宝条潤と九条蓮 推理の交錯 -音楽家たちの連続殺人- 第7話「天才たちの協奏曲(コンチェルト)」
第7話「天才たちの協奏曲(コンチェルト)」
ルクス国際音楽祭 当日
満員のコンサートホール。
世界中から集まった観客たちで客席は埋め尽くされている。
華やかな舞台。
しかしその裏では、
3件の殺人事件という重い影が漂っていた。
観客席
前方の席に潤、遥香、新太の3人が並んで座っている。
新太はパンフレットを眺めながら上機嫌だ。
三谷 新太
「いやあ~、ついに本番か~。楽しみだぜ~」
宝条 潤
「お前なあ」
潤は呆れた顔になる。
宝条 潤
「殺人事件が起きてんのにお気楽だな」
三谷 新太
「だって楽しみにしてたんだから~」
神谷 遥香
「本当ね」
遥香も呆れている。
三谷 新太
「そんな怖い顔すんなよ2人とも。クラシックは心を豊かにするんだぞ?」
宝条 潤
「その前にお前の危機感を豊かにしろ」
神谷 遥香
「同感」
三谷 新太
「ひどっ!」
3人のやり取りの裏で、潤は舞台袖へ視線を向ける。
宝条 潤(心の声)
(……あれ以来、天音さんがレイさんを襲ってくることはなかった。でも……あれで諦めるとは思えない。もし今日が最後の"E"なら……今日、何か仕掛けてくるかもしれない)
潤の目が鋭くなる。
遥香もそれに気づく。
神谷 遥香
「まだ警戒してるのね」
宝条 潤
「ああ。嫌な予感がする」
神谷 遥香
「私も」
2人は同じ方向を見る。
舞台の先にいるはずの人物を。
別の観客席
九条は白いハンカチで肘掛けを拭いている。
五味 剛
「先生」
九条 蓮
「何だ?」
五味 剛
「こんな時くらい除菌やめません?」
九条 蓮
「無理だ」
五味 剛
「ですよね〜」
五味はため息をつく。
そして舞台を見る。
五味 剛
「事件が解決してないですし、後味悪いですね~」
九条 蓮
「全くだ」
九条も珍しく険しい顔をしている。
九条 蓮
「配置は完成していない」
五味 剛
「……」
九条 蓮
「犯人はまだ終わっていない」
その視線は舞台袖へ向いていた。
控室
開演前に演奏家たちが最後の準備をしている。
真音は緊張で落ち着かない。
黒崎 真音
「あ~……緊張する~」
真音は手を震わせる。
レイが苦笑する。
如月 レイ
「真音ちゃん」
黒崎 真音
「はい?」
如月 レイ
「人って書いて飲んで」
真音は手のひらに指で人を書く。
黒崎 真音
「ありがとうございます!」
如月 レイ
「大丈夫。いつも通り弾けばいいの」
黒崎 真音
「はい!」
少し落ち着きを取り戻す。
その時、控室の扉が開く。美玲が入ってくる。
黒崎 真音
「美玲さん」
如月 レイ
「……」
美玲は2人を見渡す。そして冷たく言った。
天音 美玲
「気を抜いたらダメよ」
黒崎 真音
「……」
天音 美玲
「これだけ大勢の観客がいるんだから、失敗したら大恥かくわよ」
そして、その視線はレイへ向く。
天音 美玲
「レイ、あなたもね」
レイは静かに見返す。
如月 レイ
「失敗はしません。今日は彼も心の中にいてくれますから」
一瞬美玲の表情が揺れる。
だがすぐに消える。
天音 美玲
「……そうね」
短い返答。しかしその目には明らかな憎悪が宿っていた。
レイは気づかない。真音だけが違和感を覚える。
黒崎 真音(心の声)
(今の顔……)
美玲は踵を返して控室を出る。扉が閉まる。
廊下
1人歩く美玲。その表情から笑顔は消えている。
脳裏に浮かぶのは、あの夜のこと。
銃口。逃げたレイに邪魔をした潤。そして警察。
天音 美玲(心の声)
(あの時は殺し損ねたけど……)
美玲は歩き続ける。
天音 美玲(心の声)
(今日があんたの命日よ)
その目に宿るのは、長年抱え続けた悲しみ。
美玲は立ち止まる。
遠くから聞こえる観客たちの歓声。
天音 美玲(心の声)
(奏介、もう少しだけ待ってて)
そして再び歩き出す。
その背中を、誰もまだ止められない――。
午後6時、会場の照明がゆっくりと落ちていく。
ざわめいていた観客席が静まり返る。
世界最高峰の音楽家たちが集うルクス国際音楽祭。ついに幕が上がる。
観客席
三谷 新太
「おお……」
新太は目を輝かせる。
三谷 新太
「始まるぞ……!」
宝条 潤
「……」
神谷 遥香
「……」
2人の表情は硬い。
三谷 新太
「なんで2人ともそんな顔してんだよ~」
