性教育について、もう少し話してみませんか ── 学校と家庭で「伝える」ためのきっかけづくり
はじめに ── 「触れにくい」から「触れないまま」になっていないか
「性教育」と聞いたとき、少し身構える感覚がある人は少なくないだろう。何をどこまで話していいのか分からない。子どもから聞かれたらどう答えよう。学校にお任せでいいのか、それとも家で話すべきなのか。そうした迷いは、決して珍しいものではない。
しかし、子どもたちを取り巻く現実は、大人の「触れにくさ」を待ってはくれない。
厚生労働省「令和6年度 衛生行政報告例」によれば、2024年度の人工妊娠中絶件数は127,992件で前年度から1,258件(1.0%)増加し、5年ぶりに上昇に転じた。20歳未満ではいずれの年齢層でも前年より増加しており、19歳が4,976件、18歳が2,899件となっている。
警察庁が2026年2月に公表した統計では、2025年中にSNSで知り合った相手から性犯罪などの被害を受けた小学生は167人で、過去10年間で最多を記録した。被害の低年齢化は年々進んでいる。
これらは特別な家庭の、特別な子どもの話ではない。スマートフォン1台あれば、どの子どもにも起こりうる現実である。だからこそ、性に関する知識や考え方を子どもたちに届けることは、「早すぎる」のではなく、「間に合わせる」ために必要なことではないか。
この記事では、性教育を「不要か必要か」という二項対立ではなく、「どう向き合い、どう伝えていくか」という視点から考えたい。
完璧な答えを提示するものではない。ただ、「たしかに、考えてみなくちゃな」と思えるきっかけになれば嬉しい。
第1章 いま学校で教えていること ── 学習指導要領の中身を知る
性教育は学校で何も行われていないわけではない。まずは、現行の制度を正確に把握しておきたい。
厚生労働省が公表した資料「学校における性に関する指導について」によれば、学校における性に関する指導は「学習指導要領に基づき、児童生徒が性に関して正しく理解し、適切に行動を取れるようにすること」を目的としており、体育科・保健体育科や特別活動をはじめ学校教育活動全体を通じて行うこととされている。
具体的に、発達段階に応じて次のような内容が学習指導要領に定められている。
小学校4年生の体育科(保健領域)では、思春期になると体つきが変わること、初経・精通が起こること、異性への関心が芽生えることを理解できるよう指導する。
中学校1年生の保健体育科では、内分泌の働きによって生殖に関わる機能が成熟すること、性衝動が生じたり異性への関心が高まったりすることから「異性の尊重、性情報への対処など性に関する適切な態度や行動の選択が必要となること」を理解させる。
中学校3年生では、エイズ及び性感染症の予防として、感染経路や予防方法(コンドームの有効性を含む)を扱う。
高等学校では、受精・妊娠・出産とそれに伴う健康課題、家族計画の意義、人工妊娠中絶の心身への影響などを扱うことになっている。
また、特別活動(学級活動・ホームルーム活動)でも「男女相互の理解と協力」「思春期の不安や悩みの解決、性的な発達への対応」が内容として位置づけられている。
中学校の学習指導要領解説では、「友情と恋愛と結婚」「性情報への対応」「エイズや性感染症の予防」などのテーマについて、資料をもとにした話し合いや専門家の講話といった活動が例示されている。
つまり、性に関する指導は「まったく存在しない」わけではなく、学習指導要領の中にしっかりと位置づけられている。
ただし、それが十分かどうか、現実の子どもたちの情報環境に追いついているかどうかは、別の問いである。
第2章 「はどめ規定」という壁 ── 教えたくても教えられない領域
学校の性教育が「物足りない」と感じられる背景のひとつに、いわゆる「はどめ規定」がある。
現行の学習指導要領では、小学校5年生の理科に「人の受精に至る過程は取り扱わないものとする」、中学校の保健体育に「妊娠や出産が可能となるような成熟が始まるという観点から、受精・妊娠を取り扱うものとし、妊娠の経過は取り扱わないものとする」という記述がある。
この規定は、妊娠にいたるプロセス、すなわち性交について学校で教えることを事実上制限している。
この「はどめ規定」をめぐっては、2025年から2026年にかけて議論が活発化している。2025年11月には市民団体が撤廃を求める署名を文部科学省に提出し、2026年3月には日本弁護士連合会もUNESCOの「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」を踏まえた包括的性教育の導入を求める意見書を公表した。
