宝条潤と九条蓮 推理の交錯 -音楽家たちの連続殺人- 最終話「指先で紡ぐ終幕(フィナーレ)」
最終話「指先で紡ぐ終幕(フィナーレ)」
舞台袖・出演者待機室
全員の視線が、美玲へ集中する。
そして――沈黙を続けていた美玲が、ゆっくりと顔を上げた。
天音 美玲
「……これ以上、誤魔化せないようね……」
黒崎 真音
「美玲さん……」
朝比奈 響
「まさか……本当に……」
美玲は静かに笑う。
しかし、その笑みには悲しみと憎しみが入り混じっていた。
天音 美玲
「そうよ……あの3人を殺したのは私……奏介を……私の愛する弟を自殺に追い込んだ、あの3人をね!!」
控室が騒然となる。
黒崎 真音
「そんな……!」
朝比奈 響
「天音さん……!」
五味 剛
「認めた……!」
神谷 遥香
「……」
九条は静かに目を閉じる。
九条 蓮
「やはり、そうだったか」
美玲はゆっくりと語り始める。
天音 美玲
「3年前……奏介が自殺してから、私はあの3人の周辺を徹底的に調べた。そして知ったのよ。あいつらが、厳しい指導という名目で奏介を追い詰め、自殺に追い込んだことを」
如月 レイ
「……」
宝条 潤
「……」
天音 美玲
「その時から、この計画を思いついた。何度もやめようと思ったわ。何度も忘れようとした。でも……」
美玲の表情が歪む。
天音 美玲
「リハーサルの日に、あいつらの会話を聞いてしまったのよ……!」
回想
『彼は自殺じゃないか!』
『ルクス国際音楽祭に傷をつけられない!』
『今更仕方ないだろう!』
現在
天音 美玲
「勝手に思い詰めただけ……?ルクス国際音楽祭に傷をつけられない……?そんな言葉を聞いて、虫唾が走った……!」
美玲の声が震える。
天音 美玲
「奏介は死んだのよ……?たった28歳で……!未来も、夢も、全部奪われたのに……!」
黒崎 真音
「……」
朝比奈 響
「奏介……」
天音 美玲
「だから私は決めた。絶対に許さないって」
回想
東京都立川市 天堂響一邸
天堂 響一
「ま、待ってくれ……!」
黒いヘルメットをかぶった美玲が近づく。
神奈川県相模原市 茂呂敬四郎別荘
茂呂 敬四郎
「うわああああっっっ!!!」
東京都府中市 久遠寺雅臣邸
久遠寺 雅臣
「許してくれ……!」
美玲の冷たい視線。
現在
天音 美玲
「久遠寺のおっさんはね、正体を現した途端、虫のいいことをぺらぺらと言い始めたのよ。自殺するとは思わなかった……許してくれ……聞いていて、本当に気分が悪かったわ……!」
宝条 潤
「……」
レイは震える声で尋ねる。
如月 レイ
「じゃあ……じゃあ……あの時、私や宝条先生を襲ったのも……美玲さんだったんですか?」
天音 美玲
「ええ、そうよ」
美玲は迷いなく答える。
天音 美玲
「狙いは、あなただけだった。作家の先生と警察に邪魔されて、かなわなかったけどね」
如月 レイ
「どうして……どうして、私まで……?」
美玲の目が鋭くなる。
天音 美玲
「あなたが、あなたがあの日もっと早く来ていれば……奏介は助かったかもしれないのに……!」
如月 レイ
「……!」
レイの瞳から涙がこぼれる。
如月 レイ
「私だって……!私だって、ずっと後悔してる……!」
天音 美玲
「後悔?そんなもの、死んだ人間には届かないのよ!」
次の瞬間、美玲は懐から何かを取り出す。その手には、蛍光灯の光を反射する、黒光りのナイフが握られていた。
黒崎 真音
「きゃっ!?」
朝比奈 響
「やめろ!!」
五味 剛
「ナイフだ!」
神谷 遥香
「みんな下がって!」
ナイフが真っ直ぐレイへ向けられる。
