広島市映像文化ライブラリーで吉村公三郎監督の「源氏物語」を観る。

2020年2月5日(水)

1951年(昭和26年) 大映(京都) 123分 白黒 35mm

監督:吉村公三郎
脚本:新藤兼人
監修:谷崎潤一郎
撮影:杉山公平
録音:大角正夫
照明:加藤庄之丞
美術監督:水谷浩
音楽監督:伊福部昭
出演:長谷川一夫、木暮実千代、乙羽信子、大河内傳次郎、水戸光子、京マチ子、堀雄二、菅井一郎、長谷川裕見子、相馬千恵子、東山千栄子、加東大介

暴走族においての仲間意識や、家族と友人の結束について関心を抱くとある人にとって宝塚歌劇団はなんら面白いところがないらしく、ある有名な作家にとっての太宰治は忌み嫌うほどのものだったことを思い出す作品だった。

「源氏物語」という長大な作品をどのように抜粋して脚色し、編集するか、また登場人物をどのような性格で描くか、ついそんな視点で映画を観てしまう。桐壺、藤壺、葵、紫、朧月、須磨、登場人物をこう並べただけで源氏物語を好む人には各帖が吹き出しとなってぶつかり合うだろう。しかし小説を知らない人、もしくは興味のない人にとっては、この映画作品は不可解な男性と女性の煮え切らない物語として嫌悪される要素がある。

海月よりも、むしろたんぽぽの綿毛のようにふわふわと描かれる光源氏は、太宰治の描く「右大臣実朝」のようだ。なよやかな姿は何を考えているのか周囲はわかりづらく、男性的な断固たる意志が表に現れず、自分勝手というよりも自然に作り上げられた女性向けの優しい機械のようだ。荒っぽい声で威張り散らすような高圧的な男性にはおそらく理解できないが、細微な心情を持つ女性には難なくわかってしまうのだろうか。そんな優男が描かれていて、柔らかい編集と画面に様式的な人物の動作が一定してあり、幻想的な雰囲気が崩れずに流れる。

目を見張るのは豪華なセットにあり、現代らしい性格で表現される箇所もあるが、源氏物語として納得させる豪壮で華美な風格がこの作品にはある。ただし、細かい内容を小説で理解していない自分の審美眼だから、怪しいものがある。

長谷川一夫さんの優れて均整の取れた美しい顔は歌舞伎の女形のようで、木暮実千代さん、乙羽信子さん、水戸光子さん、京マチ子さんなどの女性役者の個性ある力量と、作品世界にとことんこだわる昔の映画人のこだわりに満ちた作品だった。

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