あの日のロッキンホースバレリーナ――失恋したあと、私は9センチ背が高くなった
【2025年、春の夜】
私は20年以上大切にしてきた靴を、数年ぶりに履いた。
玄関のドアを開け、外へ出る。
ポーチの門扉に手を添えると、鉄の冷たさが手のひらへ移った。
足首に巻きつけた革紐の窮屈さも、靴の重みも懐かしい。
私は門扉から手を離し、マンションの共用廊下をゆっくり歩き始めた。
数日後には入院し、膝の手術を受ける。
その前に。
杖なしで歩ける今のうちに。
この靴を履いた高さから見る景色は、今夜が最後になるかもしれない。
*
その靴を手に入れるまでには、ひとつの恋の終わりがあった。
20代前半の頃、ひとまわり年上の男に人生で初めて告白された。
一目惚れだと告げられ、恋人として望まれたことが嬉しかった。
その恋を失いたくなかった。
交際中に、服をプレゼントされたことがある。
商業施設の中にあった小さなブティックで、彼が選んだ服を試着することになった。
レモンイエローのサマーニット。
イエローとブルーのチェック柄の巻きロングスカート。
かっちりした四角い黒のショルダーバッグ。
どれも、私なら絶対に選ばないものだ。
「海辺のリゾートでビジネスバッグを持つ女」が、姿見に映っている。
いたたまれない。
彼は満足そうに私の首から下を眺めたあと、支払いを済ませた。
着用したままデート続行が確定した瞬間だった。
あの時の私がうまく笑えていたかは、もう覚えていない。
彼が始めた恋は、5か月後、彼が終わらせた。
彼の部屋に入れてもらえず、泣くのを堪えながら帰宅した。
別れてから1か月近くは、何も食べる気にならなかった。
傷つきはしたが、それでも私は思っていた。
『やっと好きな服を着られる』
【好きな服で息をする】
失恋から1年半後、暮らしていた部屋を引き払って実家に戻った。
引越しの荷造り中に、彼から贈られた服と鞄を床に並べた。
改めて見ても、体型にも好みにも合わないと心置きなくゴミ袋に詰めた。
私が着たい服を否定し、好みに合わなければ
「着替えてきて」
と閉め出したあの彼は、もういない。
実家に戻り、家賃に充てていた分を、欲しい服や小物に回せるようになった。
何か月もウェブサイトを眺め、買い物かごに入れては消去し、熟考の末に注文したのは――
大好きなヴィヴィアン・ウエストウッドの
黒革のロッキンホースバレリーナだった。
艶消しの黒革、高さのある木製プラットフォーム。
片方だけ持ってもずしりと重い。
靴を床に置き、そっと足を入れて立ち上がる。
顔を上げると、見慣れていたはずの室内の印象が変わっていた。
視線を下げれば、ローテーブルがいつもより低い。
初めての視界にゾクゾクする。
その頃、失恋の傷はまったく癒えていなかった。
あの彼とは年に数回仕事で関わる機会があり、嫌でも視界に入ってきた。
それでも、好きな服やアクセサリーを自分で選んで買うのが楽しかった。
本当は、ゴシックパンク系の服やアクセサリーが好みだった。
安全ピンだらけのカットソー、フラップ付きボンテージパンツ、シルバー製のスクロールバンドリング。
どれも、海辺のリゾート女向けではない。
黒く、重たく、尖っている。
休日にはロッキンホースを履いて表参道を歩く。
ジョンブルハット
ラブジャケット
プリーツスカート
そしてロッキンホースバレリーナ
その装いには、毒も華もあった。
この服が、この靴が、私の呼吸を楽にした。
9センチの厚底では、アスファルトの傾斜も地面の小さな凹凸も街中に潜む罠のようなものだった。
一瞬でも気を抜けば足元が揺らぐ。
それでも前を向いて歩くと、背筋が伸びた。
矢沢あいの漫画の中で、ロッキンホースを履く女の子はいつだって可愛かった。
けれど、現実の革紐は漫画のようにやわらかくなびいてはくれない。
膝下で交差させて結んでも、歩くたびに革紐がずり落ちてくる。
