【育児】小言をやめた夏
この夏休み、子どもに小言を言わない、できるだけ指示を出さないようにしている。宿題も片付けも、細かくあれしなさい、これしなさいと言ったところで、本人がやろうと思わなければ進んでいかない。
わたしの考える望ましい結果と、彼女のそれが違うことがある。結果は同じだとしても、タイミングが違うこともある。
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小6の娘は、計画を立ててコツコツやるのがあまり得意ではない。
わたしは計画を立てて、課題はなるべく早く終わらせて早く宿題から解放されたいタイプだ。早く終わらせられることを自慢するような子どもだった。
娘は全くそれとは違う。
見通しを立てることは(たぶん)甘いのだけど、なんとか課題を終わらせられるタイプだと思ってる。
だから、わたしが横からうるさく言っても言わなくても、結果はきっと変わらず、なんとか2学期を迎えられるのだろうと思っている。
課題が終わらなかったとしても、それはそれでいいと思ってる。
たとえば夏休みの自由研究。
今年は選択必須の宿題に指定された。
宿題やってる?
進んでる?
どんなことやるの?
そんなことを聞きたくなるけれど、今年は口を閉じている。
その代わり、「必要なときは力を貸すよ。」と事前に伝えた。
「わたしから、積極的に自由研究のことを聞くことはないよ。」と。
うまくいってもいかなくても、自分の力で頑張って欲しいと思っている。
お盆を過ぎて、いよいよ危機感をもったようで、やっと取り掛かり始めたらしい。なにやら炭酸飲料を使って、炭酸の抜けやすさを比較する実験をするみたいだ。
炭酸飲料を買うのに数日かかったけど、やっと昨日買えた。
(買い物に行きたいとは聞いていたけど、いつ行くか、連れて行って欲しいとはっきり言ってきたのが昨日だったからね)
今日は、空のペットボトルはあるかと尋ねてきたり、
漏斗を使いたいと申請してきたりした。
それらを使って、さっき中身を移したらしい。
じっとは見ないようにしている。見張らないようにしている。
それでも必要があれば力を貸す準備はしている。
なんとなく、わたしたちの関係は、それでうまくいってる気がする。
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小言を言わない、指示を出さないというのは、何もしないこととは違う。
無視するわけでなく、否定するのでもなく、そばにいる。
口を出さずに見守ろうと決めても、つい言いたくなってしまい、
「あっ。」と気づいて、「むぐぐ…」と口を閉じることもよくある。
黙って見守るというのは、思った以上にエネルギーがいるものだ。
よかったなと思うことは、
わたしが口にしている言葉は指示なのか、小言なのか、共感なのか、励ましなのか、自分で意識するようになったことだ。
黙ることで見えてきたものがあったのは、思わぬ収穫だ。
(かといって、小言を全くのゼロにできているわけではないけど!)
わたしと娘は見ているものが違うと感じることがよくある。 時にはそれがもどかしく、イライラしてしまうこともあるけれど、 彼女なりに、彼女の世界で何かを成し遂げようとしているのだと思う。
だからこそ、娘がのびのびと自分の力で成長できるように、
わたしにできることは、見守ることなのだと思う。
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見守るのって、なかなかつらい時もありますよね。
でも、それって娘を信じること!
それができる自分を信じることにつながるんだと思うんです。
今日もいい日でした
読んでいただきありがとうございます🍀
