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天離る鄙の細道 第3話              (あまざかる ひなのほそみち)

第3話:綾部の死(2,251文字)

出雲市立総合医療センター
玄関前に複数のパトカー。
マスコミと押し問答している警察官。

それらの後ろに停車したタクシーから降りる綾部玲子。


手術室

【手術中】のランプが消える。
待合席から立ち上がる玲子。

自動ドアが開き、医師が現れる。

「父は……?」
「命に別状はありません。発見が早かったので軽度の火傷で済みました。
ただ」

「……?」
「左目だけ強度に焼けただれています」

困惑の表情の玲子。
「火災による火傷で?」

首を横に振る医師。
「何か熱した……金属製のコテの様な物を人為的に押し付けられた形跡が」

「人為的……それで父の左目は?」
「腫れが引け次第、一旦退院して療養いただき、後日切開します」

祈るように医師の話を聞いている玲子。
「眼球まで傷ついていれば……失明の可能性もあります」

玲子にお辞儀して別室へ向かう。

医師の後ろ姿を見つめながら
「一体だれがお父さんを……それに助け出してくれた人も一体……」

綾部の入院部屋(翌日)
ベッドで上半身を起こしている綾部、頭の半分と左目に包帯が巻れてある。
傍で果物を剥いている玲子。

「明日、一時退院だって。良かったね」
「テレビをつけてくれ」

ニュースの映像が流れる。

「少しでも体力を戻さないと」
果物を皿に盛って差し出す。
が、テレビ画面に釘付けの綾部。

「何て事を!」
震える綾部を見て、テレビに目をやる玲子。

【岡山県吉備津きびつ神社で火災】
【本殿から宮司の焼死体】

「出雲大社に続いて又?」
「私の……せいだ」

玲子の方に振り返り
「恐れていた事が動き出した……玲子、今から大事な話がある」

綾部の言葉に緊張する玲子。
「柿本神社の後継者であるお前に人麻呂様の遺した歌を口伝したい」
「歌って……短歌のこと?」

「書物には一切載っていない最期の歌……人麻呂様の遺言でもある」

医療センター 1階の廊下
【スタッフ専用】のドアがゆっくり開く。
清掃道具を積んだワゴンが現れる。

マスクを着けた作業服の男がエレベーターホールへ向かう。
ワゴンの取手、革手袋の手で押している。

綾部の入院部屋
窓から見える満月を挟んで対峙している綾部と玲子。
「1300年以上も秘密にされてきた歌……」

大きく頷く綾部。
「これは何処かの場所を暗示している歌なんじゃ」

首を横に振る綾部。
「語り部は歌そのものを伝承してゆくのが使命。意味を詮索してはならない」
「だが、もう護り切る事は不可能……解禁の時期なのかもしれない」

「この歌が原因だから?」
「そうだ……吉備津神社でも同じ事が起きてしまった」

ベッド脇にある雑貨箱の棚の一つを引き出して、小袋を玲子に手渡す。

「……お守り袋?」
「中に鍵が入っている」

袋の口を広げ、中身を取り出す。
手に持った鍵を見つめる玲子。

「貸金庫の鍵だ……山陰合同銀行」
「島根で一番大きな銀行」

「そう、松江市の本店に私の口座がある……人麻呂様の歌を今後どうするかは、お前が自分で決めなさい。歌の意味を見出す必要があると判断した時、
貸金庫を開けなさい」

「そこには先代48名のメッセージが入っている。口伝が終了した宮司は皆、後世に」

鍵を持つ玲子の手が震えている。

「どうした?」
「……怖い、とても怖い」

「玲子……」
「私は普通の神社の宮司の娘だと思っていた。でも49代も前から継承してきた秘密があったなんて……」

涙目で訴えるような仕草。
「そして大けがをしたお父さんは私に口伝した……私達が今、命の危険に晒されているんだと思うと私にはこの鍵は受取れないし、後継者としての責務も受け止める事はできない」

「落ち着きなさい、玲子」

冷静に諭すように
「大丈夫、私達は護られている」

「でもお父さんは事件に巻き込まれて」
「私は本殿内で死んでいてもおかしくなかった。怪我はしたが生きている」

玲子に微笑む綾部。
「一体誰がお父さんを?」

窓に映る満月を仰ぎ見て
「今夜はホテルに泊まりなさい」
「……?」

「松江のアーバンホテルに安藤泰長という人がいる。その人を訪ねなさい」
「お父さんを助けてくれた人?」
頷く綾部。

「どういう方?」
「会って直接本人に聞くと良い……彼は赤ん坊の時からお前を知っている」

半信半疑の玲子、鍵を小袋に入れて立ち上がる。

「明日の退院の時間は?」
「看護師さんが12時までにと」
「じゃあその頃。お休みなさい」

玲子、出入口のドアを開ける、が立ち止まり、
「お父さんの……49代目としてのメッセージは?」

「歴史は逆立ちしている……『書記』を疑いなさい」
「書記……『日本書記』のこと?」


エレベーターホール

ホール前で携帯メールを打っている玲子。
暫くでチンと音が鳴り、ドアが開く。

「あっ、すみません」
清掃道具のワゴンとぶつかる。
作業服の男と入れ違いにエレベーターに乗る。

綾部の入院部屋
枕元のスタンドの光だけで薄暗い。
電話で会話している綾部の後姿。

ドアノブに掛かる皮手袋の手。

「ええ、先程口伝しました……」

ほんの少し開いた隙間から銃身が現れる。

「貸金庫の鍵も渡しました。今夜はそちらに泊まらせます」

レーザーポインターが光り、綾部の背中に赤い点が灯る。

「一時帰宅の許可が降り、明日の12時に娘と一緒に」

背中から肩、肩から首へと上がってゆく。
後頭部の包帯の所で止まる赤い点。

「それから彼らには言葉に訛りが……ええ、間違いなく」

小さな発射音と共に前のめりに倒れる綾部。
包帯が、みるみる真っ赤に染まっていく。

『もしもし、綾部殿、どうしました?……綾部殿ッ!』

銃は後ろに下がり、静かにドアが閉まる。

【第4話《襲い掛かる魔の手》に続く】


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