結局、革紐は足首で何重にも巻いて妥協した。
せめて転ばないよう、よろめかないよう、歩幅を調整した。
内心はヒヤヒヤしていても、顔だけはランウェイを歩くモデルのように澄ましていた。
ロッキンホースを履いて、人前で転倒するのだけは絶対に避けたい。
私のプライドが許さなかった。
だから、転倒したことは……二回だけ。
誰も見ていないところでの転倒だから、私の中ではノーカウントだ。
こんなに重たくて、厄介な靴が私には愛おしい。
あの頃、埼玉の田舎で全身をゴシックパンクで固めていた私は、相当異質だったと思う。
でも、東京まで出てくれば。
表参道を歩けば。
『異質』は『おしゃれ』に変換される。
【9センチの救済】
私は、154センチの世界で生きている。
コンサートのアリーナ席でも、目の前に背の高い人がいれば、ステージはその人の頭や肩の向こうに隠れ、遠いままだった。
よろめきや疲れと引き換えに、ロッキンホースが視界を9センチ持ち上げた。
それは、救済だった。
ライブハウスやコンサートに、ロッキンホースで参戦した。
プラットフォームのつま先が、ゆるやかに反り上がっている。
そこへ体重を乗せて爪先立ちをすると、さらに視界が数センチ上がる。
厚底で身長を盛り、爆音の中でステージを見上げる。
後ろにいた人への遠慮より、視界がひらけ浮き立つ気持ちが強かった。
今思えば申し訳ない。
誰かの向こう側に隠れていた景色を、少しだけ見せてくれるあの9センチが私には必要だった。
私は本気で、50代になっても、60代になっても、この靴を履くつもりでいた。
【もう一度だけ履いた夜】
最後にロッキンホースバレリーナを履いて出かけたのは2018年。
幕張メッセでのライブ。
私は40代になっていた。
あの彼と別れた後、ゴシックパンクファッションに身を包んでいた頃に出会った人と結婚した。
「好きな服を着ればいいじゃん」
そう言える人だ。
数年後、子どもも生まれ、私の生活はあの頃とは違う形に変わった。
子連れでロッキンホースは無理がある、とスニーカーを選ぶようになった。
日常的には履かなくなっていたが、イベントには連れていくつもりだった。
時々メンテナンスしながら、大切に保管していた。
ロッキンホースで参戦したライブから数か月後、職場で段ボールを踏み転倒した。
その後、膝の痛みが数年続き、変形性膝関節症と半月板損傷の診断を受けた。
そして、手術が決まった。
だから私は、入院を数日後に控えた春の夜、約7年ぶりにロッキンホースを履いた。
歩いたのは、マンションの共用廊下。
ゆっくり一往復だけ。
靴を脱ぎ、革紐をくるくると巻いて靴の中に収めた。
ロッキンホースバレリーナを履き、杖をつきながら歩く――
そんな未来も、ロックな生き様で面白いかもしれない。
それを選べたら、どんなに良かったか。
もう履くことはないのだろうと、頭では分かっている。
それでも、また履ける日が来るかもしれないという期待を、まだ完全には捨てられない。
杖を手放せなくなった私は、この靴で遠くへ行けない。
けれど、この靴で立っていた過去の私を、なかったことにはしたくない。
ロッキンホースバレリーナ。
20代の私が、自分で選んだ姿で立つために、足元で支えてくれたものだ。
生きている間は、処分しない。
では、私が死んだあとはどうしよう。
いつか私がこの世を去る時、
もし許されるなら、白装束の足元にロッキンホースバレリーナを履かせてもらえないだろうか。
9センチ高い視界で、
最期にまた、好きな姿で歩いていきたい。
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We’ll make room for each other’s worlds.
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