宝条 潤
「いや、まあ……」
神谷 遥香
「警戒中だから」
三谷 新太
「せっかくのクラシックなんだから楽しもうぜ!」
宝条 潤
「お前だけだよ、こんな状況で楽しめるの」
三谷 新太
「褒め言葉として受け取っとく!」
神谷 遥香
「褒めてないわ」
会場全体が暗くなる。
スポットライトが舞台中央を照らす。
司会者
「皆様、本日はルクス国際音楽祭へお越しいただき、誠にありがとうございます」
会場から拍手が起こる。
司会者
「本来ならば、総合プロデューサーである久遠寺雅臣氏、そして審査委員長である天堂響一氏にもご登壇いただく予定でした」
会場の空気が少し重くなる。
司会者
「しかし、痛ましい出来事により、それは叶いませんでした。本日の公演は、亡くなられた方々への追悼、そして3年前にこの世を去った天才ピアニスト――篠宮奏介氏への追悼演奏として執り行います」
静かな拍手が響く。
宝条 潤(心の声)
(……)
三谷 新太(心の声)
(うおお……鳥肌立つ……)
別の観客席
五味 剛
「先生」
九条 蓮
「何だ?」
五味 剛
「やっぱり空気重いですね」
九条 蓮
「当然だ」
九条は舞台を見つめる。
九条 蓮
「3人が死んだ。そして、まだ1人残っている」
五味 剛
「……」
九条 蓮
「犯人が本当に完成を望むなら、必ず動く」
五味 剛
「今日……ですか」
九条 蓮
「今日だ」
灰色の瞳が鋭くなる。
舞台袖
真音は深呼吸を繰り返している。
黒崎 真音
「落ち着け……落ち着け私……」
朝比奈響が近づく。
朝比奈 響
「大丈夫」
黒崎 真音
「朝比奈さん……」
朝比奈 響
「君なら弾ける。奏介も、きっと聴いている」
黒崎 真音
「……はい」
少しだけ笑顔になる。
その少し離れた場所で、レイは静かに目を閉じていた。
ピアノの前で祈るように両手を組んでいる。
如月 レイ(心の声)
(奏介……今日は、あなたのために弾くわ)
そして、廊下の奥の暗がりに、美玲が1人立っている。
その表情は穏やかだ。誰が見ても、世界的ソプラノ歌手の顔。
しかしその瞳の奥には、凍りつくような憎悪が宿っていた。
天音 美玲(心の声)
(……もうすぐ……もうすぐ全部終わる。奏介、お姉ちゃんが仇を討ってあげる)
美玲は静かに拳を握る。
舞台
朝比奈が指揮台へ上がる。
観客席から大きな拍手。
朝比奈 響
「……」
彼は静かに一礼する。そして、指揮棒を掲げる。
完全な静寂。
1秒、2秒、3秒――タクトが振り下ろされる。
荘厳なオーケストラの音色が、ホール全体を包み込む。
ついに、ルクス国際音楽祭本番が始まった。壮大なオーケストラの音色が会場を包み込む。
朝比奈の指揮は正確無比。まさに“神の耳”と呼ばれるにふさわしい演奏だった。
ヴァイオリン、チェロ、管楽器、すべてが1つとなり、美しい旋律を奏でていく。
観客たちは音楽に酔いしれている。
潤は舞台を見つめている。
その表情は険しい。
三谷 新太
「すげぇ……鳥肌立つわ……」
神谷 遥香
「……」
遥香も舞台を見ているが、時折控室へ続く通路へ視線を向けている。
宝条 潤(心の声)
(……天音美玲。犯人が彼女だとすれば、今日必ず動く。でも……)
潤の目が細くなる。
宝条 潤(心の声)
(一体どうやってレイさんを……?警察も配置されている。観客も何千人といる。銃撃はもう通用しない。毒物か?いや、リスクが高すぎる。事故に見せかける?それとも……)
宝条 潤
「……」
答えが見えない。
別の観客席
五味は音楽に聞き入っている。
五味 剛
「いやぁ……やっぱ生演奏は違いますねぇ」
九条 蓮
「……」
五味 剛
「先生?」
返事がない。
九条は腕を組み、舞台を凝視していた。
九条 蓮(心の声)
(……天音美玲、彼女が犯人なら、目的は"E"の完成。だが……)
九条の思考が加速する。
九条 蓮(心の声)
(どうやって殺害するつもりだ……?この状況下で。警察官が複数配置され、宝条潤もいる。私もいる。さらに観客数は数千人。衝動的な犯行ではない。彼女は3件の殺人を完璧に遂行した。ならば、今日の計画も周到なはずだ)
五味 剛
「先生?」
九条 蓮
「静かに」
五味 剛
「はい……」
九条は舞台袖へ視線を向ける。
九条 蓮(心の声)
(彼女は待っている。最高の瞬間を。最後の一音を。そして――どうやって殺害するつもりだ……?)
