コジマホールディングス西区民文化センター・スタジオで「第23回 古今亭菊丸 独演会」を聴く。
2018年12月15日(土)
開口一番:春風亭一猿
お楽しみ:古今亭菊丸
野ざらし:古今亭菊丸
甲府い:古今亭菊丸
これといったきっかけもなく、町田市立中央図書館で古今亭志ん生のCDを借りて聴いたのがきっかけで、熱することはなく、かといってすっかり離れることもなく、忘れるようで忘れずに聴いているのが落語だ。演目を熱心に覚えることはなく、落語家の違いも聴き分けることもせず、なんとなく聴いているのが落語だ。
読売新聞の購読でもらえるチケットを使い浅草の東洋館で数回観たきりで、楽しんだことは楽しんだが、はっきりとした感慨は覚えていない。
西区民文化センターで落語を聴けることは知っていたが、日が合わず、足を運べずにいたら、ちょうど暇があったので行ってみると、まあなんと面白いものだろう。
開演時間ぎりぎりに入場すると、ほとんど席は埋まり、探してみると、自分のために拵えたような最前列中央の席が一つ空いている。息を切らせて座ると、隣の中年男性が、「特等席ですよ、つばが飛んでくるからね」と、気の利いた言葉を返せずに笑って相槌を打つと、すぐにCDの囃子が流れて開演する。
音声だけで聴くのと違い、落語家の身振りを観るとこうも凄いのかと芸の深さに感嘆してしまった。無理して笑うことをせず、笑いたい時に思い切り笑える。笑いのつぼは人それぞれで、おもいおもいにそれぞれが笑える雰囲気だった。
しかし菊丸さんの芸で、寄席はこんなにも面白いのかと初めて知った。中途半端な劇なんかよりもよほど芸が細かく、表情、手振り、身振り、声音、その凄みの一つ一つが観ている者に場面を感じさせずに入り込ませて、空気感によって一体となる。取り込まれるようにだ。
おそらく憧れを伴った空疎な懐古主義かもしれないが、江戸の町民を体現する落語に、小粋で生き生きとした文化の魅力を感じられるから惹かれるのだろう。古今亭志ん生と三遊亭圓生の音声ばかり聴いていたから上方落語は知らず、江戸の落語の荒っぽい言葉遣いに息づくやり取りの旨さに、落語らしい落語を断定している。
嫌味と悪さのない、上品ではっきりした語り口で、人の良さを感じる菊丸さんだった。しかし顔の皺には素晴らしい年輪が刻まれていて、その表情と目つき、手つきなどは、もう本当に素晴らしい風格があった。
落語には文学性と研ぎ澄まされた演劇の美しさがある。朗読会のような半端なものではない。それがあることを知らずに知っていたから、離れないのだろう。
