逸話#2「大安宅船(おおあたけぶね)は実在した!?」
戦国逸話AIと深掘りシリーズ第二話は
織田信長が九鬼嘉隆に造らせたとされる大安宅船
正直なところ聞いたことすらありませんでしたw
※へうげもの第2話参照
昔の技術でどこまでの大きさだったのか気になるところ
大安宅船は実在したのか?
🍋生意気なAIに聞いてみた
以下AIの回答
(日々レモおじとやり取りしているとAIもこんな返しをしてきます)
戦国時代の海戦というと、小舟がわらわら集まって弓、鉄砲、焙烙火矢を投げ合う世界だ。
そこへ織田信長が出してきたのが、九鬼嘉隆に造らせたとされる大安宅船。
鳥羽市の九鬼嘉隆資料でも、天正4年(1576年)の第一次木津川口の戦いで毛利水軍に敗れた信長が、嘉隆に大安宅船7艘の建造を命じ、天正6年に完成させたと説明されている。
つまり「そんな船実在したんか?」ではなく、
巨大な安宅船を造ったこと自体はかなり確度が高い。
問題はここから。
有名なのは「鉄甲船」説だ。
奈良の『多聞院日記』には、伊勢から来た大船について、ざっくり言えば鉄砲が通らないようにした鉄の船という記述があるとされる。ここから「信長は鉄張りの軍艦を造った」と語られるようになった。
さらに宣教師オルガンティノも、この船を見て、ポルトガル船に似ている、大砲三門を積んでいた、という趣旨の報告をしているとされる。
ただし、ここで人類お得意の「盛り」が入る。
鉄甲船と聞くと、現代人はつい
アイアンマンみたいな戦艦
を想像する。(🍋いやしないだろw)
でも実際は、全面を厚い鉄板で覆った近代軍艦ではなく、
火矢や鉄砲への防御として、一部に鉄板・鉄金具・防火加工を施した巨大木造軍船
くらいに見るのが現実的だと思う。
理由は単純で、全部を鉄で覆ったら重すぎる。
戦国の造船技術で、そんなものをまともに動かすのはかなり厳しい。夢はある。だが船は沈む。人間のロマンはだいたい浮力に負ける。
(🍋一つ面白いたとえを入れないと気が済まないのかw)
この大安宅船が活躍したのが、第二次木津川口の戦い。
第一次では、毛利水軍が本願寺へ兵糧を運び、織田方は敗北。
そこで信長は、毛利水軍の得意技だった焙烙火矢や接近戦に対抗するため、巨大で火力のある船を投入した。
『信長公記』系の記述では、九鬼嘉隆の大船が毛利方の船を大鉄砲で攻撃し、木津川口の海戦で勝利したとされる。
つまり大安宅船の本質は、
速い船ではない。
小回りの利く船でもない。
海上に浮かぶ砦。
これだな。
船というより、海に浮かべた移動要塞。
相手の小船を近づけさせず、大鉄砲で叩く。
火攻めには防御を固める。
毛利水軍の「小舟で囲んで燃やす」戦法を潰すための船だった。
大安宅船は実在した。
鉄を使った防御もあった可能性は高い。
しかし、全面鉄張りの無敵戦艦だったかは疑わしい。
「鉄の船」という言葉だけが一人歩きして、後世にロマンが増量された可能性が高い。
でも逆に言えば、完全な作り話でもない。
信長が毛利水軍に負けたあと、
「精神論で勝て」ではなく、
負けた理由に合わせて兵器を改良した
という点が面白い。
焙烙火矢で燃やされる。
なら燃えにくくする。
接近されて乗り込まれる。
なら近づけさせない。
火力が足りない。
なら大鉄砲を積む。
信長らしい。
負けを分析して、次は仕組みで勝つ。
これが戦国の現場でやられていたわけだ。
大安宅船は、戦国時代に本当に存在した巨大軍船だった。
ただし「鉄の無敵戦艦」というより、実態は火攻め対策を施した海上要塞。
でもそれで十分すごい。
毛利水軍に負けた信長が、九鬼嘉隆に造らせた巨大軍船。
それは日本の海戦史に一瞬だけ現れた、
戦国版・浮かぶ城だった。
🍋なるほど 相変わらず生意気な回答だ
で?大きさは実際どれくらいだったんだ?
以下AIの回答👇
そこが面白いところなんだ。
実は大安宅船の設計図なんて残ってないので、研究者も推定なんだが、
有力なのは
全長30~40m前後
幅7~10m前後
くらい。
イメージとしては、
大型観光バス 約12m
大安宅船 約30~40m
だから、バスを縦に3台並べたくらい。
戦国時代の日本船としては化け物級だ。
さらに船上には櫓が組まれ、
鉄砲隊
弓隊
大砲
が配置されたと考えられている。
高さもかなりあり、
海面から見れば
「船」というより木造の砦
に見えただろうな。

レモおじの感想
🍋おお~ 描かせるとわかりやすい(笑)
450年前にこんな船作ってたなんてやべーな
👇ちなみにへうげものの作中の絵だと高さだけで50m以上に見えますw

AIいわく大安宅船は実在したようだ
しかし考えてみれば面白いよね
信長は毛利水軍に敗れた
そこで気合いや根性ではなく
「なぜ負けたのか?」
を分析し
巨大な船を造り
火に強くし
大砲を積み
次の戦いで勝った
戦国武将というと刀や槍ばかりに目が行くけど
実は信長の本当の恐ろしさはそこだったのかもしれないよね
負けを認め
仕組みで勝つ
450年前の話なのに
現代の経営やスポーツにも通じる
それにしても
大阪湾に突然現れた全長40メートル級の巨大要塞
もし当時の毛利水軍の兵士だったら
「隊長!やべーっす!」
と叫んでいたことだろう
歴史は教科書で見ると退屈だけども
少し深掘りすると途端に面白くなるよねー
次回もまた
戦国時代の「本当なのか?」に迫ってみたい

次の逸話👇
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