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「スキスキ大好きの、その先で」

昔の私は、恋愛にすべてを賭けていた。

「スキスキ大好き、消えたら死んじゃう」

 本気でそう思っていたし、それが正しい恋愛だと信じていた。

好きで好きでたまらない。

頭の中は常に相手のことでいっぱいで、連絡が来れば一喜一憂し、来なければ不安になる。

相手の言葉の裏の裏まで考えて、勝手に傷ついたり、勝手に安心したりしていた。

今日会える予定の日は朝からルンルンして、会えないとなったら大泣きして電話して。

そして重いといわれる。あたりまえだ。重いわ、自分で自分のご機嫌くらいとってほしいものだ、あの頃の自分よ。


あの頃の恋愛は、確かに熱かった。

でも同時に、すごく消耗していた。

削られていくのだ。

時間も、気力も、自分という人間そのものも。

恋愛をしているはずなのに、どこかで常に疲れていた。

なのに別れるとまた悲しくなり、すぐに次の彼氏を作る。

「『恋愛している私』が好きだったのだ。相手は、正直誰でもよかった。」

誰もが一度は通る道なのかもしれない。でも思い出すと、少し胸が痛い。

 そんな恋愛の延長線上にあったのが、元夫との結婚だった。

 彼は執着心が強く、いわゆる束縛するタイプだった。
連絡の頻度、交友関係、行動のひとつひとつに目が光っている。髪型はロングの黒髪、ショートパンツは足を見せるからダメ。私はその視線の中で生活していた。

 今思えば、あの義実家は「ボトルシップ」のようだった。

外から見れば、美しく完成された世界。

でもその中に入ると、外の空気とは遮断された閉じた空間だった。

私はその中に、丁寧に、動かないように、収められていた。

 当時の私は、それを愛だと思っていた。

束縛してくる=私のことが好き。

離したくないと思ってくれている=大事にされている。

そう信じて疑わなかった。

その当時は本当に幸せと思っていたのだから。

でも、それは違ったのだと思う。

本当に好きなら、相手のやりたいことを応援するはずだ。

相手の世界を狭めるのではなく、広げる方向に働くはずだ。

 あの関係は、愛というより、支配に近かった。

そして私は、その中で少しずつ削られていった。

結婚生活の中で、自分の輪郭が曖昧になっていく感覚があった。何が好きで、何をしたいのか、どこまでが自分でどこからが相手なのか、わからなくなっていった。

本を読むといっても、他のことが常に頭の片隅にあり内容が入ってこない。

アニメを見たくても内容が入ってこない。

年を取ったんだよと夫にいわれ、そうなのかと思ってた。

でも違った。

離婚したとき、私はようやくその瓶の外に出た。

 空気が違った。

 自由だった。

そして同時に、ぽっかりとした空白もあった。

あれほどまでに恋愛に依存していた自分が、急に一人になったのだから当然だ。

変わりにその空白に読書や映画鑑賞がはまりこんだ。今までできなかったことができるようになった。恋愛に脳の大部分を持ってかれていたのだ。もったいないことだ。

 だから私は、もうあの頃の恋愛には戻りたくないと思った。

 削られる恋愛は、もう十分だった。

 それからしばらくして、新しいパートナーができた。

今の関係は、昔とはまったく違う。

好きでたまらない、というよりは、安心する。

相手は自分の趣味や生活を大事にしていて、私と頻繁に会うわけでもない。電話もたまに。LINEも、疲れていたらしない。

世間一般の「恋人らしさ」から見れば、かなりあっさりした関係だと思う。

それでも、不思議と心のどこかにその人は居座ってる。どけといってもでていかない。「好きにやってるから好きにしなよ」といってくるようだ。
実際今の人は全く縛ってこない。好きにやれ、私も好きにする!そんな感じだ。

 それでもたまに「ああ、この人がいるな」と思える。

それだけで、少しだけ世界が安定する。

今の私にとっての恋愛は、そういうものになった。

「私のことを思ってくれている人がいる」

その事実が、静かに、でも確実に支えになる。

どちらがいいとか、そういう話ではないと思う。

恋愛に全力で熱量を注ぐことも、きっと素敵だ。

誰かを強く求めて、強く愛して、人生を揺さぶられるような恋愛。それも一つの生き方だと思う。

 ただ、私には合わなかった。

私は、恋愛にすべてを持っていかれると、他のことができなくなる。

 それが、すごくもったいない。

 私の人生は、やることが多いのだ。

 SLEと尿崩症という難病をもちながら、

 本も読みたい。

 アニメも見たい。

 ドラマも見たいし、漫画も読む。

 創作だってしたい。

 そして私はフルタイムで働いている。
 夜勤もある。

体調が安定しないなかでこれだけのことをやるのはかなり大変なのだ。

 なかなか忙しい。

 恋愛で削られている場合ではないのだ。

 昔の私は、相手のLINEの文章を何度も読み返していた。句読点の位置や、言葉の選び方、返信の速度。そのすべてに意味を見出そうとしていた。

 でも今は、そういうことをしない。

 裏の意味なんて考えない。

もし気になることがあれば、聞けばいい。その方がずっと早い。

もしかすると、それは恋愛に対する熱量が下がったということなのかもしれない。

あるいは、少しだけ大人になったということなのかもしれない。

正直なところ、どちらなのかはわからない。

 成長なのか、退化なのか。

 良くなったのか、つまらなくなったのか。

 答えは出ていない。

 でも、今はこれでいいと思っている。

 削られない。

 疲れない。

 それでいて、ちゃんと誰かがいる。

 そのバランスが、今の私にはちょうどいい。

人はきっと、そのときの自分に合った形の恋愛を選ぶのだと思う。

 だから、また変わるかもしれない。

 いつかまた、スキスキスキスキ大好き、と思う日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。

 それでもいい。

 少なくとも今の私は、

「安心できる恋愛」を、自分の意思で選んでいる。


#創作大賞2026 #エッセイ部門

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