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宝条潤と九条蓮 推理の交錯 -音楽家たちの連続殺人- 第4話「調律と威厳の崩壊」

第4話「調律と威厳の崩壊」

翌朝 神奈川県相模原市 茂呂敬四郎別荘

規制線が張られた別荘。
神奈川県警の捜査員たちが慌ただしく動き回っている。鑑識班が写真撮影を行い、現場保存作業が進められていた。

世界的調律師・茂呂敬四郎の遺体はすでに搬送されている。しかし現場には不自然な痕跡が残されていた。
遺体の周囲を囲むように並べられた調律工具。そして床に残された文字。

「D」

管理官の宇垣綾をはじめ、神奈川県警捜査一課の刑事たちは頭を抱えていた。

宇垣 綾
「D……」

小野寺 恒一郎
「厄介な事件に遭遇しましたね」

斎藤 恵一
「ああ」

斎藤は現場写真を見ながらため息をつく。

斎藤 恵一
「しかも何だこの"D"って?」

今井 もえ
「東京で天堂響一の事件の"G"と関係あるんですかね?」

小野寺 恒一郎
「偶然とは思えませんね」

相模が腕を組む。

相模 直人
「完全に連続殺人じゃないっすか」

宇垣 綾
「可能性は高いわね」

現場の空気は重い。

宇垣 綾
「……というか今井さん、あなた現場までバイクを飛ばしてきたでしょ?」

今井 もえ
「いやいや、それも立派な仕事ですよ?」

相模 直人
「こいつがバイクで一番乗りなんていつものことっすよ」

小野寺 恒一郎
「通報受けてから十五分で現場に来る刑事がどこにいるんだ?」

今井 もえ
「愛車が泣いて喜んでます」

斎藤 恵一
「その情熱を報告書にも向けろ」

今井 もえ
「それは苦手です」

全員
「知ってる」

わずかに場が和む。
その時、潤と九条が現場に入る。

九条 蓮
「ここが第2の犯行現場か……」

宝条 潤
「やっぱり、また犠牲者が出てしまいましたね……」

五味 剛
「あ~もう先生が儀式とやらに時間かけるから、こんな時間になっちゃったじゃないですか~」

九条 蓮
「東京を出るのだ。念入りな儀式は必要だろう?」

綾が駆け寄ってくる。

宇垣 綾
「潤君!」

宝条 潤
「綾さん!」

宇垣 綾
「来てくれたのね」

綾はいつもの明るい表情をしていない。警察官としての顔だった。

宝条 潤
「こちら、事象整理コンサルタント兼分類学者の九条先生と、所轄の五味警部補」

宇垣 綾
「…お話は伺っています。神奈川県警の宇垣綾です、よろしくお願いします」

2人に向かって挨拶をする綾は、途端に余所行きの表情を見せた。

『新規登録:整理番号125・神奈川県警・宇垣綾。神谷警視と同質の、上流階級特有の華美なノイズ(潮風を模した高級ブランドの香水)』。

九条は脳内の邪魔なインデックスをパージするように、九条は無言のまま軽く顎を引いた。

宝条 潤
「それで現場は?」

宇垣 綾
「こっちよ」

綾が案内する。
現場に入ると刑事たちが挨拶をする。

斎藤 恵一
「先生、ご無沙汰しております」

宝条 潤
「斎藤警部。お久しぶりです。こちら、事象整理コンサルタント兼分類学者の九条先生と、所轄の五味警部補です」

九条 蓮
「九条です」

五味 剛
「五味です」

斎藤 恵一
「神奈川県警の斉藤です」

潤と九条は現場を見る。調律工具、異様な配置、そして床に残された文字。

「D」

宝条 潤
「……やはり」

九条 蓮
「Dの文字……」

宇垣 綾
「発見当時、遺体の周囲には調律工具が規則的に配置されていた。鑑識も意図的な配置と判断している。さらに床には"D"の文字」

宝条 潤
「やはり……」

潤は小さく呟く。

宝条 潤
「連続殺人で決定か……」

宇垣 綾
「さっきそれを警視庁にも伝えたわ」

潤と九条はDの文字を見つめる。
G。
D。

宝条 潤(心の声)
(G線……)

九条 蓮(心の声)
(そしてD線……)

潤と九条の脳裏に真音の言葉が蘇る。
"G、D、A、E"

宝条 潤(心の声)
(あと2人……)

