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介護士30年。僕は「偽善者」になってから仕事が楽になった。

「介護士は優しい人じゃないと務まらない。」

新人だった頃の僕は、本気でそう思っていました。

利用者さんに優しく接する。

できないことを補いながら、自立を目指す。

いつも笑顔で寄り添う。

そんな介護士が理想だと思っていました。

でも30年働いた今、僕は思います。

僕は、そんなにいい人ではありません。

むしろ…

僕は偽善者です。

この言葉を聞いて、不快に思う人もいるかもしれません。

でも最後まで読んでいただけたら、僕がなぜこの言葉を使うのか分かってもらえると思います。



介護士には覚えなければならない技術がたくさんあります。

食事介助。

入浴介助。

移乗介助。

排泄介助。

口腔ケア。

どれも命に関わる大切な介護技術です。

これらは勉強し、経験を積めば少しずつ身についていきます。

でも30年働いてきて思うことがあります。

本当に身につけるのが難しい技術は、教科書には載っていません。

僕は勝手にこう呼んでいます。

「偽善者スキル」

です。



昔の僕は、正論が一番正しいと思っていました。

「頑張って歩きましょう。」

「自分でできることは自分でしましょう。」

介護士としては当たり前です。

自立支援は介護の基本だからです。

でも…。

利用者さんは怒りました。

介助を拒否される。

リハビリを嫌がる。

時には口論になる。

僕は「なんで分かってくれないんだ」と思っていました。

でも、分かっていなかったのは僕の方でした。

身体が思うように動かない。

家に帰れる見込みもない。

大切な家族を亡くした。

生きる意味すら見失っている人もいる。

そんな人に正論だけを届けても、心には届きません。



ある日のことです。

一人の利用者さんから聞かれました。

「役立たずって、どういう意味?」

僕は何も考えず答えました。

「簡単ですよ。何の役にも立たない、どうしようもないことです。」

すると利用者さんは静かに言いました。

「今日、娘にそう言われた。」

……

頭が真っ白になりました。

僕は「言葉の意味」を説明したつもりでした。

でも、その人が聞きたかったのは意味ではありません。

心の痛みを、誰かに聞いてほしかった。

それなのに僕は、その気持ちに気づけませんでした。

あの日の失敗は、30年経った今でも忘れられません。



そこから僕は変わりました。

正論を言うことをやめました。

まず笑わせる。

冗談を言う。

話を聞く。

相手が安心できる自分を演じる。

疲れていても笑う。

イライラしていても声を荒らげない。

利用者さんが求めている介護士を演じる。

それが僕の言う

「偽善者スキル」

です。



「演技なんて嫌だ。」

そう思う人もいるかもしれません。

でも僕は違うと思っています。

これは嘘をつくことではありません。

相手を騙すことでもありません。

自分の感情をコントロールし、相手が安心できる存在になること。

それがプロだと思っています。



不思議なことに、このスキルを身につけてから変わりました。

食事を拒否していた人が食べるようになった。

介助を拒否していた人が受け入れてくれるようになった。

暴言や暴力が減った人もいました。

そして何より、

「誰にも言っていないんだけど…」

と、本当の悩みを話してくれる人が増えました。

利用者さんは職員を本当によく見ています。

「あの人は怖い。」

「あの人は夜勤で怒鳴っていた。」

「あの人には話したくない。」

そんなことも、よく耳にしました。

だからこそ思います。

安心して話せる介護士がいることは、利用者さんを守るだけでなく、虐待の予防にもつながるのではないかと。



30年前の僕は、

「いい介護士になろう」

としていました。

でも今は違います。

「安心できる介護士になろう」

そう思っています。

介護技術は、利用者さんの身体を支えます。

でも、偽善者スキルは利用者さんの心を支えます。

もし30年間で身につけた一番大切な技術を一つ挙げるなら、食事介助でも移乗介助でもありません。

相手のために自分をコントロールし、安心を届ける「偽善者スキル」。

それこそが、僕が30年かけて学んだ、介護技術です。


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