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朝のたんぽぽは、夜にわたげになる。

朝見たたんぽぽの記憶が、夜、一日を生きた私の輪郭と重なっていく。


たんぽぽは、朝を見ていた。

そう思ったのは、夜になってからだった。

朝、私は少し早く目が覚めて、散歩に出た。

まだ人の少ない道を歩いていると、
足元の黄色に目が止まった。

たんぽぽだった。

コンクリートとコンクリートのすきまから、
小さく顔を出していた。

まわりは、がちがちに固められた道だった。

人が歩きやすいように。
車が通りやすいように。
雨の日でも足元がぬかるまないように。

そうやって整えられた道の上を、私も毎日歩いている。

整っていることに、守られている。
そのありがたさも、たしかにある。

でも、その人工的な硬さのあいだに、
ほんの少しだけ、見落とされたすきまが残っていた。

そこから、たんぽぽは出ていた。

きれいな土を選んだわけではない。
広い場所を与えられたわけでもない。

ただ、そこに残っていた小さな余白に、
自分の形を合わせるようにして、外へ出ていた。

その黄色は、かわいいだけではなかった。

少し痛そうで、
でも、明るかった。

私はそのとき、たんぽぽを見ているつもりだった。

コンクリートのすきまから咲いている小さな花を、
今日の散歩で見つけたのだと思っていた。

けれど、夜になってから。

あれは、たんぽぽの方が、
私の朝を見ていたのかもしれない。

そんなふうに思った。

これから一日、いくつもの場面に触れて、
少しずつ形を変えていく私を。

仕事をする自分。
親でいる自分。
誰かに迷惑をかけたくない自分。
ちゃんとしていたい自分。
本当は少し休みたい自分。

そういう私が、今日もまた、
固い日常のすきまから顔を出していくところを。

一日は、小さな触れ方でできている。

道のすきま。
駅のホームで止まった足。
券売機の前で迷う指。
子どもに声をかける前の、ほんの一瞬。

どれも、何でもない一日の中にある。

でも、そこにはたぶん、
自分と世界が少しだけ触れている場所がある。

境目というと、一本の線のように思える。

ここからが自分。
ここからが相手。
ここからが内側。
ここからが外側。

でも、実際の境目は、そんなにはっきりしていない。

触れた瞬間に少し揺れる。
近づくと、少し形が変わる。
離れたあとも、身体のどこかに感触が残る。

私はいつからか、
そういう揺れる境目のことを、
「キワ」と呼ぶようになった。

そして、日々の中にある小さなキワに気づくことを、
ひそかに「キワ活」と呼んでいる。

キワ活は、特別な場所へ行くことではない。

朝、足元のたんぽぽに目が止まること。
駅のホームで、心だけが先に走っていることに気づくこと。
券売機の前で、自分の欲を誰かの目で測ろうとしている自分を見ること。
子どもに声をかける直前、急かす私と待ちたい私のあいだで揺れること。