宇垣 綾
「潤君」

宝条 潤
「?」

宇垣 綾
「お願い」

綾の表情が真剣になる。

宇垣 綾
「協力して。このままじゃまた誰かが殺される」

潤は即答する。

宝条 潤
「もちろん協力はする」

宇垣 綾
「……!」

綾の表情が明るくなる。

宇垣 綾
「ありがとう潤君」

次の瞬間、綾は潤の両手を握った。

宇垣 綾
「やっぱり潤君は頼りになる!」

宝条 潤
「え!?」

柔らかい感触と近い距離に、潤の顔が一気に赤くなる。

宝条 潤
「あ、あの綾さん……?」

宇垣 綾
「ん?」

宝条 潤
「ち、近い……」

宇垣 綾
「あら?」

綾がさらに顔を近づける。

宇垣 綾
「顔真っ赤」

宝条 潤
「なっ……!」

その時、背後から冷たい声がする。

神谷 遥香
「はいはい」

宇垣 綾
「?」

神谷 遥香
「潤から離れなさい」

宇垣 綾
「……」

宝条 潤
「……」

宇垣 綾
「ちっ。また邪魔が入った」

神谷 遥香
「誰が邪魔よ」

2人の間に火花が散る。

宝条 潤(心の声)
(始まった……)

宇垣 綾
「せっかくいいところだったのに」

神谷 遥香
「どこが?」

宇垣 綾
「少なくとも潤君は赤くなってた」

神谷 遥香
「へぇ?」

宝条 潤
「いやいやいや!違うから!」

神谷 遥香
「潤」

宝条 潤
「はい」

神谷 遥香
「後で詳しく聞こうか」

宝条 潤
「なんで!?」

綾は面白そうに笑う。

宇垣 綾
「ふふっ」

宝条 潤
「というか遥香!いつからそこにいたんだ!?」

神谷 遥香
「今来たところ」

宝条 潤
「怖い!」

宇垣 綾
「さすがハルちゃん」

神谷 遥香
「綾?」

宇垣 綾
「ごめんなさい」

潤は頭を抱えて天井を仰ぐ。県境を跨いだ先でも、2人の攻防を眼前で見ることになろうとは。

宝条 潤
「あのー、2人とも……僕が言うのおかしいんだけど……」

神谷 遥香
「何よ?潤」

宇垣 綾
「なあに?潤君」

宝条 潤
「僕の他に、誰がいるかわかってる?」

潤はちらりと視線を送る。五味の隣に立っている九条のことを指していると気付いた遥香と綾は、我に返って慌ててにらみ合いを止めた。

神谷 遥香
「すみません、九条先生。またしてもお見苦しいところを」

五味 剛
「あー…大丈夫です。先生、完全無視の状態なんで」

五味が誤魔化すように笑う。九条はタブレット端末に視線を落としたまま、目尻すら動かさない。

九条 蓮
「無視ではない。網膜にも鼓膜にも入れていない……完全遮断《シャットアウト》だ」

宝条 潤(心の声)
(昨日よりもますます辛辣になってる……)

このまま呆れられてしまうのではと潤は辟易したが、そもそも他者に興味を持たない彼はそんな感情すら無縁だろうと思い直した。
何せこんなドラマのような場面が繰り広げられても、一心に現場の『整理』を行っているのだから。

宝条 潤
「……とにかく、ここを離れましょう。九条先生は、一旦帰宅してもらって大丈夫です」

神谷 遥香
「どうして?九条先生も来てもらった方がいいんじゃないの?」

宝条 潤
「そうなんだけど……多分、九条先生が耐えられないと思う。昨日の今日で外の空気なんて、あんまり吸いたくないですよね?」

九条 蓮
「当然だ。すまないが耐えられそうにない」

潤の言葉に被せるように、九条が拒絶の姿勢を示した。
とても警視庁に所属していた人間とは思えない反応であるが、潤も既に理解していたためそれ以上は言及しなかった。

「何か新しいことがわかればお知らせします。五味さんも、九条先生を送ったら警視庁に行ってください」

五味 剛
「承知しました」

五味の返事を聞き、九条の口から大きく息が漏れる。それはようやくノイズから離れられるという、心からの安堵の溜め息であった。

九条は車に乗り込む直前、ふと、自身の目録の中でただ1つ『No data』のラベルが貼られた如月レイの顔を思い浮かべた。
しかし、それを言葉にすることはせず、ただ深く、雨のシートに身を沈めた。

