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現代のエロ動画は異常だ!狂気だ!

——人類史上最大の超正常刺激があなたの脳を壊している

人類の歴史において、これほどまでに男性の性衝動が「外部から」操作されている時代はなかった。

スマートフォンを開けば数秒で無数の女性の裸にアクセスできる。それも無料で、際限なく、匿名で。

この「当たり前」になった環境が、実は人類史上一度も存在しなかった狂気の異常事態であることに、どれだけの人が気づいているだろうか。


ハーレムの王様より「恵まれている」現代の男性という、笑えない皮肉

歴史上最もモテた男性を想像してほしい。

古代の王族、ハーレムを持つスルタン、数百人の側室を抱えた皇帝——彼らでさえ、生涯で実際に目にした女性の裸の数は、現代の平均的な男性がエロ動画サイトを一週間ブラウジングする量にすら及ばない。

チンギス・ハンは数千人の子孫を残したと言われるが、それでも彼が「見た」女性の数は有限だった。

では江戸時代の大奥はどうか。
将軍専用の女性たちが数百人集められた、日本史上最大のハーレム施設だ。徳川将軍たちはさぞかし恵まれた性生活を——と思いきや、エロ動画には全く勝てない。

大奥に集められた女性は多くても数百人。
しかも全員が「実際に会える」女性だ。
多様な人種はいない。
熟女から10代まで年齢の幅も限られている。
マニアックなプレイのバリエーションもない。

現代のエロ動画サイトには、将軍が生涯かけても見られない量の、将軍が想像すらできなかった多様性と過激さが、今この瞬間も無限に追加され続けている。

徳川吉宗も真っ青だ。

さらに言えば、2chなどで謎の人気を誇る「校長」という伝説の人物がいる。
フィリピンで売春をしまくった記録として語り継がれるこの人物の生涯の「実績」は、驚異の12,660人とされている。

12,660人。

これは確かに人類の限界に挑んだ数字だ。
「校長」はある意味で、人類史上最も多くの女性と性的接触を持った男性の一人かもしれない。

しかし現代のエロ動画ヘビーユーザーは、その12,660人をあっさりと「視聴」という形で超えてしまう。

しかも無料で。しかも部屋から一歩も出ずに。

「校長」が生涯をかけてフィリピンで積み上げた記録を、現代の男性はパジャマのまま一週間で超える。

これが異常でなくて、何が異常なのか。

昭和の男たちはエロのために命をかけていた

現代の若い男性に伝えたいことがある。

あなたがスマートフォンをタップして0.3秒で手に入れているものを、かつての男たちは血と汗と羞恥心を代償に、命がけで獲得していた。

これはそんな男たちへの、鎮魂歌である。

昭和の男子小学生にとって、最初のエロとの出会いは計画的なものではなかった。偶然だった。

粗大ゴミの日、近所のゴミ捨て場に捨てられた雑誌の山の中に、それはあった。
誰かが捨てたビニ本、あるいは週刊誌のグラビアページだけが丁寧に切り取られたもの。
発見した少年は、周囲を確認し、素早くそれをズボンのウエスト部分に押し込み、何事もなかったかのように帰宅した。

心臓が口から出るかと思うほど鼓動していた。

ゴミ捨て場は、昭和の少年にとって図書館だった。

少し成長すると、ターゲットは「兄の部屋」になった。
兄が学校に行っている時間を狙って少年は侵入する。

目的はひとつ。押し入れの奥、本棚の裏、マットレスの下。

発見したとき、少年は宝を見つけた冒険家のような興奮を覚えた。
しかし同時に、タイムリミットとの戦いでもあった。
兄が帰ってくる前に、元の場所に完璧に戻さなければならない。

角度、向き、重なり順、すべてを記憶して復元する。

この経験が、昭和の男子に「細部への注意力」と「現状回復能力」を鍛えさせた。ある意味で、優れた教育だったとも言える。

深夜テレビには「11PM」「トゥナイト」「ギルガメッシュないと」という神番組があった。
地上波で女性の裸に限りなく近い映像を流すという、当時としては信じられない存在だった。

しかし視聴するためには、親が寝るのを待つ必要があった。

深夜0時を過ぎ、親のいびきを確認してから、音量を最小にしたテレビのスイッチをそっと入れる。

しかし最大の敵は親ではなかった。自分の睡魔だった。

待ちくたびれて寝てしまい、番組が終わった後に目が覚める。
そういう少年が、日本中に何百万人いたことか。
エロのために戦い、エロの前に散っていった勇者たちだ。

そしてブロック崩しゲームで女性の衣服を少しずつ脱がしていく、あのゲームを覚えているだろうか。

ブロックをひとつひとつ丁寧に崩し、少しずつ、少しずつ服が脱げていく。最後まで到達するのに何十分もかかる。
集中力と忍耐力を要する、ある意味で非常に教育的なゲームだった。

