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第一話 あと五日(後編)

道路が白く光っている。

ひまりは自転車にまたがった。

角を曲がったところで阪神電車が走っていった。

川に近づくにつれて、空が広くなった。

夙川沿いへ入ると、大きな木の下に影が続いていた。

そこだけ少し涼しかった。

ひまりはペダルを強く踏んだ。

美緒と奈々は、川沿いの木の下にいた。

少し離れたところに奈々のお兄ちゃんもいる。

「遅かったな」

美緒が言った。

「宿題しててん」

「終わった?」

「うん」

ひまりは少し考えた。

「だいたい」

奈々は地面を見ていた。

「なにしてんの?」

「石」

「石?」

「きれいなん探してる」

ひまりもしゃがんだ。

白い石を拾った。

「これ?」

奈々は見た。

「普通」

「じゃあ、これ」

「それも普通」

「全部普通やん」

「うん」

奈々が笑った。

ひまりも笑った。

三人でしばらく石を探した。

それから川のそばへ下りた。

水の上に出ている石を順番に渡った。

美緒が片足を滑らせた。

「あっ」

靴が水に入った。

ひまりと奈々が笑った。

「最悪」

美緒は濡れた靴を見た。

それでも脱がなかった。

木陰に戻った。

頭の上で蝉が鳴いている。

三人で地面に座った。

奈々が拾った石を並べた。

白いの。

灰色の。

少し赤いの。

しばらく誰も話さなかった。

「淡路島行ってん」

奈々が急に言った。

「いつ?」

「前」

「何したん?」

「海」

「何海?」

「知らん」

ひまりが笑った。

「海は海やん」

奈々がひまりを見る。

「ひまりも海行った?」

「須磨」

「クラゲおった?」

「おらんかった」

「クラゲ刺されたら痛いで」

「刺されたん?」

「刺されてない」

「なんで知ってるん?」

「お母さんが言ってた」

その話はそこで終わった。

美緒が濡れた靴を日に当てていた。

「うちも海行った」

「どこ?」

「白浜」

「パンダ?」

「海」

「ああ」

また静かになった。

ひまりは木の枝で土に丸を描いた。

「盆踊りも行った」

「一緒に行ったやん」

美緒が言った。

「あ、そうやった」

「青いやつ食べてたやん」

「蒼太は赤」

「知ってる」

「舌めっちゃ赤かってん」

美緒は「ふうん」と言った。

ひまりは枝で丸の中を塗った。

「ばあばの家も行った」

「どこ?」

奈々が聞いた。

「御影」

「御影ってどこ?」

「電車乗ったらある」

「遠い?」

ひまりは考えた。

「まあまあ」

「泊まった?」

「うん」

「何日?」

「一日」

奈々が石を一つ川へ投げた。

ぽちゃん、と音がした。

「明日も来る?」

美緒が聞いた。

「知らん」

「うち工作ある」

奈々が言った。

「何作るん?」

「貯金箱」

「まだ?」

「うん」

「間に合うん?」

奈々は指を折った。

「今日が二十七やろ」

二十八。

二十九。

三十。

三十一。

「まだある」

ひまりも指を出した。

五本。

朝に数えたのと同じだった。

木の影が長くなった。

川沿いを歩いていた親子が帰っていった。

犬を連れた人も見えなくなった。

来たときより、川の光が黄色くなっている。

美緒が言った。

「そろそろ帰ろかな」

奈々が空を見る。

「まだ明るいで」

「でも夕方やん」

「何時?」

「知らん」

三人とも分からなかった。

奈々がお兄ちゃんを呼んだ。

「もう帰る?」

兄は空を見てから言った。

「そろそろ帰った方がええんちゃう」

美緒が立ち上がった。

ひまりは地面に座ったままだった。

「もうちょっとおらん?」

「明日また来たらええやん」

美緒が言った。

ひまりは自分の指を見た。

朝は五本。

明日は四本。

「夏休み、もう終わるな」

美緒が自転車を起こしながら言った。

「まだあるで」

奈々が言った。

「ちょっとしかないやん」

「四日くらいある」

「今日入れたら五日ちゃう?」

「分からん」

二人とも、それ以上数えなかった。

「じゃあな」

美緒が自転車に乗った。

「また明日」

奈々も乗った。

ひまりも立ち上がった。

学校が始まったら、美緒とは毎日会える。

奈々とも会える。

でも、それとは別だった。

ひまりは自転車に乗った。

川沿いを走る。

木の影が途切れて住宅街へ入ると、夕方なのにまだ暑かった。

少し急いだ。

五時半を過ぎているのかは分からない。

家の近くまで来たところで、ひまりは自転車を止めた。

低い石垣から伸びた植え込みに、茶色いものがついていた。

蝉の抜け殻だった。

背中が割れている。

脚の先まで残っていた。

指で触ると軽い。

ひまりはしばらく見た。

それから葉っぱから外して、水筒のポケットに入れた。

自転車に乗る。

家に着いて玄関を開けると、お母さんの靴と蒼太の靴があった。

もう買い物から帰ってきている。

「ただいま」

台所からお母さんが顔を出した。

「おかえり」

ひまりは靴を脱ぎながら聞いた。

「今何時?」

お母さんが時計を見る。

「五時四十一分」

ひまりは手を止めた。

「……一分?」

「十一分」

「あ」

「五時半って言ったよな」

「何時か分からんかってん」

「分からんかったら早めに帰ってきたらええやん」

ひまりは黙った。

少し考えた。

「美緒がまだ大丈夫って」

言っていない。

「美緒ちゃんのせいにせんの」

すぐにばれた。

「……はーい」

「手洗ってき」

思ったより怒られなかった。

洗面所へ向かうと、蒼太がついてきた。

さっきまで泣いていたことは、もう忘れたみたいだった。

「なに持ってるん?」

水筒を指している。

ひまりは蝉の抜け殻を出した。

「セミ?」

「抜け殻」

蒼太は近くで見た。

「動かへんの?」

「動かへんで」

「触っていい?」

「壊さんといてな」

蒼太は人差し指で、抜け殻の背中をちょんと触った。

「かたい」

「うん」

「どこにおったん?」

「帰り道」

「いっぱいおった?」

「これだけ」

蒼太はもう一度触ろうとした。

ひまりは抜け殻を少し高く上げた。

「もうあかん。壊れそう」

「ぼくもほしい」

「自分で見つけたら?」

「明日探す」

「明日は知らんで」

「おねえちゃんも探して」

「いやや」

ひまりは抜け殻を持って自分の部屋へ行った。

机の端に置いた。

机の上には、夏休み新聞と、読みかけの本と、読書カードがある。

ひまりは読書カードを新聞の下に入れた。

壁のカレンダーを見る。

二十七日。

指で数えた。

二十八。

二十九。

三十。

三十一。

四日。

ひまりはもう一度数えた。

二十八。

二十九。

三十。

三十一。

やっぱり四日だった。

「ごはんやでー」

お母さんが呼んだ。

「はーい」

ひまりは蝉の抜け殻を机に置いたまま、部屋を出た。

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