ルクス国際音楽祭 コンサートホール

午後。公演を控えたホールの控室。
レイは次の演奏に向けて楽譜を確認していた。
そこへ潤たちが入ってくる。潤の表情は深刻だった。

如月 レイ
「宝条先生?」

宝条 潤
「お話があります」

レイはすぐに異変を察する。

如月 レイ
「……」

宝条 潤
「第2の事件が起きました」

レイの顔色が変わる。

宝条 潤
「被害者は茂呂敬四郎さんです」

如月 レイ
「……!」

レイは思わず息を呑む。

如月 レイ
「茂呂さんまで殺されるなんて……」

宝条 潤
「ええ」

潤は静かにうなずく。

宝条 潤
「犯行現場には"D"の文字が床に残されていました」

如月 レイ
「Dの文字……」

レイは視線を落とす。

如月 レイ
「やはり同一犯ですか?」

宝条 潤
「間違いないでしょう。天堂さんの事件との共通点が多すぎます」

如月 レイ
「……」

部屋に重い沈黙が落ちる。
レイは窓の外を見る。

如月 レイ
「また誰かが死ぬかもしれない……」

その声には不安が滲んでいた。
潤はそんなレイを見る。そして真剣な表情で言う。

宝条 潤
「……一刻も早く犯人は見つけ出します」

如月 レイ
「宝条先生……」

宝条 潤
「あなたを襲わせるわけにはいかないですから」

如月 レイ
「……」

レイは目を見開く。そして少しだけ微笑んだ。

如月 レイ
「ありがとうございます」

宝条 潤
「いえ」

如月 レイ
「そう言ってもらえると安心します」

潤も微笑み返す。
その時――背後から冷たい声。

神谷 遥香
「……ねえ潤?」

宝条 潤
「!?」

宇垣 綾
「私たちもいること……忘れてない?」

宝条 潤
「……」

潤の背筋に嫌な汗が流れる。振り返るとそこには、遥香と綾がいる。2人とも笑顔だった。だが目だけが笑っていない。

宝条 潤(心の声)
(終わった)

