれなかったし、僕も三年やってきてこの夏に初めて気がついた。

 八月一日から、僕は部室で編集を始めた。

 道具はスプライサーという小さな鉄の台で、上に刃と押さえがついている。フィルムを置いて、レバーを倒すと、コマとコマのあいだで切れる。切ったあとは、乳剤面を専用の刃で削る。削りすぎると穴が開く。削り足りないと剥がれる。この加減は誰にも説明できない。三十回くらいやると手が覚える。

 接着剤は小さい瓶に入っていて、蓋に細い筆がついている。酢酸の匂いがする。部室のドアを閉めてやっていると、三十分で頭が痛くなる。窓の段ボールを一枚だけ外して換気しながらやるというのが、この部の代々のやり方だ。

 僕は最初の三日で、六月十八日の四十秒を頭に置いた。置いただけだ。まだ何にも繋いでいない。四十秒だけがリールに乗っていて、そのあとが空白になっている。空白のリールを回すと、ぱたぱたという音がして、白い光が壁に出る。

 僕はそれを一日に何回か見ていた。父のことを書いておいたほうがいいと思う。

 父は写真を撮っていた。仕事ではない。市役所に勤めていて、休みの日にカメラを持って出かけていく人だった。僕が生まれる前から撮っていて、押し入れの上の段に、フィルムを入れた缶とアルバムが二十冊ばかりある。

 撮っていた、と過去形で書くのは、父が十年ほど前にやめたからだ。

 やめた理由を、僕は知らない。訊いたことがある。中学のときだ。父は新聞から目を上げずに、そのうち撮らんようになった、と言った。そのうち、というのはこの家系で頻繁に使われる言葉で、内訳が説明されたことは一度もない。

 アルバムを見ると、最後の年の写真は全部同じ場所だった。

 家の近くの川の、同じ橋の同じ位置から撮った川面が、四十枚くらい続いている。日付は違う。季節も違う。同じ角度で、同じ画角で、水面だけが写っている。人も、家も、橋の欄干も入っていない。

 あの四十枚を、僕は何度も見た。

 撮る人間がだんだん狭いところへ入っていって、最後に水面だけになって、それから撮らなくなる。そういう順番だったのだと思う。順番はわかるが、その順番の中にいた人が何を考えていたのかは、アルバムには写っていない。

 レンズは押し入れの箱の中にあった。

 去年の秋に、僕はそれを勝手に出した。断らなかったのは、断ると、いいよ、と言われることがわかっていたからだ。いいよ、と言われてしまうと、それは譲られたことになる。譲られたものを僕が使い切れなかったときに、話がややこしくなる。勝手に持ち出せば、まだ父のものだ。

 キャップの裏に指の脂がついていた。僕のものと、父のものと、両方だ。そういう混ざり方をした汚れを拭くための正しい手順を、僕は知らない。だから拭かないままにしていた。その蓋を、僕は六月に落とした。

 落として、交番に届けを出した。品名と、メーカーと、特徴を書いた。特徴の欄に、汚れがあります、と書いた。あの用紙の枠には、それ以上のことは書けない。書けないことのほうが多いという点で、遺失物の届けは面会の受付の用紙とよく似ている。

 八月六日に、僕は缶をふたつ、机の上に並べた。いちばん左の「海」と、六月二十三日のやつだ。

 去年の八月の四分と、今年の六月の四分。同じ男が同じ防波堤を端から端まで歩く映像が二本ある。片方には音が入っていなくて、片方には入っている。片方の真ん中には、映写機のランプで焼けた穴がひとつ開いている。

 蓮は八月に入ってから予備校に戻った。夜間の、窓から三番目の席だ。五冊目の問題集は、いま四分の一ほど埋まっているらしい。それを僕に報告してきたということ自体が、以前の蓮にはなかったことだった。

 繋ごうと思ったのは、その日の午後だ。一本にする。去年の八月の蓮が歩きはじめて、途中で今年の六月の蓮に変わって、最後まで歩ききる。技術的にはむずかしくない。同じ場所を同じ画角で撮っているのだから、繋ぎ目で構図はほとんど変わらない。服も同じシャツだ。変わるのは海の色と、光の角度と、それから顔だけだ。

 問題は、どこで繋ぐかだった。

 僕はまず、去年のほうを頭から見ていった。編集台のハンドルを回して、コマを一つずつ送る。手回しで送ると、一秒が十八回に分解される。人間の動きというのは十八分の一秒ずつに切ってみると、途中でずいぶん妙な形をしている。歩いている人の足は、必ずどこかで宙に浮いている。

 三分十二秒のところに、穴があった。茶色い縁のある白い穴で、画面の真ん中より少し左にある。歩いている蓮の胸のあたりだ。穴は画面に固定されているので、蓮のほうがその穴を通りすぎていく。

 一コマだ。九分の一秒より短い、十八分の一秒。僕はそのコマを切り出した。

 スプライサーの刃を下ろすと、かちりという音がして、フィルムが二本になる。焼けた一コマは、僕の親指の爪よりも小さい。指でつまむと、縁が硬かった。焦げたところは溶けて縮んでいるので、平らではない。

 それを机の上に置いて、僕はしばらく見ていた。この一コマの中には、去年の八月の蓮の胸のあたりが写っていたはずだ。写っていたものが熱で溶けて、白い穴になった。溶けたぶんは戻らない。僕はそのコマを捨てなかった。フィルムケースの内側に、テープで貼った。繋ぎ目は、そこにした。

 去年の八月の蓮が、防波堤の真ん中を歩いてくる。三分十二秒のところで、一コマぶんが抜ける。抜けたところで、今年の六月の蓮に変わる。変わってから、四十八秒歩いて、端で立ち止まって、振り返る。

 振り返って、口を開ける。ちゃんと撮れよ、と言う。こちらには音が入っている。去年のほうには入っていない。だから、一本に繋いだこの四分間は、途中から音が生えてくる映像になる。前半は無音で、後半だけ風の音と声が入る。

 技術的には失敗だ。音のつなぎ目が汚い。上映すれば、観ている人は必ずそこに気づく。僕はそのまま繋いだ。繋ぎ終わったのが夜の九時で、そのころには長谷川さんが部室に来ていた。

 彼女は八月に入ってから、週に三日、夕方から編集を手伝っている。手伝うといっても、切るのは僕がやる。彼女がやるのは、ノートを見て数字を読むことだ。

 僕が、六月十八日のやつ、頭から何コマ、と言うと、彼女がノートを見て、四十秒だから七百二十コマです、と言う。それから、実測で七百十四です、と言い足す。実測というのは、彼女が編集台のハンドルを回して自分で数えたということだ。誰にも頼まれていない。

 この人はそういうことをする。

 「繋がりましたか」

 「繋がった」

 「見ますか」

 「見る」

 僕らは映写機を掛けた。窓の段ボールを嵌めて、部屋を暗くした。壁に須磨の防波堤が出た。去年の八月だ。海が白く飛んでいる。蓮が左から入ってきて、真ん中をきっちり歩く。首の後ろを掻いて、手をズボンで拭く。

 三分十二秒で、海の色が変わった。白かった海が、濃くなった。光の角度が少し下がって、コンクリートの影が長くなった。歩いている人物は同じ服で、同じ歩き方をしている。変わったのは顔だった。六月の蓮のほうが、痩せている。

 僕はそれを、編集台のうえでは気づかなかった。手回しでコマを送っているときは、人の顔というのはただの模様に見える。十八分の一秒ずつでは、人相はわからない。動いて初めて出てくる。

 四分の終わりに、蓮が振り返った。ちゃんと撮れよ、と言った。風の音がして、そのあと十秒、彼は防波堤の上に立ってこちらを見ていた。

 白い光が壁に残って、映写機の中でリールが空回りする音がした。僕はスイッチを切った。長谷川さんは何も言わなかった。しばらく言わなかった。段ボールを一枚外して、夕方の残りの光が入ってきてから、彼女は言った。

 「音が、途中から出ました」

 「出た」

 「そこで、繋いだんですね」

 「わかる?」

 「はい」

 「気になる?」

 彼女は少し考えた。この人は考えるときに何もしない。

 「気になります。でも、気になるのが正しい気がします」

 僕はうなずいた。

 「これは、これで置いておく」

 「はい」

 僕はリールを巻き戻して缶に入れた。ラベルには何も書き足さなかった。書くとしたら、去年の八月と今年の六月、になる。日付が二つ並ぶラベルは、この夏で二本目だ。片づけながら、僕は言った。

 「音楽がいる」

 「音楽」

 「頭の四十秒に。あそこは無音なんだ。街の音は入ってない。八ミリだから、絵と音は別に録る。だからあの四十秒は、いまのところ、まったくの無音だ」

 僕は缶を棚に戻した。棚の上には缶が六本並んでいる。

 「無音のままでもいい。いいんだけど、あそこには何か鳴っていてほしい気がする。人が三十人渡っていって、ひとりだけ二歩遅れる。そこに合う速さのものが」

 「速さ」

 「そう。曲の速さだ。速すぎるとみんなが走ってるみたいになるし、遅すぎると全員が水の中を歩いてるみたいになる。あの四十秒には、あの四十秒の速さがある」

 長谷川さんは鞄の持ち手を両手で持っていた。

 「心当たり、ないかな」

 彼女は、こちらを見た。それから、少しのあいだ、何も言わなかった。

 「あります」

 と、彼女は言った。

第二十四章 続柄

 ご家族の方ですか、と女の人が言った。私は用紙を見ていた。

 面会者氏名の欄と、住所の欄は書ける。書けるどころか、この二つは今日この日のために三時間半揺られてきた男が、いちばん自信を持って書ける項目だ。名前は三十四年使っている。住所は店のを書けばいい。

 その次の、ご本人との続柄、という欄の前で手が止まった。この欄に入る言葉を、私は二十四のときから探している。

 活字を拾っていたころ、私はあの木の箱の前で、この世のどんな文章でも組めると思っていた。よく使う字は手前の浅い箱にある。家族も、親戚も、友人も、知人も、婚約者も、全部そこにあった。手を伸ばせば届く場所に、必要なものは全部あった。

 足りないのは字ではない。

 「知人と書いてもいいですか」

 「かまいませんよ」

 私は書いた。二文字だ。書くのに三秒かかった。

 書いてしまうと、それはもう記録になる。この施設のどこかの棚に綴じられて、七月二十四日に知人が一名来訪したという事実だけが残る。八時間の話も、壁の白い四角の話も、そこには入らない。遺失物の届けの用紙と同じだ。特徴の欄には、汚れがあります、としか書けない。

 女の人は用紙を受け取って、名簿と照らして、それから壁の時計を見た。

 「いまお呼びしますので、そちらでお待ちください」

 面会室は廊下の突き当たりにあった。どこかの部屋からテレビの音が聞こえた。昼の番組で、司会者が笑って、それに合わせて客席が笑う音がした。音は廊下の途中まで来て、そこで薄くなった。面会室は六畳ほどだった。

 床は緑がかった灰色のリノリウムで、角のところが少しめくれている。めくれた下から接着剤が黒く見えていた。私は靴の先でそこを踏まないように歩いた。理由はない。踏むと剥がれる気がした。

 机がひとつと、椅子が四脚。机は木目を印刷した合板で、天板の右手前に丸い焦げ跡があった。直径が二センチくらいで、縁が茶色く、真ん中が黒い。煙草を一本、灰皿の外に置いた跡だ。この部屋はいまは禁煙になっている。焦げ跡だけが禁煙になる前から残っている。

 窓には金網が入っていた。防犯用の細い針金が、ガラスの中に菱形に走っている。窓の外は杉林で、その上に空があった。壁に丸い時計が掛かっていた。秒針がある。私はしばらくそれを見ていた。

 秒針というのは、見ていると必ず一度、止まって見える瞬間がある。実際には止まっていない。目のほうが追いつかずに、そう見えるだけだ。私は椅子に座って、鞄を膝の上に置いた。一時七分だった。七分待った。

 七分というのは、この十年で私が待った時間の合計に比べれば、何でもない長さのはずだった。実際には長かった。私は膝の上の鞄の口を二度開けて、二度閉めた。中身は変わっていない。盤が一枚と、文庫本が一冊だ。

 廊下で車輪の音がした。ゴム車輪が床の継ぎ目を越える音で、二度、小さく鳴った。それから扉が開いた。看護の人が先に入ってきた。三十くらいの女の人で、名札をつけていた。名札には手書きで名字が書いてある。廊下の扉の札とは違って、こちらは手書きだった。

 その後ろから、彼女が入ってきた。歩いていた。右手で銀色の押し車を持っていた。四本脚で、下に小さな車輪がついている。それに体重を預けて、一歩ずつ動かして、部屋の中まで来た。一歩ごとに脚のゴムが床を擦る音がした。

 私は立ち上がった。立ち上がってから、何を言えばいいのかがわからなくなって、そのまま立っていた。彼女が椅子の前まで来るのに、十秒かかった。扉から椅子までは三メートルほどだ。三メートルに十秒かかる人の歩き方を、私はこのとき初めて見た。

 看護の人が脇に手を添えて、彼女は座った。座ってから、こちらを見た。

 「痩せたね」

 それが、十年ぶりの一言目だった。私は自分の腹のあたりを見た。二十四のときより痩せてはいない。むしろ増えている。増えたのは店を持ってからで、座って盤を拭く時間が長くなったからだ。

 「太りましたよ」

 「そう?」

 「たぶん八キロくらい」

 「ふうん」

 彼女は笑った。

 笑い方は変わっていなかった。口の右側だけが先に上がる。そこは十七のときと同じだった。同じところがひとつでも残っていると、人はそれを頼りにして残りを見ようとする。残りは、全部が変わっていた。

 髪は短かった。肩まであったものが、耳の下で切ってある。切ってあるというより、切られてある。前髪の分け目が真ん中にあって、そこから左右に同じだけ流してある。自分で梳かした人の分け目は、利き手の側に寄る。

 顔は骨のかたちがわかるようになっていた。頬の下に影があって、その影は照明のせいではなかった。手首が細かった。両方の手首に、細い骨が二本ずつ浮いている。

 爪は短く切ってあって、十本とも同じ長さだった。人は自分で切ると、利き手のほうが下手になる。左右の仕上がりが揃っているということは、この爪は他人が切っている。足元は施設の履き物だった。合成皮革の、踵の低いもので、右のほうが左より減っていた。

 私は物を見て人を読むということを七年やってきた。ジャケットの角の潰れ方で家の暮らし方を読み、伝票の字の震えで売り主の体調を読む。当てたことを確かめる方法はないので、それは私の中でだけ成り立つ技術だった。

 この部屋で、その技術は、いちどきに全部使えた。使えたところで、何の役にも立たなかった。看護の人が、三時までお願いしますね、と言って、扉のところに椅子を出して座った。同席するのが決まりらしい。私はうなずいた。

 祐子は机の上に両手を置いた。置くとき、右手が先に出て、左手が少し遅れた。左のほうが動きにくいのだと思う。

 「ようここまで来たね。遠いやろ」

 「三時間半でした」

 「調べたん」

 「六月に調べました」

 「六月」

 「一通目が来たときに」

 彼女は少し首を傾げた。

 「一通目、いつやったかな」

 「五月の終わりです」

 「そう」

 そう、と言ったきり、そのことについては何も続かなかった。窓の外で杉の枝が動いた。金網の菱形の向こうで緑が少し揺れて、また止まった。私は鞄を膝の上で開けた。中には二つ入っている。三時間半のあいだ、ずっと立てて入れてあった。電車の揺れでジャケットの角が当たらないように、本のほうを外側にしていた。

 まず、文庫本を出した。机の上に置くと、彼女はそれを見た。見て、それから手を伸ばして、取った。取るのに時間がかかった。指が本の縁に触れて、一度滑って、それからつまんだ。表紙を見て、裏返して、それから見返しを開いた。鉛筆の名字がある。

 「うちの字や」

 「そうです」

 「これ、貸したっけ」

 「十七のときに」

 「ほんまに?」

 「借りました。返していません」

 彼女は見返しをしばらく見ていた。

 鉛筆というのは消えない。滲まないし、褪せない。褪せていくのは紙のほうで、紙が黄色くなるぶん、字は相対的に薄く見えるようになる。十七年前に彼女が鉛筆を持って、この見返しに二文字を書いた。その二文字は、いまも同じ濃さでそこにある。

 「あんた、ほんま、返さへん人やな」

 私は何も言わなかった。言い返す材料が一つもなかった。彼女は本を机の上に置いた。置いてから、指の腹で表紙の上を二度撫でた。

 「これ、面白かった?」

 「三頁までしか読んでいません」

 「十七年で三頁」

 「そうです」

 私は次のものを出した。青いジャケットを机の上に置いた。彼女はそれを見た。見て、そのまま、十秒くらい何も言わなかった。私はそのあいだ、彼女の目を見ていた。目のほうは、あまり変わっていなかった。

 「白鳥や」

 と、彼女が言った。

 「はい」

 「あの、あひるの看板の」

 「あんた、カウンター行って訊いてくれたやんな」

 「訊きました」

 あの店のマスターは、盤を持ってきて見せてくれた。青いジャケットで、真ん中に白い字が入っていた。私はそのとき、題名と歌手の名前とレコード会社の番号を覚えた。覚える必要はなかった。

 「これ、買うたんや」

 「買いました」

 「いつ」

 「十年前です」

 彼女の目が、そこで一度動いた。私は言った。言うつもりで来たわけではない。ここまで来て、この二つを机に出したところで、順番として次に来るのはこれしかなかった。

 「十年前の六月に、駅で待っていました」

 彼女は私を見た。

 「駅」

 「うちの駅です。あなたが、会いたいから帰る、と書いてきた日です。三時十二分の下りで来ると書いてありました」

 「うちが」

 「はい」

 彼女は机の上の自分の手を見た。看護の人のほうは見なかった。窓の金網のほうも見なかった。ただ、自分の手を見ていた。指の動きが止まっていた。

 「覚えてへんわ」

 私は、はい、と言った。

 「そんな手紙、出したん」

 「出しました」

 「ごめん、ほんまに覚えてへん。あのころのこと、抜けてるとこがようさんあんねん。お医者さんにも言われてる。薬のせいもあるし、そもそも書いたときのうちが、まともに書ける状態やなかったんやと思う」

 「そうだと思います」

 この部屋には壁の時計の音がしない。電池式で、秒針が動くときに音を出さない型だ。私はこのとき、その静かさをはっきり意識した。覚えていない。私はその四文字を、頭の中でゆっくり組んだ。

 あの一枚の便箋は、いま、店の抽斗の中にある。施設からの封筒三通と、期限の切れた切符と、それから最後に届いたカレーの値上がりの手紙と一緒に入っている。私はあれを十年持っていた。持っているあいだに、あれは私の中でだんだん大きくなった。

 あの便箋の上に、私は八時間を積んだ。三代の緑のコートを積んだ。印刷所を辞めたことも、この街に残ったことも、駅前に店を出したことも、壁に釘を二本打ったことも、全部あの一行の上に積んだ。

 積まれた側は、その一行を書いた覚えがない。これは誰かが悪いという話ではない。誰も悪くない。悪くないということが、この場合、いちばん厄介だった。

 「あんた、待ってたん」

 「待ちました」

 「どんくらい」

 私は正確に言う以外の言い方を持っていない。

 「三時前から、最終まで」

 「最終て」

 「十一時十八分です」

 彼女は口を開けて、それから閉じた。

 「八時間やん」

 「八時間です」

 部屋が静かになった。どこかの部屋のテレビが、また客席の笑い声を出した。今度は前より小さかった。番組が変わったのかもしれない。

 「あほちゃう」

 彼女が言った。声が少し震えていた。

 「ほんまに、あほや。三時に来えへんかったら帰ったらええやん。四時でも五時でもええけど、なんで最終まで」

 「帰り方がわかりませんでした」

 「わからんことないやろ」

 「あの日は、わからなかったんです」

 あの日、私は改札の前の白い床に伸びる鉄柵の影を数えていた。数えているあいだはまだ待っているのだと自分に言えた。影は長くなって、床の端で壁に折れて消えた。消えたあとに何を数えていたのかは、覚えていない。

 彼女は両手を机の上で組んだ。指を組むのに、少し手間取っていた。左手の薬指がうまく曲がらないらしく、二度やり直した。

 「うちな、覚えてることもあんねん」

 「はい」

 「電話したやろ、あんたに」

 「しました」

 「あれは覚えてる。冬やった。うち、大学の近くの角の電話ボックスから、かけてん」

 「秋です。十月でした」

 「そう、秋か」

 彼女は少し笑った。

 「あのとき、来ない?て訊いたん、覚えてる?」

 「覚えています」

 「あんた、なんて言うたか覚えてる?」

 あの夜、私は寮の廊下に立っていた。壁に貼り紙があって、消灯十一時と書いてあった。受話器はプラスチックが冷たくて、耳に当てているとだんだん温くなる。後ろで車の音がしていた。彼女の声のうしろの音だ。

