自分を整えるということ 〜創作というセルフセラピー〜
声と身体と心をほぐすシンガーソングライター
Leo:hisayo(レオ・ヒサヨ)です。
このマガジン「My tuning note
〜ちょっと整う私時間〜」では、
私自身がどんな風に自分と向き合い、
整えているのかを
ゆるやかに綴っていきます。
自分の奥の方にある気持ちを、
ちょっと言葉にしてみますね。
今回は、私にとっての”創作”がどれほど深く、
自分自身を整える行為になっているのかについて書いてみます。
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私は「整う時間」を、自分でつくっています。
それは、誰かに頼るとか、誰かに癒されるとか、そういうことではなくて。
自分自身との「対話」
独りごとをぶつぶつ言いながら
自分の内側から出てくる言葉を
音に変えていく、そんな時間です。
私はシンガーなのですが
ソングライターでもあります。
「自分で描いた詩を歌う」ということ、
つまり「創作すること」が、
ずっと私を助けてきているんだと
ここ数年であらためて感じるようになりました。
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子どものころ、私は自分の気持ちを言葉にするのがとても苦手でした。
周りの大人や家族にも自分の気持ちをどう言っていいかわからない。
そもそも「言っていい」のかどうかも
わからなかった。
年の離れた兄と姉、共働きの両親、
さらに家庭の事情で
親戚宅や近所のお家に
預けられたりすることもしばしば。
どこかで「迷惑をかけないようにしないと」
と思い込んでいました。
だから、ひとりで考え込むクセが
自然についていったのだと思います。
その頃の私は、よく知恵熱を出したり、
自家中毒症にもなっていました。
さらに喘息もあり、発作が出ても
「苦しくないふり」
をするような子どもでした。
「大丈夫なふり」をしているうちに、
本当に自分のしんどさが
わからなくなる感覚が
大人になってからも続くんだぞ!
と今なら言ってあげられますが
それは後々に自分が身をもって
経験したからこそのおはなし。
今思えば、それらのすべては
自分の内側にいろんな思いや
緊張を溜め込んでいたサイン、
だったのかもしれません。
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そんな私が、自分の気持ちを
ようやく外に出せたのが
「歌うこと」でした。
中学生のとき、音楽に出会って、
好きな歌を歌っているの時の
心の晴れやかさといったら、、、!
当時はコピーバンドで、
好きな曲ばかり歌っていたけど、
その中でも自分の気持ちに近い歌を
選んでいた気がします。
歌うと心がすごく穏やかになり
「ああ、ずっとこうしていたい」と思いました。
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でも大人になって、音楽を続けていく中で、
気づいてしまったこと、、、
「音楽だけでは足りない」
「歌ってるだけでは伝わらない」
というより、音楽をずっと続けていくには
自分以外の人と関わり、交わり、
自分の言葉で自分の意思を伝え、
協力を仰いだり、共感し合ったり
理解し合ったりをしないと
進まない場面がたくさんある、ということ。
自分の思いや考えを言葉にするのが
苦手なままでは、
たとえ好きな音楽でも、
活動そのものがしんどくなってしまう。
だから私は、「言葉にすること」と
ずっと向き合い続け、
なるべく心の内側を声に出して表現し
「言語化する努力や練習の継続」
も大切だと思っています。
でも、やっぱりね、、、
「どうしようもなく気持ちを整理したい」とき、
どないもこないもいかんわぁ!って思いながらも
私が一番自然に、正直に、心を出せるのは
「曲を作っている時間」
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曲づくりは、私にとって
セルフセラピーのようなもの。
年齢を重ねるごとに、曲の作り方や
テーマも変化してきたけれど、
根本にはいつも「自分を整える」という、
「静かな目的」が自分自身の中に流れていて
内側から満たされていく気がします。
そして。表現することで「私が少し楽になる」
その感覚が、きっとこれからも、
私を動かし続けていくんだろうなと思います。
そんな創作の裏側や、小さな整う時間を、
これからもここで綴っていきますね。
読んでくださって、ありがとうございました。
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