一方で、次期学習指導要領改訂においてこの規定が維持される方向であるとの報道もあり、議論は継続中である。
この問題に対して、本記事で「撤廃すべき」「維持すべき」と結論を出すつもりはない。
ただ、知っておきたいのは、学校で教えられる内容には制度上の枠があり、その枠の外にある情報を子どもたちが必要としている場面がある、という事実である。学校の役割を理解したうえで、家庭が補い得る部分は何か、と考えることが建設的な出発点になるだろう。
第3章 「生命(いのち)の安全教育」── 新たな一歩とその課題
性教育の枠組みとは別に、近年大きな動きがある。文部科学省と内閣府が連携して進める「生命(いのち)の安全教育」である。
このプログラムは、2020年6月に政府が決定した「性犯罪・性暴力対策の強化の方針」を受けて開発されたもので、子どもが性暴力の被害者にも加害者にもならないための知識と態度を育てることを目的としている。
幼児期から高校生まで発達段階別の教材と指導の手引きが文部科学省ウェブサイトで公開されており、2023年度から全国の学校での実施が進められている。
教材の内容は、幼児期には「水着で隠れる部分(プライベートゾーン)は自分だけの大切なところ」という基本的なからだの権利意識から始まり、小学校段階では「嫌な触られ方をされたらNoと言っていい」「困ったときには信頼できる大人に相談する」、中学・高校段階では「デートDV」「SNSを通じた性被害の防止」「性暴力が相手に与える影響」などへと発展していく。
そして2026年3月31日、文部科学省はこの教材を2023年度の全国展開開始以降はじめて改訂し、新たに「性的同意」の概念を明記した。
2023年の刑法改正で不同意性交等罪が新設されたことを踏まえ、性的な行為には互いの明確な同意が必要であることを教材に盛り込んだもので、デジタル性暴力に関する記述も拡充されている。
しかし、課題もある。文部科学大臣は2026年2月の記者会見で、令和5年度時点での「生命の安全教育」の実施率が約15%にとどまっていることを明らかにし、「実施率の向上は急務」と述べた。プログラムの存在は知られていても、授業時間の確保や教員の研修不足が障壁になっている現実がある。
第4章 国際的な視座 ── UNESCOガイダンスが示すもの
日本の性教育を考える際に、国際的な指針を知っておくことは有意義である。
UNESCOは2018年に「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」(改訂版)を公表した。これはUNESCO、WHO、UNICEF、UNFPA、UNAIDS の5つの国際機関が共同で策定したもので、5歳から18歳以上までの子ども・若者を対象に、科学的根拠に基づいた包括的なセクシュアリティ教育(Comprehensive Sexuality Education:CSE)の内容を示している。
ガイダンスは、性教育を単なる「生殖の仕組みの説明」としてではなく、「人間関係」「価値観・権利・文化・セクシュアリティ」「ジェンダーの理解」「暴力と安全」「健康とウェルビーイングのためのスキル」「人間のからだと発達」「セクシュアリティと性的行動」「性と生殖に関する健康」の8つのキーコンセプトで構成している。
つまり、からだの仕組みだけでなく、人権、ジェンダー平等、人間関係の築き方、自分と相手を大切にする態度を包括的に育てるという考え方である。
日本の学習指導要領がこのガイダンスのすべてを取り入れているわけではない。しかし、「生命の安全教育」がプライベートゾーンや性的同意、デートDVといった内容を扱い始めたことは、国際的な方向性と部分的に重なる動きといえる。
第5章 家庭で「話す」ということ ── 構えなくていい、でも逃げなくていい
学校の取り組みが進む一方で、「家庭でも話しましょう」と言われると途方に暮れる保護者は多い。何歳から何をどう話せばいいのか。話したら変に興味を持たせてしまうのではないか。そうした不安は自然なことである。
ただ、文部科学省の学習指導要領解説は、性に関する指導にあたって「保護者の理解を得ること」を繰り返し求めている。
これは裏を返せば、学校と家庭が同じ方向を向いて子どもを支える必要がある、という趣旨でもある。学校が教える内容を保護者が知り、家庭での会話と接続させることが、子どもにとって最も安心できる学びの形になりうる。