 「そのうち行く、と言いました」

 「そう」

 彼女はうなずいた。何度かうなずいた。

 「そのうちて言われたときな、うち、ああ、これは来おへんな、と思てん」

 「怒ってへんよ。ほんまに怒ってへん。ただ、そう思た。十九やったからな。十九のときは、そのうち、が何年のことか、ようわからんかった」

 「私も、わからなかったです」

 「何年やったん、結局」

 私は数えた。数えなくてもわかっていたが、口に出すために一度数えた。

 「十一年です」

 彼女は、そう、と言った。

 「長かったな」

 「長かったです」

 三時十分前に、看護の人が立ち上がった。あと十分です、と言われた。私はうなずいた。壁の時計を見た。秒針は音を立てずに動いていた。彼女は机の上の青いジャケットを見ていた。

 「これ、置いていってくれるん」

 「置いていきます」

 「かける機械、ここにはないで」

 「談話室にあると聞きました。受付で訊きました」

 「そうなん」

 「日曜の午後に、レコードをかける時間があるそうです」

 彼女は、ふうん、と言った。

 「ほな、日曜に頼んでみよかな」

 私は椅子を引いて、立ち上がった。立ち上がってから、机に手をついた。合板の天板は、思っていたより薄かった。手をつくと、少しだけ撓んだ。言うと決めていたわけではない。決めていたら、たぶん言えなかった。

 「あの日、白鳥で」

 「うん」

 「あなたは、テーブルで指を動かしていました」

 彼女は、こちらを見た。

 「二拍で一回でした。曲のあいだじゅう、一度も狂わなかった」

 「そんなことした?」

 「しました。私はそれを見ていて、その速さが、自分の心臓と同じだと気がつきました」

 彼女は何も言わなかった。

 「気がついて、言いませんでした。十八の男が、あなたの指と私の心臓が同じ速さだ、というようなことを言うと、冗談にしかならないと思ったからです」

 「冗談やろ、それ」

 「冗談です」

 「なんでいま言うん」

 「言うほどのことではないと思ったことを、そのあと十六年、何度も思い出したからです」

 彼女はしばらく黙っていた。それから、机の上に右手を出した。人差し指を伸ばして、天板に触れた。触れて、離して、また触れた。二拍で一回だった。速さが違った。あの曲より、はっきり遅かった。

 私は数えた。目で数えて、それから自分の胸のあたりの拍に合わせた。この十年で私は走らなくなり、階段を使わなくなり、待つことに慣れた。医者に言われるような話ではなく、ただそうなる。三十四の心臓は、二十四のときより遅い。

 合っていた。あの曲は同じ速さのままだ。盤は減らないかぎり同じ速さで回る。離れていったのは私たちのほうで、離れた先で、どういうわけか二人とも同じだけ遅くなっていた。

 「合うてる?」

 彼女が訊いた。

 「合っています」

 「そう」

 彼女は指を止めた。止めて、手を机の上に戻した。爪は十本とも同じ長さだった。

 「また来てくれる?」

 「来ます」

 「そのうち、はやめてな」

 「八月の第一週に来ます。改修の前に」

 彼女は笑った。口の右側が先に上がった。私は鞄を持って、扉のほうへ歩いた。鞄は来たときより軽かった。二つ入っていたものが、両方とも机の上に残っている。扉のところで一度振り返った。彼女は机の上の青いジャケットに手を置いていた。机の右手前の丸い焦げ跡のすぐ横に、その手があった。

第二十五章 一万五千円

 あります、と言ってしまってから、わたしは帰り道でそのことを七回くらい思い出した。

 言うつもりはなかった。訊かれたのは心当たりがあるかどうかで、答えは、あります、で正しい。正しいのだが、正しい答えを出したあとに何が来るのかを、わたしは言う前に計算していなかった。

 あの人は次に、どんな曲、と訊く。

 訊かれたら、題名を言うことになる。題名を言えば、どこで知ったのかを訊かれる。どこで知ったのかを言えば、商店街のレコード店の話になる。壁に掛かっていた青い盤の話になり、二か月そこで足を止めていた話になり、値札のついていない一枚をガラス越しに見ていた話になる。

 その話は、レンズの蓋の話と同じ場所に置いてある。同じ棚の、同じ通路の中だ。一本開ければ、そこに両方ある。

 あの日、佐伯さんは、あります、を聞いたところで時計を見て、じゃあ今度聞かせて、と言った。今度、と言われた。今度がいつなのかは決まっていない。決まっていない期限というのは、わたしにとってはいちばん扱いやすい。

 部屋に帰って、机の上の青いジャケットを立てた。七月に千八百円で買って、一度も鳴らしていない。鳴らす道具がないからだ。商店街のレコード店の、緑色のコートの人は、この盤を十年壁に掛けて、一度も鳴らさなかった。道具は店にある。毎日使っている。それでも鳴らさなかった。

 わたしのは、道具がない。同じ壁に立てかけられた二枚の板が、片方は道具があって鳴らされず、片方は道具がなくて鳴らせない。似ているようで、まったく違うと思う。似ていると思いたいだけだと思う。

 八月八日の閉架のシフトのあとで、わたしは通帳を出した。五万一千円あった。一万二千円のプレーヤーと三千円の針で、残りは三千四百円になる。計算を三度やり直して、三度とも同じ数字になった。

 判断の材料はもう出そろっている。出そろっているのに決められないときは、材料の問題ではない。八月九日の午後、商店街のレコード店に入った。鈴が鳴った。緑色のコートの人はカウンターの内側にいた。壁は白いままだった。三十一センチの四角は、二週間前と同じ位置にある。

 「機械を、見せてください」

 その人は布を置いた。

 「かける機械ですね」

 「秋と言っていましたね」

 「八月になりました」

 その人は少しだけ口の形を変えた。笑ったのだと思う。この人が笑うところを、わたしは初めて見た。二台あった。奥の棚の下に置いてあって、両方とも埃よけの布が掛かっていた。

 一台目は木の箱に入った大きいもので、蓋を開けると中にターンテーブルとスピーカーが両方入っている。値段は一万二千円。二台目は薄くて平たくて、スピーカーが別に要る。こちらは八千円だった。

 「下宿ですか」

 「はい」

 「壁は薄いですか」

 「薄いです」

 「では、こちらのほうがいいです」

 その人は一台目を指した。

 「音が下向きに出ます。箱の中で鳴るので、隣に届きにくい。それに、これは別売りのものを揃えなくていい」

 「一万二千円ですね」

 「針が要ります。この型はまだ手に入ります。三千円です」

 「合わせて一万五千円です」

 「そうなります」

 わたしは財布を出した。出してから、一度、手が止まった。

 一万五千円というのは、わたしがこれまで一度に払ったことのある金額のなかで、いちばん大きい。教科書は二千円くらいだ。アイロンは母が買ってくれた。この部屋にあるもので一万五千円を超えているものは、たぶんひとつもない。

 止まったのは、金額のせいだった。金額のせいだと思っておくほうが、たぶん簡単だ。わたしは一万五千円を出した。その人はレジを打って、それから、針を箱から出して、その場でつけてくれた。細いドライバーを使って、二十秒くらいで終わった。手の動きは速くなかった。速くないのに、迷いがなかった。

 「重いですよ」

 「持てますか」

 「持てます」

 箱は思っていたより重かった。両手で抱えて、店の外に出た。商店街を抜けて、坂を上って、下宿の階段を上がった。三回、途中で下ろした。三回とも、下ろしてから、また持ち上げた。部屋に置いたのが、四時四十分だった。コンセントに差した。

 説明書はなかった。中古なので、そういうものはついてこない。回転数の切り替えは前の面に丸い摘みがあって、三十三と四十五と書いてある。三十三に合わせた。ジャケットから内袋を抜いて、内袋から盤を出した。指は縁とレーベルにしか触れない。あの店で緑色のコートの人がそうしていたので、そうした。

 載せた。中心の穴が軸に落ちて、小さい音がした。アームを持ち上げた。持ち上げたところで、わたしは一度、手を止めた。止めた理由は、自分でもよくわからなかった。

 あの店で一度聴いている。二分四十秒の、ふつうの曲だった。中身は知っている。知っているものを、自分の部屋で、自分の機械で、自分の手で鳴らす。それだけのことだ。それだけのことが、この二十年、ほとんどなかったのだと思う。

 人に出してもらったものを受け取ることはあった。人が鳴らしたものを聴くこともあった。自分で買って、自分で運んで、自分で針をつけて、自分の手で落とすというのは、たぶん初めてだ。わたしは針を落とした。じり、という音がして、それから溝の音になった。

 ギターが一本入って、ベースが遅れて入って、三小節目でドラムが来る。歌が入る。女の声で、低くはなくて、うまくもない。まっすぐ出しているだけの声で、伸ばすところで少し揺れる。わたしは机の前に座って、それを最後まで聴いた。二分四十秒だった。針が内周に入って、アームが上がって、機械の中でかちりと音がした。

 部屋には、下の道を通る自転車の音が残った。わたしはもう一度、針を落とした。二度目は、机の上に右手を置いていた。人差し指の先が動いていた。動かそうと思って動かしたのではない。気がついたときには動いていた。二拍で一回だった。

 わたしはそれを、しばらく見ていた。自分の指が自分の意思と関係なく動いているのを見るというのは、あまり気持ちのいいものではない。ないのだが、そのときは、そうでもなかった。八月十一日に、部室へ持っていった。

 プレーヤーは重い。持って坂を下りるのは無理なので、盤だけを鞄に入れて、機械は北原さんが自転車で運んでくれた。喫茶店の裏に置いてある業務用の自転車で、前の籠が大きい。

 部室で映写機を掛けた。窓に段ボールを嵌めて、部屋を暗くした。壁に四角い光が出た。六月十八日の交差点が出てきた。西日が横から来ていて、白い縞の上を光が走っている。人が三十人ばかり渡っていく。いちばん手前にひとり、動かない人がいる。

 佐伯さんが、いま、と言った。わたしは針を落とした。じり、という音が鳴って、それからギターが入った。壁の中で、人が渡っていた。わたしは腕時計を見ていた。大家さんに借りた、文字盤の黄色くなった時計だ。秒針が動いている。

 数えた。

 曲の一小節は四拍で、四拍がだいたい二秒だった。人が横断歩道を渡りきるのに、十一秒かかっていた。五小節半だ。いちばん手前の人が動き出すまでが、二拍だった。わたしは、そこでもう一度、数え直した。

 青になってから、その人の足が動くまで。曲でいうと、一小節の前半の二拍ぶん。時間でいうと、一秒と少し。合っていた。わたしは合っている、という言葉を、頭の中でいったん止めた。

 合っているというのは、曲の速さと、あの四十秒の中の人の動きの速さが、同じ物差しに乗るということだ。速すぎれば全員が走っているように見え、遅すぎれば水の中を歩いているように見える。佐伯さんはそう言った。

 この曲は、どちらでもなかった。人が渡りきるのに五小節半かかる。歌が入るのは、いちばん手前の人が歩き出したあとだ。曲が終わるのは、四十秒が終わったあとになる。二分四十秒のほうが長いので、映像だけが先に終わる。

 「合ってる」

 佐伯さんが言った。

 「はい」

 「なんでこれなの」

 わたしは針を上げた。部屋が静かになった。壁には四角い白い光が出ていた。

 「商店街のレコード店に、掛かってました」

 「壁の?」

 「はい。値札がついていなくて、非売品ですと言われました」

 「じゃあ、これは」

 「同じものを、注文して取り寄せました」

 佐伯さんはしばらく何も言わなかった。段ボールを一枚外して、夕方の光が入ってきた。部屋の中のものの輪郭が戻った。

 「なんで取り寄せたの」

 「わからないです」

 「わからない」

 「はい。訊かれたときに、あの店の人にも、わからないですと答えました」

 佐伯さんは笑わなかった。

 「使わせてもらえるかな」

 「はい」

 「じゃあ、頭の四十秒はこれでいく」

 その夜、部屋に帰って、便箋を出した。父への返事だ。七月に一度出して、書かずにしまった。わたしは三行書いた。九月に帰ります。日はまた連絡します。元気にしています。

 三行目を書くのに、一行目と二行目の倍の時間がかかった。元気にしています、というのは、事実として正しいのかどうかがよくわからない。ただ、この三文字を書かない手紙を父に出すと、父はたぶん心配する。心配させないために事実でないことを書くのは、嘘の一種だと思う。

 嘘は速い。相変わらず、そこだけは半拍も遅れない。封をして、切手を貼った。机の右の端に置いた。左の端には、レンズの蓋がある。真ん中には、いま、プレーヤーの上に載ったままの青い盤がある。

 明日の朝、郵便局に持っていく。持っていけば、九月に帰ることになる。帰れば、話を聞くことになる。聞けば、何かを決めることになる。十月四日には、まだ間がある。

第二十六章 終わりがない

 八月の部室というのは、映画を作るのにいちばん向いていない場所だ。僕は八月のあいだ、その部屋でだいたい二百時間を過ごした。組み上がっていく順番は、こうだった。頭に六月十八日の交差点の四十秒。人が三十人ばかり白い縞の上を流れて、いちばん手前のひとりだけが二歩遅れて動きはじめる。

 そのあとにタイトル。

 それから、街のいろいろな四十秒が続く。レコード屋の棚の札と床の板目と、緑色のコートの男の手。駅の階段を上がる人の脚。倉庫街の壁のひびの影。喫茶店の鉄の階段の三段目と七段目。北原がビールケースの上に立って動かない十八秒。

 真ん中に、須磨の四分が入る。防波堤を端から端まで歩く男が、三分十二秒のところで別の日の同じ男に変わる。海の色が変わって、光の角度が下がって、そこから音が生えてくる。そのあとが、まだない。

 僕はそのことを、八月のあいだじゅう、部室の壁の白い光を見ながら考えていた。空のリールを回すと、ぱたぱたという音がして、四角い光が壁に出る。あれは何も写っていない光ではない。何も写さないと決めた人間がいないというだけの光だ。

 蓮に見せたのは、八月十九日だった。

 夜の八時に来ると言って、八時二分に来た。予備校の夜間が終わってからだ。赤い問題集を鞄に入れたまま来て、部室の窓際の椅子ではなく、部屋の真ん中の椅子に座った。あの窓際の椅子に蓮が座らなかったのは、僕の記憶にあるかぎり初めてだった。

 僕は段ボールを嵌めて、映写機を掛けた。交差点の四十秒が出た。蓮は何も言わなかった。街の四十秒がいくつか続いて、北原の十八秒が出て、それから須磨が出た。去年の八月の海は白く飛んでいる。半袖のシャツの男が左から入ってきて、防波堤の真ん中をきっちり歩く。三分十二秒のところで、海の色が濃くなる。

 蓮は座ったまま、少し前に身体を倒した。

 「変わった」

 「変わった」

 「いま、変わったな」

 「うん」

 彼は画面を見ていた。壁の光が顔に当たっていて、その顔の上を、歩いていく自分の影が横切っていた。六月の蓮のほうが痩せている。これは編集台では見えない。手回しでコマを送っているとき、人の顔はただの模様に見える。動いて初めて出てくる。

 四分の終わりで、彼は振り返って、ちゃんと撮れよ、と言った。風の音がして、そのあと十秒、防波堤の上に立ってこちらを見ていた。僕はスイッチを切った。段ボールを一枚外した。部屋の中のものの輪郭が戻った。蓮はしばらく黙っていた。

 「穴、どこ行った」

 「繋ぎ目にした」

 「切ったんか」

 「切った。切ったやつは、ケースの内側に貼ってある」

 僕はフィルムケースを取って、蓋の裏を見せた。透明のテープの下に、爪の先より小さい一コマが貼ってある。茶色い縁のある白い穴が、その真ん中にある。蓮はそれを、しばらく見ていた。

 「なあ航」

 「これ、俺、消えてへんな」

 「消えてない」

 「去年のやつ、消してくれて言うたやんか。捨ててええでって」

 「言った」

 「消えてへんやんけ」

 「消してない」

 「消してほしかったんやと思てた」

 「うん」

 「ちゃうかったんやな」

 「たぶん」

 「上書きしたら消えると思てたんやけど、上書きてな、下のやつが残ってるから上書きって言うねんな」

 僕は何も言わなかった。この従兄弟は、ときどきこういうことを、こちらが何かを言う前に自分で言ってしまう。筋が通りすぎているせいで、どこで曲がるべきだったのかが誰にもわからなくなる男だが、今回に関しては、通った先が悪い場所ではなかった。

 「あの穴な」

 「あれ、俺があけたんやろ」

 「ランプが焼いた。きみは寝てた」

 「同じことやろ」

 彼は笑った。笑い方は速かった。

 「まあええわ。繋いだんやったら、それでええ」

 北原に見せたのは、その三日あとだ。彼女は喫茶店の遅番のあとに来た。エプロンを鞄に押し込んで、髪をうしろで結んだままで、部屋に入るなり暑いと言った。実際に暑かった。僕は同じものを回した。彼女は最後まで一度も口をきかなかった。終わって、僕が段ボールを外すと、彼女はしばらく椅子に座ったままだった。

 「うち、二本目や」

 「二本目?」

 「完成品。六つのときの十五秒から数えて、二本目」

 「まだ完成してない。終わりがないんだ」

 「そんなん知らんよ。うちは、見た」

 彼女は椅子から立って、鞄を持った。

 「あんな、うちの十五秒はな、うちが決めたもんちゃうねん。六つのときに、大人が卵持たせて走らせただけや。あれが十三年間流れてて、いまでもたまに近所のおばちゃんに、あんたあの子やろ、て言われる」

 「うん」

 「今日のは、うちが立ってた。動くな言われて、立ってた。あれは、うちが決めた」

 彼女はドアのところで一度止まった。

 「終わり、まだないんやろ」

 「ない」

 「十月四日やで」

 「わかってる」

 「わかってへんやろ」

 この一週間で、僕は二人の人間から同じ台詞を言われたことになる。血のつながっている人間とつながっていない人間の両方から同じことを言われるというのは、たぶん、そこそこ客観的な指摘だということだ。

 終わりがない、というのは、比喩ではなくて技術的な事実だった。

 映画には最後のカットが要る。そこで終わる、と観ている人にわかるカットだ。誰かが去っていくとか、扉が閉まるとか、光が消えるとか、方法はいくらでもある。いくらでもあるので、逆に選べない。

 僕は八月の終わりに、実家へ帰った。夜に押し入れの上の段を開けた。アルバムが二十冊ある。いちばん右の一冊を出した。父が撮るのをやめた年のものだ。同じ場所の川面が四十枚並んでいる。

 家の近くの橋の、同じ位置から撮った水面だ。日付は違う。季節も違う。同じ角度で、同じ画角で、水だけが写っている。人も家も欄干も入っていない。僕は一枚ずつめくった。三十六枚目あたりで、光の入り方が少し変わった。三十九枚目で、水面に何か写り込んでいた。橋の欄干の影だ。四十枚目には、それがない。

 四十一枚目は、なかった。台紙は二十頁ぶん残っていて、全部空だった。

 撮る人間がだんだん狭いところに入っていって、最後に水面だけになって、それから撮らなくなる。そう思って、僕はこの四十枚を何度も見てきた。順番はわかるが、その順番の中にいた人が何を考えていたのかは、写っていない。

 その夜、僕は初めて、四十一枚目のことを考えた。

 父はあの日、四十枚目を撮って帰ってきて、その次の休みの日に、撮りに行かなかった。行かないと決めた日があったはずだ。決めた日には何も残らない。決めなかったことのほうが記録に残らないという点で、写真は不便にできている。

 あのアルバムに足りないのは、最後の一枚ではない。やめると決めた日の一枚だ。朝の電車で街に戻りながら、僕は自分の映画のことを考えていた。あれには終わりがない。終わりがないのは、僕が終わりを撮っていないからだ。撮っていないのは、撮るべきものがまだ起きていないからで、起きていないものは撮れない。

 九月一日に、長谷川さんが言った。部室で、彼女は編集台のハンドルを回してコマを数えていた。誰にも頼まれていないのに、彼女は全部のカットの実測をやっている。ノートの数字は、僕の記憶よりいつも正確だ。

 「九月の半ばに、実家に帰ります」

 僕は接着剤の瓶の蓋を閉めた。

 「どのくらい」

 「三日か、四日です」

 「そうか」

 「父の店が、来年の三月でなくなるので」

 僕はその情報を受け取って、しばらくどこに置けばいいのかわからなかった。人が自分の家の話をするというのは、この人の場合、かなり大きなことだ。八月のあいだ、僕はこの人と二百時間近く同じ部屋にいて、家の話は一度も出なかった。

 「何屋さん」

 「時計屋です」

 僕は編集台の上の彼女の手を見た。ハンドルを回している手だ。回す速さが一定で、その速さは僕が回すときよりずっと安定している。

 「秒針のある時計を借りてるって言ってたね」

 「大家さんのです。うちのではないです」

 「そうか」

 彼女はコマを数え終えて、数字をノートに書いた。書き終えて、顔を上げた。

 「終わりは、決まりましたか」

 「決まってない」

 「そうですか」

 僕はそこで、言おうとした。最後にきみを撮らせてほしい、と。あの四十秒が頭にあって、真ん中に須磨があって、最後にもう一度きみがいれば、この映画は閉じる。閉じることが正しいのかどうかはわからない。ただ、形としてはそこで閉じる。

