米津玄師&宇多田ヒカル “JANE DOE” / Lady Gaga & Bruno Mars “Die With A Smile” -クロスレビューシリーズ2
国内外のリアルタイムの重要曲2曲を選び、あえて対比してレビューすることでそれぞれの楽曲の個性や魅力にいろんな角度から切り込もう、という試みから始まった「クロスレビューシリーズ」。
本来の意味の「クロスレビュー」を誤用し、「勘違いから理解は始まる」をモットーに今回も誤読していきたいと思います。
第2回となる今回は、日米を代表するトップアーティスト同士のデュエット曲対決。
もはや国際紅白歌合戦。豪華すぎるんじゃないでしょうか。
先に明記しておきますと、この企画は決して「どっちが凄いか」的な価値付けを見出すものではありません。
あくまでも相対的に評価し、対比させることでそれぞれの曲の新たな魅力を言語化したい。そんな企画です。
そんなわけで、1曲目から説明不要の大ヒット曲をレビューしていきましょう!
1. 米津玄師&宇多田ヒカル “JANE DOE”
昨年世界的に大ヒットした映画「劇場版チェンソーマン レゼ篇」のエンディングテーマ曲。
日本を代表する二大アーティストの夢の共演。
それだけでも名曲は確定しているようなものですが、米津玄師/宇多田ヒカル両名の曲としても新機軸を感じられる素晴らしい楽曲です。
まずシンプルなピアノの伴奏とともに始まる、宇多田ヒカルの儚げなボーカル。
彼女のソロ曲と言ってもいいほど宇多田ヒカル感溢れる美しいバラードの1stヴァース&コーラスですが、リズムやアレンジは従来の彼女の曲にはない要素ばかりです。
例えばリズムは三拍子で、Jazzyなピアノやベース、ストリングスの音などがどこかレトロスペクティヴな趣きも感じさせるワルツ。
一方で打ち込みの低音と細かいハイハットの音は、今の海外のスタンダードとなっているトラップ以降のモダンなプロダクション。
古典的なワルツのリズムと現代的なビート感の組み合わせが新鮮さを感じさせます。
宇多田ヒカルのエモーションを抑えた歌い方も素晴らしく、特にサビの前に一度無音になり、息継ぎの音だけでリズムを取ってから一気にエモーショナルな歌声に変わる瞬間は本当に引き込まれます。
ここまでですでに満足度100%くらいなのですが、続くセカンド・ヴァースからの米津玄師のボーカルがもうとんでもないヤバさ。
スローなリズムの行間を縫うように自由自在に揺蕩うメロディ。
あえて余白をたっぷり残した空間が、彼の祈るような歌声を唯一無二の楽器として響かせています。
サビはヒッキーに譲っているにも関わらず、正直ここがサビなのではないかと勘違いしてしまうくらい聴き応えのあるパート。
同じ映画の主題歌 “IRIS OUT”と聴き比べると、どんだけ表現力の幅があるんだこの人は、と半ば呆れざるを得ません。
この曲が表象するのは、人間の「結ばれなさ」の祝福。
男女それぞれの目線は互いを切実に探し求めますが、最終的に彼らが結ばれることはありません。
「まるでこの世界に二人だけみたいだね
なんて少しだけ 夢見てしまっただけ」
最初と最後に繰り返されるこのフレーズがこの曲の世界観を表しています。
孤独な魂同士の運命的な出会いでさえ、儚い一瞬の夢に過ぎない。
二人の声も、歌詞をなぞるかのように呼びかけ合いながら決して一つにならない。
村上春樹の「スプートニクの恋人」を思わせる哀しい歌。
しかしここには儚さへの讃歌というか、それでも人を求めることは間違っていないという肯定がある気がします。
2. Lady Gaga & Bruno Mars “Die With A Smile”
リリースは2024年。最新と言うには少し時間が経っていますが、何と言っても間も無くブルーノ・マーズ10年振りのソロアルバムがリリース。
ここで改めて彼の曲の魅力について考えることは非常に重要なはず。
そしてこのMV10億回再生の世界的大ヒット曲を選んだ理由の一つは、現在向かうところ敵なしの独走状態となっている米津玄師の曲とあえて対比させてみたい、と思ったからです。
もう一つ、この曲は “JANE DOE”と似ているという理由もあります。
まずこの曲も三拍子。この三拍子、ワルツのリズムを持つ曲は名曲が多い(個人調べ)。
そしてブルーノの歌い出しもこんな歌詞。
「ふと夢から覚めた
二人が別れを告げなくちゃいけない夢」
奇しくも “JANE DOE”と同じ「夢を見ていた」という始まり。
どちらも始まりの時点で別れを予感しています。
しかしここからブルーノは持ち前のロマンチズム全開の情熱を込めて
「明日が必ずやってくるとは限らない
だから毎晩君を愛そう これが最後の夜であるかのように」
と歌い上げます。
正直、この時点でかなり感極まります。
その後の
「世界がもうじき終わるとしたら
君に寄り添っていたい」
「君を抱きしめていたい
そして微笑みながら死にたい」
というドラマティックなコーラスも、いわば古典恋愛小説のような王道のラブソング。
しかしそれは愛が永遠に続くという理想を歌ったものではなく、それがいつかは終わるという予感と表裏一体となっているとても現実的なメッセージ。
そのためにこの歌詞には、万人の心を打つ普遍性のようなものがあります。
佐野元春も言う通り、「使い古されたクリシェも唄い方や演奏で変わる」ということですね。
一見 “JANE DOE”とは正反対の、衒いのない愛を歌う曲ではありますが、その根底にあるのは「どんなに深く愛し合っていてもそれはいつか終わる。明日世界が終わるかもしれない」という無常感、寄る辺のなさ。
幸福を表す “Smile”という単語でさえ、 “Die”というネガティブな言葉とセットで使われる。
“JANE DOE”と同じく、ここには最終的な終着点である「死」の影が映し出されています。
