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今こそ観よう『世界名作劇場』① 〜【母をたずねて三千里】に見る覚悟と礼節〜

少子高齢化が進み、安全性や利便性が重視されるようになった現代日本。

我が子が転ばないように先回りし、失敗しないように先回りし、傷つかないように先回りする。

もちろん大人が子供を守ること自体は大切なことだ。

しかし、人間は失敗から学び、痛みから学び、ときに遠回りをしながら成長する生き物でもある。

僕には近年、そうした経験そのものを避けることが、あたかも正義であるかのような風潮に違和感を感じる。

自分がやられて嫌だったことは他人にはしない。

他人の気持ちを想像する。

本来そうした当たり前の人間性でさえ、失敗や挫折を経験する中で少しずつ育まれていくものではないだろうか?

ところが近年、子供たちからその機会すら奪われつつあるように思えてならない。

そんな今だからこそ、僕たちがもう一度襟を正して観直すべき不朽の名作がある。

単なるノスタルジーや涙を誘う感動巨編として片付けるにはあまりにも惜しい。

そこには、現代人が見失いつつある生き方の根幹でもある「腹を括る覚悟」と「筋を通す礼節」が、これでもかと泥臭くリアルに描かれているからだ。

記念すべき第1回は、1976年に放送された不朽の名作『母をたずねて三千里』を、大人の、そして挑戦を続ける男の視点から深く解剖していきたい。


1.悲劇の幕開け【美しき志と、非情な現実】

物語の主人公、イタリアの港町ジェノバに暮らす9歳の少年マルコ。

そもそも、なぜ彼のお母さん(アンナ)は、はるか彼方の南米・アルゼンチンへ単身出稼ぎに行かなければならなかったのか?

そこには、マルコの父親が抱いていた「高潔な志」があった。

お父さんは、貧しい人々でもまともな医療サービスを受けられるようにしたいという、利益度外視の診療所事業に情熱を燃やしていた。

幼いマルコにとって、日々の生活を困窮させるお父さんのやり方に、割り切れない納得のいかない瞬間もあったかもしれない。

しかしマルコは、父親が誰よりも立派な志を持ち、誰よりも優しく家族を愛していることを深く理解していた。

だが、現実はどこまでも非情である。

診療所のスポンサーになってくれるはずだった人物が急遽辞退したことで、一家の財政は急転直下。

志した事業資金を捻出し、何より大切な家族を守るため、お母さんは知り合いのツテを頼ってアルゼンチンへの出稼ぎを決意する。

これが、あまりにも過酷な「三千里(約12000キロ)」に及ぶ長い旅の引き金となった。


2. 途絶えた便り、そして動き出す少年のバイタリティ

最初は定期的に届いていたお母さんからの仕送りと手紙が、ある日を境にぷっつりと途絶えてしまう。

何がどうなったのか、お母さんの身に一体何が起きたのか。

不安と心配で胸が張り裂けそうになりながらも、マルコの一家はただ泣き寝入りして待つようなタマではなかった。

兄のトニオは、自分の夢であった鉄道関係の仕事に就き、僅かながらも家計を助けようと必死に動き出す。

そして小学生のマルコもまた、兄に負けじと自分の力で稼ぐ道を探し始める。

最初に見つけたのは牛乳瓶の洗浄の仕事だった。

しかし、時代の波か、洗浄機械の導入によってその仕事はいとも簡単に失われてしまう。

ここで決して腐らないのがマルコの真髄だ。

彼は先輩の誘いを受け、今度は一緒にアイスクリーム屋さんを始める。

この旺盛なバイタリティと行動力には、現代を生きる我々大人も学ぶべきではないだろうか?

すべては「少しでもお金を貯めて、自分の足でお母さんをアルゼンチンへ探しに行く」という、明確で強固な目標があったから。

とても9歳の少年とは思えないほどの、覚悟と実行力だ。


3.子供の覚悟が大人を動かす【港町ジェノバの奇跡】

しかし、子供の小遣い稼ぎのような労働では、地球の裏側へと渡る莫大な渡航費には到底足りない。

焦るマルコは、ついにアルゼンチン行きの船に密航するという、あまりにも無鉄砲な作戦に打って出る。

当然、作戦は見つかり、マルコは船内で捕らえられてしまう。

だが、ここからが彼の「覚悟」の見せ所だ。

捕まったマルコが、涙を流しながらも「お母さんに会いたい、そのためにここへ来たんだ」という命懸けの想いをぶつけた時、船の大人たちの目の色が変わった。

船長や料理長、そしてクルーたちは、マルコの生半可ではない目つきと本気の覚悟を認め、「お前もここで働くなら、乗せてやろう!」と男気を見せてくれたのだ。

こうしてマルコは、コソコソとした密航者ではなく、一人の労働者として堂々とジェノバの港を出港することになる。

本気の覚悟は、時に冷徹な大人のルールさえも根底からひっくり返す力があるのだ。


4. 利害渦巻く南米での旅と、極限のサバイバル

命からがらアルゼンチンへ到着したマルコを待っていたのは、さらなる絶望だった。

お母さんの仕送りが滞っていた真の理由は、仲介人だった知り合いのイタリア人が、お母さんの給料をすべて横領してドロンしていたという、あまりにも醜い大人の裏切りだった。

