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【連続小説】2025クライシスの向こう側 22話(最終回)

連続小説 on note 『2025クライシスの向こう側』
第2部 クライシスの向こう側で

第22話 A Place In The Sun -後編-


1 眠れない夜

7月2日15時42分。
太陽の表面で、超大規模なフレアが発生した。
その規模は、太陽フレアの分類でいうと、
Xクラスをも超える、観測史上最大級のものだった。

すぐにNASA、JAXA、ESA(欧州宇宙機関)などの各機関は、
宇宙空間に浮かぶ太陽監視衛星を通じて異常を検出。

約8分後の15時50分。
X線と極端紫外線が地球に到達した。
一部の通信衛星に遮断エラーが生じ、
HF帯(短波)通信に異常が発生。

北米や太平洋上空を飛行中の航空機では、
航空無線が一部途絶するなどの障害が起きた。


その頃、
シャングリラタワーのコントロールルームでは、
大河内が剣山地下の水晶層から発せられる
異常な「周波数」を感知していた。


16時40分。
NASA、JAXA、ESAなどの宇宙天気予報機関は、
「48時間以内に、10億トンを超える高エネルギー粒子(CME=コロナ質量放出)が地球に直撃する可能性がある」
との警告を発した。

この警告を受け、世界中の金融機関、
航空会社、軍事機関がバックアップ手順に入る。
大河内もそのニュースを確認し、思わずつぶやく。

「磁気嵐……しかも史上最強の……。とんでもないことが起こるんじゃないか……」

彼は、地下の異常周波数と
この磁気嵐との関連を考えた。

「この磁気嵐と何か関係があるのか……いや、まだ到達はしていないはず……考えすぎか……」

そこへ、AI「ヌース」に解析を
依頼していたアシスタントが声をかける。

「ヌースによると、すでにX線と極端紫外線は地球に到達しているそうです」

「X線と極端紫外線……そして圧電鉱石層の異常周波数……」

大河内は、ヌースにある仮説を入力し始める。

一方、ライブ会場では、
リハーサルが夕食休憩に入り、
雪之丞と渡瀬らがカレーの炊き出しをしていた。

バックステージでは、
大江がスマホでの通話を終え、
アイソンに近づいて話しかける。

「なんだか、すごい規模の太陽フレアが起きたんだって」

立ったままカレーを食べていたアイソンは、
それを天気予報でも聞くように受け止める。

「そうなんですか?」

「東京のスタッフからの連絡でね。今後、電波障害や停電の恐れがあるってさ。ここは自家発電だから問題ないけど、明日以降に来る予定の観客たちが来られなくなる可能性がある」

アイソンはカレーを食べる手を止め、
今度は深刻な顔で訊く。

「交通機関も止まるかもしれないってことですか?」

「そう。それが一番の問題でさ。ライブの中止も考えた方がいいんじゃないかって話が出ててね……」
ため息をつきながら肩を落とす大江。

「前日になっちゃうけど、明日の判断にしたよ。もし交通マヒが起きたら……払い戻しだな……」

その頃、フレアは音の方向性やニュアンスを、
身振り手振りで
ミュージシャンたちに伝えていた。
アイソンは、その姿を静かに見つめていた。


21時40分。
スタッフとともにパソコンの
ディスプレイを見つめていた大河内。
画面に映し出される被害想定を見て、
彼は思わず言った。

「これはヤバい……ライブどころじゃないぞ……」

そうつぶやいて、部屋を飛び出していく。

22時10分。
アイソンとフレアは、
ベッドの上でテレビを見ていた。
番組では、専門家が
今回の太陽フレアの規模について解説している。

「過去、最も大きな太陽フレアが観測されたのは1859年。“キャリントン・イベント”と呼ばれる現象です。当時、ハワイやカリブ海沿岸など世界各地でオーロラが観測されました」

アイソンの中にある名前が蘇る。

「キャリントン……リチャード・キャリントン!」

スマホで「リチャード・キャリントン」
と検索するアイソン。
不思議そうに画面を覗き込むフレア。
アイソンは画面を見ながら読み上げた。

「リチャード・キャリントン。19世紀の英国人天文学者。1859年、史上最大級の太陽フレアを観測。のちにこの現象は彼の名を取って“キャリントン・イベント”と呼ばれるようになった。リチャードが扮していたのは……この人だ」