舞台袖
レイは次の出番を待っている。ピアノの前で静かに目を閉じている。
その少し後方の暗い廊下に美玲が立っている。表情は穏やかだが、その右手は、静かにポケットへ伸びていた。
天音 美玲(心の声)
(……もうすぐよ、奏介)
その瞳には、狂おしいほどの愛情と、消えない憎しみが宿っていた。
観客席
宝条 潤(心の声)
(どうやってレイさんを……)
別の観客席
九条 蓮(心の声)
(どうやって殺害するつもりだ……)
2人の天才が同じ問いに同じ不安を感じ、そして、同じ結論にいたる。
宝条 潤・九条 蓮(心の声)
(必ず、何かが起きる――)
荘厳な演奏が続く。観客たちは音楽に魅了され、誰もが舞台へ視線を向けている。
しかし――潤の意識だけは別の場所にあった。
潤の目が、パンフレットに止まる。本日の演目。最後のプログラム。
『篠宮奏介追悼演奏』
出演――
如月レイ。
天音美玲。
黒崎真音。
宝条 潤
「……!」
宝条 潤(心の声)
(待て!2人が、同じ舞台に立つ……?)
潤の表情が変わる。
別の観客席
九条は目を閉じ、会場全体の構造を頭の中で整理していた。
九条 蓮(心の声)
(配置、動線、観客の視線、警察官の配置、犯人が行動するとすれば……)
五味 剛
「先生?」
九条 蓮
「静かに」
五味 剛
「す、すいません」
九条 蓮(心の声)
(舞台上なら、誰も不自然に思わない。数千人が見ているからこそ、逆に死角になる。そして最後の演目……)
九条の目が開く。
九条 蓮
「……」
五味 剛
「先生?」
九条 蓮
「まずいな」
五味 剛
「え?」
九条 蓮
「犯人は舞台そのものを利用するつもりだ」
舞台袖。
真音は深呼吸している。
黒崎 真音
「次、私たちですね」
如月 レイ
「ええ」
レイは静かに微笑む。
その表情は穏やかだった。
その少し離れた場所に美玲が静かに立っている。
天音 美玲
「……」
ポケットの中へ手を入れる。
そこには、小さな銀色のケース。
天音 美玲(心の声)
(あと少し……奏介……全部終わるわ)
その瞳には、涙と憎悪が同時に宿っていた。
観客席
潤が立ち上がる。
三谷 新太
「兄貴?」
神谷 遥香
「どうしたの?」
宝条 潤
「……嫌な予感が確信に変わった」
神谷 遥香
「!」
宝条 潤
「遥香」
神谷 遥香
「何?」
宝条 潤
「今すぐ、舞台袖の警備を増やして」
神谷 遥香
「理由は?」
宝条 潤
「説明してる時間がない!犯人は、最後の演目で動く!」
神谷 遥香
「……分かった!」
遥香は無線機を取る。
神谷 遥香
「柴田さん!」
柴田 元治(無線)
『どうした、ハルちゃん!』
神谷 遥香
「至急、舞台袖の出入口を封鎖してください!」
柴田 元治(無線)
『了解!瀬尾!田村!持ち場につけ!』
瀬尾 隆(無線)
『了解です!』
田村 水咲(無線)
『急ぎます!』
同時刻、九条も立ち上がる。
五味 剛
「先生!?」
九条 蓮
「五味君」
五味 剛
「はい!」
九条 蓮
「配置が完成する前に止める」
五味 剛
「まさか……」
九条 蓮
「最後のE線。犯人は今夜、それを奏でるつもりだ」
九条は静かに歩き出す。
その先には、舞台袖へ続く通路があった――。
通路
観客席から立ち上がった潤は、足早に通路を進む。遥香も後を追う。
三谷 新太
「ちょ、兄貴!何が起きてるんだよ!?」
宝条 潤
「後で説明する!今はレイさんを守るのが先だ!」
舞台袖入口で潤と九条が鉢合わせる。
宝条 潤
「九条先生!」
九条 蓮
「宝条先生」
2人は互いの表情を見る。そして同時に口を開いた。
宝条 潤・九条 蓮
「犯人は天音美玲」
五味 剛
「うわ、本当に同時!」
神谷 遥香
「やっぱり……」
宝条 潤
「篠宮奏介さんの姉」
九条 蓮
「そして最後のE線を完成させようとしている」
神谷 遥香
「でも、どうやって?」
潤は舞台進行表を見せる。
最後の演目。
『篠宮奏介追悼演奏』
出演者。
如月レイ。
黒崎真音。
天音美玲。
宝条 潤
「これだ」
九条 蓮
「同感だ」
宝条 潤
「舞台上なら、誰も犯行を疑わない」
九条 蓮
「事故に見せかけることも可能」
神谷 遥香
「まさか……!」
その時、館内アナウンスが流れる。
アナウンス
『続きまして、本日の最後の演目――篠宮奏介氏追悼演奏を開始いたします』
宝条 潤
「まずい!」
九条 蓮
「間に合うか?」
五味 剛
「急ぎましょう!」
全員が駆け出す。
舞台袖・出演者待機室
待機室の扉が勢いよく開く。
バン!!