現代のエロ動画サイトでは、クリックした瞬間にすべてが全開で始まる。

ブロック崩しの、あの緊張感と達成感は、もう二度と味わえない。

レンタルビデオ店の「暖簾」という人類史上最大の試練

平成に入り、レンタルビデオが普及した。

成人コーナーは例外なく、店の奥に設置されていた。入口には暖簾。

この暖簾をくぐる行為が、当時の男性にとって人生における「通過儀礼」だった。

暖簾の前に立つ。左右を確認する。知り合いがいないか確認する。もう一度確認する。深呼吸をして、暖簾をくぐる。

暖簾の向こうには、同じ目的で来た見知らぬ男性たちがいた。全員が無言で、全員が真剣な表情で棚を見つめていた。誰も目を合わせなかった。それが暗黙のルールだった。

タイトルと女優名を確認し、テープを手に取り、レジへ向かう。

レジでは当然、店員と目が合う。バーコードをスキャンする音がやけに大きく聞こえる。

「ありがとうございました」

この「ありがとうございました」を、いったい何に感謝されているのか考えながら帰宅した男性が、日本中に何百万人いたことか。

そしてもうひとつの試練。テープには「巻き戻し」が必要だった。

エロ動画を見た後、律儀に巻き戻しをする男性たちの背中に、なんとも言えない哀愁がある。

ピーガガガという接続音と、画像の「降臨」を待ち続けた男たち

1990年代後半、インターネットが家庭に普及し始めた。

接続ボタンを押すと、モデムが「ピーガガガガ……キュイーン……」という音を発する。この音が深夜の家の中では驚くほど大きく響いた。

少年たちはモデムにタオルをかぶせた。
布団の中に入れた。枕で押さえた。
接続音を消すための創意工夫が、平成の少年たちの知恵を鍛えた。

ようやく接続できると、次の試練が待っていた。画像のダウンロードだ。

上から少しずつ表示されていく。最初の数秒は空の青さだけ。次第に肩が現れ、胸元が現れ——

そこで電話が鳴る。

「繋がらない」と家族が部屋に来る。少年は素早くウィンドウを最小化し、「ちょっと調べ物してた」とだけ答えた。

この「素早いウィンドウ最小化」の反射速度を、平成の少年たちは真剣に鍛えた。
オリンピック種目になっていれば、日本は金メダルを量産していたはずだ。

そしてここで重要な事実を指摘しておきたい。

インターネットがこれほど爆発的に普及したのは、なぜか。

便利だから?情報が手に入るから?メールができるから?

違う。

エロがあったからだ。

「ピーガガガ」という地獄の接続音に耐え、何分もかけて画像をダウンロードし、家族に見つからないよう必死で履歴を消し続けた男性たちの執念が、インターネットインフラの需要を押し上げた。

「もっと速い回線が欲しい」「もっと大容量のサーバーが欲しい」——その切実な需要の相当部分がエロによって生み出された。

インターネット文明の礎には、世界中の男性たちの「ピーガガガ」への恨みと執念が刻まれている。

そして2008年——すべてのコストが消えた日

iPhoneが普及し、スマートフォンが当たり前になった。

ゴミ捨て場を漁る必要はなくなった。暖簾をくぐる必要はなくなった。
ピーガガガに耐える必要はなくなった。
ウィンドウを最小化する必要はなくなった。
巻き戻しをする必要はなくなった。
ブロック崩しで何十分も粘る必要はなくなった。

すべてのコストが、すべての羞恥心が、すべての待ち時間が、消えた。

ゴミ捨て場の1枚の雑誌には、何十億本というエロ動画には絶対に生み出せない「希少性」があった。
昭和の少年たちの脳は、その希少性によって守られていた。

ピーガガガという接続音が、実は守ってくれていたのかもしれない。

「超正常刺激」という概念——カモメは偽物の卵を本物より愛する

動物行動学者ニコ・ティンバーゲンが発見した「超正常刺激」という現象がある。

カモメは実際の卵より大きく、より鮮やかな色の「偽物の卵」を置くと、本物の卵を捨ててまで偽物の卵を温めようとする。
本能を刺激するシグナルが「強すぎる」と、動物はそちらに引き寄せられ、本来の行動を失ってしまう。