アイソンとフレアは顔を見合わせ、
言葉を失った。

テレビでは解説が続く。
「当時、送電線が燃え上がったり、電信網が寸断されるといった被害が出ました。しかしその一方で、電源が切れているにも関わらず、送信や受信が可能だった電報システムもありました」

アナウンサーが訊ねる。

「それはどうして起きたんでしょう?」

「磁気嵐によって強力な誘導電流が発生し、それが人工的な電源の代わりとなったためです」

そのとき、アイソンのスマホに着信が入る。
発信者は渡瀬だった。

「もしもし?」

「アイソン! ちょっと外に出てみてくれ!」

電話の向こうで興奮した声が響く。

アイソンはフレアを伴って外へ出た。

すると、空にピンクと赤の
低緯度オーロラが広がっていた。

村人たちは皆、
空を見上げ口々につぶやいた。

「信じられない……」
「不思議……」
「綺麗……」
「怖い……」

何かが始まろうとしていた。
フレアはそう強く予感した。
アイソンの心にも、
同じようなざわめきが押し寄せていた。

そこへ、大河内と大江がやってくる。

「フレアちゃん。ライブは……難しいかもしれない」
大江が苦悶の表情でそう伝えた。

7月3日午前0時すぎ。
眠れないアイソンとフレアが寄り添う。
窓の外から、微かに差し込むオーロラピンク。

怒りとも、優しさとも取れるその光が、
長い長い沈黙の夜を照らしていた。

ようやくフレアが口を開く。

「ワタシね……」

そう言いかけた瞬間、
アイソンが微笑みながら口を開いた。

「やるべきだと思う」

そして、続ける。

「リチャードは“これに備えよ”って、そう言いたかったんだと思う」

フレアは真っ直ぐアイソンを見つめ、
しっかりと頷いた。

「お金は払い戻してもいい。ライブはやる。やるべき意味が、きっとあるから」

今度はアイソンが、深く頷いた。

そして、窓から差し込む淡いオーロラの光に
包まれて、二人は抱き合った。



2. 希望という名の灯り

7月3日 11時10分。
大江、アイソン、フレア、事務所スタッフ、
レコード会社スタッフ、イベンター、
警備会社のスタッフ、
渡瀬らが集まり、ライブの中止に向けた打ち合わせが行われていた。

テレビ、ネット、新聞などの情報では、
大規模な通信障害や停電に備え、
一部の公共交通機関が本日15時から
運転を取りやめたり、
減便運行にするとの発表が出された。

政府も、太陽嵐の到達予想時刻を
「本日16時前後」とした。

画面には混乱するターミナル駅、停止するATM、
商品が消えたスーパーの棚の映像が
繰り返し流れている。

シャングリラ村では、
自家発電により電力供給が維持されていた。

村の集会ドームは避難所として
近隣住民に開放され、
対応には雪之丞と村のスタッフが当たっていた。


重苦しい雰囲気の中、フレアが口を開いた。

「大江さん。それから皆さん。お願いがあります。確かにこの状況で、半分以上のお客さんは来られない。通常のライブは難しい。けれど、ここには電気がある。ワタシは歌わなくちゃならない。そんな気がしてならないんです」

アイソンは隣でフレアの手を握り、その言葉を黙って聞いている。

他のスタッフたちは、
どう返せばいいのか分からず沈黙していた。

しばしの静寂ののち、大江が言った。

「フレアちゃん。その話は後でしよう。今やらなきゃならないのは、ライブ中止とチケット払い戻しの告知。まだ通信が生きているうちに、できるだけ早く出さないといけない。危険を冒してでもここへ向かおうとする人が出たら、被害が拡大してしまうから」

大江はすぐに
レコード会社のスタッフと連携を取り、
告知の準備に入った。


13時30分。
公式ホームページとSNSにて
「ライブ中止のお知らせ」が発表された。

世界の片隅の静かな村に、
混乱した世界の余波が押し寄せていた。


15時00分。
NOAA(アメリカ海洋大気庁)が声明を出す。

『本日未明(アメリカ東部時間)に発生したXクラス太陽フレアに伴うCME(コロナ質量放出)は、地球に向かっており、1~2時間以内にG3クラス(強いレベル)の磁気嵐が到達する見込みです。短波通信やGPSへの影響、電力網への干渉にご注意ください。状況に応じて、警戒レベルの引き上げの可能性もあります』