 彼女は七月に、写るのがいやですと言った。理由はうまく言えないと言った。そのあとで、六月に撮ったものは使ってくださいと言った。切らないでください、とも言った。

 この二つは矛盾していない。矛盾していないことは僕にもわかる。わかるからこそ、いま同じことをもう一度頼むのが、どういう性質の頼み方になるのかもわかる。僕は接着剤の瓶を棚に戻した。

 「気をつけて帰ってきて」

 と、僕は言った。言ってから、これはいま言うつもりだった台詞ではない、と思った。彼女は、はい、と言って、ノートを閉じた。

第二十七章 白い四角

 八月三日にもう一度行った。

 二度目は勝手が違う。切符の買い方も、乗り換えの階段の位置も、バス停の灰皿の場所も知っている。知っていると、道中に考えることが減る。減ったぶん、私は車内でずっと窓の外を見ていた。田の色は七月より濃くなっていた。

 持っていったものは何もなかった。

 持っていくものがないというのは、七月に二つとも置いてきたからだ。手ぶらで人を訪ねるのが正しいのかどうかを、私は駅の売店の前で三分ほど考えた。菓子の箱がいくつも積んであった。結局買わなかった。買えば、次は何を買うかを毎回考えることになる。

 受付の女の人は、前と同じ人だった。用紙を出されて、続柄の欄に知人と書いた。二度目は一秒で書けた。面会室は同じ部屋だった。机の右手前の丸い焦げ跡も、造花も、金網も同じだ。壁の時計の秒針は音を立てずに動いていた。

 彼女は前より少し早く入ってきた。押し車の進み方が、七月より速かった。

 「暑いのに、ようここまで来るな」

 「電車は涼しいです」

 「バス、あれ冷房ついてへんやろ」

 「ついてないです」

 「ほら見い」

 彼女は笑って、椅子に座った。座り方は前と同じで、右手が先に机に着いて、左手が少し遅れた。

 「日曜な、かけてもろた」

 私は顔を上げた。

 「談話室ですか」

 「そう。あそこ、日曜の二時からレコードの時間があんねん。年寄りが十人くらい来て、みんな演歌かかると思て座ってんねん」

 「そこに」

 「うちのを出してん。看護婦さんに頼んで」

 彼女は机の上で両手を組んだ。組むのに、前より手間取っていなかった。日によって違うのだと思う。

 「どうでしたか」

 「ふつうやったわ」

 私は、はい、と言った。

 「ふつうの曲やった。二分四十秒くらいやろ。前奏があって、歌が入って、ちょっと伸ばすとこがあって、終わり」

 「そうです」

 「あんた、あれ、聴いたことあったん」

 「七月に、店で聴きました」

 「十年、聴いてへんかったん」

 「聴いていません」

 彼女は少し首を傾げた。

 「なんで」

 「渡すためのものだったので、自分で鳴らすのは、順番が違う気がしていました」

 「あんた、そういうとこあるよな」

 「そうかもしれません」

 「あんな、聴いてみたらな、なんちゅうことない曲やねん。ええ曲やけど、なんちゅうことない。うちらが聴いたときも、たぶん、なんちゅうことなかったと思う」

 「たぶん」

 「白鳥のミルクセーキのほうが、よう覚えてる」

 彼女は右手で机の上を軽く撫でた。撫でたのは意味のある動作ではなくて、天板の質を確かめるような動きだった。

 「年寄りらは、ぽかんとしてたわ。演歌ちゃうからな」

 「怒られましたか」

 「怒られへん。誰も何も言わへん。ここの人らは、人のもんに文句言わへんねん。言うだけの元気があったら、たぶんここにおらんし」

 三時十分前に、看護の人が立ち上がった。彼女は、次はいつ、と訊いた。

 「改修が終わってからになります」

 「そうやったな。九月いっぱいて聞いた」

 「十月の頭に来ます」

 「十月」

 彼女は少し考えるような顔をした。

 「十月て、遠いな」

 私は何も言えなかった。二か月というのは、十年待った人間が言葉にするには短すぎる長さだった。短すぎるのに、この部屋で言うと、長かった。

 「そのうち、はやめてって言うたやろ」

 「日を決めます。十月の第一週の土曜に来ます」

 「日を決めたな」

 「決めました」

 彼女は笑った。口の右側が先に上がった。私は立ち上がって、扉のほうへ歩いた。振り返ると、彼女は机の上で右手の人差し指を動かしていた。二拍で一回だ。合わせて数えた。前より、また少し遅かった。八月の半ばから、面会はできなくなった。

 施設の東側の棟を改修して、面会室も使えなくなる。九月いっぱいかかるという話だった。手紙は届くと言われたので、私は月に二度書いた。書くことがなかった。

 書くことがないというのは、この十年、私の生活に出来事がなかったからだ。盤を洗い、乾かし、値札を貼り、棚に入れる。買い取りに行き、角を見る。それを一日に何回か繰り返す。手紙にすると三行で終わる。

 三行で終わる手紙を、私は四行にして出した。四行目には、こちらは変わりありません、と書いた。書いてから、十一年前に机の抽斗に入れた三枚目の便箋のことを思い出した。あれにも同じことが書いてあった。こちらは何も変わりません、と。

 同じ文を、私は十一年ぶりに書いた。違うのは、今度は出したということだけだ。壁の白い四角は、そのままにしてあった。客はときどきそれを見る。見て、何も言わない人が多い。二人だけ、あれは何ですかと訊いた。私は、前に何か掛けていたんです、と答えた。それ以上は訊かれなかった。

 三十一センチの四角というのは、店の壁としては中途半端な大きさだ。ポスターを貼れば隠れる。カレンダーでも隠れる。棚をひとつ増やして正面をふさぐこともできる。私は何もしなかった。

 隠せば、そこに何かがあったことがわからなくなる。何かがあったことがわかるままにしておきたいのかというと、そういう気持ちでもない。ただ、決めていないだけだ。決めていないことを、私は七年も十年も放っておける。それは自分の得意な種類の作業だった。

 九月十一日に、施設から封筒が来た。開けると、便箋が一枚だった。全部が同じ字だった。まっすぐ立っている字で、右に倒れていない。七月の便箋で四行目の途中から書いていた人の字だ。今度は一行目からその字だった。

 書いてあったのは、改修の進み具合と、面会の再開が十月一日になること。それから、ご本人はお変わりなくお過ごしです、ということ。最後に一行あった。ご本人よりお伝えするようにと申しつかりました。日曜のレコードの時間は、来週から場所が変わるそうです、と。

 私はその一行を、三度読んだ。伝言だ。

 伝言というのは、本人が書けないときに使う方法だ。書ける人は書く。書ける人が伝言を頼むということは、まずない。便箋の下のほうに、名前の署名があった。七月と同じ名前だった。この人が、いま、あの人の手の代わりをしている。

 私は封筒を抽斗に入れた。抽斗の中には、五月と六月と七月の封筒と、期限の切れた切符が一枚と、十一年前のカレーの手紙が入っている。九月十四日の夕方に、あの男の子が店に来た。

 鈴が鳴って、速い足で入ってきて、棚のあいだで一度止まって、それからカウンターの前に来た。この子はいつも店の中でいちばん短い経路を歩く。

 「こんにちは」

 「いらっしゃい」

 「あの」

 彼は壁のほうを見た。

 「壁の、あれ」

 「なくなってますね」

 「なくなりました」

 私は布を畳んだ。四つ折りにして、角を揃えて、カウンターの端に置いた。

 「売ったんですか」

 「売っていません」

 「じゃあ」

 「渡してきました」

 彼は少しのあいだ黙った。それから、そうですか、と言った。

 この子は速い。訊きたいことを訊くまでの時間がとにかく短い。六月に初めて入ってきたときも、三分で、なぜ持っているんですかと訊いた。あれは私が七年のあいだ誰にも訊かれなかった質問だった。

 「渡すのに、どのくらいかかったんですか」

 やはり訊いた。私はカウンターの上を見た。何もなかった。帳面と、ボールペンと、四つ折りの布があった。

 「十一年です」

 「十一年」

 「十年ではないんです。八時間待った日から数えれば十年ですが、行くか行かないかを訊かれた日から数えると、十一年になります」

 彼は何も言わなかった。私はそのとき、この子に何かを教えるつもりはまったくなかった。教える立場にない。十一年かけて三時間半の場所へ行った人間が、二十歳の人間に言えることは何もない。

 ただ、六月に訊かれて答えなかったことが、まだこちらに残っていた。残っているものは、相手が同じ人間であるうちに渡しておくのがいい。盤でも、本でも、それは同じだと思う。

 「六月に、なぜ持っているんですかと訊かれました」

 「訊きました」

 「いい質問ですね、と答えて、それきりにしました」

 「覚えてます」

 「答えは、渡す相手が見つからなかったからではないんです」

 彼はこちらを見ていた。

 「相手はずっと同じ人でした。住所がわからなかった時期もありますが、それは五年ほどです。あとの八年は、探そうと思えば探せました。探しませんでした」

 「なんでですか」

 「渡してしまうと、待つ理由がなくなるからです」

 私は自分でその文を言って、少し驚いた。声に出すのは初めてだった。頭の中では何度も出てきていた文だが、頭の中の文というのは、声に出すと長さが変わる。思っていたより短かった。

 「待っているあいだは、まだ途中です。途中のものは、失敗ではない」

 彼は棚のほうを一度見て、それからまた壁を見た。

 「終わらせないと、失敗にならないですね」

 「そうです」

 「僕、いまそれをやってます」

 「映画ですか」

 「終わりが撮れないんです。十月四日に上映するのに」

 私は帳面を閉じた。

 「どこが足りないんですか」

 「最後の一カットです。撮れば終わります。撮れないんじゃなくて、撮っていいのかがわからない」

 「撮る相手がいるんですね」

 彼は答えなかった。答えなかったのは、たぶん、答えになるからだ。私はカウンターの下から紙の袋を出した。出したのは癖で、この子は今日は何も買っていない。袋を戻して、私は言った。

 「訊けばいいと思います」

 「断られたら」

 「断られます」

 彼は少し笑った。

 「はっきり言いますね」

 「私は八時間待って、そのあと十年、一度も訊きませんでした。訊かなければ断られません。断られない代わりに、こちらの壁には十年、四角い跡が残ります」

 私は白い四角のほうを指した。

 「跡は、物がなくなってから見えるようになります」

 彼は壁を見ていた。鈴が鳴って、別の客が入ってきた。若い夫婦で、演歌の棚のほうへ行った。彼は、ありがとうございました、と言って、出ていった。速い足で出ていった。引き戸が閉まって、外の音が切れた。

 私は布を取って、また盤を拭きはじめた。溝に沿って、外から内へ、同じ角度で。

第二十八章 四十秒遅れる

 九月十五日の朝、六時二十分の電車に乗った。実家までは乗り継ぎが二回ある。ここから二時間、乗り換えて特急で二時間半、そこから単線に乗り換えて一時間。全部で五時間半かかる。着くのは昼を過ぎる。

 日帰りはできない。

 できないことを、わたしは受験のときに調べた。調べたうえで、この街の大学を選んだ。理由を人に説明したことはない。父にも母にも言っていない。合格したときに母が、遠いなあ、と言った。わたしは、うん、と言った。

 二泊する。三日目の朝に出て、夜に下宿へ戻る。

 窓の外を見ていた。海が見えて、それから見えなくなった。田が増えた。九月の田は色が変わりはじめている。夏の緑が黄色に寄っていく途中の色だ。あの色に名前があるのかどうかをわたしは知らない。

 商店街は駅から歩いて七分だ。アーケードはない。両側に店が並んでいて、そのうち三軒はシャッターが下りている。三軒とも、わたしが高校のときにはまだ開いていた。米屋と、洋品店と、写真屋だ。

 写真屋のシャッターには、まだ看板が残っている。フィルムの現像、と書いてある。いちばん端が、うちだ。引き戸を開けた。鈴はない。うちの店には鈴がない。

 「ただいま」

 「おう」

 父は奥の作業台にいた。背中を向けたまま、返事だけした。作業場には柱時計が七つ掛かっている。七つとも、少しずつ違う時刻を指している。

 いちばん左のが、一日に四十秒遅れる時計だ。八角形の木の枠で、下のガラス扉の中を振り子が動いている。振り子の下の丸い部分は真鍮で、磨いてあるところと磨いていないところの色が違う。

 わたしは荷物を置いて、その前に立った。柱の時計と、自分の腕の時計を見比べた。腕のは大家さんに借りたやつで、これは毎朝ラジオで合わせている。柱のほうは、四分二十秒遅れていた。六日と半分ぶんだ。

 「合わせてへんやろ」

 父が背中で言った。

 「合わせてないね」

 「先月合わせた。それでそんだけや」

 「三十年、変わらないの」

 「変わらん」

 父はルーペを目に当てていた。ルーペというのは片目に挟んで固定するもので、つけると顔の左半分だけが妙に大きく見える。作業台の上に、白い紙が敷いてある。その上に、細かい部品が並んでいた。

 歯車が三つとぜんまいと、名前のわからないものがいくつか。全部で二十くらいある。父はピンセットでそのうちの一つをつまんで、時計の中に入れようとしていた。入らなかった。二度やって、二度とも位置が合わなかった。三度目でようやく入った。わたしはそれを、後ろから見ていた。

 夕方に、店を閉めてから話をした。

 「三月でたたむ」

 「手紙に書いてあった」

 「そうか」

 父は湯呑みを持って、飲まずに置いた。

 「土地は貸す。相手はもう決まっとる。うどん屋になるらしい」

 「うどん屋」

 「この商店街に、うどん屋がないからな」

 わたしは、そう、と言った。

 「なんで、たたむの」

 父はしばらく黙っていた。それから、右手を出して、指の先を見た。

 「見えん」

 「目」

 「ルーペ入れても、見えんようになった。二年前からや」

 わたしは何も言わなかった。

 「テンプの穴石な。あれが直径で〇・一ミリない。あれを入れるのに、去年までは一発やった。いまは三回か四回かかる。四回かかるようになったら、それはもう仕事とちがう」

 「病気じゃないの」

 「病気とちゃう。年や」

 父は湯呑みを持ち直した。

 「病気やったら治す。年は治らん。治らんもんは、たたむ」

 襖の向こうで、水を止める音がした。

 「お前、来年で卒業か」

 「再来年」

 「そうか」

 「うん」

 「帰ってこいとは言わん」

 わたしは父の顔を見た。父はこちらを見ていなかった。作業台のほうを見ていた。

 「うちは、時計屋や。時計屋を継げと言うても、店がないんやから継ぐもんがない。せやから、それは言わん」

 「そのかわり、ひとつ持って帰れ」

 「何を」

 「店のもんや。どれでもええ。売れるもんは売る。売れんもんは捨てる。捨てる前に、お前がひとつ選べ」

 わたしは、はい、と言った。その夜、店に降りていった。わたしは作業場に立った。柱時計が七つ、少しずつ違う時刻を指している。いちばん左の前に立った。

 振り子が動いていた。左に行って右に行って、また左に行く。一往復の音が、この部屋の中でいちばん大きい音だった。この時計は、三十年前からずっと、一日に四十秒遅れる。

 一日に四十秒なら、一週間で四分四十秒だ。一か月で二十分になる。一年で四時間になる。三十年で五日ぶん遅れる。合わせなければ、五日ぶんうしろにいる。合わせても、また同じだけ遅れていく。

 わたしはこの時計を、八歳か九歳のときからずっと見ている。見ているあいだ、自分のことだと思っていた。思っていて、二十歳になって、ちがうと気づいた。この時計の遅れ方は一定で、わたしの遅れ方は一定ではない。四十秒のときもあるし、一か月と五日のときもある。

 翌朝、父に言った。

 「あれがいい」

 父は作業台にいた。振り返って、わたしが指したほうを見た。

 「あの八角のか」

 「うん」

 「あれは売れんぞ」

 「知ってる」

 「持って帰れるか」

 わたしは柱時計を見た。八角形の枠は、両手を広げたくらいの幅がある。特急の網棚に載る大きさではないし、乗り換えが二回ある。

 「無理やな」

 「無理」

 「送ったる」

 父は作業台の下から古い毛布を出した。何かを包むためにそこに置いてあるものだ。

 「木箱に入れて、綿と新聞詰める。振り子は外して別に包む。着いたら、お前が掛けて、振り子を戻して、ぜんまい巻け」

 「できるかな」

 「できる。掛けて、下の穴に引っかけるだけや」

 父はぜんまいを巻く真鍮の小さい鍵を、わたしの手のひらに載せた。載せてから、手を離すのに一拍あった。

 「巻くのを忘れたら止まる。止まったらまた合わせて、また巻け」

 「うん」

 父はその鍵を置いてから、しばらく手を動かさなかった。

 「お前な」

 「なに」

 「小さいときから遅かったな」

 わたしは父を見た。

 「返事も遅い。歩くのも遅い。学校でも、なんべんも言われたやろ」

 「言われた」

 「あれな、俺は気にしてへんかった」

 父は作業台の上の紙を、指で一度平らにした。

 「遅い時計は、直さんでええねん。狂う時計は直す。遅い時計と狂う時計はちがう」

 それだけ言って、父はルーペをまた目に当てた。

 「ほら、行き。電車に乗り遅れるで」

 母は駅まで送ってきた。歩きながら、母は近所の話をした。三軒隣の子が結婚した話と、写真屋がやめた理由と、米屋の跡地に自動販売機が三台並んだ話だ。改札の前で、母が言った。

 「お父さん、あんたが選んだやつな」

 「あれ、お母さんが嫁に来たときにもう掛かってたわ」

 「そうなん」

 「そう。あのころからもう遅れとった」

 母は笑って、それから、気ぃつけて、と言った。帰りの電車は空いていた。わたしは窓際に座った。五時間半かけて戻る。行きと同じ道を、逆にたどるだけだ。窓の外を、田が流れていった。わたしは鞄の内ポケットに手を入れた。ハンカチにくるんだものが、いつもの位置にある。六月十日に拾って、今日は九月十七日だ。

 三か月と七日になる。

 拾ってから一時間なら、拾いましたで済んだ。一日でも済んだ。三か月と七日は、済まない。済まない理由は蓋の側にはなくて、日数の側にある。日数というのは、何もしないでいるあいだにも勝手に増える。

 わたしは鞄からノートを出した。部室に持っていくほうのノートではない。誰にも見せないほうだ。新しい頁を開いて、書いた。十月四日。上映のあとで、返す。書いてから、その下に一行足した。拾ったのは六月十日ですと言う。理由は言えないので言わない。

 書いた字が少し曲がった。電車は海沿いに出た。九月の海は、六月に須磨で見たものよりも色が濃かった。

第二十九章 一本だけ開く

 人にものを頼むときの正しい速度というものが、この世にあるのだとしたら、僕はそれを一度も習得していない。

 速すぎると相手は身構える。遅すぎると相手はもう別のことを考えている。ちょうどいいところがあるはずなのだが、そこは細くて、たいていの場合は通りすぎてから見える。三日通って調べれば光の角度はわかるのに、人に頼む速度のほうは何年通っても表にならない。

 九月十九日に、長谷川さんが部室に戻ってきた。

 柱時計が届いたという話は、その前に北原から聞いていた。父親が木箱で送ってきたのだという。八角形の木の枠で、下にガラスの扉があって、中で振り子が動く型だ。振り子は外して別に包んであったらしい。

 「動いた?」

 「動きました」

 「壊れてなかったんだ」

 「はい。掛けて、振り子を戻して、巻いたら動きました」

 「なんでそれにしたの」

 「三十年、おなじだけ遅れてるからです」

 その答えを、僕はそのとき理解しなかった。理解したのは十日ほどあとで、しかも理解したのは頭ではなく手のほうだった。僕はその日、頼むことにしていた。

 部室には二人しかいなかった。北原は遅番で、中沢は自分の作品を撮りに行っている。窓は開いていた。九月の夕方の風は八月のものよりずっと乾いていて、酢酸の匂いが前より早く抜けた。長谷川さんは編集台の前に座って、ハンドルを回していた。実測をやっている。誰にも頼まれていない作業だ。

 「長谷川さん」

 「はい」

 「撮らせてほしい」

 彼女はハンドルを止めた。止めてから、こちらを見た。僕は前置きを用意していた。用意していたものを、口に出す前に全部捨てた。捨てたのは勇気があったからではない。前置きを言っているあいだに自分が引っ込むことがわかっていたからだ。

 「終わりが撮れない。九月のあいだずっと考えてた。最後の一カットに何を置いても、置いた瞬間に嘘になる。人が去っていくとか、扉が閉まるとか、光が消えるとか、そういうのを全部一回ずつ頭の中で撮った。全部だめだった」

