子どもの「やりたい」は全部本物だと思う。
子育てをしていると
「わがまま」「甘やかす」という言葉を
よく聞きます。
お菓子食べたい。テレビ見たい。これやりたくない。
そのたびに
「わがままを言わない」
「我慢しなさい」と
言いたくなる気持ち、すごく分かります。
私もそう言ってしまうことが
しょっちゅうです。
でも、ちょっと待って、と
思うようになりました。
大人だってやりたいことがある
今日なんかあそこのカフェ行きたいな。
このテレビ絶対見たい。
なんか甘いもの食べたいな。
大人だって毎日そういう欲求がある。
それを全部「我慢しなさい」って言われたら、
どうだろう。
当然やりたいことを
やれない日もあるけど、
「やりたい」という気持ち自体を
否定されたら、なんかちょっと違う気がしませんか?
子どもの「お菓子食べたい」「テレビ見たい」も、
本質は同じだと思っていて。
それはわがままじゃなくて、
その1つ1つが
その子自身の大事な「欲求」なんじゃないかな、と。
役割交換をしてみた日
ある日、息子がいろんなことに
イヤイヤしていて、私も疲れていて。
ふと思いつきで
「じゃあ代わりにママやってよ!」と
子どもたちと役割を
交換してみました。
私が子ども役になって、
「おやつ食べたい〜!テレビ見たい〜!」と
思いっきり騒ぐんです笑
そうすると、子どもたちは
「いいよ!」って。
子ども役をしながらも
「本当に?いいの?」と聞くと
「いいよ!」って。
そのとき、「いいよ」って
言ってもらうって
すごい安心感があるんだなって
思ったんです。
「自分のやりたいことを受け入れてもらえる」ことって
こんなにうれしいんだって。
子どもだから
デメリットとか
あれやらなきゃこれやらなきゃとか
何も考えてないからこその
「いいよ」ですが
「いいよ」と受け入れてもらることって
大切なんだなって思ったんです。
まず「いいよ」から始めるようにした
それから意識するようにしたのは、
まず「いいよ」と言うこと。
「いいよ、でも量は
これくらいにしようね」
「いいよ、ご飯の後にしよう」
条件をつけることもあるけれど、
最初に「いいよ」と受け入れる。
もちろん常識的にまずいことは別です。
危ないこと、人を傷つけること、
それは「いいよ」とは言わない。
でもそれ以外のことは、
できるだけ
子どもの欲求も大切に、
受け入れるようにしています。
わがままを聞くと、わがままになる?
「欲求を全部聞いたらわがままな子になる」という心配、
よく聞きます。
私も最初はそう思っていました。
でも今は少し違う考えを持っています。
「やりたい」という気持ちを「ダメ」と言い続けると、
子どもはだんだん本当の気持ちを言わなくなる。
「どうせ言っても無駄」
「言ったら怒られる」と思うようになる。
それって、わがままを言い続けることより
怖いことかもしれない、と思っています。
自分の欲求を言えなくなった子が、
大きくなったときに自分のやりたいことを見つけられるだろうか。
自分の気持ちを人に伝えられるだろうか。
子どもの「やりたい」はその子らしさの種
お菓子食べたい、これやりたくない、あそこ行きたい。
小さな欲求ひとつひとつが、
その子の好きなもの、嫌いなもの、
その子らしさを作っていると思っています。
全部叶えてあげることは
できないけれど、
「そんなわがままばっかり言って!」って
怒ることもたくさんあるけど、
「そう思っていいんだよ」と伝えることはできる。
欲求を持つことを否定しない子育てを、
私はしていきたいなと思っています。
すみれ