16時30分。
気象庁とJAXAから緊急警戒警報が発令される。
各国の航空機は欠航やルート変更。
新幹線は減便運行へ。
政府は「不要不急の外出自粛」
「夜間の移動禁止」を要請した。

インターネットやテレビの
受信状況も徐々に不安定になる。

そして――
NOAAが世界を震撼させる発表を出す。

『到達中のCMEは、当初の予想を大きく超える強度を持っています。
最大レベルであるG5(極端)に分類され、
今後1時間以内に世界的影響が出る見込みです。

想定される影響は以下の通りです。

・衛星通信・GPS測位への重大な障害
・電力インフラに誘導電流が発生し、一部地域で停電
・航空機通信の断絶、飛行ルートの変更

今後、電力・通信・交通インフラに断続的な障害が発生する恐れがあるため、
各国・各企業・各家庭において迅速な対応が必要です』

そのニュースを、
ミーティングルームにいた一同が
固唾を飲んで見守る中――

テレビ放送が、突如として途絶えた。

スマートフォンは圏外になり、
誰とも繋がれない世界が始まった。


16時45分。
シャングリラタワーのコントロールルームでは、
剣山地下深くの地殻で
異常な電磁共鳴が観測された。

「……これは……自然界が先に動き出した……人工ではない。誘導電流が起点だ……」
大河内がつぶやく。

共鳴はどんどん強まっていく。
タワーと地下水晶層が共鳴を始め、
まるで地球そのものが何かを
発信しようとしているかのようだった。
科学では説明ができない。

「……何が起きてるんだ……。説明できないが、確実に“何か”が起きている」

17時00分。
世界の都市で次々と停電、GPS障害、
インターネット遮断が起こる。
一部地域では水道も止まり、
信号も消え、都市機能は麻痺した。
サーバーは繋がらず、SNSもダウン。

人々は、
目の前にいる者以外とは、繋がれなくなった。

18時00分。
カナダ全域、アラスカ、北欧などで広域停電。
ISS(国際宇宙ステーション)では
遮蔽モードに切り替わり、乗員が待機。

ニューヨーク、ロンドン、ベルリンなど
大都市圏でブラックアウトが発生。

ITインフラに依存した都市では、
銀行、病院、鉄道が相次いでダウン。
ストックホルム、深圳、トロント、
つくば市、シンガポールなどのスマートシティが次々に沈黙した。

20時00分。
海底ケーブルや衛星通信にも干渉が及び、
北米、南米、アジア、ハワイの一部で
ネットワークが不安定に。
一部つながるSNSでは、
「宇宙戦争だ」「テロ攻撃だ」
「第三次世界大戦だ」などの誤情報が飛び交う。

パリやフィラデルフィアでは暴動が発生。

東京・渋谷では、ブラックアウトした街を
オーロラの光が照らしていた。

22時過ぎ。
北半球の大半で停電と通信障害が多発。
日本政府は非常事態宣言を発令した。

その静けさと混乱の夜、
シャングリラ村では
フレアたちのリハーサルが続けられていた。

シャングリラタワーのコントロールルームでは、
大河内が地殻共振データを監視しながら、
フレアの音をモニタリングしていた。

その歌声と演奏が、磁気異常と地殻の共振、
そしてタワーの共鳴に呼応するように
響いている。

だが、まだ“エネルギー”は生まれていない。
ただ、強く、深く、
周波数だけが響き渡っていた。

23時過ぎ。
高知県から避難してきた人々が村に到着した。
彼らの数人が口を揃えてこう語る。

「途中で、フレアの歌声が聞こえた気がしたんです……」

続いて、徳島から来た子どもたちや若者たちも、同様の証言をする。

「リハーサルで流れていた曲が、遠く離れた山中で聴こえたように思った」

AMラジオ局にも、
同様の報告が寄せられていた。

リハーサルを終えたフレア、大江、
アイソン、雪之丞、大河内。

避難者の検診をしていた矢追も、
そして渡瀬、警備スタッフ、
イベンターも集まっていた。

フレアが訊く。

「コーディ……これはいったい何が起きてるの?」

「……正直、わからない。でも今回の磁気嵐と何か関係があるのは確かだと思う。CMEが届いたことで地殻共振がこれまでにない規模で起きていて、タワーとの共鳴も確認されてる。科学的には説明できないけれど……地球と太陽、そして君の声が共鳴している。そんな気がしてならないんだ」

