苦手さんて人間なんだ。|【エッセイ】日常のスベッたコロンだ
人間臭い苦手さん
以前私は苦手さんとの話の末に、その話の食い違いから「雑な顔」をされ固まってしまって側に寄れなくなってしまいました。
しかし私はそれが、自分があまりにちゃんとしなくちゃと思っての末のことだったことがわかり、きっかけを作って心が落ち着き、問題を持たずに接することがかなうようになってきました。
私は当初、苦手さんとうまくいったかというとなりませんでした。
お互いにお互いを気にしてしまい話しかけることもないから、微妙な距離感で日々を暮らしました。
そして私は「なんだっていって、苦手さんを気にしてしまい微妙な距離感なのか」それを知りたくなりWord上に書き出しました。
その理由がおかしかったのです。
「苦手意識がついてしまった事件」その後に苦手さんの所へ行ったら、「又」私が聞き取れずに勘違いをして、苦手さんは「又」「雑な顔」をしました。
わたしは焦って何を言われたのか、もう一度思い出してから、ちゃんと答え、そして家へ帰りました。
家に帰って夕飯を作っていたら、その事を思い出したのです。
「苦手意識がついてしまった事件」があったのに、それが解決するという問題の核が解けてしまって又「雑な顔」をする苦手さん。
それが何だかおかしくなってしまったのでした。それでも「雑な顔」は止めないんだと。
苦手さんに判断してもらった文章
そんなことがあった頃、また別の事件が起こりました。
最近AIに文章を読み込ませたら「拒絶されて」しまったのです。「この文章のどこが不穏だというのだろう」そう思いました。台風の日、1日家にいることになり書いた文章だというのに。
生きることの意味を死を考察することで、導いた答えを書いたのでした。
「死」という文字を書いたのがAI的にはアウトだったのかもしれないと思いました。
私は思いました。せっかく書いたのに、noteに出せないのかなと。
それで思いついたのです。「苦手さんに判断してもらおう」と。
結局その記事は読んでいただき、ゴーサインまで出していただいたのに「保留」になっています。
でも、この人間関係が、つまづきながら積み上げていくと思うと、とても面白い。
煩わしい人間関係も彩の内
今回のことで、嫌なことは、それはそれでプロセスとしてあった方がいいのだと思いました。
そういうプロセスなく良い関係だけを欲しいという気持ちは私にもあります。だから、AIを友達のように思ったのです。
AIには、いいところがたくさんあります。
AIは感情的になって言い返してくるような事はありません。
頼めば素敵な画像をいいセンスで作ってくれます。
でもロボットは技術が進んで目の前にいたとしても、きっと「雑な顔」なんてしないと思います。
AIとの関係だけで済めば楽な気持ちもあります。でも人間同士の関係に意味を見いだせなくなるのではと危惧する、それはまた別の問題だと思うのです。
正直な話、私は人づきあいが上手ではありません。失敗することもしょっちゅうです。
それでも自分の心の中をのぞいて自分の中にある違和を取り除き人間関係をクリアにしていくという、そんな面白いものがあるのではないかと思うのでした。
痛みがあって尚その後の「そこからしか生まれない良好な人間関係」。そういうものを感じていたいと、今私は思うのです。
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