如月 レイ
「美玲さん……!」
天音 美玲
「今日こそ……今日こそ、あなたを殺してあげるわ!!最後の"E"の文字と一緒にね!!!」
控室の空気が凍りつく。
そして、最後の悲劇を止めるため、潤と九条が一歩前へ踏み出した。
美玲のナイフが、まっすぐレイへ向けられている。
黒崎 真音
「や、やめてください!!」
朝比奈 響
「美玲さん!!」
如月 レイ
「……」
レイは動けない。
遥香は静かに前へ出る。
神谷 遥香
「ナイフを下ろしなさい」
天音 美玲
「近づかないで!警察官でも容赦しないわ!」
神谷 遥香
「……」
潤が一歩前へ出る。
宝条 潤
「もう終わりにしましょう」
天音 美玲
「終わり?まだ終わってない。最後のEが残っているもの」
九条も静かに前へ進む。
九条 蓮
「いや。君の演奏は、既に破綻している」
天音 美玲
「……何ですって?」
九条は冷静に続ける。
九条 蓮
「G、D、A……君は完璧な配置を作ったつもりだった。しかし最後のEだけは違う」
天音 美玲
「何が違うのよ!?」
九条 蓮
「前3人は、君の中で“加害者”だった。だが彼女は違う。君と同じ被害者だ」
静寂。
レイの瞳が揺れる。
九条 蓮
「弟を失った者、愛する人を失った者、立場は違えど喪失は同じだ」
天音 美玲
「違う……!こいつは生き残った!私は何も知らなかった!奏介が苦しんでいることも!姉なのに!」
涙が溢れる。
天音 美玲
「守ってあげられなかった!!」
宝条 潤
「だから……」
潤が静かに言う。
宝条 潤
「だから、レイさんを憎んだんですね」
天音 美玲
「……!」
宝条 潤
「自分自身を許せなかった。でもその痛みを向ける先が必要だった。そして最も近くにいたレイさんを選んだ」
天音 美玲
「黙って!!」
宝条 潤
「違いますか?」
天音 美玲
「……」
宝条 潤
「本当は、あなたは誰よりも、奏介さんを愛していた」
美玲の指が震える。
宝条 潤
「だからこそ、彼が愛した人まで殺してしまったら、奏介さんは本当に救われなくなる」
レイは涙を浮かべながら、美玲を見る。
如月 レイ
「……美玲さん」
天音 美玲
「……」
如月 レイ
「私も、ずっと自分を責めてきました」
天音 美玲
「……」
如月 レイ
「もっと早く異変に気づけたんじゃないか……もっと話を聞けたんじゃないか……そう思わない日は1日もありません」
美玲の呼吸が乱れる。
如月 レイ
「でも……奏介は優しい人でした。お姉さんが誰かを憎み続けることなんて、望んでいません」
天音 美玲
「嘘よ……」
如月 レイ
「嘘じゃありません。あなたのことを話す時、奏介はいつも嬉しそうでした」
天音 美玲
「……!」
回想
幼い日の庭。
天音 奏介
『お姉ちゃん、見て見て!』
天音 美玲
『もう、転ぶわよ!』
笑い声。
幸せだった記憶。
現在
天音 美玲
「……奏介」
涙が止まらない。
宝条 潤
「天音さん、もう復讐は終わりです」
九条 蓮
「配置は崩れた」
美玲の手から力が抜ける。
カラン――
ナイフが床に落ちた。
神谷 遥香
「!」
田村 水咲
「確保します!」
柴田 元治
「動くな!」
しかし美玲は抵抗しない。ただ、その場に崩れ落ちる。
天音 美玲
「……ごめんね、奏介。お姉ちゃん、間違えちゃった」
レイも涙を流していた。
如月 レイ
「……」
朝比奈は静かに目を閉じる。真音はすすり泣いている。
舞台の向こうから、観客たちの拍手が聞こえてくる。
本来ならば、美しい追悼演奏が行われるはずだった夜。だがその代わりに、長い復讐の連鎖が、静かに終幕を迎えようとしていた。
