ACAねさんの孤独論理
昨日、ずっと真夜中でいいのに。のライブ、
YAKI YAKI YANKEE TOUR 続 「名巧は愚なるが如し」大阪城ホール Day2に行ってきた。
この公演について、
ちょっと思うことがあったのでここに書き残しておく。
(セトリと演出のネタバレは皆無ですが、コンセプト的なところに若干足を突っ込んでいるかも知れません。)
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ACAねさんのとあるMCでの発言に対して、
ライブ帰り、通りすがりに、
「こんなに人に恵まれてライブができてるんだから、
ACAねさんは孤独じゃないでしょ。何が孤独なんだろ」
というような感想を言ってる人がいた。
しかし、
個人的には、何というか、そういう意味ではないと思っている。
「ずとまよ」というプロジェクトを支えている音楽仲間やファンという意味では
そうかもしれないけれど、
我々ずとまろは「ずとまよ」「ずとまよのボーカル、ACAね」のファンであって、
ACAねさんの親友でも良き相談相手でもないし、
演奏隊の方々もおそらくビジネスライクなプロの人たちかもしれない。
ACAねさんの個人的な人間関係は、我々ずとまろが知る由もないが、
少なくともアーティストとしての孤独な苦悩はきっとあると思う。
冒頭の感想を呟いていた人は、ACAねさんのいう「孤独」を、
「持っている側の人間」の謙遜や卑屈だと思って、ネガティブなものと捉えている
のかもしれない。
でも、はたから見て、たくさんの人と繋がっているように見える人であっても、
負の部分も含めて自分の心の内側を100パーセント全てさらけ出せる相手は
結局自分だけなのだから、
精神的に孤独ではない人間は存在しない。
逆に言えば、自分と向き合えるのは自分だけであり、
それができる状態のことを指して「孤独」というのだろう。
そんな「孤独」を肯定して、いやむしろ糧として、少しずつでもいいから、
自分で自分を研鑽し続け、
ままならない現実に対して抗い続けるべきだ、
そういうことを、
今回のライブを通じてACAねさんは伝えたかったのではないだろうか。