アイソンが言葉を続ける。

「僕……実は、少し前からとても不思議な感覚があるんだ。CMEが来てから。理由はわからないし説明もできない。でも“わかる”んだ。明日の夜、また暗闇の世界で、フレアの歌が誰かの希望になるってことが」

「……そうだな。俺もそんな気がする」雪之丞が頷く。

「やったらええよ。せっかくここまで来たお客もいるし、避難してきた人のためだけでも」と渡瀬。

「ええ。ぜひ」矢追も穏やかに笑う。

皆を見渡して、大江が笑う。
「“flare”、フリーライブの女王って異名はどうだ?」

一同が吹き出す。

フレアが微笑みながら言った。
「ありがとう皆さん。ワタシは明日、地球の希望の灯りになれたら嬉しい」

部屋へ戻ったアイソンとフレアは
桃色のオーロラの光が差し込む窓に佇む。

「さっき僕がみんなに先がわかるって言ったのはね。そんな気がするとか、そう信じたいとか、そういうんじゃないんだ。フレアがそうだったように。確信なんだ。見えるんだよ映像として」

フレアが少し驚いてそう言うアイソンを見る。

「それに離れた場所でフレアの歌声を聴いた気がするって言ってた人たちも、先が見えるようになった僕も、きっと覚醒したんだと思う。これは新しい明日に進むために必要なことだったんだと思う。リチャードがそのための準備をさせたんだ。そしてフレアがみんなを導いているんだよ」

