見出し画像

夜な夜な 芋もち


眠れない夜は、芋もちを作る。
それは料理というより、
朝までの時間をやり過ごすための儀式だった。

一人暮らしを始めた頃、夜が長くなった。
眠ることは好きだった。
朝が、嫌いになったのだ。
朝になれば、当たり前に生活が始まる。
働いて、笑って、ご飯を食べる。

生活はちゃんと動いていた。
私だけ、夜に置いたまま。

時計の針が三時を回った。
寝返りを打つ。
時計を見る。

もう一度、寝返りを打つ。
もう一度、時計を見る。
さっきから私しか動いていないじゃないか。

「私は寝たいんだぞ。」
眠気に抗議するように、
キッチンだけ灯りをつけた。

6畳の小さな部屋に、
蛍光灯の青白い光が浮かぶ。

冷蔵庫を開けると、
じゃがいもがコロンと転がっている。
少し芽を伸ばして、
待ちくたびれた顔をしていた。

イヤホンも忘れない。
決まってレゲエかヒップホップだ。
包丁でまな板を叩く音も、
水の流れる音も、
低いベースによく混ざる。

「この工程は本当に必要なのだろうか?」
じゃがいもを水にさらしながら考える。

箸でトンと突く。
沈んで、またゆっくり、浮かんできた。

じゃがいもは呑気だ。
私も考えるのをやめた。

夜はうんと長いから、
水をたっぷり入れて火にかける。

ぐつぐつ。
ぼこぼこ。

湯気に顔を近づける。
顔がビチャビチャだ。

小さな部屋は、
じゃがいもの匂いでいっぱいになった。
湯気の向こうで、窓が少し白んだ。
真夜中に、じゃがいもと私だけ。

湯気が、天井へ昇っていく。
その湯気を見つめて、芋もちを丸める。

丸く、丸く。
また1つ丸く。
また1つ丸く。
また1つ丸く。

手の動きが静かになる。
私はイヤホンを外して、ラジオをつけた。

ラジオの向こうにも夜があった。
誰かが笑う。
誰かが相づちを打つ。

私はまた一つ、
芋もちを丸める。

光が、キッチンへ滑り込んできた。
青白かったじゃがいもは、
朝の光で少し黄色く見えた。

鳥が鳴いた。
始発の電車が遠くを走った。
バスが大きく息を吐いた。

パチッ
芋もちが小さく跳ねた。


-------------------

#創作大賞2026
#エッセイ部門


いいなと思ったら応援しよう!