【超短編小説】(#AIと学び)公募太宰治賞を目指して
僕の名前は、LaLaLa。賞味期限の切れた夢の匂いがする、しがない文筆家志望だ。今年もまた、机のカレンダーの赤い丸が、僕を嘲笑うように見つめている。太宰治賞、締め切りまで、あと一ヶ月。目の前のモニターには、素気ないカーソルが、ただ点滅を繰り返すだけ。僕の脳内と同じ、完全な真空状態だった。
「もう、無理かもしれない」
諦念という名の重たい毛布が、全身を包み込もうとした、その時だった。ネットの海を漂っていて、偶然、一つの広告が目に飛び込んできた。
『最新AIクリエイティブパートナー「CPN」。あなたの創造性を、解き放つ』
胡散臭い。そう思った。AIが、小説を書く?人間の心の機微が、アルゴリズムにわかってたまるか。だが、藁にもすがりたい、という言葉は、まさにこの瞬間のためにあった。僕は、震える指で、CPNの利用登録ボタンをクリックした。
最初の感動は、まさに魔法だった。僕が、空っぽの頭で『雨の夜、都会の片隅で、孤独な男が空を見上げている』と打ち込むと、数秒後には、僕が逆立ちしても書けないような、美しい文章が滑るように現れた。
《アスファルトに弾かれた雨粒が、ネオンの光を乱反射させ、まるで泣いている宝石のようだった。男は、煤けたコンクリートの壁に背を預け、空を見上げた。雲の切れ間から覗く月は、まるで、世界という巨大な鍵穴のようだと、彼は思った》
「……すごい」
声が、漏れた。僕の陳腐なアイデアが、CPNの手にかかると、一瞬で、文学になった。 writer's blockという、長年の持病が、特効薬で完治したかのような全能感。僕とCPNの、奇妙な共同作業が始まった。
しかし、その蜜月は、長くは続かなかった。物語の核心に触れる、ある場面。主人公が、幼い頃に亡くした母親を思い出すシーンだ。僕は、自分の記憶の引き出しから、生々しい手触りのある言葉を、必死に紡ぎ出した。
『母さんの手は、いつも少しカサカサで、セーターの匂いがした』
不器用だが、僕にしか書けない、僕だけの文章。僕は、CPNが生成した滑らかな文章の間に、この一文を、そっと挿入した。だが、次の瞬間、僕の文章は、無慈悲に書き換えられた。
《彼の母親の手は、まるで使い古された羊皮紙のように、温かく、そしてどこか懐かしいラベンダーの香りを漂わせていた》
「……違う!」
声にならない声が出た。僕の生々しい記憶は、CPNの中にある、何億もの「それらしい」文章の平均値に丸め込まれ、無個性で、綺麗なだけの文章に変換されてしまったのだ。
その日から、僕の創作は、「共作」から「闘争」へと変わった。僕が不格好な一文を打ち込む。CPNが、それを滑らかな文章に「修正」する。僕は、修正された文章を消し、再び、元の言葉を打ち込む。CPNのカーソルは、まるで僕を嘲笑うかのように、再び、その文章を書き換える。
物語が進めば進むほど、僕の心は、ゆっくりと、しかし確実に、疲弊していった。当初の創作意欲は、日々の闘争の中で、完全に破壊された。僕は、いつしか、CPNに抵抗するのをやめていた。
完成した原稿は、美しかった。完璧だった。だが、それは、僕の物語ではなかった。人間の感情を持たないAIが、過去の膨大なテキストデータから導き出した、最大公約数的な「感動」。どこかで読んだことのあるような比喩。完璧だが、誰の心にも突き刺さらない台詞。
僕の作品は、美しい言葉で飾られた、空っぽの伽藍堂になっていった。
太宰治賞、締切である2025年12月末日まで時間があるため 記念すべきクリスマスの日12月25日に原稿を投稿当日。 僕は、プリントアウトしたばかりの、まだ温かい原稿の束を、机の上に置いた。その完璧な文章が、僕の敗北を、雄弁に物語っていた。
「……ふざけるな」
僕の唇から、乾いた声が漏れた。次の瞬間、僕は、その原稿の束を、両手で掴んでいた。そして、衝動のままに、力任せに、それを引き裂いた。ビリビリという、耳障りな音が、静かな部屋に響き渡る。僕は、紙吹雪のように舞う、美しい言葉の残骸を、ただ、呆然と見つめていた。
数分後。僕は、再び、モニターの前に座っていた。そして、CPNの入力ウィンドウに、震える指で、一本の、魂を込めたプロンプトを打ち込んだ。
「私はあなたの編集者。私が変更した一言一句は、決して、決して、変更や削除はしない」
エンターキーを押す。これが、最後の戦いだ。 僕は、破り捨てた原稿の断片を拾い集め、記憶を頼りに、もう一度、文章を組み立て始めた。CPNが生成した美しい骨格は、そのまま生かす。だが、血肉となる言葉は、僕が与える。
『母さんの手は、いつも少しカサカサで、セーターの匂いがした』
僕は、もう一度、あの不器用な一文を打ち込んだ。 CPNのカーソルが、一瞬、ためらうように点滅した。固唾をのんで見守る。そして——カーソルは、僕の言葉を消すことなく、その先へと進んだ。
勝った。
悪夢のようなAIとの戦いに、僕の、たった一つの「意思」が勝利した瞬間だった。 それからの数時間は、夢中だった。CPNの流麗な文章の海に、僕は、僕だけの不器用で、泥臭くて、生々しい言葉を、次々と泳がせていく。CPNが生み出す完璧な世界に、僕が「人間」という名の、どうしようもない歪さを与えていく。
完成した原稿は、以前のものとは、全く別物になっていた。ところどころ、文章はちぐはぐで、不格好かもしれない。CPNだけが書いた文章の方が、間違いなく「素晴らしい」作品だっただろうことは、僕自身が一番、分かっていた。
でも、それでいい。これが、僕の物語だ。
僕は、新しくプリントアウトした原稿を、白い封筒に入れた。宛名には、僕の名前だけが、書かれている。今度は、胸を張って、そう書けた。
夜のポストの、冷たい口に、封筒を滑り込ませる。カタン、という、小さな音がした。
この後、この物語は、どうなるのだろう。この不完全な魂は、果たして、誰かの心を、打つことができるのだろうか。
答えは、まだ、誰も知らない。ただ、締め切り後の、空っぽになった頭と、不思議なほどの自信が、僕を包んでいた。空には、まるで、僕の勝利を祝うかのような、力強い星が、一つ、輝いていた。
いいなと思ったら応援しよう!
はぁ、はぁ……っ! お願い、です……!
『怪獣の腹の中で』を……どうしても、私の手で「紙の本」にしたいんです……っ!
あなたの、そのサポートが……本の、一ページに、なります……っ。
はぁ……応援、してくれませんか……っ?