【短編小説】『海が見えるカフェの朝焙煎』
「いらっしゃいませ。……といっても、まだ準備中ですが」
響の声に、テラスの手すりに寄りかかっていた恵美が振り返る。 逆光で表情は見えないが、その肩が震えているのがわかった。
「……苦いのが、いいです。目が覚めるようなやつ」
恵美の投げやりな注文に、響は「かしこまりました」と静かに頷く。 カウンターに戻り、ガラス瓶から少し歪な形をした緑色の豆を取り出した。
「これ、なんの豆かわかりますか?」 響が掌に乗せて見せる。 「……虫食い? 形もバラバラだし、汚い」
「ひどい言われようだ。これは『マンデリン』。スマトラ島の豆です」 響は豆をミルに投入する。ガリガリと心地よい音が店内に響き、香ばしい香りが爆発的に広がる。
「この豆はね、乾燥工程が特殊で、生豆の状態だと見た目がすごく悪いんです。でも――」
ペーパーフィルターに粉をセットし、細口のケトルでお湯を落とす。 のの字を描くように。 粉がムクムクとハンバーグのように膨らみ、炭酸ガスが放出される。 SONYの高解像度レンズなら、その膨らむ粉の表面のきめ細かさや、立ち昇る湯気の揺らぎまで捉えられるはずだ。
「見た目の悪さや、不揃いな個性こそが、他の豆には出せない『野性的で深いコク』を生むんです。優等生な豆には出せない味ですよ」
響は琥珀色の液体を、厚手の白いマグカップに注ぐ。 湯気の向こう、水平線から昇った太陽が、カップの中の液面を金色に照らした。
「どうぞ。深煎りのマンデリンです」
恵美は両手でカップを包み込み、一口すする。 ガツンとした苦味。けれど、その奥にハーブのような複雑な香りと、濃厚な甘みが残る。
「……苦い。でも……美味しい」
「でしょ? 欠点だらけに見えても、焙煎(火)を通して、適切な抽出(環境)を与えれば、誰にも負けない味になる」
響はカウンターを拭きながら、独り言のように付け加えた。 「人間も同じだと思いますけどね」
恵美が顔を上げる。その瞳に、朝日の光と、微かな希望が灯っていた。 彼女はカップを飲み干し、深く息を吐く。 それは、昨日までの自分を吐き出すような、長い長い深呼吸だった。
🎵 劇中歌:『不揃いなビーンズ』
Vocal: 響(Hibiki)or Soft Female Voice Genre: Cafe Bossa Nova / Acoustic Jazz
(Verse 1) ターコイズの海が 朝焼けに染まる頃 ケトルの注ぎ口から 細い線を描く コポコポと歌う お湯のリズムに乗せて 眠たい空気を 優しくほどいてく
(Verse 2) 瓶の中の豆は 少し不格好だね デコボコで ひねくれて まるで誰かみたい 優等生じゃなくていい 整列しなくていい その傷も その歪みも 個性と呼ぼうか
(Chorus) Bitter & Sweet, Mandheling 野性的な香りを 深く吸い込んで 深煎りの闇に溶けた 甘い秘密を探すの 君は君のままで 最高の一杯になる あわてないで ゆっくり蒸らして 自分だけの味を 出せばいい
(Verse 3) ペーパーフィルター越しの 琥珀色の雫(しずく) 一滴落ちるたびに 時間はスローになる 冷めたフリをしていた 心の中身さえ 湯気と一緒に 空へと昇華する
(Chorus) Bitter & Sweet, Morning Light コンプレックスさえも コクに変えてしまおう 苦味を知っている 君だから出せる味がある 水平線の向こう 今日がまた始まる 飲み干したカップの底に 小さな希望が 残るように
(Outro) La la la... 波音のBGM 混ざり合うアロマ 不揃いなビーンズ 愛しいビーンズ Have a nice day...
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