神谷 遥香
「へぇ」

宇垣 綾
「あなたを襲わせるわけにはいかない、ねぇ?」

宝条 潤
「いや、それは!」

神谷 遥香
「優しいのね」

宇垣 綾
「本当に」

宝条 潤
「違う違う違う!」

如月 レイ
「?」

レイは状況が飲み込めていない。

宝条 潤
「これは事件関係者としての話で!」

神谷 遥香
「ふぅん?」

宇垣 綾
「へぇ?」

宝条 潤
「何その反応!?」

遥香が一歩近づく。

神谷 遥香
「私が危険な目に遭った時も同じこと言ってくれるの?」

宝条 潤
「言うよ!」

宇垣 綾
「じゃあ私は?」

宝条 潤
「言う!」

宇垣 綾
「本当に?」

宝条 潤
「本当!」

神谷 遥香
「即答ね」

宝条 潤
「そこ!?」

宇垣 綾
「つまり女性全員に言ってるってこと?」

宝条 潤
「違うって!」

レイは思わず笑う。

如月 レイ
「ふふっ」

宝条 潤
「笑い事じゃないんですよ!」

神谷 遥香
「そうね」

宇垣 綾
「全然笑い事じゃない」

宝条 潤
「なんで2人ともそんな怖い顔してるんですか!?」

レイは肩を震わせながら笑っている。

如月 レイ
「宝条先生って面白い人なんですね」

宝条 潤
「助けてください」

如月 レイ
「無理です」

宝条 潤
「即答!?」

部屋に少しだけ笑いが戻る。

レイとの話を終えた潤たち。控室の前で今後の警備体制について話し合っていた。
その時――1人の男が近づいてくる。ルクス国際音楽祭総合プロデューサー、久遠寺雅臣。

久遠寺 雅臣
「おや、宝条先生」

宝条 潤
「お邪魔しています」

久遠寺 雅臣
「いえいえ」

久遠寺は笑顔を浮かべる。
しかし、その表情にはどこか疲れが見えた。

久遠寺 雅臣
「それに警視庁の神谷警視と……」

久遠寺は綾を見る。

久遠寺 雅臣
「そちらの方は?」

綾は警察手帳を取り出す。

宇垣 綾
「神奈川県警捜査一課管理官の宇垣です」

久遠寺は首を傾げる。

久遠寺 雅臣
「ん?神奈川県警?」

宇垣 綾
「はい」

久遠寺 雅臣
「ここは東京都ですが……?」

遥香と綾が顔を見合わせる。
潤が説明する。

宝条 潤
「実は昨夜、茂呂敬四郎さんが相模原の別荘で殺害されました」

久遠寺は固まる。

久遠寺 雅臣
「……え?」

宝条 潤
「それで神奈川県警が捜査しています」

久遠寺の顔色が変わる。

久遠寺 雅臣
「茂呂が……殺された……?」

宝条 潤
「はい」

久遠寺 雅臣
「本当なんですか……!?」

宇垣 綾
「残念ながら事実です」

久遠寺 雅臣
「そんな……」

久遠寺の顔から血の気が引いていく。
遥香はその反応を見逃さない。

神谷 遥香(心の声)
(動揺が大きい……)

宇垣 綾(心の声)
(ただの驚きじゃないわね)

久遠寺は後ろへよろめく。
近くの椅子に手をつく。

久遠寺 雅臣
「天堂も……茂呂も……された……?」

宝条 潤
「……」

久遠寺の呼吸が荒くなる。額には汗。震える指。

久遠寺 雅臣
「まさか……そんな……」

宝条 潤
「久遠寺さん?」

久遠寺 雅臣
「次は……」

宝条 潤
「?」

久遠寺 雅臣
「次は……」

久遠寺は青ざめた顔で呟く。

久遠寺 雅臣
「私かもしれない……!」

全員
「……!」

その場の空気が変わる。

神谷 遥香
「どういう意味ですか?」

宇垣 綾
「何か心当たりがあるんですか?」

久遠寺は頭を抱える。

久遠寺 雅臣
「いや……違う……違うんだ……」

だがその声には明らかな怯えがあった。
潤は久遠寺をじっと見つめる。

宝条 潤(心の声)
(ただ怯えているだけじゃない。何か知っている)

久遠寺 雅臣
「私は……私は……」

久遠寺は答えない。ただ青ざめた顔で床を見つめている。
重苦しい沈黙。

やがて久遠寺が口を開いた。

久遠寺 雅臣
「……もう隠しても仕方ないか」

宝条 潤
「……」

久遠寺 雅臣
「3年前……」

久遠寺は視線を落とす。

久遠寺 雅臣
「私は天堂と茂呂とともに……篠宮奏介君を追い詰めた」

如月 レイ
「……!」

レイの表情が凍る。
遥香も眉をひそめる。

久遠寺 雅臣
「才能はあった。だが我々は、彼を認めなかった。人格を否定し、演奏を否定し……精神的に追い詰めた」

静かな告白。だがその内容は重かった。

久遠寺 雅臣
「そして結果的に……彼は自殺した」

如月 レイ
「……」

レイは拳を握り締める。
唇が震えている。

如月 レイ
「そんな……どうして……どうして奏介をそこまで追い詰めたんですか!?」

悲痛な叫び。
久遠寺は苦しそうに顔を歪める。

久遠寺 雅臣
「我々だって!まさか篠宮君が自殺するとは思っていなかったんだ!」

如月 レイ
「だからって……!」

久遠寺 雅臣
「厳しい指導は音楽界ではよくあることだ!私はそう思っていた……」

久遠寺は目を閉じる。

久遠寺 雅臣
「だが……天堂は名乗り出ようとしていた」

宝条 潤
「……」

久遠寺 雅臣
「自分たちの責任を公表しようと。だが私が止めた」

神谷 遥香
「なぜです?」

久遠寺は苦しそうに答える。

久遠寺 雅臣
「ルクス国際音楽祭に傷をつけられない。そう言ってな……」

レイは目を伏せる。

如月 レイ
「奏介より……音楽祭を選んだんですね」

久遠寺 雅臣
「……」

返す言葉がない。
潤は静かに考えていた。

宝条 潤(心の声)
(天堂さんと茂呂さん……そして久遠寺……3年前の関係者が順番に狙われている。それなら今回の犯行……篠宮奏介さんへの復讐である可能性が高い)

