001 プロローグ|思ひ出の樹 — あなたがくれたもの ー
※この作品は「#創作大賞2026」「#恋愛小説部門」に応募しています。
<あらすじ>
早春の駅のホームで出会った二人は、桜の下で少しずつ心を寄せ合い、やがて互いの人生に深く踏み込んでいく。怪我と病に向き合う彼を支えながら、麻美は「そばにいたい」という思いを静かに育てていくが、選んだ道の違いから二人は離れ離れになる。それでも二人の再会は、共に歩む未来という形を持ちはじめる。仙台での暮らし、家族として積み重ねた日々。そのすべてが、春になるたび桜の下でそっと息を吹き返す。変わらない景色の前で、麻美は胸の奥に残る“言葉にならない気持ち”と向き合う。別れを受け入れたはずなのに、どこかに微かな恋しさが滲む恋愛小説。
「まだないね」
麻美(あさみ)が不思議そうに直樹(なおき)の顔を見ていると
「さくらまつりの日程表」
そう言った。
麻美も覗き込んで確かめたけれど、確かに公園の掲示物に桜祭りの文字はなかった。
「ほんとね。まだなのかもしれないわね」
ため息交じりにそう答えた。
そのまま、動く様子もなく立っている直樹に、
「折角見に来たのにね」
麻美は言った。
「でも、出店の場所取りのところにチョークで日にちが書いてあった。あの日だよ。きっと」
楽しそうであった。
麻美はその時もっと別の事を考えていた。
直樹は、さくらまつりに一緒に行ってくれるのだろうか?
脚が悪くなってから、外にあまり出なくなってしまっていたから、きっと、一緒には行ってくれないかもしれない。そんな、あきらめの気持ちが半分と、もしかして、という淡い期待がないわけではなかった。
それに……と思った。
「厩戸駅のホームからも見えたわね。ソメイヨシノ」
「あーたは、朝早くからホームのベンチで眺めていた」
ちょっと照れている時、麻美のことを直樹はこう呼んだ。
「うん。良い思い出」
「そうなんだ。良い思い出なんだ良かった。良い思い出で」
そう言って直樹が薄く笑う。まるで麻美がそう思ってなかったみたいに言うから、麻美は不安になった。
「ソメイヨシノはどこのソメイヨシノも同じ樹なんでしょ?あーたがそう言った」
直樹の目を見て、麻美は頷いた。
「そう同じ樹」
「あの懐かしい厩戸駅の樹と同じなんだな」
ふふ、と、直樹は小さく笑った。
この先もずっと、この人と一緒にソメイヨシノが見られるのだろうか。花が咲く頃この人は私の隣にいるのだろうか。並んで一緒に歩くことはあるのだろうか。
いくつもの不安が麻美の中にはあったけれど、それを直樹に言う事はなかった。
その代わりに、精一杯の明るい声でこう言った。
「そう。あれが私達の思い出の樹」

麻美と直樹が再び出会うあのホームの朝です
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