現代のエロ動画はまさにこの「超正常刺激」だ。

多様な人種。あらゆる年齢層。考えつく限りのシチュエーション。
マニアックなプレイのバリエーション。
そして現実の性行為では絶対に起こらない展開。

大奥でも「校長」でも、絶対に実現できなかった多様性が、スマートフォンの画面の中に詰め込まれている。

脳はこれに対して「これが現実だ」と学習し始める。
そして本物の現実が、物足りなくなる。

これが狂気の本質だ。

一番ヤバいのは「総集編」という名の純粋な超刺激だ

エロ動画の中でも特に危険性が高いコンテンツがある。

「総集編」「ハイライト集」と呼ばれる編集動画だ。

通常のエロ動画にも「退屈な部分」がある。
しかし総集編はそれを徹底的に排除し、あらゆる動画の「最もインパクトの強い瞬間」だけを数十分に凝縮している。

これは麻薬で言えば、純度を極限まで高めたものだ。

視聴後、現実のあらゆる刺激がひどく色褪せて感じられる。
食事が美味しくない、趣味が楽しくない、会話が退屈——これは比喩ではなく、脳内の報酬回路が実際に変化している状態だ。

普通の喜びでは満足できなくなる。
これを依存症の研究者たちは「快感閾値の上昇」と呼ぶ。

自慰行為そのものより深刻な問題——自分の手より締まりのきつい膣はほとんど存在しない

ここで、あまり語られない不都合な真実を話さなければならない。

自慰行為における「刺激の問題」だ。

生物学的な事実として、自分の手による刺激は、現実の性行為における刺激より強い場合がほとんどだ。
自分で緩急をつけられる。圧力を自在に調整できる。
そして現実の膣の締まりより強い刺激を、自分で作り出せてしまう。

これだけでも既に問題なのに、現代の男性はそこにエロ動画という超正常刺激を組み合わせている。

視覚からの超刺激と、触覚からの超刺激を、同時に脳に叩き込んでいる。

現実の性行為では、絶対にこの組み合わせは再現できない。

リアルなパートナーは「最も都合のいい瞬間だけを凝縮した総集編」ではない。前置きがあり、ぎこちなさがあり、コミュニケーションが必要で、相手の気分もある。

脳はエロ動画と自慰の組み合わせに最適化された後、現実のセックスを「なんか物足りない」と感じ始める。

これは相手の問題ではない。
自分の脳が、現実には存在しない刺激の組み合わせに慣らされてしまった結果だ。

「オナ禁」ブームの大きな勘違い——本当に必要なのはエロ動画禁止だ

近年、「オナ禁」が流行している。テストステロンが上昇する、自信がつく、女性にモテる——様々な効果が語られ、挑戦する男性が後を絶たない。

しかし根本的な勘違いがある。

自慰行為そのものは、人類が少なくとも数万年前から行ってきた、極めて自然な行為だ。古代エジプトの神話にも自慰の描写がある。1万年前の人間もやっていた。

問題は自慰行為ではない。問題は「何を見ながら」行うかだ。

そしてオナ禁で報告される効果のほとんどは、実はエロ動画を見なくなることによる効果だと考えられる。
禁欲期間中はエロ動画も見なくなるケースがほとんどだからだ。

つまり「オナ禁の効果」として語られているものの大部分は、正確には「エロ禁の効果」だ。

オナ禁に励む男性が本当に取り組むべきなのは「エロ動画禁止」だ。
自慰行為を我慢することに意識を集中させても、エロ動画へのアクセスが続く限り、脳の報酬回路は書き換えられ続ける。

あなたのフェチは、本当に「あなたのもの」か

ひとつ、正直に答えてほしい。

今あなたが「これで興奮する」と思っているもの。
それは本当に、あなたが元々持っていた欲求なのか。

こんな経験はないだろうか。

元々ロリコン的な幼児体型が好きだと思っていたのに、いつの間にか熟女動画を熱心に探している。
あるいは高身長の女性が好きだったはずなのに、気づいたら低身長系のカテゴリを掘り下げている。
ある特定の人種に興味があったのに、全く別の人種のカテゴリにハマっている。