(言うまでもなく、ジェーン・ドウという呼称は身元不明の女性の遺体を表すものです)
その点では相通じる2曲だと言えるかもしれません。
しかし、個人的にこの2曲の大きな違いだと感じるのは、レディ・ガガが歌うセカンドヴァース以降の展開です。
レディ・ガガの歌唱も当然素晴らしいのですが、そこにブルーノが絶妙なハモリを重ねることで、この曲の「極上のデュエット」という真価が発揮されます。
哀しげなメロディは相変わらずなのですが、二回目のサビで二人の声が完全に重なることによって、まさに「最後の夜のように」愛し合う姿が目に浮かぶような圧倒的高揚感を生み出しています。
そしてこの「ハーモニー」こそが、ブルーノ・マーズがずっと表現し続けてきたことなのではないかと思うんですよね。
3.ブルーノ・マーズが試みてきたもの
ブルーノ・マーズは現役感バリバリのトップスターですが、意外と寡作というか、そんなに頻繁には曲を出していません。
何しろ前作 “24K Magic”から今年でもう10年(早過ぎる…)。
作曲家としてもプレイヤーとしてもプロデューサーとしても天才的な才能を持つ彼ですが、完璧志向ゆえかガンガン新曲を出すタイプではないんですよね。
しかし彼がこの10年存在感を示し続けてきたのは、数々のビッグネームとのコラボレーションがあったから。
アンダーソン・パックとのユニット「シルクソニック」をはじめ、カーディ.B、レディ・ガガ、BLACK PINKのROSE。
個人のキャリアよりも、ジャンルを超えた様々なポップアーティストとの共作・共演を意識的に優先してやってきた感があります。
特にシルクソニックの “Leave the Door Open”が象徴的で、ここでは「ドアを開けておくよ 君のために」と繰り返されます。
ラブソングの形式ではありますが、彼らは音楽を通して誰もが入って来れるように「ドアを開け」続けると歌っているんですよね。
彼がやってきたことは例えばポール・マッカートニー&スティーヴィー・ワンダーの「エボニー&アイボリー」のような、異なる出自のアーティスト同士がハーモニーを奏でることで誰もがアクセスできる「ポップミュージック」という万人のための場所を作ること。
そのために楽曲も60〜70年代のようなオーセンティックな音色にこだわり、ビッグなメロディを堂々と歌い、最先端のトレンドよりもタイムレスな、どの世代でも楽しめる曲を生み出すことを目指してきた、と言えるのではないでしょうか。
4.米津玄師と宇多田ヒカルの行方 -ビョーク&トム・ヨークの “I’ve Seen It All”
ブルーノ大絶賛の流れですが、やはり米津と宇多田もすごいし、どちらがいいかという単純な比較はできないくらいどちらも名曲ですよね(断定)。
映画が大ヒットしたのもやはり劇中の物語に普遍性があるからでしょうし、その登場人物の心情を痛々しいほどの共感力で表現したこの曲もまた、多くの人が抱えている哀しみと共鳴するものに違いありません。
米津玄師も過去にインタビューで「人はわかり合えないが、わかり合いたいという願いだけがある」と言ってたと思います。
また宇多田ヒカルも新劇エヴァの主題歌を作り続けてきたことからもわかる通り、まさに同じ世界認識の持ち主ですよね。
二人で歌っても決して声は重ならず、ハーモニーも奏でない。
それこそがこの二人そのものを表す誠実なデュエットの形なんだと思います。
ところで、この曲を聴いているうちに別の曲を思い出しました。
それがビョーク&トム・ヨークの “I’ve Seen It All”という曲です。
2000年に公開されたビョーク主演「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の主題歌。
久しぶりに聴いてみたら、非常に現代的な音で驚愕しました。
トラップ以降感のあるデジタルな打ち込みと、荘厳なストリングスアレンジ。リズムは少しトリップホップ感もあり、最近フジロック出演が発表されたMassive Attackなどのトリップホップ再評価の流れもありそうな雰囲気の今、この曲も再発見されるんじゃないか?と期待したくなる大名曲。
何より素晴らしいのは、鬱映画の主題歌だしビョークもトム・ヨークも鬱ソングの歌い手というか、コラボが似合わない孤高のシンガーのツートップ的存在。
それなのにこの曲では二人の声が奇跡のシンクロニシティ、ハーモニー、化学反応を生み出しているんですよね。
まさに “One day I am gonna grow wings
A chemical reaction”.
(Radiohead “Let Down”)
正直映画には救いがなく、ビョークもトム・ヨークもとてもネガティブな曲が得意な人たち。
しかしこの曲は、決して明るくないのにどこかに救いを感じさせる光を放っている。
個人的に本当に聴きたいのは、米津玄師と宇多田ヒカルのこういうケミカル・リアクションなんじゃないか、という気がします。
彼らは孤独と分かり合えなさを歌い続けてきた。
だからこそその先の奇跡を、音楽だからこそ見せられる景色をいつか見せてほしい、というのが、彼らの音楽に長年愛着を感じてきたリスナーとしての願望です。
宇多田のコラボでは、これもちょうど10年前となる作品「Fantome」のKOHHとのコラボ曲「忘却」もいいですね。
Fantome再評価も来るか。
今回は「愛と死、希求と別離」という、はからずも非常に重いテーマとなりました。
でも彼らの共通点としてはそうした重いテーマと向き合いつつも、結構ふざけた曲も歌っていることですよね。
27日リリースのブルーノ新作では、無茶苦茶無責任で明るい音楽が聴けることを期待しております(笑)。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
