第46話|43歳、部長。初めて、僕の提案が通った。
第46話|43歳、部長。初めて、僕の提案が通った。
「それでいきましょう。」
その言葉を聞いた瞬間。
僕は、
「ありがとうございます。」
と答えた。
それだけだった。
会議は、そのまま次の議題に進んだ。
誰かが拍手するわけでもない。
「素晴らしい提案ですね」
と言われたわけでもない。
大きな成果が出たわけでもない。
でも。
僕の中では、
何かが少しだけ動いた。
⸻
その提案を出すまで、ずっと迷っていた
そもそも、
その提案を出すかどうか、
かなり迷っていた。
新しい会社に入って、
まだそれほど時間が経っていない。
会社のことも、
まだ全部分かっていない。
仕事の進め方も、
まだ探っている途中。
そんな自分が、
「こうした方がいいと思います」
なんて言っていいのだろうか。
何度も考えた。
⸻
資料を作っている途中でも、
手が止まった。
「これ、的外れじゃないか?」
「今までのやり方には、何か理由があるんじゃないか?」
「俺が知らないだけなんじゃないか?」
そんな不安が次々に出てきた。
一度作った資料を、
また見直す。
文章を直す。
また直す。
そして、
「やっぱりやめようかな」
と思う。
⸻
「新しく入ったばかりなのに」
これが一番気になった。
まだ会社のことを十分に理解していない。
そんな自分が、
これまでやってきた人たちに向かって、
「こうした方がいい」
と言う。
それは、
少し怖かった。
「この人、何も分かっていないのに何を言っているんだ?」
と思われるかもしれない。
そう考えると、
どんどん自信がなくなった。
⸻
でも、
ある時ふと思った。
「分からないからこそ、気づいていることもあるんじゃないか。」
入社したばかりだから、
まだ慣れていない。
だからこそ、
「ここ、ちょっと分かりづらいな」
と思うこともある。
「こうした方が進めやすいんじゃないか」
と思うこともある。
もちろん、
自分の考えが正しいとは限らない。
でも、
言ってみなければ何も始まらない。
そう思った。
⸻
会議の前は、やっぱり緊張した
会議が始まる少し前。
パソコンの画面に、
自分が作った資料を表示していた。
何度も見る。
タイトル。
数字。
文章。
順番。
誤字。
また見る。
「大丈夫かな……」
そんなことを考えていた。
心臓が少し速くなる。
別に、
大勢の前で話すわけじゃない。
これまで何度も経験してきたような会議だ。
なのに、
今回は違った。
自分の考えを評価されるからだ。
⸻
「どう思いますか?」
そして、
その時が来た。
話を振られた。
僕は、
一度息を吸った。
そして、
話し始めた。
最初の一言は、
少し声が硬かったと思う。
でも、
一つずつ説明した。
なぜそう思ったのか。
今の状態で何が起きているのか。
自分ならどう変えたいのか。
どんなメリットがあるのか。
できるだけ、
簡単に話した。
⸻
途中で、
質問も出た。
正直、
少し焦った。
答えに自信がないものもあった。
でも、
分からないことは、
「そこは確認します。」
と答えた。
以前の僕なら、
無理に答えていたかもしれない。
でも今回は、
そうしなかった。
⸻
そして、最後に言われた
一通り話したあと。
少し間があった。
僕は、
「やっぱりダメだったかな」
と思った。
その時だった。
「それでいきましょう。」
そう言われた。
一瞬、
何を言われたのか分からなかった。
「あ、通ったんだ。」
そう思った。
⸻
本当に、嬉しかった
でも、
表情にはあまり出さなかったと思う。
「ありがとうございます。」
それだけ言った。
会議が続いているから、
大げさに喜ぶわけにもいかない。
だから、
いつも通りにしていた。
でも、
心の中では、
少しだけ、
ガッツポーズをしていた。
⸻
会議が終わった。
パソコンを閉じる。
椅子から立つ。
その時、
少しだけ肩の力が抜けた。
「よかった……。」
小さく、
そう思った。
⸻
たった一つの提案だった
冷静に考えれば、
大したことではない。
会社を変えるほどの提案でもない。
大きな売上を作ったわけでもない。
誰かから表彰されたわけでもない。
ただ、
自分が考えたことが、
一つ、
前に進んだだけ。
それだけだ。
⸻
でも、
45話の自分を思い出した。
「俺、何を成し遂げたんだ?」
そう思っていた。
何もない。
