『私はどうしたい?』と考えるようになって、生きるのが少し楽になった
毎日の生活の中で、小さな選択をする場面は意外と多い。
頼まれごとを引き受けるか。
誘いに乗るか。
面倒だけどやっておくか。
そんなとき、私はできるだけ自分に問いかけるようにしている。
「私はどうしたい?」
以前の私は違った。
「断ったら悪いかな。」
「やらないと嫌われるかな。」
「普通はやるよね。」
そんなふうに、いつも誰かを主語に考えていた。
だから、引き受けたあとに疲れたり、
「なんで私ばっかり。」
そんな気持ちになることがよくあった。
同じ行動でも、誰の意思で選んだのかで、心の重さはまったく違うのだと。
例えば、誰かのために何かをするとき。
「やらなければならない。」
そう思って動くと、どこかで見返りを期待してしまう。
感謝されなければ腹が立つ。
当たり前のように受け取られると、損をした気持ちになる。
「私は、この人の役に立ちたいからする。」
そう思って選んだことなら、不思議と気持ちは軽い。
相手が感謝してくれるかどうかは関係ない。
自分がしたかったからした。
それだけで終われる。
もちろん、自分で選んだ結果、
「失敗だったな」
と思う日もある。
それでも、自分で決めたことなら納得できる。
「本当は嫌だったのに。」
「断れなかったから。」
「人に言われたから。」
そんなふうに他人に選ばされたと思う出来事は、不思議なくらい心に残る。
あとから何度も思い返しては、
「あのとき断ればよかった。」
と自分を責めたり、相手を責めたりしてしまう。
結局、苦しさを生んでいるのは出来事そのものではなく、
“自分で選んだ”と思えるかどうか。
そこなのかもしれない。
だから最近は、できるだけ自分を主語にして
考えるようにしている。
「私はどうしたい?」
「私は何を選ぶ?」
その答えが「やる」なら、気持ちよくやる。
「やらない」なら、勇気を出して断る。
誰かのために生きることは、
とても素敵なことだと思う。
でも、自分を置き去りにしてまで、
誰かの期待に応え続ける必要はない。
人生の主役は、いつだって自分。
だから私はこれからも、
「私はどうしたい?」
その問いを忘れずに、自分を主語にして、自分の人生を歩いていきたい。