そういう、何でもない一日の中で、
自分と世界が触れている場所に気づくこと。

それは、ただ丁寧に暮らすための癒やしではないのだと思う。

もっと小さくて、もっと切実なこと。

今日一日、外側に合わせて少し歪んだ自分の形を、
夜にそっとたしかめること。

明日また世界に触れていくために、
こわばった輪郭を少しだけ戻してあげること。

これは、そんな私の、
ひそかなキワ活の記録です。


一|電車は遅れている。でも、心は先に走っている

朝のたんぽぽの余韻は、
駅に着いた瞬間に少し遠くなった。

電車が遅れていた。

ホームには人が多く、空気が少し重かった。

誰も大きな声は出していない。
でも、それぞれの身体の中で、
小さな焦りが動いているのが分かる気がした。

電光掲示板に「遅延」の文字が出ている。

それを見た瞬間、
まだ電車に乗ってもいないのに、
私の心だけが先に仕事先へ走り出した。

外側で起きているのは、ただの運行トラブルだ。

私のせいではない。
私が電車を止めたわけでもない。

でも、それが仕事の予定に近づいた瞬間、
私の中では、
「遅れる私」になっていく。

遅延は、電車の出来事。
遅刻は、私の出来事。

その境目で、私のキワが揺れる。

身体はまだホームにあるのに、
心だけが先に仕事先へ着いて、
何度も頭を下げている。

「すみません、少し遅れるかもしれません」

まだ何も言われていないのに、
もう誰かに責められているような気持ちになる。

時間にだらしないと思われるかもしれない。
準備が足りないと思われるかもしれない。
仕事を軽く見ていると思われるかもしれない。

相手の目を想像して、
自分の身体が少し小さくなる。

スマホを開いたり閉じたりしながら、私は気づく。

ああ、今、私はまだ起きていないことに向かって、
先に自分を責めている。

社会の時間に間に合わないかもしれないだけで、
自分の形をぎゅっと縮めている。

「電車が遅れていて、少し遅れるかもしれません」

そう事務的に送信したとき、
ようやく足の裏に感覚が戻った。

心が少しだけ、ホームに戻ってくる。

身体はここにある。
私はまだ、ここに立っている。

心だけを先に走らせても、
世界は一歩も早く動かない。

そう思ったら、
少しだけ息ができた。

朝のたんぽぽは、
この私も見ていただろうか。

まだ何も起きていないのに、
先に自分を小さくしてしまう私を。

固い時間の中で、
どうにか自分の形を保とうとしている私を。


二|昼、ラーメンとラーメンセットのあいだで

午前中、いろいろな場面に合わせていたら、
昼にはすっかり空っぽになっていた。

一人でラーメン屋に入る。

券売機の前に立つ。

ラーメン。
半チャーハン。
餃子。

ボタンを前にして、
私の中の欲がむくむくと顔を出す。

ラーメンだけでいい。
でも、セットにしたい。

太りたくない。
でも、今日は油と炭水化物で、
すり減った自分を満たしたい。

私は店内をそっと見回す。

誰か、ラーメンセットを頼んでいてくれないかな、と思う。

その人がいれば、
私も少し安心して頼める気がした。

誰も私を見ていないのに、
私は他者の目を借りて、自分の欲を測ろうとしている。

たかが昼ごはん。

でも、券売機の前で私は、
「ちゃんとしていたい自分」と、
「今は満たされたい自分」のキワに立っていた。

結局、少し迷って、
ラーメンセットのボタンを押した。

カウンターに置かれたスープをすする。

熱さが喉を通る。
油の膜が、口の中に残る。
お腹が少しずつ重くなる。

その重さに、少し後悔もある。

でも同時に、
外側に向かって伸びきっていた私の輪郭が、
ようやく身体の内側へ戻ってくる感じもあった。

私は、誰かにどう見えるかばかりを気にしていた。

でも、この身体は、
今、お腹が空いていた。

ちゃんとしていたい私もいる。
満たされたい私もいる。

どちらかだけが本当なのではなく、
そのあいだで迷っている私がいる。

ラーメンセットを食べ終えたあと、
少し重くなった身体を抱えて、
私はまた午後の中へ戻っていった。

朝のたんぽぽは、
この私も見ていただろうか。

誰も見ていない券売機の前で、
誰かの目を探してしまう私を。

自分の欲を、
自分だけではなかなか許せない私を。


三|夕方、親として少し輪郭を変える

夕方になると、
私は仕事をする自分から、
親でいる自分へ少しずつ移っていく。

同じ身体のはずなのに、
家の玄関が近づくにつれて、
心の表面が少し薄くなるような感覚がある。

家に入れば、
自分だけの都合で動ける時間は少なくなる。

「早く手を洗って」
「明日の準備をして」
「もうそろそろ片づけよう」

私には夜の段取りが見えている。

ごはん。
お風呂。
明日の準備。
寝る時間。

だから急かす。

でも、子どもには子どもの、
今この瞬間の時間がある。

遊びの途中。
話したいこと。
まだ終わっていない世界。

「早くして」

その一言を言えば、場は動く。

でも、その言葉を出す直前に、
いつも少しだけ迷う。

これは必要な声かけなのか。
それとも、大人の都合を押しつけているだけなのか。

叱ることと、見守ること。
進めることと、待つこと。

そのあいだで、
私の輪郭は固くなったり、
やわらかくなったりする。

そんな私の張りつめたキワを、
子どもは思いきり舌を出した「アッカンベー」で、
軽々とまたいでくる。

怒りが湧く。

でも同時に、
自分の真面目な形が、
一瞬でふにゃっと崩される。

子どもは、私が必死に保とうとしている輪郭を、
いつも予想外のところからゆるめてくる。

親でいる時間、
私は自分の形を保ちきれない。

待つために広がる。
守るために固くなる。
受け止めるために少し削れる。