潤は久遠寺を見る。

宝条 潤
「……天堂さんと茂呂さんを殺した犯人に心当たりはありませんか?」

久遠寺 雅臣
「……」

久遠寺はしばらく黙る。
そして恐る恐る答えた。

久遠寺 雅臣
「怨恨で考えるなら……朝比奈君かもしれない……」

如月 レイ
「朝比奈君が!?」

久遠寺 雅臣
「彼は篠宮君と親しかった。誰よりも彼の死を悲しんでいた」

神谷 遥香
「動機はある」

宇垣 綾
「でも証拠はない」

久遠寺 雅臣
「……」

その時だった。
久遠寺の顔色がさらに悪くなる。何かに気づいたように目を見開く。

久遠寺 雅臣
「ま……!」

宝条 潤
「?」

久遠寺 雅臣
「まさか……!」

久遠寺の視線はラウンジの入口へ向いている。だが誰もいない。それでも久遠寺には何かが見えているようだった。

久遠寺 雅臣
「やめろ……」

如月 レイ
「久遠寺さん?」

久遠寺 雅臣
「悪かった……!悪かったから……!うわああああっっっ!!!!」

久遠寺が突然立ち上がる。

宝条 潤
「久遠寺さん!」

神谷 遥香
「待ちなさい!」

だが久遠寺はパニック状態だった。そのままラウンジを飛び出していく。バタバタと足音が遠ざかる。

沈黙。

全員が呆然とする。

その頃――ラウンジの外に朝比奈響が立っていた。

朝比奈 響
「……」

表情は読めない。ただ静かに久遠寺が走り去る方向を見つめている。
さらに練習室前では、黒崎真音も遠くからその様子を見ていた。

黒崎 真音
「……」

そして暗い通路の奥では、天音美玲が1人立っていた。

天音 美玲
「……」

久遠寺の悲鳴を聞いても、その表情は変わらない。ただ静かに、何かを見つめていた。
そしてその瞳には、誰にも読み取れない感情が宿っていた――。

その日の夜 東京都府中市 久遠寺雅臣邸

深夜。巨大な門を備えた豪邸。周囲は静まり返り、人影もない。
久遠寺雅臣は1人、自宅へ戻ってきていた。しかしその顔には疲労と恐怖が刻まれている。

久遠寺 雅臣
「……」

昼間の出来事が頭から離れない。天堂の死。茂呂の死。そして篠宮奏介。

久遠寺 雅臣
「まさか……本当に復讐なのか……?」

玄関へ向かう。
その時。

カツ――

背後で足音。
久遠寺が振り返るが誰もいない。

久遠寺 雅臣
「……気のせいか」

再び歩き出す。だが今度は門の近くに人影が立っていた。
黒いライダースーツ。黒いフルフェイスヘルメット。街灯の光を受けて鈍く光るシールド。

久遠寺 雅臣
「……!」

久遠寺の顔が青ざめる。

久遠寺 雅臣
「誰だ!?」

返事はない。
その人物はゆっくり歩いてくる。一歩。また一歩。

久遠寺 雅臣
「ま、待て……!」

久遠寺は後退する。
しかし足がもつれる。
犯人は無言のまま近づく。

久遠寺 雅臣
「うわああああっっっ!!!」

恐怖に耐えきれず叫ぶ。
犯人は立ち止まる。
そしてゆっくりとヘルメットのシールドを上げる。

久遠寺 雅臣
「……!」

ヘルメットから見えたその顔を見た瞬間、久遠寺は絶望した。

久遠寺 雅臣
「やっぱり……君が犯人だったのか……!」

犯人は何も答えない。ただ静かに近づいてくる。

久遠寺 雅臣
「待て!話を聞いてくれ!」

犯人は止まらない。

久遠寺 雅臣
「彼のことなら謝る!篠宮君のことなら……!本当に悪かった!」

久遠寺の声は震えている。

久遠寺 雅臣
「まさか自殺するとは思わなかったんだ!本当なんだ!」

さらに後退する。
しかしもう逃げ場はない。

久遠寺 雅臣
「お願いだ!!許してくれ……!!」

犯人は黙ったまま。
ゆっくりと手を伸ばす。

久遠寺 雅臣
「やめろ……やめてくれ……うわああああっっっ!!!!!!」

悲鳴が夜空に響く。
そして――静寂。

数分後、豪邸の前には誰もいなかった。残されているのは、風に揺れる木々の音だけ。
やがて。黒いバイクのエンジン音が鳴り響く。

ブォォォォォン――

ヘッドライトが闇を切り裂く。
黒いフルフェイスヘルメットの人物は、振り返ることなく夜の道路へ消えていった。
その後に残されたのは、第3の犠牲者。久遠寺雅臣。
そして現場には、新たなメッセージが残されていた。

「A」

G。
D。
A。
犯人の“演奏”は、いよいよ最終楽章へ向かおうとしていた――。

第4話 完

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