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記憶の中で歪む時間

時間は、いつも同じ速さで流れているはずなのに、
記憶の中では、なぜあれほど歪むのだろう。

楽しかった一日は、一瞬で終わったように思える。
けれど苦しかった数分は、永遠にも似た長さを持っている。
時計の針は平等に進んでいたはずなのに、
心が受け取った時間だけが、別の形をしている。

思えば、私たちは時間そのものを生きているのではなく、
時間を通過した記憶を生き直しているのかもしれない。

過去を思い出すとき、
そこにあるのは事実そのものではない。
感情に触れられ、意味を与えられ、
何度も心の中で組み替えられた時間の断片だ。

だから同じ出来事でも、
昨日思い出したものと、今日思い出したものでは、少し違っている。

悲しかった記憶が、
ある日突然、優しさを持って蘇ることがある。
逆に、何でもなかった場面が、
何年も経ってから胸を締めつけることもある。

記憶は時間を保存しない。
記憶は時間を変形させる。

伸ばし、縮め、色を変え、
そのときの自分に必要な形へと歪ませる。

それは嘘ではない。
むしろ、それが人間の真実なのだと思う。

もし時間がただ一直線に流れるだけなら、
私たちは過去から何も受け取れない。
だが歪むからこそ、
過去は何度でも現在に触れることができる。

傷は教訓になり、
喪失は愛の証明になる。
後悔は、未来への静かな道しるべになる。

歪んだ記憶の中で、私たちは何度も生き直している。

だから、過去の形が変わることを恐れなくていい。
それは弱さではなく、
生きながら意味を更新し続けている証だから。

時間は流れて消えるものではない。
記憶の中で歪みながら、
いまのあなたを温め続ける火になっている。

その火がある限り、
過去は終わらない。
そしてあなたもまた、終わらないのだ。

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