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第五話 秋を売る(後編)

午後になると、店内は少し人が増えた。

美咲が棚の商品を整えていると、親子連れが入ってきた。

母親と、小学校低学年くらいの女の子だった。

母親はすぐに服を見始めた。

女の子は、その後ろを退屈そうについて歩いている。

しばらくして母親が言った。

「帰ったら明日の用意せなあかんで」

女の子はすぐに顔をしかめた。

「えー」

「明日から学校やろ」

「朝でいいやん」

「朝はあかん」

「なんで?」

母親は服を手に取ったまま笑った。

「夏休み今日で終わりやで」

その言葉だけが、美咲の耳に残った。

親子はしばらく店内を見て、そのまま出ていった。

美咲は一度だけ、その背中を見た。

今日で夏休み終わりなんや。

そう思った。

それだけだった。

「松田さん」

佐々木に呼ばれた。

振り返ると、二枚のカーディガンを持っている。

一つはベージュ。

もう一つは深い緑。

「これ、前出すんどっちがいいですか?」

美咲は近づいた。

「緑でいこか」

「やっぱり?」

「こっちの方が目立つと思う」

「分かりました」

それで会話は終わった。

美咲はまた仕事に戻った。

商品を畳む。

ハンガーを直す。

在庫を確認する。

試着室へ案内する。

客に声をかける。

午後六時。

午後七時。

店内にいると、外がどれほど暗くなったのかはよく分からない。

午後八時を過ぎると、客の数が減ってきた。

やがて閉店の時間になった。

最後の客を送り出す。

美咲たちは売場を整えた。

棚の商品を畳み直し、乱れたハンガーを揃える。

試着室を確認する。

レジを締める。

一通り終わったところで、美咲は店の前に立った。

一歩離れて売場を見る。

入口のマネキンは、朝、佐々木と着せた薄手のカーディガンを羽織っている。

その後ろには、深い緑や、くすんだ赤。

端のラックには、まだ白や水色も残っている。

「こんなもんですかね」

佐々木が言った。

「うん、いいと思う」

「明日、正面だけもう一回見ます?」

「そうしよか」

佐々木は頷き、店の奥へ戻っていった。

美咲はもう一度だけ売場を見た。

明日も、ここに来る。

着替えを済ませて、従業員入口から外へ出た。

自動ドアが開いた瞬間、美咲は足を止めた。

「暑っ」

空気がまとわりついてきた。

夜になっても、道路はまだ昼間の熱を残している。

冷房の中に長くいた身体には、余計に暑く感じられた。

首筋に汗が浮いた。

美咲はバッグからハンカチを出した。

甲子園駅の方へ歩き始める。

向こうから、縦縞のユニフォームを着た男が歩いてきた。

隣の子どもも同じユニフォームを着ている。

男の肩には、黄色いタオルが掛かっていた。

その後ろにも、タイガースの帽子をかぶった人がいた。

少し前なら、この辺りには見慣れない学校の名前がいくつもあった。

遠い県の名前。

揃いの帽子。

応援団のシャツ。

それがいつの間にか、見慣れた縦縞に変わっている。

美咲はその親子とすれ違った。

どこかの木から蝉の声がした。

一匹だけだった。

昼間ほど勢いはない。

それでも、まだ鳴いている。

美咲は首筋の汗をハンカチで押さえた。

ついさっきまでいた売場では、朝、佐々木と着せた薄手のカーディガンをマネキンが羽織っている。

そのことを思うと、目の前を歩いていく半袖姿の人たちとの違いが、少しおかしかった。

「全然、秋ちゃうやん」

美咲は小さく呟いた。

信号が青になった。

人の流れに混じって横断歩道を渡る。

八月三十一日は、あと数時間で終わる。

背後で、蝉がもう一度鳴いた。

美咲は振り返らず、そのまま駅へ向かって歩いていった。

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