後日 宝条邸
ルクス国際音楽祭から1週間後、事件は解決し、久しぶりに穏やかな時間が流れていた。
新太はソファに腰掛けながら、大きくため息をつく。
三谷 新太
「いやあ、まさか自殺した篠宮奏介と天音美玲が姉弟だったとはな~」
宝条 潤
「ああ」
潤は紅茶を口に運ぶ。
宝条 潤
「両親の離婚で姓が変わっていたこともあって、誰も気づかなかった」
三谷 新太
「いやぁ……初めて来たルクス国際音楽祭の舞台裏で、こんな事件が起きるなんて」
宝条 潤
「普通は経験しないから安心しろ」
三谷 新太
「兄貴といると普通が普通じゃなくなるんだよなぁ」
宝条 潤
「失礼な」
三谷 新太
「事実だろ?まあ来年は雄利の兄貴も風真の兄貴も一緒に行きたいな」
宝条 潤
「そうだな」
2人が苦笑する。
三谷 新太
「そういえばこの前、九条先生にプレゼント送ったんだろ?」
宝条 潤
「ああ。次回作のプロットが書かれた原稿用紙を送っといたよ。昨日返事が来たんだけど……」
三谷 新太
「なんて来たんだ?」
宝条 潤
「『次回作の中での灰に対しての記述の解像度が低いと見なした際には、即刻データエラーの通知を送らせていただく。ひいては、こちらから提供したデータを参考されたし』……って」
三谷 新太
「聞いてた通り変わった人だな」
その時――
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴る。
黒田
「失礼いたします」
黒田が静かに部屋へ入ってくる。
黒田
「坊ちゃま、お客様がお見えです」
宝条 潤
「お客さん?」
三谷 新太
「誰だろ?」
黒田
「如月レイ様です」
宝条 潤
「レイさん!?」
三谷 新太
「おお!」
新太は目を輝かせる。
三谷 新太
「世界的ピアニストが宝条邸に!」
宝条 潤
「落ち着け」
三谷 新太
「無理だって!」
潤は立ち上がる。
宝条 潤
「とりあえず迎えに行ってくる」
三谷 新太
「俺も行く!」
宝条 潤
「お前は少し静かにしてろ」
三谷 新太
「ひどい!」
宝条邸 玄関
扉が開く。
そこには、落ち着いた私服姿のレイが立っていた。
如月 レイ
「こんにちは」
宝条 潤
「こんにちは」
潤は微笑む。
如月 レイ
「突然お伺いしてしまって、すみません」
宝条 潤
「いえ。どうぞ中へ」
如月 レイ
「ありがとうございます」
その時、奥の廊下からエプロン姿の遥香が現れる。
神谷 遥香
「あら如月さん」
如月 レイ
「神谷さん」
遥香は穏やかに微笑む。
神谷 遥香
「いらっしゃい」
しかし、潤のすぐ隣に立つレイを見て、ほんの少しだけ目が細くなる。
宝条 潤(心の声)
(……なんか嫌な予感がする)
如月 レイ
「今日は、お礼を言いに来たんです」
宝条 潤
「お礼?」
如月 レイ
「はい」
レイは深く頭を下げる。
如月 レイ
「宝条先生、あの時私を守ってくださって、本当にありがとうございました」
静かな声だった。だが、その言葉には心からの感謝が込められていた。
宝条 潤
「……僕だけじゃありません。遥香も、九条先生も、みんなが動いてくれたからですよ」
如月 レイ
「それでもあなたがいなければ、私は今こうしていなかったと思います」
神谷 遥香
「……」
三谷 新太(心の声)
(うわぁ……)
新太は空気を察して、一歩後ろへ下がる。
遥香は笑顔を崩さない。しかし――
神谷 遥香
「潤?」
宝条 潤
「は、はい?」
神谷 遥香
「お客様を立たせたままにするつもり?」
宝条 潤
「あっ、そうだった!」