「で、結局俺は何が好きなんだ?」

これは冗談のような話だが、エロ動画依存の男性が実際に経験する「自分の性癖迷子」状態だ。

本来の自分の性的嗜好が、エロ動画のアルゴリズムに引きずり回されて、どこにあるのかわからなくなっている状態だ。

初めてエロ動画を見たときのことを覚えているだろうか。
おそらく、ごく「普通の」映像だった。
それだけで十分すぎるほど興奮した。

あのときの自分に、今自分が見ているものを見せたらどうなるか。

たぶん、引く。

この変化は、あなたの意志で起きたものではない。

エロ動画には「底」がない——なぜ普通の男性が信じられない場所にたどり着くのか

エロ動画サイトのアルゴリズムは、ユーザーを「もう一本だけ」見させ続けることだけを目的として設計されている。

そしてアルゴリズムが「次のおすすめ」として提示するのは、常に今見たものより「少しだけ」刺激が強いものだ。

一気に10段飛ばしの階段を見せられたら気づく。
しかし一段ずつなら気づかない。
足元を見ずに降り続け、気づいたときには地上がどこにあるかわからなくなっている。

人間の脳の報酬回路には、性的刺激に対する「上限設定」が存在しない。
食欲には満腹感という上限がある。
睡眠欲には眠れなくなるという上限がある。
しかし性的刺激への欲求には、生物学的なストッパーがない。

満腹になる胃袋がない状態で、無限のバイキングの前に座らされているようなものだ。
食べ続けるしかない。そして出てくる料理は、どんどん濃くなっていく。

これを「そこまで行く人間は最初からおかしい」と思ってはいけない。
十分な時間と刺激があれば、普通の脳を持つ普通の男性が、普通にたどり着く。それがアルゴリズムの設計通りの結果だ。

「複数同時挿入」はなぜ人気カテゴリなのか——現実でやっている人間はほぼいないのに再生数だけは億を超える矛盾

世界最大級のエロ動画サイトの「最も再生されたカテゴリランキング」に、毎年必ずランクインするカテゴリがある。

複数の穴への同時挿入という行為だ。再生数は億単位だ。

さて問いを立てる。

現実世界で、これを実際にやったことがあるカップルは何パーセントいるのか。

答えは、人口の数パーセント以下だ。
「積極的にやりたいと思っている」人間となると、さらに少ない。

現実でやっている人間はほぼいない。やりたいと思っている人間も元々は少数派のはずだ。しかし再生数は億を超える。

この矛盾を説明できる仮説はひとつしかない。

見ている人間の大多数は、元々そういう嗜好を持っていたわけではない。
エスカレーションの末に、そこにたどり着いた人間がほとんどだということだ。

あなたは生まれて初めてエロ動画を見た日、このカテゴリを検索したか。

していない。

全員が、どこか別の「普通の場所」からスタートして、時間をかけてそこに流れ着いた。

川に流されておいて「俺は自分の意志でここに来た」と言うようなものだ。

10代のセックスが変わっている——エロ動画が「性教育」になった世界で、普通のセックスでは興奮できなくなっている

かつて人間の性行為の「学習」は、試行錯誤とコミュニケーションの中で行われていた。

今、10代の若者の多くにとって最初の「性教育」はエロ動画だ。

そこで描かれる性行為は、演技であり、編集されたエンターテインメントだ。
痛みは映されない。
相手の感情は無視される。
激しく、一方的で、過激な描写が「標準」として刷り込まれる。

そして深刻な問題がここに加わる。

エロ動画で脳を鍛え上げた若者が、初めて現実のセックスをしたとき、こう感じるのだ。

「あれ、なんか思ってたのと違う」

当たり前だ。現実のセックスは、総集編ではない。
相手には感情があり、体には限界があり、シチュエーションには制約がある。
普通のセックスが「物足りない」と感じるように脳が最適化されてしまっているのだ。

