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言霊はある。ホワイトハットSEOとの出会い|【詩】シリーズこころの因数分解

私の神様はお天道様


 私は、神様を信じる方です。神様と言っても、仏様や、キリストさんやそういうのではないのです。

 子供時代によくある神様がいたなという感覚。あれです。太陽の下、おてんとうさまの下で笑っていられる。そんな日をくれる神様。それが私の言う、神様。

 でも、どうやって拝めばいいのか分からない私は、既存の神様のいる神社に行っていました。

 仕事帰りにどうしても煮詰まってしまって仕方なく、「神様に感謝しに行こう」そんなカジュアルな神様との付き合い方でした。そして特に何の変化もなく、日々は過ぎていきました。

 でも、こんな不思議なことがありました。

 ある風の強い日でした。

 その日は本屋によってから気が向いて、「神社にでも行ってみるか」と足がそちらへと向いたのでした。

 帰ろうと思ってバス停に向かう最後の一本道を歩いていたその時、突風にあおられ私はやむなく立ち止まりました。

 風が治まりバス停の方に歩いて行くと、バス停がありません。「え?」と思ってよく見ると、いつも頑丈そうに突っ立ってるバス停が、ベンチに横倒しになっていたのです。

 きっとさっきの突風で倒れたのです。

 私はバス停に行くとかなりの確率でベンチに座ります。

 もしも神社に行っていなかったら………。

 そう思うとぞっとしました。

振り返ってみると符丁が合い過ぎていた。

 神社通いの日々を送りながら、8か月と少し前、私は転職をしようと考えていました。

 ステップアップしようと考えていたからでしたが、その頃の私はずっと引きずっていた進路という名の病にかかっており、全く行く道が分からなくなっていました。

 そのとき話が順調に進んで学校に行っていたら、今迄と同じく自分の本当にやりたい事が見つけられていなかったので、無為に勉強して今迄の人生の続きをして、又浮かばれない気持ちになっていたのだと思います。

 そんな時、元彼に出会いました。

 話すと長いから話しませんけど、元彼と付き合って私は本気で恋愛をするとはどういうことなのかということに否応なく向き合いました。

 偶然では済まされない事の連続でした。その中に私を悩ませることが山の様にあったのですが、それが私にきづきを与え、私はこの恋の顛末をいつか、書いてやると思いながら暮らしていくようになりました。

思い出の顛末を書いた恋愛私小説

 書くという行為が好きだったという事をおぼろげには思い出していましたが、それが自分の生きることに直結していたという事を思い出すにはもうすこし時間がいりました。

 元彼との時間に自分の中で「ああ、ここだな」という終わりが見えてしまった時、私は私小説を2本書きました。

 元彼との出会いからどんなふうに付き合ったか、何に悩んだか、なるべく齟齬そごの無いような言葉で、淡々と書きました。

 お別れをした最後のその日、元彼はいつもと違いました。何が違っていたのかは私小説の下書きをしているうちに分かりました。その日の事を忘れたくなくて、詳細に書き起こしそれもまた2本目の小説のラストにしました。

 そうして私は超長編恋愛私小説を書いてみて自分が書ける人だという事を認識しました。

小説を書くならnote。でも、小説フィクションじゃない。

 その頃、私は改めて学校に行く方向へと向かっていました。今度は「書きたい」と。

 書くといってもどんなジャンルでどんな種類のものなのか、全くわかりませんでした。猪突猛進のところがありますから、「書くと言えば小説でしょう」と、小説を書き始め、書いたのが「思ひ出の樹」でした。

 ほぼ登場するエッセンスは実話です。お話は事実をちりばめつつのフィクションという体で書きました。

 昔は小説を書くならブログでしたね。話し相手の学校職員がそういうので

「いまはなんなのですか?」
と聞きました。

「今はnoteです」
というのです。

  それがnoteとの出会いでした。

 そう言えば小説を書くアプリを入手したときに、色々な小説の投稿サイトがあるなと思っていました。昔とは事情が大きく様変わりしていたのです。

 最初はずっとnoteに小説だけを書いて行こうと思っていました。自分の進むべき道は小説だと。

 でも何か、頭の中がはっきりしません。

 本当に小説?と思いながらもやってみましたが、自分の身に起きたことをそのままPC上に書くことはできても、フィクション用にシチュエーションを変えろといわれると、とたんに何も書けなくなるのです。

