飛鳥・藤原物語:第5話 蘇我氏滅亡の日 ― 乙巳の変、日本最初のクーデター
645年、飛鳥の宮殿で歴史を変える事件が起こりました。
中大兄皇子と中臣鎌足は、なぜ蘇我入鹿を討ったのでしょうか。
「乙巳の変」は、日本最初のクーデターともいわれ、豪族中心の政治から天皇中心の国家へと向かう大きな転換点となりました。
第5話では、この劇的な事件の背景と、その後に始まる「大化の改新」への道を、史実に基づきわかりやすく物語としてお届けします。
西暦645年6月12日。
飛鳥の都は、いつもと変わらぬ朝を迎えていました。
宮殿では朝廷の重要な儀式、「三韓の使者」を迎える準備が進められ、多くの貴族たちが集まっています。

しかし、その中に、この日、日本の歴史を変える決意を胸に秘めた二人の男がいました。中大兄皇子。そして、中臣鎌足です。二人が狙っていた相手は、飛鳥で絶大な権力を握っていた蘇我入鹿でした。
聖徳太子の死後、蘇我氏はますます力を強め、入鹿は天皇をしのぐほどの権勢を誇るようになります。自らのために豪華な邸宅を築き、多くの豪族を従え、朝廷の人事までも思いのままに操りました。

さらに、自分に反対する皇族・山背大兄王を追い詰め、一族を滅ぼしたことは、多くの人々に大きな衝撃を与えます。
「このままでは、日本は蘇我氏の国になってしまう。」
そう考えた中大兄皇子と中臣鎌足は、密かに計画を練り始めました。

そして迎えた運命の日。儀式の最中、蘇我入鹿が宮殿へ姿を現します。緊張に包まれた空気の中、中大兄皇子は合図を送りました。物陰に潜んでいた刺客たちが、一斉に飛び出します。

しかし、あまりの緊張から最初は誰も動くことができませんでした。
その瞬間、中大兄皇子自身が剣を抜き、入鹿へ切りかかったと『日本書紀』は伝えています。混乱の中、刺客たちも加わり、蘇我入鹿は宮中で命を落としました。父・蘇我蝦夷は、この知らせを受けると、自ら屋敷に火を放ち、自害します。

こうして、数十年にわたって飛鳥の政治を支配してきた蘇我本宗家は、一日にして滅び去りました。この事件は「乙巳の変」と呼ばれ、日本史上初めて記録に残る本格的なクーデターとされています。
しかし、二人の目的は権力争いではありませんでした。
目指していたのは、豪族が国を支配する時代を終わらせ、天皇を中心とした新しい国家を築くことでした。乙巳の変の直後、中大兄皇子は政治改革に乗り出します。土地や人民を国家のものとし、地方の支配を見直し、新しい行政制度を整える――。

後に「大化の改新」と呼ばれる改革が始まったのです。
もっとも、近年の研究では、大化の改新は一度に完成した大改革ではなく、その後何十年にもわたって続いた国家づくりの始まりだったと考えられています。それでも、この日が日本の歴史の大きな転換点であったことは間違いありません。飛鳥の宮殿で流れた一滴の血は、日本という国家の未来を大きく動かしたのです。
次回、第6話「大化の改新は本当に改革だったのか」。
歴史の教科書で学んだ「あの改革」の真実に迫ります。
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監督:こう爺
お話とプロンプト:ChatGPT
画像と動画:Flow (Nano Banana 2)
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