そう言ってフレアを強く抱きしめるアイソン。

アイソンの胸の中で
涙が溢れて止まらないフレア。

そのフレアの髪をそっと撫でながら、
「大丈夫。フレアなら大丈夫」
と優しくアイソンが言った。

フレアは
何度も何度もアイソンの胸の中で頷いた。



3 新しい朝

2025年7月4日 21時。
フレアのオールナイトライブが、
シャングリラ村の円形広場で始まった。

祈りのような歌声。
ミュージシャンたちの演奏が、
空に溶けるように響いてゆく。

その音は、まるで世界中に
降り注いでいるかのようだった。

子どもたちは食い入るようにステージを見つめ、
避難民の人々や集まったファンたちも、
手拍子を打ち、身体を揺らして音楽に応えていた。


――すべてが夢のようだ。

未曾有の天変地異も。
生まれてきたことも。
生きる喜びや悲しみも。
人との別れも、出会いも。

それでも、すべては心に刻まれている。

フレアは、60曲余りを歌い切った。
太陽が昇り始め、
すべてのものをやさしく包み込んでいく。
まるで、何もなかったかのように。

最後の曲が演奏されている。
フレアは、
最後のサビを何度もリフレインしながら
歌い続けている。

観客は、もはや不安や恐れを忘れていた。
両手を天にかざし、左右に揺れる手の波。
そのひとつひとつに朝陽がきらめいていた。

PA卓からその光景を見つめていたアイソン。
人々の手の波の向こう、
ステージの上で歌うフレアの姿に胸を打たれる。

大きく一つ息を吸い込んで、
アイソンは空を見上げる。
すると、その空の向こうに、
ゆっくりと宇宙の源へと
戻っていくリチャードの後ろ姿が見えた。

同時に、
別の世界線――隕石が降り注ぐ光景も、
重なって見える。

アイソンは、全身でフレアの歌を感じながら、
その奇跡のような光景をただ見つめていた。

そして、静かに呟く。

「さよなら……リチャード」


アウトロが流れる中、ステージ上のフレアは、
黄金の波のように揺れる人々の手に
向かって手を振っていた。

その時、空に、
産業革命時代の紳士の姿が
天へと昇っていくのが見える。

その紳士の顔を見たフレアが、
言葉にならない不安に襲われる。

彼女は平静を装ってステージを降りると、
バックステージで必死に叫んだ。

「アイソン! アイソン!」

――その声に応えるように、
何事もなかったかのように、アイソンが現れる。

「今……リチャードが帰っていくのが見えた」

そう告げるアイソンに、
フレアは今にも泣き出しそうな瞳で見つめ返す。

「どうした?」
不思議そうに覗き込むアイソン。

フレアは何も言わずに
首を振り、その胸に飛び込んだ。

「いなくなったかと思った……」
そうフレアが囁ききつくアイソンを抱きしめる。

客席からのアンコールの大合唱がその囁きをかき消す。
アイソンはそっとフレアの背中を押す。

「行っておいで」

大歓声の中、ステージへと戻るフレア。
その姿を、舞台袖からアイソンが静かに見守る。

フレアはアンコール曲のイントロが流れる中、
アイソンの方を振り返って見つめた。
アイソンも、しっかりと彼女を見つめ返す。

見つめ合うふたり。
――フレアの歌が、再び放たれる。



4 クライシスの向こう側

一部復旧したSNSには、
世界中から次々と報告が寄せられていた。

「夢のような歌声が聴こえた」
「眠っていたはずなのに、光の中にいた気がする」
「フレアの声に、救われた」

スタッフもミュージシャンも皆、
心地よい疲労感に包まれていた。
体力は限界に近かったが、
心には温かな希望が満ちていた。

それでも、軽い打ち上げの後は
あっさりとそれぞれの部屋に戻っていった。

フレアとアイソンが、
ふたりで部屋へと戻る途中。

アイソンがふと話し始める。

「僕の名前のことだけどさ。父さんはギリシャ神話の英雄“イアソン”からとったつもりだったらしいんだけど、実は“アイソン”はその父親の名前だったって、話したことあったよね?」

フレアが「うん」と微笑んで頷く。

アイソンは続ける。

「それとは別に、“アイソン彗星”っていう彗星があるんだよ」

「うん、聞いたことある」

「この彗星さ、太陽に近づきすぎて……溶けちゃったんだよ」

しばらく黙って歩くふたり。

やがて、アイソンが言う。

「アイソンとフレア。出会ってはならない運命だったのかもしれない。でも、リチャード・キャリントンによって、僕たちは引き寄せられたんだ」

「……ロマンチックすぎるよ」
そう言って、フレアは笑いながら
アイソンの手を握る。

「でも……離さないからね。アイソンは、消えてなくなったりしないから」

アイソンも微笑みながら返す。

「もちろん。でもさ、こうも思うんだ。あのアイソン彗星……もしかしたら、太陽に溶けたんじゃなくて、パラレルジャンプしたのかもしれないって」

「いいね、それ。なんか、アイソンっぽい」

ふたりは静かに笑い合う。

少しずつ、インフラは復旧しはじめていた。

世界は、確かに「クライシスの向こう側」へと
たどり着いていた。

部屋に戻ったフレアとアイソンは、
ベッドに身を預け、
深く、深く、眠りについた。

そして、
人々は確かに“希望”を感じはじめていた。

「奪い合う文明」の終わりと、
「与え合う時代」の始まり。

その狭間で。



エピローグ

僕はノートに、
物語の終わりを書いている。

風が吹いていた。
僕にも、君にも。
同じように。
同じ風が。

被災地には、
凍てつくような風が吹く。

戦地には、
人々の心を凍らせる風が吹く。

それでも、僕と君は手を繋いで、
風に向かって歩いていく。

悲しみを抱きしめて。
絶望を抱きしめて。
痛みや怒りを抱きしめて。
憎しみを抱きしめて。

そして、
喜びや優しさを抱きしめて。

愛を抱きしめて。
許しを抱きしめて。
希望を抱きしめて。

僕らは風の中を、静かに歩いていく。

――ただ、風が吹いていた。

ふと、僕らは足を止めて空を見上げた。

無数のドローンが
空を埋め尽くしていた。

さまざまな方角から、
まるで引き寄せられるように
こちらへ飛んできている。

向かい風に抗いながら飛ぶもの、
追い風に乗って滑るように飛ぶもの。

次々と中央の広場に着陸していく。

すべてのドローンには、
封筒が括りつけられていた。

封筒の中には、
ライブのチケット。

その裏側には、
世界中のさまざまな言語で
メッセージが書かれている。

「ありがとう。暗闇で癒された」
「あなたの声に救われた」
「あなたの言葉にありがとう」
「あなたの愛にありがとう」


僕は、ペンをノートに挟み、それを閉じた。

――太陽を背に、フレアがこちらへ歩いてくる。

長い髪を、風になびかせながら。

僕は太陽よりも眩しいフレアを見上げた。

                       完


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