終わらない寂しさ
終わらない寂しさ
「ツクツクボウシ、ツクツクボウシ……」夕暮れ時、庭の木から響くその声を聞くと、胸の奥がツンと痛むような、あの独特の寂しさが押し寄せてくる。子供の頃、この鳴き声は「もうすぐ夏休みが終わる」という明確なカウントダウンだった。
宿題のドリルはまだ残っていて、カレンダーを睨みつけながら焦る。楽しかった川遊びや、お祭りの出店の灯りが、遠い幻のように思えてくる。あの焦燥感と寂しさが混ざり合った感情は、私の子供時代を彩る夏の終わりそのものだった。
不思議なのは、大人になり、あの頃のような「夏休み」がなくなって久しい今でも、全く同じ寂しさが胸を去らないことだ。
ベランダで洗濯物を取り込んでいる時。買い出しの帰りにふと夕空を見上げた時。日常の何気ない瞬間にあの声を耳にしただけで、私の心は一瞬にしてあの頃の夕方に引き戻される。
まだ帰りたくなくて、泥だらけの靴で夕日を背に歩いていた、あの寂寞とした空気感の中に。なぜ、この感情はいつまでも消えないのだろう。
大人にとっての季節の移り変わりは、淡々と過ぎていく日めくりカレンダーのようなものだ。それなのに切なくなるのは、ツクツクボウシの響きが、かつて持っていた「無限に続くと思えた時間」の記憶を呼び覚ますからかもしれない。夏の光はあまりに眩しく、生命力に満ちている。
だからこそ、それが去りゆく気配を感じた時、私たちは失うことの切なさを本能的に思い出す。今年もまた、ツクツクボウシが鳴いている。
大人になってもこの寂しさを感じられるということは、日々の暮らしの中で心がまだ、あの頃のみずみずしい感性を失っていない証拠なのだろう。
そう思うと、この不思議な切なさも、少しだけ愛おしく思えてくる。


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