Dos Monos”Dos Moons”の魔術性と、Radiohead “Hail to the thief “
Dos MonosのEP”Dos Moons”を聴き続けている。
2024年のアルバム”Dos Atomos”も凄いのだけれど、今年出たこのEPは過去最高の中毒性がある気がする。
これは単純にJapanese Indie Hip Hopの意欲作、といった音楽的なカテゴライズに収まるものではなく、音楽が「総合芸術」であることを証明しているのではないか、と思う。
まず伊藤潤二が手がけるアートワーク、そして「シン・エヴァンゲリオン」の作画監督浅野直之らが手がけた自主制作アニメーションMV。
このビジュアルの時点で受ける不吉さと禍々しさを兼ね備えた美しさに圧倒される。
音楽性については、この4曲をまともに音楽的に解析し評論できる人はいるのか?という複雑さとでたらめさ。
東洋的な音階のシタールのような音とコーラスから始まるこれら4曲をもはやプログレ、ミクスチャーロック、フリージャズ、クラブ・ミュージックといった既存のカテゴリーの組み合わせで語ることは不可能。というか、そんなことはどうでもよくなるくらい最高にかっこいい楽曲が畳み掛ける。
歌詞についても、爆笑しそうなユーモアとナンセンス、多種多様な引用、そして社会に対する挑発とその裏に潜む危機意識が渾然一体となって炸裂している。
映画「ショーシャンクの空に」の原作となったスティーブン・キングの中編「刑務所のリタ・ヘイワース」の引用から始まり、止まらない連想は1946年のリタ・ヘイワース主演「ギルダ」に飛び、80年前の亡霊を呼び覚ますように「世界がまた我々からバベル 割れて争い WW3になる」といきなり直球の予言を告げる。
「ギター飽きて捨てたピコピコRadiohead」と挑発してはいるが、この生音、ディストーションギターのダイナミズムはRadiohead”Hail to the thief”に近い世界情勢へのダイレクトなリアクションなのではないだろうか。
”Hail to the thief “と重なる部分は他にもある。例えばセイレン、クラーケン、カオナシ、ドラゴン、海坊主といった神話やフィクション、それも恐怖を与える象徴的な存在が頻出。マーリン、オズといったタイトルも魔術師に由来すると見られ、どこか中世的、暗黒時代の魔術的な世界観が全体を支配している。
これは同アルパムの”There, There”や”The Gloaming”と同じく、不吉な精霊と魔物が跋扈する黄昏の時代の復活を我々に警告しているのではないだろうか。目に見えないものを見てみろよ、と。
お前らあのサイレンまだ耳に残っているか?
Aye でもあれはもう80年前
もう誰もそんなことおしゃべりしてないしよ
そう、もう誰もそんなこと覚えちゃいない。Pearlという単語からパールハーバーを連想したりもしない。
80年前もきっとそんな感じだったのかもしれない。