 「頭に四十秒があるからだ。あそこにきみが写ってる。あれで始まったものを、きみ以外のもので終わらせると、途中でどこかに行った話になる」

 彼女は膝の上で両手を組んでいた。

 「七月に断ったのは覚えてる。理由はうまく言えないと言った。うまく言えない理由を人に説明させるのは、たぶんいちばんやってはいけないことだ。だから理由は訊かない」

 「はい」

 「断られたら、それで終わりにする。終わりのない映画を出す。それはそれで、たぶん何かではある」

 僕はそこで黙った。黙ってから、自分がひどく速く喋っていたことに気がついた。人に頼む速度を、僕はまた通りすぎたのだと思った。長谷川さんは、二十秒くらい何も言わなかった。この人は考えるときに何もしない。手も足も動かさない。人が考えているところをこれほどはっきり見せられる相手を、僕は他に知らない。

 「いいです」

 と、彼女は言った。

 「いいの」

 「無理してない?」

 「してます」

 僕は少し笑った。彼女は笑わなかった。

 「ひとつ、お願いがあります」

 「なに」

 「わたしは、たぶん遅れます」

 彼女は組んだ手をほどいて、片方を編集台の縁に置いた。

 「本番になったら、動くのが遅れると思います。合図をもらってから動くまでに、いつもの半拍が入ります。そこも切らないでください」

 僕は、わかった、と言った。

 「あと、場所を決めさせてください」

 「どこ」

 「地下です」

 閉架書庫で撮る許可を取るのに、四日かかった。二度目に、長谷川さんが一緒に来た。

 彼女はアルバイトの学生として、書庫の使い方を説明した。撮影は閉館後にすること。照明は増やさず、天井の蛍光灯だけでやること。棚は自分が動かすこと。フィルムは八ミリで、火は使わないこと。それを紙に書いて出した。

 撮影は十月一日の夜にした。六時に閉館して、六時十五分に地下へ降りた。棚は鉄で、床のレールの上に載っている。全部で十四本ある。棚と棚のあいだには隙間がない。ハンドルを回すと、それが横に滑って、通路が一本だけ開く。

 僕は三脚を立てた。立てて、水平を出して、それから位置を三回変えた。三回目でそこだと思う場所に来た。カメラの位置は、通路の開く側の正面にした。棚の側面を画面の左右に置いて、真ん中に、これから開くはずの一本を入れる。開く前の画面には、ただ鉄の壁が写っているだけになる。

 長谷川さんは請求票を持っていた。撮影用に一枚作ってきた。番号は七〇二で、画集の棚だ。前に僕が借りたやつと同じ番号にしたのは彼女で、理由は訊かなかった。

 「本番はいつでも」

 「合図をください」

 「じゃあ、回す。回してから三秒で、始めて」

 僕はスイッチを押した。フィルムが回りはじめる音がした。ラジオの雑音に似た乾いた音で、この音が鳴っているあいだ、この世界のフィルムは減りつづける。三秒たった。彼女は動かなかった。半拍だ。

 肩がわずかに落ちて、それから右足が出た。合図から動き出しまでのあいだに、たしかにひと呼吸ぶんの道のりがあった。それを見て、僕はまた指を離しそうになった。切ってはいけないと言われている。切らないと決めたところで、それはまだ僕の中でだけ決まっている。

 彼女はハンドルの前に立った。両手で握って、時計回りに回した。鉄が動いた。通路が一本だけ開いた。彼女はその中に入っていった。

 通路の幅は七十センチくらいで、両側が本の背だ。奥は暗い。蛍光灯は通路の上にはない。棚のあいだに入ると、人は必ず暗くなる。彼女は上から三段目を見て、左から七冊目を抜いた。抜き方が速かった。

 迷いがない。目で背表紙を追う時間がほとんどない。手が先に出て、指が本の上端に掛かって、傾けて、引く。この一連が一秒もかからない。僕はファインダーの中でそれを見ていた。この人は速い。地下で、誰にも見られていないところで、上で誰かが待っているときにだけ、この人は速い。

 三か月半、僕はこの人を撮ろうとしてきて、そのあいだずっと、遅い人を撮ろうとしていた。二歩遅れる人を撮って、それがいいと言って、切らないでくれと言われて、そのとおりにした。全部間違ってはいない。間違ってはいないが、半分だ。

 彼女は通路を出てきた。ハンドルの前に立って、今度は反時計回りに回した。鉄が動いた。開いていた一本が閉じていく。閉じるあいだ、画面の中には、通路のない鉄の壁が戻ってくる。閉じきった。それから、二秒あった。

 どちらの通路も開いていない二秒だ。十四本の棚が全部くっついて、床のレールの上で一枚の壁になっている。この二秒のあいだ、この地下には入れる場所がひとつもない。

 彼女は本を胸のあたりで持って、そこに立っていた。僕は指を離さなかった。二秒が過ぎて、彼女が次のハンドルに手を掛けた。僕はそこで止めた。スイッチを切ると、書庫は急に静かになった。配管のどこかで水の流れる音がした。

 「どうでしたか」

 「使う」

 「遅れましたね」

 「遅れた。あれでいい」

 彼女は本を持ったまま、少しのあいだ立っていた。それから、上から三段目の左から七冊目の位置に、それを戻しに行った。誰にも頼まれていない。撮影用に抜いた本だ。僕は三脚をたたんだ。八秒でたためた。十月三日に、最後の繋ぎを入れた。

 最後のカットは、閉じきったあとの二秒で切ることにした。彼女が次のハンドルに手を掛ける前だ。どちらも開いていない状態で終わる。編集台の上で、僕はその二秒を何度も送った。手回しで送ると、二秒は三十六コマになる。三十六枚の絵の中で、彼女はほとんど動いていない。呼吸のぶんだけ肩が上がって、下がる。

 スプライサーにフィルムを置いて、レバーを倒した。乳剤を削って、接着剤をつけて、圧着した。繋ぎ目は全部で六十二箇所になった。一箇所につき二コマ、九分の一秒が消える。六十二箇所で、六・九秒だ。

 この映画は、全部で十一分ある。十一分の中から、七秒近くが繋ぐという作業そのもののために消えている。消えたぶんに何が写っていたのかを、僕はもう見ることができない。削って、溶かして、押さえて、そこで一本になった。

 缶に入れて、ラベルを書いた。題名の欄は空けておいた。棚に戻すとき、缶は七本になった。

第三十章 四頁目

 十月二日は土曜だった。

 貼り紙は前と同じ文面にした。画用紙を四つに切って、十月二日は都合により休業いたしますと書く。三日は通常どおり開けます、と続ける。字の面をガラスに向けて貼るので、こちらからは裏返しの字が見える。裏返しの字は、書いた本人にもすぐには読めない。

 三度目になると、道中でやることが決まってくる。慣れというのは妙な働き方をする。

 三時間半の道のりが、三度目で短くなったわけではない。実際の時間は同じだ。短く感じるようになったのでもない。減ったのは、道中で考えることのほうだ。切符の買い方も、乗り換えの階段の位置も、バス停の灰皿の場所も知っている。知っていることが増えるぶん、頭の中に空いた場所ができる。

 空いた場所には、別のことが入ってくる。私はその日、電車の中で、明日のことを考えていた。施設は東側の棟が新しくなっていた。

 外壁の色が二段に分かれている。改修した部分だけ白が濃い。そのうち日に焼けて同じ色になるのだと思うが、いまは境目がはっきり見える。壁というのは正直で、どこがいつ何をされたかが全部残る。うちの店の壁の三十一センチの四角も、同じ理屈でそこにある。

 面会室は場所が変わっていた。

 新しいほうの一階で、前より広い。床は同じ緑がかった灰色のリノリウムだが、こちらは角がめくれていない。めくれていない床というのは、歩いてみると足の裏の感じが違う。継ぎ目がないぶん、音が出ない。

 机も新しかった。天板を見て、私はしばらくそこに立っていた。焦げ跡がなかった。

 前の部屋の机には、右手前に直径二センチほどの丸い焦げ跡があった。縁が茶色くて、真ん中が黒い。煙草を灰皿の外に置いた跡だ。あの部屋はいまは禁煙で、焦げ跡だけが禁煙になる前から残っていた。

 七月に、私はあの跡を何度も見ていた。彼女がジャケットに手を置いたとき、その手はあの跡のすぐ横にあった。跡は建物の側の記憶で、私の側の記憶ではない。私の側の記憶と重なっていただけだ。重なっていた場所が消えると、こちらの分まで少し薄くなる。そういうものだろうと思う。

 一時四分に、彼女が入ってきた。押し車ではなかった。

 看護の人の腕につかまって歩いていた。右手が相手の前腕を握って、左手は体の横に下がっている。三メートルを歩くのに、七月は十秒かかった。今日は八秒だった。速くなったのではない。押し車は自分の力で押す道具で、人の腕は相手が支える。同じ距離でも、体重の預け先が違う。

 私は立ち上がって、彼女が椅子に着くまで立っていた。

 「新しい部屋やで」

 「広いですね」

 「あんた、前の部屋のほうが好きやろ」

 「なぜですか」

 「焦げてたから」

 私は椅子に座りかけた手を、一度止めた。

 この人は昔から、こちらが見ているものを先に言う。十七のときからそうだった。私が黙って何かを見ていると、その何かを彼女のほうが先に口に出す。あれをこちらは長いあいだ、勘のいい人だと思っていた。勘ではないのだと思う。この人はたぶん、私の目のほうを見ている。

 「あの焦げ跡は、よく見ていました」

 「知ってる。あんた、机の右のほうばっかり見てたもん」

 彼女は椅子に座った。座り方は前と同じで、右手が先に机に着いて、左手が少し遅れた。

 顔は八月より少し肉が戻っていた。爪は相変わらず十本とも同じ長さで、これは他人が切っている。髪は伸びていた。耳の下だったものが、顎の線まで来ている。二か月で伸びるだけの時間が、あいだにあったということだ。

 「今日は、どうですか」

 「今日はええ日や。三日にいっぺんくらい、ええ日がある」

 「そうですか」

 「悪い日は、面会も断ってもらう。あんたが来る日が悪い日やったら申し訳ないから、日ぃ決めてくれてよかったわ」

 私は、はい、と言った。

 日を決めたのは、そのうち、と言わないためだった。十一年前にその三文字で人を待たせた男が、同じ三文字を二度と使わないと決めた。それだけの理由で決めた日付が、こちらの知らないところで別の働きをしていた。三日に一度しかいい日が来ない人にとって、日付が決まっているというのは、断る余地があるということだ。

 物事はときどきそういう働き方をする。

 「あの店の話、してもいいですか」

 「店」

 「私の店です」

 「してや」

 私はしばらく、どこから話すかを考えた。

 この二か月、手紙は月に二度出した。書くことがなかった。盤を洗い、乾かし、値札を貼り、棚に入れる。三行で終わる生活を四行にして出した。四行目には、こちらは変わりありません、と書いた。十一年前に抽斗に入れたまま出さなかった便箋にも、同じ文が書いてある。

 あの人のいる部屋には、たぶん、外の話がほとんど入ってこない。窓の外は杉林で、テレビは昼の番組で、廊下の扉には同じ書体の名前が等間隔で並んでいる。日曜の午後にレコードの時間があって、年寄りが十人ばかり座る。それが一週間だ。

 私は、外の話を持ってきた男として、この椅子に座っている。

 「七月に、若い女の子が同じ盤を注文しました」

 「同じて」

 「あれと同じものです。私が壁に掛けていたのと」

 「へえ」

 「半月かかると言いました。四日で来ました」

 私は大阪の同業に電話をかけたときのことを話した。三十年やっている店で、題を言うと、帳面をめくる音がして、ありますよと言われたこと。二枚あったこと。帯なしが千二百円で、帯付きが二千円だったこと。

 彼女は口を開けて、それから笑った。

 「二枚もあったん」

 「ありました」

 「あんた、十年壁に掛けとったやつが」

 「そうです」

 「あほやなあ」

 「あほです」

 彼女は笑いつづけた。笑って、途中で咳になった。咳は短かった。看護の人が扉のところで少し身を起こして、そのまま座り直した。この人は咳の長さで身を起こすかどうかを決めている。私はその笑いを、しばらく黙って見ていた。

 十年のあいだ、私はあの一枚をこの世に二枚とないもののように扱ってきた。壁に掛けて、値札をつけず、月に一度拭いて、非売品ですと答えてきた。そう扱っていれば、そう扱うだけの理由が向こうから生えてくると思っていたのかもしれない。

 実際には、大阪の店の棚に二枚あった。その事実を、七月に受話器を置いたあと、私はカウンターの内側で一人で受け取った。受け取って、帳面にその日の日付の下に、注文分入荷予定、と書いた。書いた字が思ったより小さくなった。

 いま、その事実を聞いて笑っている人がいる。

 同じ事実が、一人で受け取ると帳面の字を小さくして、二人で受け取ると笑いになる。何が違うのかを、私は説明できない。説明できないが、二か月ぶんの手紙より、この五分のほうがはるかに多くのものを運んだことはわかった。

 「その子は、機械を持っていませんでした」

 「かける機械が」

 「はい。だから店で聴かせました」

 「どうやった」

 「ふつうの曲でした、と言いました」

 彼女はまた笑った。

 「おんなじや」

 「同じです」

 「うちも、談話室で聴いて、なんちゅうことない曲やと思た」

 「その子は八月に、一万五千円の機械を買いに来ました」

 「一万五千円」

 「一万二千円の機械と、三千円の針です」

 「学生さんやろ」

 「学生です」

 「えらい買い物やな」

 「箱を抱えて坂を上がって帰りました。三回下ろしたそうです」

 彼女はそれを聞いて、何も言わなかった。

 窓の外で杉の枝が動いた。新しい部屋の窓には金網が入っていない。代わりに下のほうに細い格子がある。格子の隙間から見える緑は、菱形に切られていない。同じ林を見ているのに、前の部屋から見たものとは形が違う。

 私はそこで、いちばん言いたかったことを言った。

 「その子が、いま、映画の手伝いをしています」

 「映画」

 「学生が撮る八ミリです。明日、大学の学園祭で上映されます」

 「ふうん」

 「その映画の頭に、あの曲がかかるそうです」

 彼女は顔を上げた。

 「あの曲て」

 「あの曲です」

 彼女の目が動いた。この二か月で私が見たなかで、その動き方がいちばん速かった。歩くのが遅くなり、字が書けなくなり、爪を他人に切ってもらう人の中で、目だけがまだ十七のときの速さを残している。

 「なんで」

 「速さが合ったからだと聞きました」

 「速さ」

 「頭の四十秒に、交差点を渡る人が写っているそうです。三十人ばかり渡って、ひとりだけ二歩遅れて歩き出す。そこにかける曲を探していて、あの子が持っていたのがあれだったと」

 彼女は自分の右手を見ていた。人差し指が、机の上で少しだけ動いた。二拍で一回だ。

 私は数えた。目で数えて、それから自分の胸のあたりに合わせた。八月より、また遅かった。私のほうも遅くなっているはずだが、その日は合わなかった。彼女のほうが先に行っている。先に、というのはこの場合、遅いほうへ先に、という意味になる。

 合わなかったことを、私は口に出さなかった。

 「白鳥でかかってたやつが」

 「そうです」

 「三十年近く経って、学生の映画で鳴るんか」

 「鳴ります」

 彼女は指を止めた。

 「あんた、それ見に行くん」

 私は答えられなかった。上映は明日の午後だ。店は開ける。日曜は買い取りの持ち込みが多い。行こうと思えば行ける。電車で二十分だ。三時間半に比べれば何でもない。あの子は上映の話をした。あの青年も上映の話をした。二人とも、来てくださいとは言わなかった。

 「行きません」

 「なんで」

 「呼ばれていないので」

 彼女は少し黙った。それから言った。

 「呼ばれてから行くの、あんたの悪い癖ちゃうか」

 部屋の中の音が、いったん全部消えた。実際には消えていない。どこかの部屋のテレビの音がしていたはずだし、廊下を人が通る音もしていたはずだ。ただ、そのとき私の耳には入らなかった。十年、私は駅前の柱の陰に立っていた。

 毎晩そこまで歩いて、十分ほど階段を見て、帰った。誰も待っていない。待っていないのに毎晩行った。この二つを同じ紙の上に並べて書くと、どちらかが嘘になる。どちらが嘘なのかを、私はずっとわからないままにしていた。

 わからないままにしておけば、まだ途中だ。途中のものは、失敗ではない。

 六月に、私は券売機の前で二千四百円の切符を買って、乗らずにジャケットの裏に挟んだ。あれが期限を切れて、ただの紙になった。ただの紙になるとわかっているものを、私は自分の金で買った。

 呼ばれてから行く。この人は、二秒でそれを言った。私が十年かけて言葉にしなかったことを、この部屋で、二秒で。

 「そうです」

 と、私は言った。

 「十年前も、うちが呼んだから駅に行ったんやろ」

 「そうです」

 「うちが呼ばへんかったら、行かへんかったんやろ」

 「行かなかったと思います」

 「そういうことやで」

 彼女はそこで一度、息を吸った。深くはなかった。深く吸えないのだと思う。

 「うちも同じや」

 私は顔を上げた。

 「あんたが来てくれるまで、こっちからは何も言わへんかった。十年言わへんかった。書けるうちに書いといたらよかったんや。手が動いてるうちに」

 彼女は左手を、右手で持ち上げた。持ち上げて、机の上に置き直した。左手は自分では上がらないらしい。その動作を、彼女は何でもないことのようにやった。何でもないことのようにやる人は、それを何百回もやっている。

 「二人ともおんなじや」

 私は何も言えなかった。言えなかったのは、返す言葉がなかったからではない。返す言葉はあった。それを言うと慰めになる。この人は慰めを取りに来ていない。新しい部屋には時計が掛かっていなかった。

 前の部屋の壁には秒針のある時計があって、電池式で、音を立てずに動いていた。あれを私は七月に長いこと見ていた。秒針というのは見ていると必ず一度、止まって見える瞬間がある。実際には止まっていない。目のほうが追いつかないだけだ。

 この部屋には、それがない。時間の経ち方を教えてくれるものが何もない部屋で、私は残りの十分を過ごした。三時十分前に、看護の人が立ち上がった。彼女は膝の上から何かを出した。ずっとそこに載せていたらしい。

 文庫本だった。背が焼けて、上の小口が波打っている。七月に私が机の上に置いていったものだ。三か月のあいだ、この人はこれを部屋のどこかに置いていた。

 「これ、持って帰り」

 「差し上げたつもりでした」

 「うちのやもん。もともと」

 「そうです」

 「せやから、うちが決めてええやろ。貸す」

 彼女はそれを、こちらのほうへ押した。

 押すのに二度手を使った。一度目は途中で止まって、二度目で机の真ん中まで来た。三十センチを動かすのに、両手を使って四秒かかった。十七のとき、この人はこれを片手で私に放ってよこした。

 「三頁までしか読んでへんのやろ」

 「読んでいません」

 「続き読み。次に来たときに、どこまで読んだか言うて」

 私はその本を取った。取ってから、見返しを開いた。鉛筆の名字がある。鉛筆は消えない。滲まないし、褪せない。褪せていくのは紙のほうで、紙が黄色くなるぶん、字は相対的に薄く見えるようになる。

 「宿題ですか」

 「そう。次に来るまでの」

 私は本を鞄に入れた。入れてから、椅子を引いて立ち上がった。立ち上がって、机に手をついた。今度の天板は撓まなかった。新しい机は合板ではないらしい。撓まない机に手をついて言うことになるとは思っていなかったが、言う内容は同じだ。

 「訊いてもいいですか」

 「なに」

 「月に一度、来てもいいですか」

 彼女は私を見た。見て、それから笑った。口の右側が先に上がった。十七のときと同じ順番だった。

 「なんで訊くん」

 「訊かないと、来ない理由をいくらでも作れるからです」

 それは本当のことだった。

 店の棚卸しがある。買い取りが入っている。天気が悪い。風邪をひいた。理由というのは、探しにいけばいくらでも見つかる。私は十年、探しにいけばいくらでも見つかるものを、律義に探しつづけていた。

 訊いてしまえば、約束になる。約束というのは、期限のある切符と同じで、使わなければただの紙になる。ただの紙にした経験が、私には一度ある。

 「ええよ」

 「ありがとうございます」

 「そのかわり、宿題は毎回やで」

 「はい」

 「あんたが四頁で止まったら、うちは次の頁を待たなあかんようになる」

 私は、はい、と言った。扉のところで一度振り返った。

 彼女は机の上に両手を置いて、こちらを見ていた。右手の上に左手が載せてある。青いジャケットはこの部屋にはない。談話室の棚に入れてもらったと聞いた。日曜の午後に、年寄りが十人ばかり座る部屋だ。

 帰りのバスは四人乗っていた。電車に乗って、窓際に座った。鞄から文庫本を出した。三頁までは七月に読んでいる。外国の町で、男が下宿の階段を上がる話だ。三頁のあいだに階段しか上がっていない。あの日、私は同じ三頁を二度読んで、二度とも同じところで止まった。