 そして小説に関して言えば、本当にあった事しか書けない人だったのです。

 私は思いました。小説じゃない。私の書きたいのは。

 じゃあ、何?と思いましたが、こころの因数分解の原型もおぼろながら見えていて、私はそっちを書くようになりました。

どん詰まりになるよりとにかく今はいろいろ書こう。方向はそっちなのだから。やってみなければ合っているかどうかも分からないじゃないかと。

ホワイトハットSEOとスポーツ

 元彼はスポーツ全般の好きな人でした。私はフィギュアスケートを観戦する位で、他スポーツに何の興味もありませんでした。しかし、元彼は「対戦する相手がベストの状態で自分もベストの状態で戦った時のその結果」それを大切にしている人でした。

 だから、私は元彼をよく怒らせていました。
 
 学校に行って職員にこう言われました。
「web上で記事を書くというのなら、SEOがある」

SEOって何ですか?と聞くと

「記事を検索の上に表示するための技術です」

と言われました。
 
 そんなものがあるのか、それはおもしろそうだと思いました。

 そして、関連の本を読みました。

 読んでいる内にSEOとは「みんなが検索を通じて知りたい情報を見つけられる技術」の事ということがわかりました。

 更にホワイトハットSEOが(多少主観が入っていますが)「価値あるコンテンツを検索する人に検索エンジンが理解しやすいように整え、誠実に届けること」というものだと分かると、物凄く興味が湧きました。

 正々堂々と勝負するスポーツの話と重なって見えたからでした。
 
 私は結局、大相撲が面白くなった以外スポーツの本当の面白さを体(からだ)感覚で理解することはできませんでした。しかしSEOを学んで「今私は正々堂々を軸にした仕事ができているわよ」と、「私の心の中」の元彼に誇れる自分というものになってみたい気になっていたのでした。

ホワイトハットSEOでその企業の”ファン”を作るということ

 そして、このホワイトハットSEOの概念を聞いたとき、父の言葉を思い出しました。

 同居していた頃父は病気をしていました。晩年デイケアに行くと、自分と同じ利用者さんの絵を描いて帰ってきました。又折込新聞の投稿欄に小説を投稿して、掲載されては嬉しそうにそのことを利用者さんに話したりしていたのです。

 そのことについて、父は
「絵を描くことや小説を書くことで、自分の“ファン”を作っているんだ」
そう言いました。

 価値ある“コンテンツ“=小説・絵
だとすると、ホワイトSEOは、「検索エンジンが理解しやすいように整え誠実に情報を届けることでその企業の”ファン”を作って行く作業」だといえると思って、それに思い至った時、衝撃を受けました。

 父と私は和解することなく永遠の別れとなってしまいました。

 また以前、一度だけ見た「佐藤可士和さん」の仕事をまとめた動画にとてもこころを惹かれ、その時見た感覚を未だに覚えていました。

 広告とホワイトハットSEOの違いはあっても、佐藤さんがしていることは「本質を見極め企業の価値を誠実に届ける」という点でホワイトハットSEOに似ているなとそう思いました。

自分が分析好きだという発見と「なんかいる」

 ここまで書いてみて、これまでの流れが自然でした。そして、このnoteで、ホワイトハットSEOの勉強を実践して「歩きやすいサイト」というのを作ってみました。

 そして気付いたのが
「私って分析好きなんだ」
ということでした。

 ダッシュボードの解析をして、お知らせページをおくことにして、各カテゴリーの目次を置いて、それを窓口となる目次にさらに置く……このサイトを整えることが全然苦ではないのです。