一部の国では10代の性行為においてアナルセックスを行う割合が著しく増加しているという調査結果がある。
これはエロ動画が普及する以前にはほぼ見られなかった傾向だ。

これは若者の「性的進化」ではない。エロ動画による「性的感覚の狂い」だ。

普通のセックスでは刺激が足りなくなり、より過激なプレイを求める。
しかし現実のパートナーはエロ動画の出演者ではない。
ここに深刻な断絶が生まれる。

「規格外の身体」という罠——現実のパートナーへの見えない破壊

エロ動画に登場する身体は、現実の平均値から大きく外れている。

外科的に増大された胸、特定の誇張された体型、現実には極めて稀な身体的特徴——これらが「標準」として繰り返し提示される。

脳はこれを学習する。

現実のパートナーの身体が、脳の「歪んだ標準値」と照合され始める。
そして「違う」という信号が出る。

これはあなたが「女性を性欲目的でしか見ていない」わけではない。
そうではなく、脳の比較回路が現実から乖離してしまっているのだ。
これは全く別の話だ。

あなたの感覚がおかしいのではなく、比較するための「標準値」が、エロ動画によって完全に狂わされているのだ。

もしエロ動画が世界から消えたら——日本の婚姻率は上がるのか

これは不可能な話だ。しかし思考実験として価値がある。

エロ動画が消えた瞬間、世界中の男性がスマートフォンを手にしたまま固まる。いつものアプリを開く。消えている。別のサイトを試す。消えている。

48時間後、男性たちはゆっくりと外に出始める。行き先は特にない。ただ手持ち無沙汰だ。

コンビニに行く。公園を歩く。カフェに入る。

そこには女性がいる。画面の中ではなく、実際に存在する、生身の女性が。

「あ、世界にはリアルな女性がいたんだ」と男性たちは気づく。

1ヶ月後、婚活アプリの登録者数が急増し始める。
6ヶ月後、脳の報酬回路がリセットされ始め、街を歩く普通の女性が以前よりずっと魅力的に見え始める。

日本の婚姻率と出生率は上がるのか。上がる可能性が高い。
ただし劇的な変化ではない。経済問題や育児コストという別の壁が残っているからだ。

しかし確実に変わることがひとつある。

男性のエネルギーの「向き先」が変わる。

昭和の男たちがゴミ捨て場を漁り、暖簾をくぐり、ピーガガガの接続音と格闘しながら、それでも結婚して子供を作っていたのは、そのエネルギーに「他に向かう場所がなかった」からでもある。

エロ動画という「完璧な出口」が消えたとき、人間は不完全でも、面倒でも、傷つくこともある「現実の他者」に向かっていく。

あなたの脳に、誰かが無断で書き込んだ

エロ動画サイトの運営会社は、あなたの脳の報酬回路を研究し尽くした上で、あなたをより深く、より長く、より過激なコンテンツに引き込むためのシステムを設計した。

あなたはそのシステムの存在を知らないまま、スマートフォンを開いた。

これは泥棒が家に忍び込んで、家具を少しずつ入れ替えていくようなものだ。毎日少しずつ変えるから気づかない。
しかしある日、見回してみると、自分の家なのに見知らぬ家具だらけになっている。

あなたの脳に、あなたの許可なく、誰かが書き込んだ。

決定的な証拠がある。

エロ動画をやめた男性たちの多くが「数ヶ月経ったら、あれだけハマっていたカテゴリへの興味が自然と消えた」と報告している。

本当に生まれつきの性癖であれば、刺激を断っても消えない。
しかし後天的に書き込まれたものは、刺激を断てば静かに消えていく。

消えたということは、最初からあなたのものではなかったということだ。

「本来の自分」はどこに消えたのか——そしてどうやって取り戻すか

エロ動画を見始める前の自分を、思い出せるだろうか。

好きな人が隣に座っただけで、心臓が痛いくらい鼓動した。
好きな人の手が偶然触れただけで、その感触を一週間覚えていた。
街で見かけた女性のちょっとした笑顔に、一日中頭の中を占領された。

それが「本来の性的感受性」だ。

その感受性は、消えたわけではない。エロ動画という爆音の下に、埋もれているだけだ。

爆音の中では、囁き声は聞こえない。
しかし爆音が消えれば、囁き声はちゃんとそこにある。

エロ動画をやめた男性の多くが数ヶ月後に言う。
「街を歩く普通の女性が、以前より遥かに魅力的に見えるようになった」「現実のパートナーへの愛おしさが突然戻ってきた」「食事が美味しくなった、音楽が心に刺さるようになった」と。

昭和の男たちは、ゴミ捨て場で雑誌を拾い、暖簾をくぐり、ピーガガガと格闘しながら、それでも現実の女性に本気で恋をしていた。
デートのために一ヶ月分のバイト代を貯めた。告白のために手紙を何度も書き直した。振られたとき、本気で泣いた。

あの感覚は、まだあなたの中にある。

最後に——これは道徳の話ではなく、脳科学の話だ

この記事で伝えたいことは、エロ動画が「悪いもの」だという道徳的な話ではない。

これは純粋に、神経科学と進化生物学の話だ。

あなたの性欲は正常だ。あなたの脳も正常だ。
ただ、それが「人類史上存在しなかった狂気の環境」に晒されているだけだ。

エロ動画をやめることは、意志力の話ではない。環境を変えることだ。

アプリを削除し、サイトをブロックし、スマートフォンを部屋の外に置いて寝る。それだけでいい。

昭和の男たちが、ゴミ捨て場の雑誌一枚でなんとかやっていたように、人間の脳は本来そのくらいの刺激で十分に機能するように設計されている。

隣を歩く女性の横顔。好きな人が笑ったときの目の細め方。それだけで十分すぎるほど、人間の本来の脳は反応するように設計されている。

ブロック崩しで女性の服が脱げていくのを、固唾を飲んで待っていたあの少年のように。

あなたの「本来の感受性」は、まだそこにある。

エロ動画という騒音が消えたとき、それは静かに、確実に戻ってくる。


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