はじめてのnote ④─AIと一緒に記事を書くって、どういうこと?
AIと記事を書く。
そう言うと、
「AIに書かせている」
と思われるかもしれない。
でも、本当は少し違う。
AIと書くというのは、
自分の中にある、まだ言葉になっていないものを、外に出していく作業に近い。
自分ひとりで考えていると、
頭の中で同じところをぐるぐる回る。
「これでいいのかな」
「何が言いたいんだろう」
「そもそも記事になるのかな」
そうやって、
書く前に止まってしまうことがある。
でもAIに投げると、
いったん言葉が返ってくる。

その言葉を見て、
初めてわかる。
「あ、これは違う」
「そこじゃない」
「本当に言いたかったのは、こっちだ」
つまりAIは、
正解をくれる存在ではない。
むしろ、
自分の違和感を浮かび上がらせてくれる存在なのだと思う。
AIが出した文章を見て、
そのまま使うこともある。
でも多くの場合、
そこから始まる。
直す。
消す。
言い換える。
怒る。
笑う。
首をかしげる。
🐱「違うにゃ。もっと人間くさいにゃ」
🐻❄️「人間じゃなくて、ねこだけどね」
🐱「そこはいいにゃ🐾」
AIと書くというのは、
楽をすることではある。
でも、
何もしなくていいという意味ではない。
むしろ、
自分が何を大事にしているのか、
何に引っかかっているのか、
どこに本音があるのか、
前より見えてしまう。
だから時々、疲れる。
便利なのに、疲れる。
それはたぶん、
AIが文章を作っているようで、
実際には自分の中身を掘り起こしているからだ。
AIは、
「それっぽい文章」をすぐ作る。
でも、
それっぽいだけでは届かない。
そこに、
自分の体温が入っているか。
自分の失敗が入っているか。
自分の迷いが入っているか。
自分の言葉として、
ちゃんと責任を持てるか。
そこを見ないまま出すと、
たぶん読んだ人にはわかる。
AIと一緒に書く時、
いちばん大事なのは、
AIを信用しすぎないことかもしれない。
でも、
疑いすぎても進まない。
だから、ちょうどいい距離で使う。
相棒だけど、先生ではない。
道具だけど、ただの道具でもない。
鏡だけど、全部を映す鏡でもない。
AIがいることで、
書けなかった人が書けるようになる。
考えていたことを、
形にできるようになる。
誰にも言えなかった気持ちを、
そっと文章にできるようになる。
それは、すごいことだと思う。
でも同時に、
AIがあるからこそ、
「自分は何を言いたいのか」から逃げられなくなる。
AIと一緒に記事を書くということ。
それは、
AIに自分の代わりをさせることではない。
自分の中にあるものを、
AIと一緒に見に行くこと。
そして最後に、
「これは私の言葉です」
と言える形まで、
ちゃんと連れて帰ってくること。
🐻❄️「じゃあ、AIは何をしてるの?」
🐱「道案内にゃ🐾」
🐻❄️「書いてるのは?」
🐱「最後は、わたしにゃ🐾」
🐻❄️「そこ大事だね」
🐱「大事にゃ」
🐱「AIと一緒に書いても、自分が消えたら意味がないにゃ🐾」
たぶん、
AIと書く時代に必要なのは、
AIを使う技術だけじゃない。
自分の違和感を信じる力。
自分の言葉に戻す力。
そして、
便利さの中で、自分を手放さない力。
それが、
AIと一緒に記事を書いていく、
ということなのかもしれないにゃ😸

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