では、どんなきっかけで話し始めればいいのか。「さあ、今日は性教育の話をしよう」と改まる必要はない。日常のなかに、自然な入り口はたくさんある。
たとえば、お風呂の時間。小さな子どもと一緒に入っているとき、「ここは自分だけの大切なところだよ。他の人に見せたり触らせたりしなくていいんだよ」と伝えるだけで、「プライベートゾーン」の考え方は十分伝わる。
生命の安全教育の教材でも、幼児期の最初のステップはまさにこの「水着で隠れる部分は大切なところ」という気づきである。
テレビのニュースや映画が入り口になることもある。恋愛を扱ったドラマを一緒に見ているとき、「相手が嫌って言ったらやめるのが大事だよね」と一言添える。それだけで「同意」の概念は子どもの中に種として蒔かれる。
思春期の子どもには直接的な話が難しいこともある。そんなときは、「もし気になることがあったらいつでも聞いてね。ネットで調べるよりちゃんとした情報のほうが安心だから」と伝えるだけでも、「相談していい」というメッセージになる。
文部科学省は小中高校生向けに性感染症や妊娠・出産を含む健康問題を解説した教材をウェブサイトで公開しており、こうした信頼できる情報源を子どもに共有することもひとつの方法である。
大切なのは、「完璧に教えること」ではなく、「話していい雰囲気を作ること」のほうである。子どもが何か困ったとき、最初に頼れるのが親であれば、それが最大の防御になる。
第6章 学校でできること ── 教室を「安心して学べる場」にするために
学校における性に関する指導は、保健体育の授業だけに閉じるものではない。学習指導要領解説が繰り返し述べているように、「学校教育活動全体を通じて指導する」ものであり、道徳、特別活動、各教科との連携が求められている。
しかし、現場の教員にとって性に関する話題は「取り扱いが難しい」と感じられるテーマでもある。独立行政法人教職員支援機構(NITS)は「学習指導要領に基づく性に関する指導」と題した研修資料を公開しており、指導にあたっての4つの配慮事項として「発達の段階を踏まえること」「学校全体で共通理解を図ること」「保護者の理解を得ること」「集団指導と個別指導の内容を区別しておくこと」を挙げている。
この4つの配慮事項のなかで特に注目したいのは、「集団指導と個別指導の区別」である。教室全体に向けて伝える基本的な知識と、個々の児童生徒の状況に応じた個別の対応を分けて考えるということだ。
すべてを一斉授業で扱う必要はなく、養護教諭やスクールカウンセラーとの連携のなかで、困っている子どもに個別に寄り添う仕組みがあればいい。
また、2022年に改訂された「生徒指導提要」では、性犯罪・性暴力に関する対応として「生命の安全教育」の実施が明記されている。学校が性暴力の予防教育に積極的に取り組む法的・制度的な根拠は、着実に整備されつつある。
2026年12月25日には「こども性暴力防止法」(いわゆる日本版DBS)が施行される。教育・保育に携わる者の性犯罪歴を確認する仕組みが導入されるもので、子どもの安全を制度的に守る枠組みが強化される。
教室で大切にしたいのは、性に関する話題を「恥ずかしいもの」「笑うもの」にしない空気づくりである。からだのことを学ぶのは、算数や国語を学ぶのと同じくらい自然なこと。その前提を教員自身が持ち、クラス全体で共有できたとき、教室は安心して学べる場になる。
第7章 子どもを守るための社会の仕組み ── 知っておきたい相談先
どれだけ教育が充実しても、困ったときに頼れる場所を知らなければ、子どもは一人で抱え込んでしまう。公的な相談窓口を子どもにも保護者にも周知しておくことは、教育と同じくらい重要な「備え」である。
現在利用できる主な公的窓口として、以下のようなものがある。法務省の「子どもの人権110番」(0120-007-110、無料)は、いじめや虐待を含む子どもの人権に関する相談を受け付けている。警察庁の「♯9110」(各都道府県警察の相談窓口)は、犯罪被害やSNSトラブルなどの相談に対応している。内閣府の「性暴力に関するSNS相談(キュアタイム)」は、チャットで匿名の相談ができるサービスとして運用されている。
また、各都道府県の「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター」は全国に設置されており、「#8891(はやくワンストップ)」の短縮ダイヤルで最寄りのセンターにつながる。