正解は、よく分からない。

言いすぎて自己嫌悪になる夜もある。
待てなくて後悔する夕方もある。

でも、そのたびに、
親としての私の輪郭には、
小さな跡が残っていく。

それは傷でもあり、
たぶん、関わった証でもある。

朝のたんぽぽは、
この私も見ていただろうか。

親であろうとして固くなる私を。
待ちたいのに待てない私を。
崩された輪郭を、もう一度そっと立て直そうとしている私を。


四|夜、わたげになる

夜、子どもが寝静まると、
ようやく部屋の空気がゆるむ。

ソファーに背中を預ける。

一日中、外側の世界に合わせて伸び縮みしていた肩の力が、
ゆっくり下りていく。

水を飲む。

冷たさが喉を通る。

その感覚で、ようやく、
私はひとつの身体としてここにいるのだと思い出す。

頭の中で、今日の出来事が少しずつ戻ってくる。

朝のたんぽぽ。
駅の焦り。
券売機の迷い。
子どもに強く言いそうになった一瞬。

身体のあちこちに、
世界や他者と触れた感触が残っている。

あのとき、もっと違う言い方ができたかもしれない。
あそこで、もう少し待てたかもしれない。
あんなに焦らなくてもよかったかもしれない。

反省会が始まりそうになる。

でも、そこで少し立ち止まる。

できたか。
できなかったか。
正しかったか。
間違っていたか。

そのものさしだけで今日を見てしまうと、
昼間の緊張を、夜の部屋にまで持ち込んでしまう。

だから、いったん採点するのをやめる。

ただ、今日の自分の形を眺めてみる。

相手に合わせて、少し伸ばしたところ。
社会の時間に合わせようとして、縮こまったところ。
ちゃんとしていたくて、固くしたところ。
親として、少し広がりすぎたところ。

一日を生きる中で、
私の輪郭はいろいろな形に変わっていた。

それを責める前に、
まず、そうだったのだと見てみる。

夜になって、朝のたんぽぽを思い出す。

コンクリートのすきまから出ていた、
あの小さな黄色。

朝、私はたんぽぽを見ていた。

でも今なら、少し違う。

たんぽぽの方が、
私の朝を見ていたのかもしれない。

今日という一日へ出ていく私を。

社会の時間に縮こまり、
誰かの目を借りて自分の欲を許し、
親として固くなったり、ゆるんだりしながら、
それでもどうにか一日を歩いていく私を。

たんぽぽは、朝を見ていた。

そして夜、私は一日分のキワをほどいている。

一日のあいだに触れたもの。
揺れたもの。
少し乱れたもの。
こわばったもの。
言えなかったもの。
言いすぎたもの。

それらは私の中で、
小さなわたげのように、少しずつほどけはじめていた。

きれいに整っているわけではない。

まだ重たいものもある。
まだ胸に残っているものもある。
飛ばせないまま、手のひらに残るものもある。

それでも、朝には固く咲いていたものが、
夜には少しだけ軽くなる。

直すためではなく、
飾るためでもなく。

今日の私がどんな形でここまで来たのかを、
私はひとつずつ、わたげに触れるように、
たしかめていた。

これは、自分を甘やかすこととは少し違う。

明日もまた、
人と会い、時間に合わせ、役割をまとい、
いくつもの場面に触れていく。

そのために、今日こわばったところを、
夜のうちに少しだけゆるめておく。

自分の痛みに気づけた夜だけ、
明日、誰かのキワにも少しやわらかく触れられる気がする。

相手に飲み込まれるのでもなく、
自分を押しつけるのでもなく。

ひとつの身体を持ったまま、
それでも少しずつ形を変えながら、
世界と触れ合っていく。

明日もまた、私はたくさんのキワに触れる。

少し固くなり、
少し歪み、
少し傷つくかもしれない。

それでも夜には、
その日の自分の輪郭をそっと見て、
ここまで歩いてきたのだと、
静かに戻してあげたい。

朝のたんぽぽは、
夜にわたげになる。

それは、朝に見た花が、
ただ姿を変えるということだけではない。

一日の中で世界に触れた私もまた、
夜には少しほどけて、
次の場所へ向かう準備をしているのかもしれない。


おわりに|その余白から、また次のキワへ

キワを見ることは、
生きづらさをすぐに消す魔法ではない。

目が止まる。
胸がざわつく。
喉が固くなる。
肌で距離を測る。

身体が先に、
「今、世界と触れているよ」と教えてくれる。

その感覚を、すぐに責めない。

通り過ぎる前に、
ほんの少し眺めてみる。

それだけで、
がちがちに固まった日常の中に、
小さな息の場所が生まれることがある。

今日の私は、何度も形を変えていた。

社会の時間に合わせて縮こまり、
誰かの目を借りて自分の欲を許し、
親として固くなったり、ゆるんだりした。

そのどれもが、
今日の私の輪郭だった。

きれいに整った一日ではない。

少しゆがんでいて、
ところどころほどけていて、
それでも確かに、
ここまで歩いてきた私の形をしている。

夜にそれをそっとたしかめる。

責めるためではなく、
直すためでもなく、
明日また世界に触れていくために。

たんぽぽは、朝を見ていた。

その朝があったから、
私は夜に、自分の輪郭を見失わずに済んだのかもしれない。

夜に少しほどけたから、
あの朝もまた、ただの朝ではなくなっていく。

一日は、そこで終わるのではなく、
そっと次のキワに移っていく。

朝のたんぽぽは、
夜にわたげになる。

そして、今日の私もまた、
少しだけ軽くなって、
明日のどこかへ飛んでいく。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

#創作大賞2026 #エッセイ部門

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