宝条 潤
「天音さん!!」
神谷 遥香
「動かないで!」
五味 剛
「警察です!」
黒崎 真音
「えっ!?」
朝比奈 響
「な、何だ!?」
如月 レイ
「宝条先生……?」
そして九条が静かに前へ出る。
九条 蓮
「……演奏は、ここで終幕だ」
会場の拍手が響く中、最後の対決の幕が上がろうとしていた。
レイは突然の出来事に戸惑う。
如月 レイ
「えっと……どういうことですか?」
控室に緊張が走る。
潤は静かに前へ進む。
その視線は、ただ1人――美玲へ向けられていた。
宝条 潤
「今回の3件の事件……天堂響一さん、茂呂敬四郎さん、久遠寺雅臣さんを殺害した犯人。それは……天音美玲さん、あなたです」
静寂。
次の瞬間、控室がざわめき出す。
黒崎 真音
「ええっ!?」
朝比奈 響
「な、何を言ってるんですか!?」
スタッフ
「天音さんが犯人!?」
五味 剛
「やっぱり騒ぎになりますよね……」
しかし当の美玲だけは、微動だにしない。ただ黙って立っている。
レイは信じられないという表情で潤を見る。
如月 レイ
「でも……それなら、どうして……?」
宝条 潤
「理由は1つです」
潤は静かに言う。
宝条 潤
「3年前に自殺した篠宮奏介さんのお姉さんだからです」
控室全体が凍りつく。
黒崎 真音
「お、お姉さん……!?」
朝比奈 響
「そんな馬鹿な……!」
五味 剛
「やっぱりそうだったんですね……」
神谷 遥香
「……」
九条は腕を組み、静かに目を閉じている。美玲は、なおも何も語らない。
潤は続ける。
宝条 潤
「この前レイさんの家にお邪魔した時、奏介さんのお写真を見せてもらいました」
如月 レイ
「……」
宝条 潤
「その時、僕は違和感を覚えたんです。どこかで見た顔だと」
潤は美玲を真っ直ぐ見つめる。
宝条 潤
「奏介さんの目元、そして微笑んだ時の輪郭、どれもあなたにそっくりでしたよ」
静寂。
レイがゆっくりと美玲を見る。
如月 レイ
「……美玲さんが……奏介のお姉さん……?」
黒崎 真音
「そんな……」
朝比奈 響
「初耳だ……」
朝比奈は呆然と立ち尽くす。
朝比奈 響
「奏介から、姉がいるなんて聞いたことが……」
宝条 潤
「当然です。ご両親が離婚し、奏介さんは母親に、美玲さんは父親に引き取られた。だから姓が違った。だから誰も気づかなかったんです」
九条が静かに口を開く。
九条 蓮
「配置としては、極めて美しい偽装だった」
五味 剛
「先生、その表現やめてください!」
九条 蓮
「事実だ」
九条は美玲を見る。
九条 蓮
「血縁を隠し、関係者として疑われない位置に立つ。実に合理的だ」
神谷 遥香
「でも……」
遥香は厳しい視線を向ける。
神谷 遥香
「それでも、人を3人も殺していい理由にはならない」
黒崎 真音
「美玲さん……」
朝比奈 響
「違うと言ってください……」
しかし、美玲は沈黙したまま表情1つ変えない。
宝条 潤
「そして、レイさんに異常なほど敵意を向けていた理由、それも説明できます」
如月 レイ
「……」
宝条 潤
「弟を守れなかった。苦しみに気づけなかった。それでも、弟の恋人だけは生き続けている。その事実を……あなたは受け入れられなかった」
控室に重苦しい沈黙が流れる。
レイの瞳が揺れる。
如月 レイ
「……美玲さん。本当に……本当に、奏介のお姉さんなの……?」
全員の視線が、美玲へ集中する。
そして――沈黙を続けていた美玲が、ゆっくりと顔を上げた。
天音 美玲
「……これ以上、誤魔化せないようね……」
黒崎 真音
「美玲さん……」
朝比奈 響
「まさか……本当に……」
美玲は静かに笑う。
しかし、その笑みには悲しみと憎しみが入り混じっていた。
第7話 完