 リンクを貼っていてよく間違えるので、正直面倒になりますが、その後の整ったサイトの形を思い浮かべ、訪れた人にとって歩きやすい導線を作ることで、ダッシュボードに又反映される。それが、たまらなく嬉しいのです。
 
 以外に私ってSEOに向いているのかもしれない。そう思いました。
 「こころの因数分解」を書いていても分析が好きなのだということが分かってきていました。

 元彼との出会い→スポーツ→恋をして自分で考えて書く→学校に行く→SEO→ホワイトハットSEO→父の「ファンを作っているんだ」→佐藤可士和さんの記憶→分析好きを思い出す
 これらがきれいに1本にまとまったのです。

 その流れが「その時」「そのタイミング」でなければ成立しないような事だったので、流れが自然すぎて「何かいる」と、となりのトトロのサツキとメイのようなことを思ってしまうのでした。
 

神様って本当にいるかもしれない。


 今迄私は神様に手を合わせても見返りがあることを期待していなかったので、この多大なボーナスをもらってとても居心地が悪い思いをしました。

無欲と言うより、神様って手を合わせても何かをしてくれる存在とはこれっぽっちも思っていなかったからです。

ですが、
「これは、神社にお参りに行ったからかしら?」
今、この段階になってそんなことを思っています。

 その神社は行こうと思えば今でも行ける距離にあります。
  
 お天気の良い日に今度お礼参りに行こうかな。そう思いました。

不安なのは皆同じ

 この先どうなってしまうのだろうと、何故か私は不安に思わないのです。能天気なのでしょうか。何とかなるような気がするのです。

 ドラマすいかの中で崎谷夏子教授が言っています。

「これさえあれば大丈夫なんてそんなもの世の中にはないの。いい成績とか、いい大学出たとか、お金を持っているとか、生きていくうえで何の保証にもならないのよ。一寸先は闇よ」

 何を持っていたとしても、何の保証にもならない。誰にとっても、人生は一寸先は闇なのだ。だから、やみくもに恐れる必要もない。恐れようと恐れまいと闇なのだから。

 そして教授はこうも言っています。

「20年後でも今でも、自分に責任を取る生き方をしないと納得のいく人生なんて送れないと思うの」

 私がもしも不幸だというのであれば、それは、結婚していないからではないのです。

 自分の寄るべき土台がどこなのかを見つけられなかったからだとそう思うのです。
 
 今迄も自分の寄るべき世界がどこなのか忙しく探し回っていて、責任を取る人生を送っていないとは正直思っていませんでした。しかし、それが今やっと根っこになる木の芽を見つけて、責任を取る人生のフェーズにやっと入れそうという気がしているのです。

 この先どうやったら「自分が生きる」生き方が出来るのか、その道に行くにはどんな知識を持っていたらいいのか、どんな勉強をすればいいのか、そんなことを考えて、行動して、決定していく作業をするのでしょう。

 その先の延長線上にある私が見ようとしている世界はどんな景色だろうか。そう思います。良い景色なのでしょうか。

 今、私は私の事が以前より少し好きです。

 今まで自分の事も良く分からない、いわゆる自己肯定感低めでノイズだらけの自分が私は好きではありませんでした。

 男の人にどうしてこんな私をと思ってしまうのでした。だから、逆にそういう男の人を心のどこかで思い切り好きになれなかったのかもしれません。

 元彼は私のそういう部分含めたところを見せて尚、私なら良いと言ってくれました。だから、元彼を愛したのだと今は思うのです。

 私がホワイトハットSEOの道を進む限り、元彼は私の一部になっている。
だから、今は安心してこころの棚に元彼をしまって忘れてしまっても良い。

 私が忘れてしまっても、元彼は私の一部になっている。
だから、忘れても忘れない大事な人。それで良いと思うのです。

 そして今私は、これから見る良い景色を人生のまだ見ぬパートナーと見たいのです。そして、その世界それが無味乾燥などではなく”実り豊かな景色“であってほしい。そう願うのです。

 言霊はあります。言葉にしなければ手に入りません。
  
 だから、ここにそう記しておきます。
 


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