 四頁目を開いた。男は階段を上がりきって、扉の前に立っていた。鍵を出して、鍵穴に入れて、回した。回らなかった。鍵が違っていた。男は下に降りて、管理人の部屋の扉を叩いた。そこまで読んで、私は顔を上げた。

 窓の外は田だった。稲は刈られたあとで、切り株が規則正しく並んでいる。列は真っすぐで、間隔は同じだった。十七年前にこの本を貸した人は、四頁目に何が書いてあるかを知っている。知っている人が、知らない人に、続きを読めと言った。

 続きを読めというのは、次に会うまで生きている前提の言い方だ。私はそのことを、田の切り株を見ながら考えた。考えて、それから、考えるのをやめた。やめて、四頁目に戻った。

 男は管理人に、鍵が合わないと言った。管理人は、あなたは三階の人ですね、と言った。男は、四階だ、と答えた。電車は海沿いに出た。左側に座っているので、海は見えなかった。

第三十一章 来てください

 十月三日の午後三時に、商店街のレコード店の引き戸を開けた。

 鈴が鳴った。中は外より涼しくて、紙と埃の匂いがした。十月になって、この店の匂いは少し変わっている。夏のあいだにあった酸っぱいような匂いが薄い。湿気が抜けたからだと思う。紙は湿ると匂う。

 緑色のコートの人はカウンターの内側にいた。白い布で盤を拭いている。溝に沿って、外から内へ、同じ角度で。この手の動きを、わたしは六月から数えきれないほど見ている。速さがいつも同じなので、見ているとこちらの呼吸のほうが合わせにいってしまう。

 壁は白いままだった。三十一センチの四角が、八月に見たときと同じ位置にある。わたしは棚のあいだに立たなかった。この店で、わたしは二か月そこに立っていた。背表紙を見るふりをして壁を見て、喉のところまで来た八文字を沈めて帰る。それを何十回もやった。今日はやらないと決めてきた。

 まっすぐカウンターの前まで行った。

 準備してきた文は一つだ。昨日の夜、部屋で三回、声に出して練習した。声に出したのは初めてだった。路地の壁に向かって言ったことはあるが、あれは誰もいない場所だ。部屋の壁は薄い。隣の人に聞こえていたかもしれない。聞こえていたとして、あの三回が何の練習なのかは誰にもわからない。

 「明日、上映があります」

 「聞いています」

 「二時からです。文学部の三号館の、二階の教室です」

 「そうですか」

 わたしは息を吸った。

 六月に、この人はカウンターの内側から、あれが気になりますか、と言った。あのとき言われた八文字を、わたしは二か月言えなかった。言われたほうが先に言えるようになるまでに、そこから三か月かかった。

 「来てください」

 言った。

 言ってしまってから、自分の声を聞いた。ふつうの大きさで出ていた。震えてもいなかった。この六月から、わたしの声は少しずつ出るようになっている。出るようになった声で、いちばん短い文を言うのに四か月かかった。

 緑色のコートの人はこちらを見た。

 目の下に、たてに二本の線がある。七月に一度、それが浅くなったと思ったことがあった。壁から青い盤がなくなった翌週だ。いまは、また少し深くなっている。この人の顔は物と同じで、置かれたものの跡が残る。

 「私が行っていいものですか」

 「関係者ではないので」

 「関係者です」

 わたしはそこで、言うつもりのなかったことを言った。準備していない文だ。準備していない文は、いつもなら三文字で終わる。

 「あの盤は、この店で聴きました」

 三文字では終わらなかった。

 「機械も、この店で買いました。一万二千円と、針が三千円でした。あの曲のことを佐伯さんに言えたのは、七月にここで聴かせてもらったからです。聴いていなかったら、心当たりがありますとは言えませんでした」

 カウンターの上には、帳面とボールペンと四つ折りの布があった。それ以外に何もない。わたしはその何もないところを見ながら喋っていた。

 「あの映画の頭に鳴るのは、この店から出た音です」

 言い終わって、自分がずいぶん長く喋ったことに気がついた。この店で交わした言葉の合計を、たぶん今日で二倍にしている。緑色のコートの人は、しばらく何も言わなかった。店の中は静かだった。外の商店街の音は、引き戸を閉めているとほとんど入らない。入るのは、シャッターの音と自転車のベルくらいだ。

 「行きます」

 「日曜ですが」

 「昼で閉めます。貼り紙を出します」

 その人はカウンターの下から画用紙を出した。四つに切ったうちの一枚だ。切ったものが何枚か残っているらしい。何枚残っているのかを、わたしは数えなかった。数えるところではないと思った。

 「都合により、と書きます」

 「はい」

 「都合の中身は書きません」

 「はい」

 わたしは頭を下げて、店を出た。外に出ると、アーケードの下は風がなかった。十月になっても、この下だけは季節が二週間遅れる。その夜、柱時計のぜんまいを巻いた。

 九月二十四日に届いてから、週に一回巻いている。日曜の夜に巻くと決めてある。真鍮の小さい鍵を穴に差して、右に回す。手ごたえが硬くなったところでやめる。硬くなってからもう半回転させると、ぜんまいが切れると父に言われた。

 部屋の壁に掛けている。掛けるための釘は、大家さんに断って打った。振り子は動いている。一時間ごとに鳴る型だった。隣の人には引っ越しの挨拶のときに謝っておいた。夜中は止めますと言ったが、いまのところ止めていない。誰からも何も言われていない。

 十日たった十月三日に、柱時計は六分四十秒遅れていた。一日に四十秒だ。五時間半離れた町から、木箱に入れられて、乗り換えを二回して、この六畳の壁に来て、それでも同じだけ遅れている。運ばれても、掛ける壁が変わっても、遅れ方は変わらなかった。

 わたしはノートを開いた。誰にも見せないほうのノートだ。九月十七日の頁に、二行書いてある。十月四日。上映のあとで、返す。拾ったのは六月十日ですと言う。理由は言えないので言わない。わたしはその二行を読んで、それから頁を閉じた。

 十月四日は晴れだった。

 上映は二時からで、わたしは十二時に会場に入った。文学部三号館の二階の、いちばん奥の教室だ。窓に段ボールを嵌める。部室のものより大きい。中沢さんが夏のあいだに作った。寸法は先輩のものほど正確ではなくて、上のほうに三センチくらい隙間が残った。

 「まあ、なんとかなるやろ」

 北原さんがそう言った。椅子は四十脚並べた。四十脚というのは、この会の過去の上映の記録からすると多すぎる数だと中沢さんが言った。去年は十二人だったらしい。映写機は部室から運んだ。プレーヤーは喫茶店の自転車で運んだ。北原さんが漕いだ。わたしは後ろを歩いた。佐伯さんは十二時半に来た。缶を一本持っていた。

 「音、合わせよう」

 わたしはプレーヤーの前に座った。映像と音は別々だ。八ミリのフィルムには音が入っていない。映写機を回して、頭の四十秒が始まるところで、わたしが針を落とす。合図は佐伯さんが出す。二回、練習した。

 一回目は、針を落とすのが早かった。前奏が始まってから映像が出た。二回目は遅かった。四十秒のうち三秒が無音になった。三回目に、佐伯さんが言った。

 「合図から半拍待って落として」

 わたしは顔を上げた。

 「半拍ですか」

 「うん。長谷川さんの半拍でちょうどいい。僕が合図して、長谷川さんが自然に動いて、それでたぶん合う」

 三回目は合った。二時に、教室は半分くらい埋まった。二十三人いた。数えたのはわたしだ。蓮さんが後ろから三列目に座った。赤い問題集は持っていなかった。いちばん後ろの列の、扉に近い席に、緑色のコートの人が座っていた。十月にコートを着ている人は、その部屋にひとりしかいなかった。

 わたしは合図を待った。佐伯さんが手を上げて、映写機のスイッチが入った。半拍待って、針を落とした。じり、という音がスピーカーから出た。それから溝の音になって、ギターが一本入った。壁に四角い光が出た。

 交差点だった。西日が横から来ていて、白い縞の上を長く走っている。人が渡っていく。三十人ばかりが、白の上を通るあいだだけ脚を影ごと消しながら、向こうへ移動していく。いちばん手前に、動かない人がいる。わたしだ。

 髪が長くて、鞄を左手に提げて、正面を向いて立っている。まわりの人間は全員もう歩き出している。青になったことは見えているはずなのに、その人の足は動かない。二歩ぶん遅れて、動きはじめる。ベースが入って、三小節目でドラムが来た。教室の中は静かだった。

 わたしは自分の膝の上を見ていた。プレーヤーの横の床に座って、盤が回るのを見ていることになっている。実際には、途中から壁のほうを見ていた。部室の壁で見たときとは、違って見えた。

 部室の壁には画鋲の跡が二十くらいあって、明るい場面ではそれが映像の上に浮く。ここの壁は白い塗りたてで、跡がない。跡がないと、映像はもう少し遠くに見える。遠くに見えるぶん、あの人が自分だとは思いにくくなった。

 あそこにいるのは、六月十八日の午後五時すぎに、自動販売機の横で百円玉を二枚握っていた人だ。三か月半前だ。三か月半で人はそんなに変わらない。変わらないのに、遠く見える。歌が入った。

 女の声で、低くはなくて、うまくもない。まっすぐ出しているだけの声で、伸ばすところで少し揺れる。その声のあいだに、映像が渡りきった。タイトルが出て、それから街の四十秒がいくつも続いた。レコード店の棚の札と床の板目と、緑色のコートの人の手。駅の階段。倉庫街の壁のひび。喫茶店の鉄の階段。

 鉄の階段のカットで、後ろのほうから小さい笑い声がした。三段目と七段目だけを撮っている。あれがよく鳴る二段だと知っている人が、この教室に何人かいる。北原さんの十八秒が出た。ビールケースの上に立って、動かない。壁のひびの影が顔の右側にかかっている。光が上へ移っていく最後の十八秒だ。

 わたしはそのとき、腕時計を見ていた。大家さんに借りたものだ。秒針が動いている。十八秒だった。数えなくてもわかっている。あの日、わたしが数えた十八秒だ。真ん中に須磨が来た。

 防波堤を歩く男が、三分十二秒で別の日の同じ男に変わる。海の色が濃くなって、影が長くなる。そこから風の音が生えてくる。後ろから三列目のほうを、わたしは見なかった。最後に、地下が出た。鉄の棚が並んでいる。真ん中の一本が、これから開く。

 画面の中に人が入ってきて、ハンドルの前に立つ。合図から動き出しまで、ひと呼吸ぶんの遅れがある。両手でハンドルを握って、時計回りに回す。鉄が滑る。通路が一本だけ開く。人がその中に入っていって、暗いところで上から三段目の左から七冊目を抜く。抜き方は速い。目で背表紙を追う時間がほとんどない。

 出てきて、反時計回りに回す。通路が閉じる。閉じきって、二秒あった。どちらの通路も開いていない二秒だ。十四本の棚が全部くっついて、床のレールの上で一枚の壁になっている。この二秒のあいだ、あの地下には入れる場所がひとつもない。

 画面の中で、わたしは本を胸のあたりで持って立っていた。肩が一度上がって、下がった。そこで終わった。白い光が壁に残った。映写機の中でリールが空回りする音がして、佐伯さんがスイッチを切った。教室が暗いままだった三秒くらいのあいだ、誰も何もしなかった。

 それから、拍手が起きた。

 中沢さんが段ボールを外した。二枚目を外したところで、外の光が入ってきて、部屋の中のものの輪郭が戻った。人が立ち上がって、出ていきはじめた。いちばん後ろの列の、扉に近い席を、わたしは見た。空いていた。

 いつ出ていったのかはわからない。上映の途中は誰も見ていない。片づけは三十分かかった。

 椅子を戻して、段ボールを重ねて、映写機を運んで、プレーヤーを北原さんの自転車の籠に載せた。北原さんは喫茶店に戻ると言って、蓮さんが自転車を押していった。二人が並んで坂を下りていくのを、わたしは廊下の窓から見た。

 教室に残ったのは、わたしと佐伯さんだった。椅子は戻した。段ボールは壁際に重ねてある。窓から入る光が、黒板の下の白墨の粉を白く光らせていた。誰かが上映の前に消したまま、掃除まではしなかったらしい。

 廊下のほうから、学祭の音楽が遠く聞こえていた。中庭にステージが出ていて、軽音楽部が三時から演奏する予定になっている。ドラムの音だけが、壁を通ってここまで来る。低い音は壁を抜けて、高い音は抜けない。

 佐伯さんは机の上で缶にフィルムを巻き戻していた。手回しで、一定の速さで回している。編集台のハンドルを回すときと同じ速さだ。この人は、機械を回すときだけ、動作が速くない。わたしは鞄の内ポケットに手を入れた。

 ハンカチにくるんだものが、いつもの位置にある。この位置に、四か月近くあった。鞄を替えたことは一度もない。替えると場所が変わる。場所が変わると、指がすぐに触れられなくなる。六月十日に拾って、今日は十月四日だ。

 三か月と二十四日になる。日数は毎晩数えていたわけではない。数えなくても増える。増えるものは、放っておくと勝手に重くなる。ハンカチにくるんだ蓋そのものは、缶の蓋くらいの重さしかない。

 わたしは手を出した。ハンカチごと出して、机の上で開いた。黒くて丸い。裏に指の脂がついている。外側に小さく数字が刻んである。

 「これ」

 佐伯さんが顔を上げた。缶を回す手が止まった。回すのをやめると、部屋の中の音がドラムだけになった。

 「六月十日に、駅前で拾いました」

 佐伯さんは机の上のそれを見た。取らなかった。しばらく、見ていた。

 わたしはその顔を見ていた。怒った顔ではなかった。驚いた顔でもなかった。何かを計算している顔だった。この人が計算をするときは、目の動きが速い。日付を数えているのだと思う。六月十日から今日までを、この人はたぶん二秒で計算した。

 「六月十日」

 「拾って、ずっと」

 「持っていました」

 「なんで言わなかったの」

 「言えませんでした」

 「理由は」

 「言えないです」

 わたしは頭を下げた。下げてから、上げた。上げたときに、言うべきことがまだ残っていることに気がついた。理由は言えないと決めてきたが、順番なら言える。順番は理由ではない。

 「拾ったときに、声を出そうとしました」

 佐伯さんは何も言わなかった。

 「喉のところまで来ました。来たときには、佐伯さんは階段を七段か八段上がっていました。あの大きさの声では届かないと思いました」

 あの日の夕方の光を、わたしはいまでも出せる。駅前の広場の、自動販売機の横だ。ポケットの中で百円玉が二枚、貼りつくくらい温くなっていた。缶を買うつもりで手を入れて、そのまま入れていた。

 「届かない声は、どこにも行かないで、口の中で消えました」

 「それで」

 「それで、走りました」

 佐伯さんの目が少し動いた。

 「切符を買いました。券売機の右端が空いていました。運賃表を見ましたが、佐伯さんがどこまで行くのかを知らないので、いちばん安い百二十円のを押しました」

 「百二十円」

 「はい。改札を抜けたところで、扉が閉まる音がしました。あの音は、一回しかしないです」

 教室の窓の外を、人が三人通っていった。中庭のほうへ歩いている。学祭の二日目は、午後がいちばん人が多い。

 「三両目の窓のところに、白いシャツが見えました。丸めたノートで、扉の横の壁を叩いていました」

 「僕が」

 「はい」

 「見てないよ、こっちは」

 「見ていないです。窓の外を見ていましたけど、見ていたのは走り出したあとの景色でした。わたしの立っていたところは、その景色のうしろにありました」

 わたしはそこで一度、机の上のハンカチを見た。

 「そのあと、ホームに三十分いました。行き先がないのに、切符を持って立っていました。払い戻しはしませんでした」

 「なんで」

 「窓口で名前を言って、紙に書いて、待たないといけないからです。そうしているあいだに、また何かが行ってしまう気がしました」

 佐伯さんは机の上に手を置いた。まだ蓋には触っていなかった。

 「返すのが遅くなりました」

 わたしはハンカチを、少し前に押した。

 「遅くなった理由は、たぶん日数の側にあります。拾ってすぐなら、拾いましたで済みました。一日でも済みました。三か月と二十四日は、済まないです。済まないものを渡すのがこわくて、渡さないでいるあいだに、また日数が増えました」

 佐伯さんは手を伸ばした。蓋を取って、指でつまんで、裏返した。教室の光の下で、裏の脂が少し光った。あの夜、部屋の電球の下で見たときと同じ光り方だった。彼はそれを、しばらく見ていた。それから、上着のポケットにそのまま入れた。

 わたしはその動作を見ていた。ハンカチで拭くと思っていた。四か月、そう思っていた。返したあとにこの人が最初にすることは、たぶんこれを拭くことだと思っていて、そのときに自分がどう思うかまで、何度か想像していた。

 「拭かないんですか」

 「拭かない」

 「これ、父親のなんだ」

 佐伯さんはポケットの上を、上から一度押さえた。

 「去年の秋に、押し入れから勝手に出した。断らなかったのは、断ると、いいよって言われるからだ。譲られたことになると、使い切れなかったときに話がややこしくなる」

 「はい」

 「裏の汚れは、父親のと僕のが混ざってる。拭くのが面倒だったんじゃなくて、拭き方がわからなかった」

 彼は缶を持ち上げて、腕の中に入れた。

 「三か月と二十四日、持っててくれたんだ」

 「そのあいだ、拭かなかった?」

 「拭いてないです」

 佐伯さんは笑った。笑い方は速かった。この夏で、わたしはこの人が笑うのを五回か六回見ている。数えているのは、たぶんわたしだけだ。

第三十二章 四十一枚目

 何かが完成したときにいちばん最初に来る感情は、たぶん喜びではない。僕の場合、それは手持ち無沙汰だった。

 十月四日の夜、部室に缶を戻して棚の前に立ったとき、僕は自分の手が何もしていないことに気がついた。八月から二か月、この手はほとんど毎日フィルムを削っていた。乳剤を削って、接着剤をつけて、押さえる。三十回やると手が覚える。覚えた手は、覚えたことをやりたがる。

 やることがなくなった手は、ポケットに入れるしかない。右のポケットには、レンズの蓋が入っていた。夜の八時に、蓮と歩いた。蓮は自転車を押していた。喫茶店に返しに行く途中で、僕はそれについて歩いていた。

 「あれ、公開処刑やな」

 と、彼が言った。

 「そう?」

 「二十三人おったやろ。あの中で、俺が去年と今年で顔ちゃうことに気ぃついたやつ、何人おると思う」

 「わからない」

 「たぶん誰もおらん」

 「誰も気ぃついてへんのに、俺だけが見てんねん。海の色が変わったとこで、うわ、来た、と思て。ほんで自分の顔が出てくる」

 「痩せてた」

 「痩せてたやろ」

 「うん」

 「あれ、六月やねんな」

 「六月だ」

 蓮は少し笑った。

 「六月の俺は、七月に部室で四日おることになるとは思てへんかった」

 僕はその文を、しばらく頭の中に置いていた。

 六月に僕がカメラを回したとき、防波堤の上にいた男は、その二週間後に四日いなくなる男だった。フィルムにはそのことが写っていない。写っているのは、痩せた男が同じ場所を同じように歩いているところだけだ。

 写っているものが全部で、それ以上でも以下でもない。上がってきたフィルムというのはそういう物体で、可能性を失っているぶん扱いやすい。扱いやすいということと、正確だということは、まったく別の話だった。

 「なあ航」

 「あれ、去年のほうが消えたんやなくて、二本とも残ったんやな」

 「残った」

 「上書きちゃうかった」

 「上書きじゃない」

 蓮は自転車を止めた。喫茶店の下に着いていた。鉄の階段の三段目と七段目は、外からでもよく鳴る二段だとわかるようになっている。上映で映されたからだ。

 「あの穴のとこな」

 「うん」

 「あそこで海の色が変わるやろ。あれ見て、ちょっとだけ、ましになった」

 「何が」

 「わからん。ましになった。それだけや」

 彼はそれ以上説明しなかった。この従兄弟は筋を通すのが好きな男で、通しすぎて曲がるべきところを見失う癖がある。今回に関しては、説明しないほうを選んだ。説明しない蓮を見たのは、たぶん初めてだった。

 北原は十月十日に、映画研究会をやめた。やめると言っていたのは前から知っていた。四年生でも大学院でもないのに、四本目はもう無理だと七月に言っていた。無理だと思う理由については、そのとき彼女は説明しなかった。

 部室に来て、鍵を置いて、それで終わりだった。

 「これで二本や」

 と、彼女は言った。

 「二本?」

 「完成品。六つのときの十五秒と、この前のと」

 「あれは十一分ある」

 「せやから、うちの人生の完成品は、合計で十一分十五秒や」

 彼女はそう言って、少し笑った。

 「あんな、十五秒のほうは、うちが決めたもんちゃうねん。大人が卵持たせて走らせた。あれが十三年流れてる。今度のは、動くなて言われて立ってた。動くなて言われて立つのを、うちが選んだ」