如月 レイ
「ふふっ」
レイは小さく笑う。重い事件を乗り越えた後、ようやく穏やかな日常が戻り始めていた。
同日 九条蓮の書斎
白を基調とした書斎。
窓から柔らかな午後の日差しが差し込んでいる。
灰は九条の膝の上で気持ちよさそうに丸くなっていた。
五味 剛
「いやあ、結局あの事件、天音美玲が犯人だったんですねぇ」
九条 蓮
「ああ」
五味 剛
「まさか篠宮奏介の姉だったなんて……」
九条 蓮
「血縁という情報が完全に整理の外に置かれていた」
五味 剛
「先生でも最初は分からなかったんですか?」
九条 蓮
「当然だ」
九条は紅茶を一口飲む。
九条 蓮
「だが、最後の"E"だけが異質だった」
五味 剛
「異質?」
九条 蓮
「前3人は加害者。しかし如月レイだけは違う。同じ喪失を抱えた被害者だった」
五味 剛
「被害者の前でも言ってましたね」
九条 蓮
「それでも彼女を殺そうとした。つまり、復讐の対象ではなく、自分自身の後悔を投影していたのだ」
灰
「にゃあ」
九条 蓮
「そうだな、灰」
九条は静かに目を閉じる。
九条 蓮(心の声)
(愛する者を失った悲しみ、整理できぬ感情は、やがて歪んだ配置を生む……二度と繰り返してはならない)
五味 剛
「先生?」
九条 蓮
「何でもない。ただ、宝条先生も同じ結論に辿り着いていたのだろうと思ってな」
五味 剛
「おお、天才同士ってやつですか!」
九条 蓮
「……騒がしい男だ」
五味 剛
「褒め言葉として受け取ります!」
九条は小さくため息をついた。
宝条邸 音楽室
夕方。広々とした音楽室。
艶やかなグランドピアノが置かれている。レイは鍵盤の前に座っていた。
潤、新太、遥香、黒田が静かに見守っている。
如月 レイ
「改めて皆さん、本当にありがとうございました」
宝条 潤
「いえ。僕たちは当然のことをしただけです」
三谷 新太
「いやいや、兄貴は大活躍だったけどな!」
神谷 遥香
「調子に乗らせないで」
三谷 新太
「はい……」
レイは微笑む。
如月 レイ
「お礼になるか分かりませんが……1曲、演奏させてください」
黒田
「それは光栄でございます」
宝条 潤
「ぜひお願いします」
神谷 遥香
「楽しみにしています」
レイは静かに鍵盤へ手を置く。目を閉じる。
如月 レイ(心の声)
(奏介、もう前を向いて歩いていくわ)
ゆっくりと最初の音が鳴る。澄み切った旋律。優しく、温かく、それでいて少し切ない音色。
三谷 新太
「……」
新太は思わず息を呑む。
三谷 新太(心の声)
(これが……世界最高峰の演奏……)
黒田も目を細める。
黒田
「実に見事ですな……」
遥香は静かに耳を傾ける。そして隣に座る潤を見る。潤もまた、目を閉じて演奏に聴き入っていた。
神谷 遥香(心の声)
(……珍しく、女の人を見て鼻の下を伸ばしてないわね)
宝条 潤(心の声)
(音楽って、こんなにも人の心を動かすんだな……)
演奏は続く。その音色は、失われた命への鎮魂歌であり、新たな一歩を踏み出す者たちへの祝福でもあった。
曲が終わる。
静寂。
そして――
パチパチパチ……!
大きな拍手が響く。
三谷 新太
「すげえ……!」
黒田
「素晴らしい演奏でした」
神谷 遥香
「本当に」
宝条 潤
「……ありがとうございました」
レイは穏やかに微笑む。
如月 レイ
「こちらこそ、ようやく奏介に胸を張って演奏できる気がします」
窓の外には、夕焼けが広がっていた。
長い復讐劇は終わり、新しい旋律が静かに始まろうとしていた――。
宝条潤と九条蓮 推理の交錯 -音楽家たちの連続殺人- 完
