官能小説ファンタジー「これ、なんだと思う…?言ってみろよ」
これ、なんだと思う…?
午後八時。
人の気配が消えたオフィスで、私は一人、パソコンに向かっていた。
カタカタとキーボードを打つ音だけが響いている。
「……疲れた」
肩を回した、そのとき。
「まだ帰らないのか?」
「……課長?」
振り返ると、課長が立っていた。
ネクタイを少し緩め、シャツの袖をまくっている。
昼間よりずっと無防備な姿に、私は思わず目を逸らした。
「もう帰ったと思ってました」
「忘れ物を取りに来た」
課長はそう言うと、自分のデスクへ向かった。
そして、何かを手に取る。
透明な小さなケース。
それを持ったまま、私のところへ戻ってきた。
「……これ」
「?」
課長がケースを私の目の前に置いた。
中には、細長く、少し丸みを帯びた茶色いものが入っている。
「これがなんだか、分かるか?」
「……え?」
「よく見ろ」
低い声。
静かなオフィス。
なぜか、妙に緊張する。
私はケースを両手で持った。
「……分かりません」
「本当に?」
「はい……」
課長が一歩近づく。
「じゃあ、言ってみろよ」
「…………」
顔が熱くなる。
なんだろう、この言い方。
まるで試されているような。
「これがなんだか……」
課長が私を見る。
「言ってみろよ」
私はケースの中をじっと見つめた。
そして、小さな声で答えた。
「……アゲハ蝶のサナギです……」
「…………」
「…………」
「…………正解」
「…………」
私は一気に恥ずかしくなった。
「えっ……」
「何だ?」
「い、いえ……」
「顔、赤いぞ」
「赤くないです!」
「そうか?」
「そうです!」
課長が笑う。
「何を想像したんだ?」
「何も想像してません!」
「そうか」
「本当に何も!」
課長はケースを持ち上げた。
「昨日、会社の裏で見つけたんだ」
「サナギを?」
「ああ」
「なんで会社に持ってきたんですか?」
「もうすぐ羽化しそうだったから」
「へえ……」
改めてケースを見る。
茶色いサナギは、じっと動かない。
「……明日には蝶になってるんですか?」
「そうかもしれないな」
「見てみたいです」
「じゃあ、明日また見に来い」
「はい」
翌朝。
私はいつもより早く出社した。
窓際に置かれたケースを見る。
「…………!」
ケースの中は空っぽだった。
「課長?」
振り返る。
そこに課長が立っていた。
「おはよう」
「サナギは?」
「もう羽化した」
「え?」
その瞬間だった。
課長の背中から――
バサッ!
「…………え?」
大きな羽が生えた。

「か、課長……?」
課長は何も言わない。
ただ静かに羽を広げる。
黒と黄色の美しい模様。
「ちょっと待ってください!」
課長の身体がふわりと浮いた。
「課長!?」
そのまま窓へ向かって飛んでいく。
「課長――!」
窓の外へ飛び出した課長は、朝の空を優雅に旋回する。
私は呆然と見つめた。
「……本当に蝶になった……」
そのとき。
空から一羽のカラスが飛んできた。
「…………?」
カラスは課長の背後に近づき――
パクッ。
「…………」
課長が消えた。
「…………」
私はしばらく窓の外を見つめていた。
何もない。
ただ青い空が広がっている。
「…………」
私は静かにデスクへ戻った。
そして、給湯室へ向かう。
コーヒーメーカーのスイッチを押す。
ゴポゴポと音を立てながら、コーヒーが落ちていく。
私はマグカップを持って席に戻った。
そして一口。
「……おいしい」
朝のコーヒーは格別だった。
窓の外では、カラスが遠ざかっていく。
「…………」
私はもう一口飲んだ。
「……ブレイクタイムにしよ」
課長のことは――
まあ。
午後から考えればいい。
たぶん。
たぶんね。
おしまい🦋
いいなと思ったら応援しよう!
いつもありがとうございます♪頂きましたチップは、活動費に大切に使用させて頂きます♡応援よろしくお願い致します(*´ェ`*)