 「その差はな、たぶん人には見えへん。うちにしか見えへん」

 彼女は鞄の口を閉めた。エプロンの紐がはみ出していた。これから店に入るのだ。

 「あんた、次撮るやろ」

 「たぶん」

 「そんときは、うち呼ばんでええで」

 「なんで」

 「うちの完成品は二本でええねん。三本目のために四年待つのは、もうしんどい」

 彼女は部室を出ていった。ドアが閉まってから、僕はしばらく棚の前に立っていた。いま、この部屋には缶が七本ある。そのうち完成しているのは一本だ。十月の第三週に、映写機を実家へ運んだ。

 電車で四十分だ。映写機はベルアンドハウエルの古い型で、鞄には入らないので、風呂敷に包んで抱えて乗った。膝の上に載せると、前がほとんど見えなかった。長谷川さんの父親が柱時計を木箱で送ったという話を、僕はそのとき思い出した。

 母が玄関で、なんやそれ、と言った。

 「映写機」

 「重たそうやな」

 「重い」

 夕食のあとに、居間の襖を閉めて、電気を消した。壁に掛けてある家族写真を外して、そこに映すことにした。母が布を持ってきて壁を拭いた。父は座卓の前に座ったままだった。父は撮る人だった。撮っていた、と過去形で書くのが正しい。十年ほど前にやめている。押し入れの上の段にアルバムが二十冊ある。

 僕はリールを掛けて、ループの長さを調節して、スイッチを入れた。壁に四角い光が出た。交差点が出て、そこで母が、あら、と言った。あら、以上のことは言わなかった。

 須磨の四分で、母が、蓮ちゃんやんか、と言った。海の色が変わるところでは、何も言わなかった。地下の書庫が出て、通路が一本開いて、閉じて、二秒あって、終わった。白い光が壁に残った。僕はスイッチを切った。

 母が電気を点けた。父は座卓の前に座ったままだった。腕を組んで、いま光の出ていた壁のあたりを見ていた。壁には日焼けの跡が四角く残っている。三十年掛けていた家族写真の跡だ。

 「最後、二秒あったな」

 と、父が言った。

 「あった」

 「あそこで切るのは、なかなかや」

 僕は座卓の前に座った。母が茶を出して、それから台所へ行った。

 「押し入れの、いちばん右のアルバム」

 「川のか」

 「うん」

 「あれがどうした」

 「四十枚あるだろ。同じ橋から撮った川面が」

 父は腕を組んだままだった。

 「そんなにあったか」

 「四十枚ある。数えた」

 「そうか」

 僕はそこで、訊くつもりだったことを訊いた。

 「四十一枚目は、なんで撮らなかったの」

 父はしばらく黙っていた。

 「あの日な」

 「四十枚目撮った日や。橋の上で、いつもの位置に立って、水を見とった」

 「うん」

 「水が、いつもと同じやった」

 父は腕をほどいた。

 「毎週おんなじ場所に行って、おんなじもんが写る。それでもええと思て通っとった。四十枚目の日に、ふっと、これはもう見えとるな、と思た」

 「見えてる」

 「撮らんでも、どんな写真になるかがわかる。わかってしもたら、撮る意味がない」

 「それでやめたの」

 「やめる、とは思てへん。次の週に行かんかっただけや。次の週も行かんかった。そのうち行かんようになった」

 そのうち、という言葉が出た。

 「後悔した?」

 「せえへん。ただな」

 「四十一枚目を撮っとったら、それが最後の一枚になったんやろな、とは思う」

 僕は何も言わなかった。

 「四十枚で終わってもうたから、あれは途中や。途中のまま押し入れに入っとる」

 父は茶を飲んだ。

 「お前のは、終わっとったな」

 「終わった」

 「終わらせたんは、自分か」

 「二秒のところは、自分で決めた」

 「そうか」

 父はそれきり何も言わなかった。その夜、押し入れの上の段を開けて、いちばん右のアルバムを出した。四十枚の川面をもう一度めくった。三十九枚目に欄干の影が写り込んでいる。四十枚目にはない。台紙は二十頁ぶん空いている。

 僕はそのアルバムを持って帰らなかった。あれは父のもので、途中のまま押し入れにある。途中のものを、他人が終わらせるものではない。

 十月の終わりに、新しいカートリッジを買った。部室でカメラの裏蓋を開けて、カートリッジを入れた。蓋を閉めると、カウンターの窓に目盛りが出た。三分二十秒。僕はカメラを机に置いて、缶の棚を見た。

 完成した一本の缶には、まだ題名を書いていない。ラベルの題名の欄は、十月三日に空けたままだ。上映のプログラムには「作品」とだけ印刷された。中沢が締切に間に合わせるために勝手に書いた。

 僕はその欄をしばらく見ていた。

 題をつけるというのは、後ろ向きの作業だと思う。作っているあいだは前を見ている。題は、出来上がったものを離れたところから見て、それが何だったのかを決める行為だ。決めてしまえば、その一本は、これから見る人全員にとって、その題のものになる。

 僕はペンを持って、そこで止まった。止まってから、ペンを置いた。長谷川さんに訊こう、と思った。訊けばいい、と僕に言った人がいる。断られます、とも言われた。あの人は緑色のコートを着て、十月四日にいちばん後ろの列の扉に近い席に座って、いつのまにか帰っていた。

 僕はまだ、あの人に礼を言っていない。

第三十三章 二分四十秒のあいだ

 十月四日は日曜だった。私は貼り紙を出した。

 画用紙を四つに切って、十月四日は都合により午後を休ませていただきますと書いた。午前は開けます、と続けた。都合により、の四文字は、この一年で十一回目になる。内訳を訊いた客はひとりもいない。

 午前は二件の買い取りがあった。

 一件は演歌の常連が持ってきた三枚で、これは値がつかなかった。もう一件は五十くらいの男が持ってきた段ボール一箱で、角はどれも生きていた。押し入れの上の段に入れてあったのだと思う。下の段から出てきた盤の状態がよかったためしを、私は二度しか知らない。

 十二時に閉めて、貼り紙を貼った。

 シャツを着替えた。緑色のコートは着なかった。着ないと決めるのに、七月ほどの時間はかからなかった。文学部の三号館は、大学の正門から入って三つ目の建物だった。三号館の二階のいちばん奥の教室に、紙が貼ってあった。

 映画研究会、上映、十四時から。紙は手書きで、字は太いマジックだった。あの子の字ではない。あの子の字は小さくて、ひとつずつ同じ大きさだ。私は一時五十分に入った。

 教室は窓に段ボールが嵌めてあった。上のほうに三センチほど隙間が残っていて、そこから光が細く入っている。椅子が四十脚並んでいた。座っていたのは十人ほどだった。私はいちばん後ろの列の、扉に近い席に座った。二時までに人が増えた。二十三人になった。

 前のほうに、あの青年がいた。映写機の横に立って、リールの掛かり具合を確かめている。丸めた紙を持っていないときは、この子は指で何かを叩く。いまは映写機の台の縁を叩いていた。その斜め前の床に、あの子が座っていた。

 プレーヤーの前だ。うちで売った一万二千円の機械が、教室の床に置いてある。あれは箱に入っていて、蓋を開けると中にターンテーブルとスピーカーが両方収まっている型だ。下宿の壁が薄いと言っていたので、あれを勧めた。

 あの子はその前に座って、盤に手をかけずに待っていた。盤は載っていた。青い。うちが七月に千八百円で売ったものだ。大阪の同業の棚に二枚あったうちの、帯なしのほうだ。

 二時になった。青年が手を上げた。映写機のスイッチが入った。あの子は、半拍待って、針を落とした。じり、という音がスピーカーから出た。私はその音を知っている。

 六月に、私は自分の店で、あの盤の外周に針を落とす直前で手を止めた。触れる直前の一秒だけ、静電気の雑音が鳴った。十年で一秒だった。この調子でいけば片面を鳴らし終えるのに二万年かかると、そのとき私は思った。

 じり、が溝の音に変わった。ギターが一本入った。壁に四角い光が出た。交差点だった。西日が横から来ている。白い縞の上を光が長く走っていて、渡る人の脚が、白の上を通るあいだだけ影ごと消える。

 いちばん手前に、動かない人がいた。髪の長い人で、鞄を左手に提げている。まわりの人間はもう全員歩き出している。青になったことは見えているはずだった。

 二歩ぶん遅れて、その人の足が動いた。ベースが入って、三小節目でドラムが来た。私は椅子の背に体をつけていなかった。前に傾いて座っていた。気がついたのはずっとあとだ。この曲を、私は三度聴いている。

 七月に、注文の品として届いた一枚を店で聴いた。在庫なのだから試聴は商売の一部だという理屈で、三度続けて鳴らした。二度目に胸に手を当てて数えて、合わなかった。曲のほうが速かった。四小節のあいだに曲は八拍進んで、私の脈は七つしか打たなかった。

 いま、この教室で、四度目を聴いている。二十三人がいる。

 誰もこの盤の来歴を知らない。前の列に座っている学生も、通路をはさんだ女の子も、後ろから三列目にいる若い男も、この曲が三十年近く前に商店街の喫茶店で鳴っていたことを知らない。あひるの看板の店で、十八の女がテーブルの上で人差し指を二拍に一回動かしていたことを知らない。

 知らない人間が二十三人いる部屋で、その曲が鳴っている。歌が入った。女の声で、低くはなくて、うまくもない。まっすぐ出しているだけの声で、伸ばすところで少し揺れる。壁の中で、あの子が渡りきった。タイトルが出た。それから、街の四十秒がいくつも続いた。うちの店が出た。

 それから、手が出た。私の手だった。

 白い布で盤を拭いている。円ではなく、溝に沿って、外から内へ、同じ角度で。指の関節が四つ見えていて、親指の付け根に古い傷がある。あれは印刷所にいたころに、活字の箱の角で切ったものだ。

 自分の手が壁に大きく映っているのを見るというのは、あまり気持ちのいいものではなかった。ないのだが、そのときは、そうでもなかった。

 あの日、この青年は三脚を立てずに手持ちで撮った。私は壁のあれは撮らないでくださいと言った。彼は、撮れます、と答えた。実際、画面のどこにも青い四角は入っていなかった。カメラというのは写すものを決める装置であると同時に、写さないものを決める装置でもある。八割は後者の仕事だと、あとで彼が言っていた。

 曲は続いていた。二分四十秒のうち、二分が過ぎたころだ。私は自分の胸のあたりの拍を数えていた。合っていなかった。曲のほうが速い。七月と同じだ。三十四の心臓はこの曲に追いつかない。

 十月二日に、面会室の机の上で、あの人の指は二拍に一回動いた。あれは私の脈よりさらに遅かった。私たちは二人とも遅くなっていて、しかも同じ速さでは遅くなっていない。この曲だけが、三十年近く、同じ速さで回っている。歌が終わりに近づいた。伸ばすところで、あの声が少し揺れた。

 私は立ち上がった。扉に近い席にしていたので、二歩で扉に着いた。開けるときに音が出ないように、把手を押さえて回した。教室の中の誰も振り返らなかった。壁には須磨の海が映りはじめていた。

 廊下に出て、扉を閉めた。閉めた瞬間に、音が切れた。この建物の扉は厚い。中の音はほとんど出てこない。壁を抜けてくるのは低いところだけで、高いところは抜けない。廊下に立っていると、ドラムの音だけが遠くから来た。

 二分四十秒だった。私はそれを聴きに来た。十年壁に掛けて、七年この街で店をやって、六月に一秒だけ鳴らして、七月に自分の店で三度聴いた。四度目を、二十三人のいる暗い部屋で聴いた。それで済んだ。

 済んだのだから、あとは帰ればいい。この理屈が正しいのかどうかは、いまでもわからない。ただ、あの部屋にいるべき人間は、映写機の横に立っている青年と、床に座ってプレーヤーの前にいるあの子と、それを見に来た二十一人であって、私ではなかった。

 階段を下りて、正門を出た。屋台のあいだを通った。焼きそばの匂いがした。中庭のほうから、これから始まるらしい演奏の音合わせが聞こえた。ドラムを一つずつ叩いて、音を確かめている。商店街まで歩いて二十分かかった。

 店の前に立って、貼り紙を見た。裏返しの字がガラスの内側からこちらに向いている。都合により午後を休ませていただきます。私は鍵を開けた。貼り紙を剥がして、灯りを点けた。三時四十分だった。四時前に開ければ、日曜の遅い持ち込みには間に合う。実際にはその日、四時以降に客は一人も来なかった。

 私は奥の机に座って、便箋を出した。

 この二か月、手紙は月に二度書いた。書くことがなかった。盤を洗い、乾かし、値札を貼り、棚に入れる。三行で終わる生活を、四行にして出していた。四行目には、こちらは変わりありません、と書いた。十四年前に抽斗に入れたまま出さなかった便箋にも、同じ文がある。

 その日は、六枚書いた。

 教室の窓に段ボールが嵌めてあって、上のほうに三センチ隙間が残っていたこと。椅子が四十脚並んでいて、二十三人来たこと。あの子が床に座って、半拍待ってから針を落としたこと。青年が手を上げて合図を出したこと。

 交差点の四十秒のこと。人が三十人渡って、いちばん手前のひとりだけが二歩遅れて歩き出したこと。うちの店が映ったこと。棚の札の演の字が傾いていたこと。自分の手が壁に大きく映っていたこと。指の関節が四つ見えて、親指の付け根の傷まで写っていたこと。

 曲が鳴っていたこと。六枚目に、こう書いた。

 二分四十秒が終わったところで、部屋を出ました。用がそこまでだったからです。あとで考えると、最後まで見ていればよかったのかもしれません。次に同じ機会があるかどうかは、わかりません。

 書いてから、その四行を消さなかった。封をして、切手を貼った。六枚入れると封筒はふくらむ。糊のところが少し浮いたので、上から指で押さえた。十月五日の朝に、郵便局のポストに入れた。落ちる音は、七月に投函したときより重かった。青年が店に来たのは、十月八日の夕方だった。

 鈴が鳴って、速い足で入ってきて、棚のあいだで一度止まって、それからカウンターの前に来た。この子はいつも店の中でいちばん短い経路を歩く。

 「先日は、ありがとうございました」

 「いえ」

 「来てくださって」

 「呼ばれましたから」

 彼はカウンターの上を見た。帳面と、ボールペンと、四つ折りの布があった。

 「ひとつ、訊いてもいいですか」

 「どうぞ」

 「なんで、途中で帰ったんですか」

 この子は速い。訊きたいことを訊くまでの時間が、とにかく短い。六月に初めて入ってきたときも、三分で、なぜ持っているんですかと訊いた。私は布を四つ折りにして、角を揃えて置いた。

 「曲が終わったからです」

 彼は少し口を開けた。

 「それだけですか」

 「それだけです」

 「あの、須磨のところとか、最後の地下のところとか」

 「見ていません」

 「見てほしかったです」

 私はその言葉を、少しのあいだ受け取っていた。

 見てほしかった、と若い人に言われるのは、この七年でたぶん初めてだった。うちの店に来る客は、盤を買って帰る。買った盤をどう聴いたかを、こちらに言いに来る人はまずいない。三十年鼻歌のまま持っていた曲の題を教えた五十くらいの女の人も、あれきり来ていない。

 「次に上映することはありますか」

 「あります。来年の春に、市民会館で自主上映をやろうって話が出てます」

 「では、そのときに見ます」

 「来てくれますか」

 「呼んでください」

 彼は笑った。笑い方は速かった。それから、思い出したように言った。

 「題名を、まだ決めてないんです」

 「そうですか」

 「決めてもらえませんか」

 私は首を横に振った。

 「私が決めるものではありません」

 「でも、あの曲は」

 「曲はうちから出ました。映画はあなたが撮ったものです」

 私はカウンターの下から紙の袋を出した。出したのは癖で、この子はその日も何も買っていない。袋を戻した。

 「題をつけるというのは、終わったものに名前をつける仕事です。終わらせた人がやるべきだと思います」

 彼は壁を見た。三十一センチの白い四角が、まだそこにある。

 「あそこ、何も掛けないんですか」

 「まだ決めていません」

 「決めないんですか」

 「決めていないだけです」

 彼は、そうですか、と言って、出ていった。速い足で出ていった。引き戸が閉まって、外の音が切れた。私は布を取って、盤を拭きはじめた。溝に沿って、外から内へ、同じ角度で。

第三十四章 題

 上映が終わってからの二週間、わたしには予定がなかった。六月から十月まで、わたしの手帳には撮影の日が入っていた。三時半集合、五時から光、六時に撤収。書く欄があって、書く内容があった。それがなくなった。

 閉架のシフトは週に三日ある。授業もある。柱時計は週に一度巻く。予定がないというのは、正確には正しくない。なくなったのは、誰かに時間を伝える仕事のほうだ。

 あと四分です。あと九十秒です。あと三十秒です。あの四か月で、わたしは自分の声を人前で二百回くらい出した。数えていたのはたぶんわたしだけだ。二十年ぶんの平均を、四か月で超えていた。

 いまは、誰もわたしに残りを訊かない。十月十九日に、佐伯さんから電話があった。下宿の廊下の共同電話で、二階の端まで呼ばれた。受話器はまだ温かかった。前に使った人の熱が残っている。

 「題名を決めてない」

 「はい」

 「決めてくれないかな」

 わたしは受話器を持ち替えた。

 「わたしがですか」

 「佐伯さんが撮ったものです」

 「そう。だから僕が決めるべきだと言われた。レコード屋のあの人に」

 窓が開いていて、下の道を自転車が通る音がした。

 「言われたんだけど、決まらない」

 「どうしてですか」

 「題をつけるのは、出来上がったものを離れて見て、それが何だったのかを決める作業だ。僕はまだ離れて見られない。八月から二か月、あれを毎日十八分の一秒ずつ見てた。近すぎる」

 わたしは、はい、と言った。

 「長谷川さんは、離れて見てる」

 「わたしも中にいました」

 「中にいたけど、撮ってない。それが離れてるってことだと思う」

 わたしは受話器を持ったまま、廊下の壁を見ていた。壁には下宿の規則が貼ってある。門限は十二時。風呂は十一時まで。電話は十時まで。

 「考えます」

 「いつまでとは言わない」

 「はい」

 「決まったら教えて」

 電話が切れてから、わたしは階段を上がって部屋に戻った。柱時計は動いていた。届いてから四週間で、二十六分ほど遅れている。一日に四十秒だ。計算は合っている。

 わたしは机の前に座って、ノートを開いた。誰にも見せないほうのノートだ。題、と書いた。そのあとに何も書けなかった。十一月のあいだ、わたしは題のことを考えていた。

 考えるといっても、机の前で腕を組むわけではない。閉架の階段を下りているときや、ハンドルを回しているときや、アイロンの赤いランプが消えるのを待っているときに、頭の隅に置いておく。置いておくと、そのうち形が出てくることがある。

 十一月の半ばに、喫茶店で玲と会った。玲はもう遅番に入っていた。北原さんが十月にやめたので、シフトが動いたらしい。

 「長谷川さん、最近ひま?」

 「ひまじゃない」

 「顔がひまやで」

 「うちな、ちょっと決めたことあんねん」

 「なに」

 「合わせるの、やめようかと思て」

 わたしはグラスを置いた。

 「やめられるの」

 「わからん。せやから、やめよかと思う、や。やめた、ちゃう」

 「この前な、常連のおっちゃんに、いつもと声ちゃうな言われてん」

 「うち、そのとき、なんも合わせてへんかってん。疲れてて、ふつうに喋っただけ」

 「それで」

 「おっちゃん、そっちのほうがええわ、て言うてん」

 玲は指を止めた。

 「三日くらい、その意味考えてた」

 わたしは何も言わなかった。玲はこういうとき、続きを持っている。

 「うちの声、どれがほんまか自分でわからんかったやろ。せやけど、外から一個だけ、これがええって言われた。言われたら、それが手がかりになる」

 「手がかり」

 「そう。合わせてへんときの声を、人が一回でも指してくれたら、次からそれを探せる」

 玲はグラスを持って立ち上がった。マスターが戻ってきたからだ。

 「長谷川さんもな、たぶんそれやで」

 「なにが」

 「あの映画」

 玲はそう言って、カウンターへ戻った。十一月の終わりに、父から手紙が来た。三通目までは開けるのに三か月かかった。四通目からは、来た日に開けている。閉店は三月三十一日だと書いてあった。

 最後の一週間は在庫を売り切る。それが終わったら、店の中のものを片づける。処分するものは業者が来る。三月三十一日は水曜だが、その日は最後まで店を開ける。最後の日に来なさい、と書いてあった。

 わたしは便箋を折って、封筒に戻した。机の右の端に置いた。いまそこには封筒が七通ある。九月からは全部開けてある。柱時計を見た。この八角形の枠は、三月三十一日にはもう実家の壁にない。壁ごとなくなる。土地は貸して、そこはうどん屋になる。

 十二月四日に、わたしは部室へ行った。

 冬の部室は夏よりましだった。西向きなので、午後の遅い時間はむしろ暖かい。段ボールの遮光板は壁際に立てかけてある。佐伯さんは編集台の前にいた。新しいカートリッジを一本、もう撮り終えたらしい。缶が八本になっていた。

