広島市映像文化ライブラリーで成瀬巳喜男監督の「晩菊」を観る。
2019年10月19日(土)
1954年(昭和29年) 東宝 101分 白黒 35mm
監督:成瀬巳喜男
原作:林芙美子
脚本:田中澄江、井手俊郎
音楽:斎藤一郎
撮影:玉井正夫
美術:中古智
出演:杉村春子、沢村貞子、細川ちか子、望月優子、上原謙、小泉博、有馬稲子、見明凡太郎、沢村宗之助
率直に言うとオープニングから退屈な映画だと思った。描かれるのは旬を過ぎた数人の女性の身辺ばかりで、札束を人に渡し、耳の聞こえない小間使が登場して、昔の芸者仲間に金の催促に行き、作りきった上辺は芸者が抜けきれない科が残っているも、少しでも相手が逸れて陰ができれば途端に悪口がついてくる。登場する女優の演技が上手だからこそ、観ていて苦い気分になる。それは良い旋律があるわけではなく、日常にあまりにありふれていて、女性だけではなく男性も持つ、平凡な人間によるタバコの副流煙以上に臭くてたまらない、理性に制御されることのない小賢しい愚痴が多いからだ。
それでも、徐々に作品に慣れてくると、細かい演技の調子がとても優れていることに気づき、物語が展開すると登場人物の背景と性格に馴染んでくるので、まるで知らない他人の下手なぼやきは手で払いたくなるも、少し知った人なら同情を持って聞くことができるように嫌気が薄れていく。
盛りを越した男女の物寂しさが絡み合い、昔に悪い仲でなかった異性も数十年振りに会いにくるも、懐かしみながら金を無心するという体たらくだ。もはや若さは失われてしまい、人生にしごかれてこのまま衰残していく実例が酒に酔って、どうにもならないほどだらしない。
秋の虫の声のように強く耳に入らず、ふとすると聞こえていないくらい音楽が続いていて、日常的なリズムがそのまま画面に移されたような調子は大きく変化しないが、後半の邂逅と子離れについての嘆きは、少しくどいと思える長さだった。
あまり色濃く描かずに、淡彩でさっと人物の動きを絵に残していくようなユーモアと涼しさは多少物足りなさがあるも、これがこの監督の味わい深さなのだろう。平凡が平凡に描かれるのは、自然にまでもっていく技量があるからこそ違和感がないのだろう。