学校の保健だよりや学級通信でこれらの相談先を定期的に紹介すること、家庭で「もし何かあったらここに電話できるよ」と伝えておくことは、今日からでもできる具体的な一歩である。
おわりに ── 「話さないこと」のリスクに目を向ける
性教育をためらう背景には、「寝た子を起こすな」という考え方がある。話さなければ興味を持たないだろう、と。
しかし、いま子どもたちがインターネットを通じて日常的に性的な情報に触れている現実を踏まえれば、「寝た子」はとうに起きている。
子どもが最初に出会う性の情報が、信頼できる大人からの言葉なのか、ネット上の不正確で歪んだ情報なのかは、その後の子どもの価値観や行動に大きく影響する。
性教育は、「性行為のやり方を教えること」ではない。自分のからだを知ること、自分と相手を大切にすること、嫌なことにはNoと言えること、困ったときに助けを求められること。これらはすべて、人として生きていくための基本的な力である。
文部科学省が「生命の安全教育」の教材に「性的同意」を明記したのは、まさにこの方向への大きな一歩である。「自分がしたいかどうか」「相手がどう感じているか」を考える力は、性の場面に限らず、あらゆる人間関係の土台になる。
完璧に話す必要はない。専門家である必要もない。
ただ、子どもが「聞いていいんだ」と思える瞬間を、ひとつでも多くつくること。親として、教師として、地域の大人として、そのドアを開いておくこと。
それが、子どもたちが自分自身を守り、やがて他者を大切にできる大人へと育っていくための、いちばん身近でいちばん確かな支えになるはずである。
主な参照資料(すべて公的機関の公開資料)
文部科学省
- 「性犯罪・性暴力対策の強化について」(生命の安全教育 教材・指導の手引き)
https://www.mext.go.jp/a_menu/danjo/anzen/index2.html
- 学習指導要領(平成29年告示)小学校体育編、中学校保健体育編、高等学校保健体育編(各解説)
- 独立行政法人教職員支援機構(NITS)「学習指導要領に基づく性に関する指導」
https://www.nits.go.jp/materials/intramural/files/153_001.pdf
- 「情報モラル教育ポータルサイト」
https://www.mext.go.jp/zyoukatsu/moral/
- 松本洋平文部科学大臣記者会見録(令和8年2月20日)
https://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/mext_00667.html
厚生労働省
- 「学校における性に関する指導について」
https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/001524538.pdf
- 「令和6年度 衛生行政報告例の概況(母体保護関係)」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei_houkoku/24/dl/kekka5.pdf
警察庁
- 「令和7年における少年非行及び子供の性被害の状況」(2026年2月26日公表)
https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/syonen.html
こども家庭庁
- 「こども性暴力防止法」(2024年6月成立、2026年12月25日施行)
https://www.cfa.go.jp/policies/child-safety/efforts/koseibouhou
内閣府
- 「性犯罪・性暴力対策の強化の方針」(2020年6月決定)
https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/seibouryoku/index.html
- 「男女間における暴力に関する調査」
https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/chousa/h11_top.html
UNESCO
- 「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」(改訂版・2018年)
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000260770