 「題、決まりました」

 彼は顔を上げた。

 「なに」

 「手のひらの宇宙、でいいと思います」

 佐伯さんはしばらく黙っていた。

 「曲の題だよ、それ」

 「はい」

 「借りていいのかな」

 「わたしは、いいと思います」

 わたしは鞄を膝に置いて座った。準備してきた文はない。ここからは、考えていたことをそのまま出すしかない。

 「理由を言ってもいいですか」

 「聞きたい」

 「あの映画は、短いものでできています」

 佐伯さんは編集台のハンドルから手を離した。

 「頭が四十秒です。北原さんが十八秒です。最後が二秒です。須磨だけ四分ありますけど、あれも三分十二秒のところで一回切れています」

 「全部、人が手に持てる長さです」

 わたしは自分の手を見た。膝の上に置いた手だ。

 「四十秒は、覚えていられます。十八秒も、二秒も。長いものは、覚えていられないです。三時間の映画を見ても、あとで思い出せるのは一分もないと思います」

 「そうかもね」

 「あの映画は、覚えていられる長さのものを、六十二回繋いであります」

 佐伯さんは何も言わなかった。

 「宇宙というのは、大きいものだと思っていました。手のひらの宇宙、という題を初めて見たのは、この街のレコード店のガラスの外からです。二か月、字が読めませんでした。読めるようになったのは、店に入ったからです」

 わたしはそこで一度、息を吸った。

 「読めたときに、変な題だと思いました。手のひらに宇宙は入らないです」

 「入らない」

 「入らないですけど、四十秒は入ります。十八秒も、二秒も入ります。手のひらに載る長さのものを繋いでいくと、十一分になります。十一分は、二十三人が見ました。それが宇宙かどうかはわからないですけど、あの曲の題は、そういう意味だと思うことにしました」

 佐伯さんは編集台の前で、缶のラベルを見ていた。題名の欄は十月三日から空いている。

 「決まった」

 彼はペンを取って、そこに書いた。

 「これで終わりだな」

 「はい」

 「終わったものに名前がついた」

 佐伯さんは缶を棚に戻した。棚には缶が八本ある。題名のあるものは、そのうち一本だ。

 「そうだ。市民会館の話、決まった」

 「自主上映ですか」

 「三月十四日。日曜の午後だ。小ホールで、二百席ある」

 「二百」

 「埋まらないよ。去年の学祭が二十三人だ」

 「でも二百席の部屋でやる」

 佐伯さんはそこで、少し言いにくそうにした。この人が言いにくそうにするのを、わたしは二度目に見た。一度目は、蓮さんが家に帰っていないと言ったときだ。

 「長谷川さん、三月に実家に帰るって言ってたね」

 「三十一日です。店の最後の日です」

 「その、時計屋の」

 「はい」

 「柱時計が七つあるって言ってたやつ」

 「六つになります。ひとつはうちにあるので」

 佐伯さんは編集台の縁を、指で二度叩いた。丸めた紙を持っていないとき、この人は指で叩く。

 「撮らせてもらえないかな」

 わたしは顔を上げた。

 「時計をですか」

 「六つとも。なくなる前に」

 「なんでですか」

 「わからない」

 彼は正直にそう言った。

 「わからないけど、二か月くらい前から考えてる。長谷川さんが、三十年おなじだけ遅れてるから選んだって言ったやつだ。六つあって、全部ばらばらの時刻を指してて、それが三月でなくなる」

 「撮っておきたい」

 わたしはしばらく黙っていた。

 五時間半かかる。乗り継ぎが二回ある。日帰りはできない。撮るなら泊まることになる。実家に泊めるのか、宿を取るのかを、わたしはその場で計算した。計算しながら、自分がもう断る計算をしていないことに気がついた。

 「父に訊きます」

 「うん」

 「たぶん、いいと言うと思います」

 「なんでそう思うの」

 「父は、時計を撮られたことがないと思います」

 その夜、部屋で便箋を出した。父への手紙は、九月に三行書いてから、月に一度出している。書くことは多くない。元気にしていること。閉架のバイトのこと。柱時計が四十秒ずつ遅れていること。

 その日は、二つ書いた。一つは、友人が六つの柱時計を撮りたいと言っていること。八ミリのカメラで、火は使わない。三月三十日に着いて、三十一日に撮って、その夜に発つ。もう一つは、こう書いた。あの六つを、なくなる前に一度だけ、全部同じ時刻に合わせてもいいですか。書いてから、その一行をしばらく見ていた。

 あの七つは、わたしが物心ついてから一度も同じ時刻を指したことがない。合わせても、また狂う。狂うたびに合わせるのは、時計を直したことにはならない。父はそう言った。だから、直すつもりはない。一度だけ、揃えたい。封をして、切手を貼って、机の右の端に置いた。壁で振り子が動いていた。

第三十五章 〇

 二百席というのは、二十三人を入れるための部屋としては大きすぎる。最終的に、学生団体の文化活動という枠で通った。使用料は半日で四千二百円だった。三月十四日は日曜だった。

 朝の九時に入って、椅子の並びを確かめた。市民会館の椅子は固定式で、こちらで動かせない。二百席が十列並んでいて、通路が真ん中に一本ある。壁は薄い緑色で、天井に丸い照明が六つ入っている。

 映写室が後ろの上にある。ガラス窓が一枚あって、そこから映す。部室のように壁に直接映すのではなく、前にスクリーンが下りてくる。ボタンを押すと電動で下りてくる。下りきるのに四十秒かかった。

 四十秒だ。僕はその四十秒を、スクリーンの下りていくのを見ながら数えていた。

 この建物は音がよかった。プレーヤーは持ち込みで、ホールの音響につないだ。会館の職員が接続を見に来て、これはずいぶん古い機械やねと言った。実際に古い。中古で一万二千円のものだ。職員はケーブルを一本持ってきて、それでつないだ。

 試しに針を落とすと、二分四十秒がホール中に鳴った。二百席の空の部屋で、その曲を最後まで聴いた。部室で聴くのとも、教室で聴くのとも違った。天井が高いと、音は上に逃げてから戻ってくる。戻ってきた音のほうが、少し遅れて耳に入る。

 長谷川さんは床ではなく、いちばん前の列の端に座ることになった。プレーヤーは舞台の袖に置いた。そこからだとスクリーンが見えない。彼女は上映のあいだ、自分が映っている画面を見られない位置にいることになる。

 「見えなくていいの」

 「見ました。二回」

 「そうか」

 「今日は、落とすのが仕事です」

 二時になった。入ったのは六十二人だった。数えたのは長谷川さんだ。開場のときに、扉のところに立って数えていた。

 六十二というのは、僕にとって別の意味を持つ数字でもある。あの映画の繋ぎ目は六十二箇所ある。一箇所につき九分の一秒、全部で六・九秒がこの世から消えている。同じ数の人間が椅子に座っているのを、僕は舞台の袖から見ていた。

 北原が来ていた。喫茶店の休みを取ったらしい。中列の真ん中に、玲さんと並んで座っていた。蓮は後ろから四列目にいた。彼は二月に試験を受けた。五冊目の問題集は全部埋まったと聞いている。四冊目までは、途中の頁で白いまま残っているところが必ずあった。五冊目は最後まで埋まった。

 結果は三月二十日に出る。

 その話を、僕は先週、部室で聞いた。蓮は問題集を鞄から出して、机の上で最後の頁を開いて見せた。それだけだった。受かりそうかとは訊かなかったし、彼も言わなかった。二人とも佐伯という名字で、そのあたりはたぶん血の側の問題だ。

 いちばん後ろの列に、二人組がいた。

 女の人と、その横に付き添っている人だ。付き添いのほうは白い上着を着ていた。会館の職員ではない。職員は紺の制服を着ている。女の人は車椅子だった。列のいちばん端の、通路に近い場所に停めてあった。膝に薄い毛布が掛けてある。

 その隣に、緑色のコートの男が座っていた。三月にコートを着ている人は、その部屋に何人かいた。それでもあの緑は他にない。あれは六月にも着ている色だ。僕は袖からその列を見ていた。

 誰なのかは知らない。あの人が誰かを連れてくるとは思っていなかったし、連れてくるとしたら誰なのかを考えたこともなかった。あの人は自分のことを何も言わない。十一年かかったと言ったのが、あの店で聞いた話のいちばん長いものだ。

 二時三分に、僕は袖から出て、舞台の下に立った。六十二人が座っていた。挨拶をすることになっていた。中沢が三回催促したので、しかたなく短く言った。映画研究会です。十一分あります。八ミリなので音は別に鳴ります。見てください。

 それだけ言って、袖に戻った。照明が落ちた。長谷川さんが前の列の端から立って、袖に来た。プレーヤーの前に座った。針はもう上げてある。盤は載っている。僕は映写室に上がる予定だった。上がらなかった。

 映写は中沢がやることになっている。上でスイッチを入れる。僕は下で合図を出す。四か月前の教室でもそうだった。僕が手を上げて、長谷川さんが半拍待って針を落とす。合図から半拍で、ちょうど合う。あれで三回目の練習が合った。

 僕は長谷川さんの横に立った。

 「合図、やめよう」

 彼女が顔を上げた。

 「やめるんですか」

 「じゃあ、どうやって」

 僕は左腕を出した。彼女に借りていたわけではない。自分の腕時計だ。秒針はない。

 「時計、貸して」

 彼女は手首から外して、僕に渡した。文字盤の黄色くなった、秒針のある時計だ。大家さんの亡くなったご主人のもので、去年の六月から借りている。いつまでも持っときなさいと言われたと聞いた。

 僕はそれを、二人のあいだの床に置いた。プレーヤーの横の、暗いところだ。舞台の袖の常夜灯が上にあって、その光でかろうじて文字盤が見える。

 「これを、二人で見る」

 「はい」

 「僕が合図しない。長谷川さんも待たない。同じものを二人で見て、同じところで動く」

 彼女は床の時計を見た。

 「秒針が十二に来るところで」

 「三、二、一、〇で、僕が上に合図を出す。中沢がスイッチを入れる。長谷川さんは〇で針を落とす」

 「機械が動き出すまでに、時間があります」

 「ある。映写機は一秒くらい遅れる。プレーヤーも針が溝に入るまで一秒近くかかる。両方遅れるから、両方同時に始めれば、たぶん合う」

 彼女は少し考えた。この人は考えるときに何もしない。

 「合わなかったら」

 「合わなかったら、ずれたまま最後までいく」

 「はい」

 「でも、たぶん合う」

 僕らは床の時計を見た。秒針が動いていた。

 人が二人で同じ秒針を見るというのは、たぶん、ずいぶん珍しいことだ。時計というのは普通、一人で見る。人と待ち合わせるときでも、それぞれが自分の時計を見て、それぞれの時刻で動く。同じ一本の針を、同じ距離から、同じ角度で見るという場面は、生活の中にほとんどない。

 僕はその針を見ながら、この四か月のことを考えていた。

 六月に、この人は交差点で二歩遅れて歩き出した。僕はそれを知らずに撮った。七月に、壁の前で四十分待って押せなかった僕に、この人が二十秒あると言った。あれが人生で初めてもらった数字だった。十月に、この人は三か月と二十四日持っていたものを机の上に置いた。

 そのあいだずっと、僕が先に動いて、この人が半拍あとに来ていた。合図というのは、そういう仕組みだ。出すほうと、受けるほうがある。秒針が四十五を回った。

 「行きます」

 と、僕は言った。

 「はい」

 五十五。僕は右手を上げた。上に向けてではない。数えるためだ。

 「三」

 彼女がアームに手を掛けた。

 「二」

 針が盤の外周の上に来た。

 「一」

 秒針が十二に近づいた。

 「〇」

 僕は上に向かって手を振り下ろした。同時に、彼女がアームを下ろした。じり、という音がホールに出た。スクリーンに光が出た。同時だった。ギターの一音目と、最初のコマが同じところに来た。

 僕は暗いなかで、それをはっきり聞いた。ずれていない。〇・一秒も遅れていない。二百席の部屋で、六十二人が座っていて、誰もそれには気づいていない。気づくのは、四か月ずれつづけていた二人だけだ。

 僕は横を見た。彼女もこちらを見ていた。舞台の袖は暗い。常夜灯の光が上から来ているので、顔は半分しか見えない。それでも、目が合ったことはわかった。

 二人とも何も言わなかった。言うことがなかった。言うことはなかったが、この一秒に何が起きたのかは、二人ともわかっていた。スクリーンの中で、交差点が始まっていた。西日が横から来ていて、白い縞の上を光が走っている。人が三十人ばかり渡っていく。いちばん手前に、動かない人がいる。

 その人が、二歩ぶん遅れて歩き出した。ベースが入って、三小節目でドラムが来た。僕は暗いなかで前を向いた。長谷川さんは針の落ちた盤を見ていた。回っている。二分四十秒だ。十一分は、この部屋では長かった。須磨の海が出たとき、後ろのほうで誰かが小さく息を吸った。地下の書庫が出た。

 鉄の棚が並んでいる。ハンドルが回って、通路が一本だけ開いて、人がその中に入っていく。抜き方は速い。出てきて、逆に回して、閉じる。閉じきって、二秒あった。

 どちらの通路も開いていない二秒だ。曲はもう終わっている。八ミリの映写機の音だけがしていた。終わった。スクリーンに白い光が残って、それから消えた。三秒くらい、誰も動かなかった。

 それから拍手が起きた。教室のときより長かった。六十二人が二百席の部屋で拍手をすると、音が上に逃げてから戻ってくる。戻ってきた音のほうが少し遅れて耳に入る。照明が点いた。

 僕は袖から出て、舞台の下で頭を下げた。中沢が映写室から降りてきた。北原が中列で立ち上がって、こちらに手を振った。玲さんがその横で笑っていた。

 いちばん後ろの列を見た。車椅子はなかった。緑色のコートもなかった。通路の側の、車椅子が停まっていた場所だけが空いている。そこには元から椅子がない。列の端の、通路に近い場所だ。いつ出ていったのかはわからない。上映の途中は誰も見ていない。片づけに一時間かかった。

 スクリーンを上げるのにもボタンを押す。上がるのにも四十秒かかった。プレーヤーを箱ごと運んで、ケーブルを職員に返した。椅子は固定式なので戻さなくていい。

 外に出ると、三月の夕方の光がまだ残っていた。長谷川さんが会館の入口の階段の下にいた。手に腕時計を持っていた。僕が床に置いたままにしていたのを、拾ってきたらしい。

 「返します」

 「ああ、ごめん」

 僕はそれを受け取って、彼女に渡した。彼女は手首に嵌めた。

 「合いました」

 「合った」

 「〇・一秒も、ずれなかったと思います」

 「思う?」

 「わかります」

 彼女はそう言った。断定した言い方だった。この人が断定するのを、僕は数えるほどしか聞いていない。

 「三月三十日に、そっちに着く」

 「十一時十二分の特急で、乗り換えて、着くのが夕方の六時前になる」

 「駅まで迎えに行きます」

 「宿は取った」

 「はい」

 「三十一日に、六つ撮る」

 彼女はうなずいた。それから、少しのあいだ黙って、こう言った。

 「父から返事が来ました」

 「なんて」

 「合わせてもええ、と」

 僕はその言葉の意味を、そのときはまだ半分しか理解していなかった。

第三十六章 あんたの分

 人をひとり施設から外へ出すのに、どれだけの紙が要るかを、私はその冬に知った。

 外出届に日付と行き先と同行者の続柄を書き、主治医の許可をもらう。面談は月に一度の外来日にしか入らない。一月の面談で、片道三時間半の移動は無理です、と言われた。私はそこで引き下がらなかった。引き下がらなかったのは、この十年でおそらく初めてのことだ。

 二月の面談までに、私は代わりの方法を用意した。車椅子のまま乗れる介護タクシーなら二時間半で行ける。料金は往復で八万四千円だった。うちの店の一日の売上は、いい日で二万円に届かない。見積書を持っていくと、医師は看護の同行と日帰りを条件にした。

 許可が出たのは二月二十六日だった。三月十四日の午前十時に、施設を出た。

 私は前の日から近くの旅館に泊まって、朝から施設で待っていた。車が来て、看護の人が付き添って、彼女が車椅子で乗り込むのに十五分かかった。乗り込むというのは、車椅子ごとリフトで持ち上げる方式だった。

 車の中で、彼女は窓のほうを見ていた。

 「外、久しぶりや」

 「どのくらいですか」

 「去年の秋に、庭まで出たわ」

 「庭」

 「あそこは外に入らへんか」

 彼女は少し笑った。この人が施設の敷地を出るのが、何年ぶりなのかを私は訊かなかった。訊けば数字が出てくる。数字が出てくると、その数字をこちらが持って帰ることになる。

 高速道路に入ると、景色が動きはじめた。彼女は毛布を膝に掛けて、窓を見ていた。田はまだ何もない時期で、土だけが並んでいる。三月の田は、色としてはいちばん地味だ。途中で一度、休憩した。サービスエリアで、看護の人が飲み物を買ってきた。彼女は蓋つきの容器から少しだけ飲んだ。飲むのに時間がかかった。

 「あんた、こんなん、なんぼかかったん」

 「たいしたことはありません」

 「嘘や」

 「嘘です」

 「なんぼ」

 「言いません」

 彼女はそれ以上訊かなかった。市民会館に着いたのが一時四十分だった。

 小ホールは二階にあった。エレベーターがあって、そこから入ると、後ろの列に車椅子を停める場所があった。列のいちばん端で、通路に近い。もともと椅子が一つ抜いてある場所だ。この建物を建てた人が、そういう人のために場所を空けてある。

 私はその隣の席に座った。看護の人はさらにその隣に座った。

 二時までに人が入った。六十人は超えていたと思う。私は数えなかった。前のほうに若い人が多かった。中列に、喫茶店で見たことのある子が二人座っていた。片方は玲さんという名前だと聞いている。

 舞台の下に、あの青年が出てきた。挨拶は短かった。映画研究会です。十一分あります。八ミリなので音は別に鳴ります。見てください。それだけ言って袖に引っ込んだ。照明が落ちた。彼女が、暗くなったな、と小さく言った。

 舞台の袖に、あの子が座っているはずだった。うちで売った一万二千円のプレーヤーが、そこに置いてある。針を落とすのはあの子だ。三と、二と、一の声が、袖から小さく聞こえた。それから、じり、という音がホールに出た。同時に、スクリーンに光が出た。

 私はその同時性に気がついた。

 十月の教室では、合図から半拍あった。青年が手を上げて、あの子が半拍待って落とす。半拍待つことで合う、という仕組みだった。今日はそうではなかった。数える声が三つあって、そのあと音と絵が同時に来た。

 二人で数えたのだと思った。ギターが一本入った。スクリーンの中に交差点が出た。西日が横から来ていて、白い縞の上を光が走っている。人が渡っていく。いちばん手前に、動かない人がいる。

 その人が、二歩ぶん遅れて歩き出した。私は横を見た。彼女は正面を見ていた。膝の上に両手を置いている。右手が上で、左手が下だ。半年前から、この人の左手は自分では上がらない。右手の人差し指が、動いていた。二拍で一回だ。私は数えた。目で数えて、それから自分の胸のあたりに合わせた。

 合っていた。三十四になった私の心臓と、この人の指と、それからスピーカーから出ている曲の速さが、そのとき同じところにあった。私はもう一度数え直した。四小節ぶん数えた。ずれなかった。

 七月に、私は自分の店でこの曲を聴いて、胸に手を当てて、合わないことを知った。曲のほうが速かった。四小節で八拍進む曲に対して、私の脈は七つしか打たなかった。十月にこの人の指はさらに遅くて、私の脈とは合っていたが、曲とは合っていなかった。

 三十年近く、私たちは別々の速さで遅くなってきた。その三つが、この二分四十秒のあいだ、同じところに来ていた。合ったのは、たぶん偶然だった。

 この先も合うかどうかはわからない。私の脈は年々遅くなる。この人の指も遅くなる。曲だけは同じ速さで回りつづける。三つが同じ速さになる区間というのは、たぶん人生に一度しかない。

 私はその二分四十秒のあいだ、何もしなかった。数えていただけだ。曲が終わった。伸ばすところで、あの声が少し揺れて、それから針が内周に入った。ホールの中には映写機の音だけが残った。

 スクリーンでは街の四十秒がいくつも続いていた。うちの店が映った。棚の札が左から右へ流れて、床の板目が出て、それから私の手が出た。彼女が、あ、と言った。

 「あんたの手や」

 「そうです」

 「大きいなあ」

 スクリーンに映る手は、実物の二十倍くらいあった。布が溝に沿って外から内へ動いている。親指の付け根の傷まで写っていた。須磨の海が出て、しばらくして、看護の人が身を寄せてきた。小さい声で、そろそろ、と言った。私は彼女のほうを見た。

 彼女は座ったまま、少しうつむいていた。背中が椅子の背から離れている。座っているのに体を支えている状態が、この人には長くもたない。

 「出ましょう」

 「まだ途中やで」

 「二分四十秒は終わりました」

 彼女は少しのあいだ黙って、それから、そやな、と言った。私たちは通路から出た。扉を押さえて閉めると、中の音が切れた。この建物の扉も厚い。エレベーターで一階に降りて、玄関の外に出た。三月の午後の光は、白かった。

