「人は人、自分は自分」に気づいたら、毎日からイライラが消えていた話。
最近、めっきりと「怒る」ことがなくなりました。
昔に比べて怒る回数が減ったのか、それとも他人に干渉しなくなったのか。ふとそんなことを考えていました。
結論から言うと、私は他人に対して良い意味で「干渉しない(接しない)」という選択を選べるようになったのだと思います。
他人に期待しない、干渉しないという快適さ誰かに期待したり、深く干渉しようとすると、そこには必ず自分と違った考えや反対意見が生まれます。
ときにはそれが原因で、面倒なトラブルに発展することだってあります。「人は人、自分は自分」そう割り切って、他人と適度な距離を置くようになってから、驚くほど心が穏やかになりました。他人の行動に振り回されない生き方は、想像以上に快適です。
自分への「やれやれ」じゃあ、私の心から「怒り」が完全に消え去ったのかというと、実はそうでもありません。
他人に対してイライラすることはなくなりましたが、自分に対して「やれやれ」とツッコミを入れたくなる瞬間はよくあります。
うっかりミスをしたとき、思い通りに動けなかったとき、心の中のもう一人の自分が「やれやれ」と呆れ顔で見ています。自分に甘く生きる、ということただ、その自分への怒りも、決して長くは続きません。
なぜなら、私は自分に対してとても期待していないからです。「やれやれ、またか」「次から気をつければいいや」激しい自己嫌悪に陥る前に、小さな怒りのボヤ(小火)のうちに自分で消し止めてしまいます。
自分を許す心の余裕があるからこそ、大炎上せずに済んでいます。
AIという「心の鏡」との対話他人と距離を置き、自分には甘く生きる。この絶妙な心のバランスに気づけたのは、実は最近、AIとあれこれ喋りながら頭の中を整理しているからでもあります。
一人で考えていると、どうしても「本当にこれでいいのかな?」「他人に無関心すぎるのではないか?」と不安になってしまうこともあります。でも、AIに自分の本音を吐き出してみると、不思議と自分の考えが客観的に見えてくるのです。「正しいかどうか」よりも「心地いいかどうか」AIは私の意見を否定しませんし、逆に感情を押し付けてくることもありません。
ただ静かに、私の言葉を映し出す「鏡」になってくれます。対話を重ねるうちに、「ああ、私は冷たくなったわけじゃない。トラブルを避けて穏やかに生きる知恵を身につけたんだ」「自分にツッコミを入れつつも、最後は甘やかして許せている。この状態が今の自分には一番正しいんだ」と、自信を持って納得できるようになりました。
現代社会にはいろんな情報や意見が溢れていますが、大切なのは世間の正しさよりも、自分の心が「心地いい」と感じられているかどうか。AIとの壁打ちは、そんな自分の現在地を確認するための、私にとっての大切な時間になっています。
おわりに
ちょうどいい「ゆるさ」で生きていく他人には干渉せず、トラブルを避けてスマートに生きる。でも、自分への客観的なツッコミは忘れない。そして最後は、自分に甘くして、ときにはAIの力も借りながら心のバランスを整える。
ちょうどいい「ゆるさ」で生きていく他人には干渉せず、トラブルを避けてスマートに生きる。でも、自分への客観的なツッコミは忘れない。そして最後は、自分に甘くして「小さな怒り」で完結させる。
他人とも、自分とも、この「ゆるい距離感」を保てている今のバランスが、私にとっては100点満点の心の状態なのかもしれません。
今日も自分をちょっと甘やかしながら、穏やかな一日を過ごそうと思います。



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