お母さんは生きるために別の働き口を探してさらに遠くへと移動しており、定かな情報はなかなか手に入らない。

異国の地で一銭もなくなり、挙句の果てにはスリに全財産を盗まれるという散々な目にも遭う。

それでもマルコは諦めなかった。

なぜなら、行く先々で出会うイタリア人コミュニティの人々や、旅芸人のペッピーノ一座など、多くの温かい「人情」に支えられていたからだ。

どれだけ理不尽な目に遭っても、マルコは決して人間不信に陥らず、助けてくれた人々への感謝と正しい礼節を崩さなかった。

旅の後半は、まさに極限のサバイバルだった。

苦楽を共にしてきたロバの『婆さま』との悲しい別れ。

夜の荒野でジャガーに襲われる恐怖。

靴は破け足は血に染まり、食べるものにも困る日々、精神的にも肉体的にも限界を遥かに超えながら、マルコはペットのアメデオと共に、お母さんの影を追い続けた。


5.命の灯火、そして「信頼」を紡ぐお礼行脚

長い放浪の果て、マルコはついに修道女の助けを得て、お母さんが身を寄せるトゥクマンのメキーネスさんの家を突き止める。

しかし、その時お母さんは重い病に倒れ、心労も重なって命の灯火は今にも消え入りそうだった。

もしもマルコの到着があと1日遅れていたら、お母さんはそのまま帰らぬ人となっていただろう。

間一髪で母の命を救ったのは、諦めなかったマルコの執念と、居場所を教えてくれた修道女さんの優しさだった。

奇跡的に回復したお母さんを連れて、そのままジェノバへ帰る・・・普通の物語ならそこで大団円だ。

しかし、マルコの旅物語が本当に美しいのはここからである。

彼はジェノバに帰る前に、アルゼンチン国内でお世話になった人々のもとへ、お母さんを連れて「お礼行脚」に回ったのだ。

元気に回復したお母さんの姿を見せ、しっかりと頭を下げて感謝を伝える。

このあまりにも律儀で、筋の通ったマルコの行動こそが、旅の途中で生まれた一過性の絆を「本物の信頼関係」へと昇華させた。

受けた恩を絶対に忘れないという礼節が、さらなる優しさのバトンタッチを生むのだと、彼の小さな背中が教えてくれる。

実は、このマルコのお礼行脚の姿は、私自身の人生における最大の原点でもある。かつて私が旅行会社に勤務し、毎月1000台から1500台もの大型観光バスを動かして文字通り不眠不休で駆け回っていた時代、私を支え、助けてくれた全国各地の多くの人々がいた。その時にいただいた大恩を、私は今でも片時も忘れたことはない。マルコがアルゼンチンの大地でお世話になった人々を訪ね歩いたように、私もまた、人生とビジネスの至る所で「助けてくれた人々への恩返し」を愚直なまでに続けてきた。私が『絶対に他人を裏切らない』と心に決めて生きている不骨な哲学の種は、間違いなくこのマルコの姿によって私の魂に植え付けられたものなのだ。


【結論】彼をマザコンと呼ぶな!男の原点がここにある。

この作品を表面だけ見て「単なるマザコン少年の旅物語」と揶揄する者がいるかもしれないが・・・

僕は声を大にして言いたい。

「今すぐ作品を観直してこい!」と。

あの9歳の少年が見せた凄まじいバイタリティと、腹を括った覚悟は、失敗や責任を過度に恐れるようになった現代の我々大人に真似できるだろうか?

困難に直面した時に言い訳をせず、泥をかぶってでも前に進む強さ。

臨機応変に知恵を絞る力。

そして、どれだけ自分が苦しくても、他者への感謝と礼節を忘れない美しい精神。

それこそが、人間が過酷な世界を生き抜くための最強の武器であり、美徳なのだ!

偉そうに語る僕も、実はこのマルコのスピリットに血肉を育てられた一人である。

幼稚園児だった頃の僕は、再放送されていたこの作品から溢れる『マルコのバイタリティ』に突き動かされ、神戸市北区の花山から、兵庫区の新開地まで、一人で電車に乗って3年間、苦もなく幼稚園に通い続けることができた。

あの時の、僕の小さな胸に宿っていた原動力の正体こそ、マルコが見せてくれた「自分の足で歩く覚悟」だったのだと、今になって強く確信している。

当時観たこの作品こそが、僕の人生の原点の一つになっていると言っても過言ではない。

忘れてしまった情熱と、人情の美しさを取り戻すために。

子供たちを信じて挑戦させる勇気を、大人自身が思い出すために。

今こそ、僕たちはマルコの旅路からもう一度学ぶべきではないだろうか?

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