 介護タクシーは駐車場の端に停まっていた。運転手が車の外で煙草を吸っていて、こちらを見て、消した。看護の人が車のほうへ歩いていって、リフトの準備を始めた。私と彼女は、玄関前の平らなところに残った。スロープの手すりが日を受けていた。金属の手すりは、三月でももう温かい。

 「よかったわ」

 「そうですか」

 「あんたの手、あんな大きいと思わへんかった」

 彼女は車椅子の上で、膝の毛布を右手で少し直した。直すのに三度かかった。

 「あんな」

 「宿題、なしにするわ」

 私は彼女を見た。

 「まだ四頁です」

 「そこでええ」

 「次に来るときに、どこまで読んだか言うことになっています」

 「それをなしにする、言うてんねん」

 風はなかった。駐車場の向こうで、車が一台出ていく音がした。

 「もう来んでええよ」

 私は何も言わなかった。言葉が出なかったのではない。出そうとしたものが、途中で自分でも意味のわからないものになった。

 「なんでですか」

 「なんでて、そのままの意味や」

 「月に一度と決めました。私が決めたことです」

 「うちが断る」

 彼女はこちらを見た。

 「それはうちが決めてええことやろ」

 私はそこで、七月のことを思い出した。あの人は、机の上に置いた文庫本を指して、うちのやもん、もともと、と言った。せやから、うちが決めてええやろ、と言って、貸す、と言った。同じ形だった。

 「あんた、うちのために十一年使たやろ」

 「使ったとは思っていません」

 「思てへんのが、いちばんあかんねん」

 彼女は手すりのほうを見た。

 「うち、あの手紙のこと覚えてへん。書いた覚えがない。あんたは八時間立ってた。それを聞いたとき、うち、正直、しんどかった」

 「すみません」

 「謝らんでええ。あんたは何も悪いことしてへん。誰も悪いことしてへんのが、いちばん厄介やねん」

 それは、七月に私が面会室で考えたことと、同じ文だった。私はそれを声に出していない。手紙にも書いていない。

 「あと何年、うちのために使う気や」

 「決めていません」

 「決めんときや」

 彼女は言った。

 「決めたら、また待つことになる。あんたは待つのが上手すぎるねん。上手いことは、やらんほうがええこともある」

 運転手がリフトの音を立てた。看護の人がこちらを見て、それから見ないことにした。

 「あんたはあんたの分を歩き」

 私は動かなかった。この十年で、私は自分から誰かに何かを頼んだことが二度ある。一度目は、月に一度来てもいいですかと訊いたときだ。二度目は、外出の許可をもらうために医師に食い下がったときだ。

 どちらも、この人に会うためだった。

 三度目に頼むとしたら、いま言うことになる。頼めば、この人はたぶん一度は考える。考えたうえで、同じことを言う。この人は、繰り返し言うのが苦手な人だ。だから最初に一度だけ、いちばん短い形で言う。

 「わかりました」

 と、私は言った。彼女は、うん、と言った。それだけだった。看護の人が来て、車椅子の後ろに手を掛けた。動き出す前に、彼女がもう一度こちらを向いた。

 「あの本な」

 「はい」

 「最後まで読んでも、あの男は自分の部屋に入られへんねん」

 私は少し口を開けた。

 「言っていいんですか」

 「ええねん。もう宿題ちゃうから」

 彼女は笑った。口の右側が先に上がった。十七のときと同じ順番だった。車椅子が動いた。リフトに乗って、上がって、車の中に入った。看護の人が乗り込んで、扉が閉まった。窓には色が入っていて、外からは中が見えなかった。

 車は駐車場を出ていった。私は玄関の前に立っていた。どのくらい立っていたのかはわからない。中でまだ映画が続いているはずだった。地下の書庫が出て、通路が一本開いて、閉じて、二秒あって、終わる。あの二秒を、私はまだ見ていない。

 帰りは電車だった。乗り換えを二度した。窓の外の田は土だけで、まだ何もなかった。私は鞄から文庫本を出さなかった。入れてきてはいた。手紙が来たのは、三月十九日だった。封を切ると、便箋が一枚だった。全部が同じ字だった。まっすぐ立っている字で、右に倒れていない。

 先日は遠いところをありがとうございましたと書いてあった。当日はお体の負担も大きかったので、しばらくは静かに過ごしていただきますと書いてあった。その下に、こうあった。ご本人よりお伝えするようにと申しつかりました。先日申し上げたことは、あの日の気分ではありません、と。

 私はその一行を、三度読んだ。便箋を折って、封筒に戻して、店の奥の抽斗に入れた。抽斗の中には、去年の五月からの封筒が全部入っている。期限の切れた切符と、十一年前のカレーの手紙も一緒だ。

 三月二十日の朝に、私は棚の下から一枚を出した。

 去年の七月に大阪の同業から届いた段ボールの、いちばん下に入っていた一枚ではない。あれはあの子に売った。同じ箱の上のほうに入っていた返品もののうち、私が仕入れとして受け取ったものの中に、もう一枚あった。帯付きのほうだ。

 二千円で仕入れて、そのままにしてあった。私は値札を書いた。千八百円と書いた。仕入れより安い。理由は、この店の帳面にはうまく書けない。

 値札を貼って、壁に掛けた。三十一センチの白い四角の上に、ちょうど収まった。八か月ぶりに、そこに何かが掛かった。値札は表に向けて貼った。ガラス越しにも見えるように貼った。その日は日曜で、午後に客が四人来た。誰もそれを見なかった。

 六時に灯りを消して、鍵をかけた。商店街を抜けて、駅前の広場へ出た。柱の陰には行かなかった。

終章 一秒

 三月三十日の朝、下宿を出る前に、柱時計のぜんまいを巻いた。三日留守にする。ぜんまいは八日もつので、巻かなくてもいい。それでも巻いた。巻くと決めた日に巻かないと、次に巻く日がわからなくなる。

 部屋を出るときに、壁の時計を見た。届いてから六か月と六日だ。合わせたのは九月二十四日の一度きりで、そのあとは合わせていない。計算すると、いま三時間ほど遅れている。三時間遅れた時計が、壁で動いていた。商店街を通った。

 駅までの道はこれしかないので、通らないという選択はない。魚屋の前は濡れていて、乾物屋の笊には椎茸が並んでいる。パン屋の前は通りすぎた。商店街の端のレコード店の前で、いつものように足が半歩ぶん遅くなった。遅くなってから、止まった。ガラスの向こうの奥の壁に、青い四角があった。

 八か月、そこは白かった。三十一センチの、日焼けしていない部分だけが残っていた。いまはそこに、ジャケットが一枚掛かっている。わたしはガラスに近づいた。値札がついていた。

 右下の角に、小さい紙が貼ってある。数字までは読めない。ガラスの外からは、あの店の値札の数字は読めない。読めないことは去年の六月から知っている。

 わたしは知っていることを、もう一度確かめた。あの人はあの盤を非売品と言った。売らないということです、と言った。値札がついているということは、売るということだ。引き戸を開けなかった。

 開ければ、鈴が鳴って、緑色のコートの人が顔を上げる。何か言うことになる。何を言えばいいのかを、わたしは持っていなかった。持っていないときに開ける戸ではない。電車の時間があった。わたしは歩き出した。実家に着いたのが、その日の午後二時だった。

 五時間半かかった。乗り継ぎが二回ある。特急の窓から見た田は、九月に見たときと同じ場所にあって、色だけが違っていた。九月は黄色に寄っていく途中で、三月は土だけだった。商店街の端の店は、まだ開いていた。

 陳列ケースの中が減っていた。腕時計は三十本並んでいたのが、七本になっている。上の段の男物が四本と、下の段の女物が三本だ。残っているのは、たぶん売れなかったものだ。ケースの中の電球は、まだ二つとも点いていた。

 父は作業台にいた。

 「早かったな」

 「六時二十分の」

 「そうか」

 背中を向けたまま、返事だけした。作業場の壁に、柱時計が六つ掛かっている。六つとも、少しずつ違う時刻を指していた。いちばん左の八角形は、もうそこにない。わたしの下宿の壁にある。夕方の六時前に、駅へ迎えに行った。

 改札に駅員が一人いて、切符を受け取って鋏を入れた。この駅の駅員は、切符を受け取るときに必ずこちらの顔を見る。佐伯さんは五時五十四分の電車で来た。三脚とカメラの鞄と、着替えの入った袋を持っていた。十一時十二分に出て、乗り換えを二回して、六時前に着いた。

 「遠かったですか」

 「遠かった」

 「日帰りはできないです」

 「無理だね」

 「長谷川さんは、これに五時間半かけて大学に行ったんだ」

 「一年に何回帰ってた?」

 「一年に一回です。去年は二回でした」

 佐伯さんはそれ以上訊かなかった。訊かないでくれたことに、わたしは少し助けられた。宿は商店街の途中の旅館にした。うちには泊められない。部屋が二つしかないからだ。父はそのことを気にして、母に何度も言っていたらしい。

 夜に、店に来てもらった。父は作業台にいた。ルーペを外して、佐伯さんのほうを見た。

 「時計を撮りたいて」

 「はい」

 「なんで」

 佐伯さんは、そこで少し黙った。

 「わからないです」

 父は、ふん、と言った。

 「わからんもんを撮るんか」

 「まあ、そのほうがええんちゃうか」

 父は作業台の引き出しを閉めた。

 「うちの娘も、なんであの八角のがええんか、言えへんかった」

 三月三十一日は水曜だった。店は九時に開けた。最後の日は、朝から人が来た。昼過ぎに、米屋の跡地の自動販売機の横に住んでいるという年配の女の人が来た。腕時計をひとつ持ってきた。

 「これ、もう動かんのやけど」

 父はそれを受け取って、ルーペを目に当てた。当てて、しばらく見て、それから外した。

 「これは、うちではもう無理やわ」

 「そうか」

 「隣の町に、若いのがおるから、そっち行き」

 女の人は、そう、と言って、時計をハンカチに包んで帰っていった。父はそのあと、しばらく作業台の前に座っていた。佐伯さんは午前中、店の中を撮っていた。

 三脚を立てずに、手持ちで撮っていた。陳列ケースのガラスと、中に残った七本の腕時計と、電球の光。作業台の上の白い紙と、その上に並んだ細かい部品。父の手は撮らなかった。

 「手は撮らないんですか」

 「訊いてない」

 「訊けばいいと思います」

 佐伯さんは少し笑った。それから父のところへ行って、手を撮ってもいいですかと訊いた。父は、勝手にせえ、と言った。佐伯さんは父の手を四十秒くらい撮った。ピンセットで部品をつまんで、時計の中に入れる手だ。一度で入らなかった。二度目も入らなかった。三度目で入った。

 その三度を、全部撮っていた。六時に、店を閉めた。最後の客は五時四十分に来た。乾電池を二本買っていった。腕時計のものではなく、目覚まし時計のものだった。父はシャッターを半分だけ下ろした。全部は下ろさなかった。

 「まだ中におるからな」

 母が奥から茶を持ってきた。四人で飲んだ。誰も何も言わなかった。七時に、作業場の電気を点けた。柱時計が六つ、壁に掛かっている。いちばん右が、いちばん大きい。丸い枠の、ローマ数字の文字盤だ。その左が四角い枠で、その左が細長い型で、あとの三つは似た形をしている。

 六つとも、少しずつ違う時刻を指していた。いちばん進んでいるのが四角い枠で、いちばん遅れているのが右から三番目だった。差は、たぶん二十分近くある。佐伯さんは三脚を立てた。

 六つが全部画面に入る位置を探すのに、十五分かかった。作業場は狭い。壁いっぱいに掛かっているものを一枚に収めるには、反対側の壁まで下がる必要がある。反対側の壁には作業台がある。彼は作業台の上に三脚を載せた。

 「これでいい」

 「入りますか」

 「六つとも入る。端の二つは少し切れるけど、文字盤は入る」

 父は椅子に座っていた。

 「ほな、やり」

 わたしは脚立を出した。柱時計を合わせる手順を、父から聞いてある。夕食のあとに教わった。

 まず、振り子を止める。ガラスの扉を開けて、振り子の棒を指で押さえる。押さえると時計は止まる。止めてから、文字盤のガラスを開けて、長針を回す。回すときは必ず時計回りに回す。逆に回すと、打つ機構が狂う。

 合わせる時刻は、そのとき決めた。八時ちょうどにした。いまは七時二十分だ。六つを全部止めて、全部を八時に合わせて、そのまま押さえておく。八時になったら、同時に放す。

 「同時に放されへんやろ、六つも」

 と、父が言った。

 「押さえるのは指です。片手で三つ押さえられます」

 「両手で六つか」

 「はい」

 「届くか」

 「脚立を動かします」

 父は何も言わなかった。わたしは脚立に上がって、右端から順に止めていった。ガラスの扉を開けて、振り子の棒を指で押さえる。押さえると、その時計だけ音が消える。六つのうち一つが消えると、部屋の音が変わる。二つ消えると、また変わる。

 六つ目を止めたとき、作業場は静かになった。四十年、この部屋でこの六つが同時に止まったことは、たぶん一度もない。わたしは長針を回した。六つ目を合わせ終わったのが、七時四十六分だった。十四分ある。

 「押さえてます」

 「ええぞ」

 佐伯さんはカメラの後ろに立っていた。

 「回すのは、何秒前?」

 「フィルムは三分二十秒ある。今は十三分前だから、五十七分に回す」

 「三分ですか」

 「三分回して、八時ちょうどが真ん中に来る」

 わたしは脚立の上で、両手を広げていた。

 右手の指三本が、右の三つの振り子に触れている。左手の指三本が、左の三つに触れている。振り子は止まっている。止まっているものを指で押さえているだけなので、力はいらない。いらないのに、腕が疲れた。

 十三分は長かった。父は椅子に座って、壁を見ていた。ルーペは外してある。わたしはそのとき、父が何を見ているのかを考えた。父の目では、この壁の六つの文字盤の針は見えない。〇・一ミリの穴石が見えない目だ。六メートル離れた壁の、直径二十センチの文字盤の針が、八時を指しているかどうかはわからない。

 父は見ていない。聞いている。六つの振り子の音が全部止まっている部屋を、四十年ここにいた人が聞いている。七時五十七分に、佐伯さんがスイッチを押した。フィルムが回りはじめる音がした。ラジオの雑音に似た、乾いた音だ。この音が鳴っているあいだ、この世界のフィルムは減りつづける。

 わたしは腕時計を見た。文字盤の黄色くなった、秒針のある時計だ。大家さんの亡くなったご主人のもので、去年の六月から借りている。いつまでも持っときなさいと言われた。秒針が動いていた。五十八分。五十九分。

 「十秒前」

 と、佐伯さんが言った。わたしは指の力を抜く準備をした。押さえているものを放すというのは、力を入れる動作ではない。抜く動作だ。抜くほうが、たぶんむずかしい。

 「五」

 わたしは秒針を見た。

 「四」

 「三」

 「二」

 「一」

 秒針が十二に来た。わたしは両手の指を、同時に離した。六つの振り子が、動きはじめた。最初の一往復は、六つともばらばらだった。振り子の長さが違うので、速さが違う。長いものはゆっくりで、短いものは速い。四十年前からそうだった。

 でも、針は揃っていた。六つの文字盤の長針が、全部まっすぐ上を指していた。短針も全部八のところにある。八時ちょうどだ。打つ音が鳴った。

 六つのうち、四つが時報を打つ型だった。八時なので八回打つ。四つが同時に打ちはじめて、少しずつずれていった。ずれるのは、打つ間隔が時計ごとに違うからだ。一つ目が八回打ち終わるころに、四つ目はまだ六回目だった。

 鐘の音が作業場に重なった。わたしは脚立の上に立っていた。揃っているのは、たぶん、この一秒だけだ。

 いちばん左のは一日に十二秒進む。右から二番目は一日に二十秒遅れる。細長いのは五十秒遅れる。明日の朝には、六つはもうばらばらになっている。三日もすれば、誰の目にも違いがわかるようになる。

 合わせても、また狂う。狂うたびに合わせるのは、時計を直したことにはならない。父はそう言った。これは直したのではない。一秒だけ、同じにした。鐘が鳴り終わった。部屋には、六つの振り子の音が残った。長さの違う六つが、それぞれの速さで往復している。音は重ならない。重ならないまま、全部が鳴っている。

 佐伯さんは指を離さなかった。三分回すと言っていた。八時ちょうどは真ん中だ。あと一分半ある。わたしは脚立の上から、六つを見ていた。

 揃っているうちに、もう見えなくなった。長針の位置は、十秒では動かない。三十秒でも、ほとんど動かない。一分たてば、遅い時計と速い時計のあいだに、髪の毛一本ぶんの差が出る。差は肉眼では見えない。

 見えないところで、もうずれはじめている。それでいいのだと思った。三十年おなじだけ遅れる時計は、直さなくていい。動いているからだ。動いているものは必ずずれる。ずれないのは止まっているものだけだ。

 わたしは父のほうを見た。父は椅子に座って、目を閉じていた。佐伯さんが指を離した。フィルムの音が止まった。カウンターの窓を見て、彼は、終わった、と言った。カートリッジはそれで使い切りだった。

 「入りましたか」

 「入った」

 「揃ってましたか」

 「揃ってた」

 彼はカメラから顔を上げた。

 「一秒だけ」

 「一秒でも、写ってればずっとある」

 わたしは脚立から降りた。降りるときに、腕がしびれていた。十三分押さえていたからだ。母が茶を淹れ直して持ってきた。父は目を開けて、それから壁を見た。見えていないはずの壁を見て、こう言った。

 「よう鳴ったな」

 その夜、佐伯さんは十時の電車で宿へ帰った。商店街のシャッターは全部下りていた。うちの店のシャッターも、そのときには全部下りていた。駅までの道を、わたしは途中まで一緒に歩いた。

 「三月二十日、蓮さんは」

 「だめだった」

 「そうですか」

 「今度は消えなかった」

 佐伯さんは鞄を持ち直した。

 「六冊目、もう買ってる。三月の頭に買ってた。結果を見る前に買ってた」

 わたしは、そうですか、ともう一度言った。

 商店街の入口まで来たところで、わたしは足を止めた。止まったのは自分でも予定していなかった。止まると、佐伯さんも二歩先で止まって、振り返った。この人は止まるのが速い。

 「ひとつ、言っていいですか」

 「うん」

 「あの四十秒は、佐伯さんが速いから撮れました」

 佐伯さんは何も言わなかった。

 「三日通って光を調べる人には、撮れないです。あの日、レコード店から出てきて、光がいいと思って、鞄からカメラを出して、赤のあいだに構えて、青で押した。全部でたぶん一分もかかっていないです」

 「考えてなかった」

 「はい。考えていたら、渡り終わっています」

 わたしは自分の手を見た。鞄の持ち手を握っている手だ。

 「佐伯さんは、速いのを自分の悪いところだと思っています」

 「思ってる」

 「九十秒であきらめたことも、三脚を八秒でたたむことも、人に頼む速度を通りすぎることも、全部そうだと思っています。でも、それは同じ手です。四十分待って押せない指と、青になった瞬間に動く指は、切り離せないです」

 「切り離せない」

 「はい。片方だけ直すことは、たぶんできないです」

 佐伯さんはしばらく立っていた。シャッターの下りた商店街に、街灯が三つ点いている。この町の街灯は十一時に消える。

 「長谷川さんは」

 「はい」

 「自分の遅いのは、どうなの」

 わたしは少し考えた。考えるあいだ、この人は急がせなかった。

 「直らないです」

 「うん」

 「直らないですけど、直すものだとは、もう思っていないです」

 わたしは腕時計を見た。秒針が動いている。

 「わたしの時計は、いま三時間遅れています。合わせていないからです。合わせても、また同じだけ遅れます」

 「ちゃんと動いてる」

 「はい」

 佐伯さんは、そうか、と言った。言い方が短かった。この人の返事はいつも短い。短いのは考えていないからではなくて、考える前に届いているからだと、わたしはこの半年で知った。

 旅館の前で別れた。

 「明日、何時の」

 「十時二十分の」

 「駅まで行きます」

 「うん」

 佐伯さんは玄関に入りかけて、それから振り返った。

 「あの缶、次で九本目になる」

 「はい」

 「今日のは、まだ題がない」

 「決まったら教えて」

 わたしは、はい、と言った。旅館の玄関の灯りが消えて、わたしは商店街を戻った。シャッターの並びを歩いた。米屋と、洋品店と、写真屋と、それからうちの店だ。四軒とも閉まっている。四月からは、そのうち一軒がうどん屋になる。

 うちの前で立ち止まった。シャッターの向こうで、六つの柱時計が動いている。音は外まで聞こえない。わたしは腕時計を見た。十時四十六分だった。秒針が動いている。六つのうち、いくつがもう八時からずれているのかを、わたしは計算しなかった。

 計算しなくても、ずれている。ずれていて、動いている。


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