そう思っていた。
だから、
この小さな出来事が、
ものすごく嬉しかった。
⸻
「俺、ちゃんと仕事してるかも」
その日の帰り道。
駅まで歩きながら、
そんなことを考えた。
「俺、ちゃんと仕事してるかも。」
思わず、
少し笑った。
43歳。
部長。
年収1,000万円。
そんな肩書きだけを見れば、
もっと堂々としていていいはずなのかもしれない。
でも、
実際の僕は、
たった一つの提案が通っただけで、
こんなに嬉しくなっていた。
⸻
でも、それでいいと思った
むしろ、
それでいい。
大きな成果じゃなくても、
自分が考えたことが、
誰かの役に立った。
仕事が一つ前に進んだ。
それだけで、
十分じゃないか。
⸻
転職してから、
「早く結果を出さなきゃ」
と思い続けていた。
だから、
小さな成果を、
成果だと思えていなかった。
「会社を大きく変える」
「大きなプロジェクトを成功させる」
「目に見える数字を作る」
そんなものばかりを、
成果だと思っていた。
⸻
でも、
違った。
小さな前進も、成果なんだ。
一つの問題を解決する。
一つの提案を通す。
一人の人に理解してもらう。
昨日より一つ、
できることを増やす。
それだって、
仕事だ。
⸻
少しだけ、自信が戻った
その日の夜。
家に帰ってから、
また資料を見た。
昼間まで、
「これでいいのかな」
と思っていた資料。
でも、
今見ると、
少しだけ違って見えた。
「ちゃんと考えて作ったんだな。」
そう思った。
自分で自分を、
少しだけ認めることができた。
⸻
もちろん、
急に自信満々になったわけじゃない。
「俺はもう大丈夫」
なんて思わない。
次の日には、
また分からないことが出てくる。
また失敗するかもしれない。
また上司から指摘されるかもしれない。
それでも、
一つだけ分かった。
⸻
僕にも、できることはある。
全部じゃない。
何でもできるわけじゃない。
でも、
一つくらいはある。
そして、
その一つを積み重ねていけばいい。
⸻
43歳からでも遅くない
若い頃は、
もっと大きな成功を求めていた。
何かを成し遂げたい。
認められたい。
出世したい。
年収を上げたい。
そんなことばかり考えていた。
でも今は、
少し違う。
43歳になって、
転職して、
自信をなくして、
何度も「辞めたい」と思って。
そんな経験をして、
初めて分かった。
小さな成功って、こんなに嬉しいんだ。
⸻
そして、
もう一つ。
「自信」というのは、
最初から持っているものではないのかもしれない。
何かができた。
↓
少し自信がつく。
またできた。
↓
もう少し自信がつく。
失敗する。
↓
また自信をなくす。
それでも、
もう一度やる。
その繰り返しなのかもしれない。
⸻
だから、
今の僕には、
まだ大きな自信はない。
でも、
小さな自信なら、
少しだけある。
今日、
一つ、
提案を通すことができた。
それだけ。
でも、
それで十分だった。
⸻
あの日の僕へ
もし、
1ヶ月前の自分に、
今のことを伝えられるなら、
こう言いたい。
「焦らなくていい。」
「すぐに大きな成果を出さなくてもいい。」
「分からないことがあってもいい。」
「失敗してもいい。」
「一つずつでいい。」
そして、
こう言いたい。
「ちゃんと見てくれている人もいるから。」
⸻
43歳。
部長。
それでも、
まだ自信がない。
まだ分からない。
まだ失敗する。
でも、
初めて、
自分の提案が通った。
たった一つ。
それだけだけど。
僕にとっては、
大きな一歩だった。
⸻
帰り道。
いつもの道を歩きながら、
ふと思った。
明日も、
頑張ってみようかな。
ほんの少しだけ。
そんな気持ちになった。
それまでの僕には、
なかなかなかった感情だった。
⸻
転職して、
初めて思った。
「もしかしたら、僕にもまだやれることがあるのかもしれない。」
そう思えただけで、
その日は十分だった。
43歳。
まだ終わっていない。
まだ、
ここからだ。
⸻
次回予告
第47話|43歳、部長。「ありがとうございます」と言われて、少しだけ救われた。
提案が通った。
それだけで、少し自信が戻った。
でも、
次に僕を救ってくれたのは、
もっと小さな出来事だった。
仕事を終えたあと、
一人のメンバーから言われた、
たった一言。
「ありがとうございました。」
その言葉が、
なぜか胸に残った。
