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英雄戦争の開幕

村は、燃えていた。

 炎の向こうにゆらめく家々、襲い来る熱気、ぱちぱちと物のはぜる音、そして圧倒的な煙と異臭。足下の地面には幾本もの矢と折れた剣が突き刺さり、少し離れたところには同胞の息絶えた死屍が累々と横たわっていた。ヴィドルは失血で力を失いつつある右脚を奮い立たせ、血糊でぬめる槍を杖代わりに立ち上がった。革鎧を貫いて肩口に埋まった矢尻が激痛を伝えてくる。長い薄茶色の髪の毛は汗と泥と血で固まり、べったりと額に貼り付いて鬱陶しい。

 どこかから悲鳴が聞こえる。それとともに響く規則正しい足音。あいまいな視界の中、前方にある村の広場だった空間に、鎖帷子に赤い上着をまとった歩兵の一隊が進んでくるのが見えた。その中央に翻るは円に縦一本の月のルーン。その後に従う騎兵たちは、この惨劇の様子を見聞するようにゆっくりと辺りを見回していた。彼らの背後には、この村の運命をあざ笑うかのごとく、真円を描いた赤い月が晴れ渡った夜空に浮かんでいた。

 時折視界をかすめる人影は、まだ抗戦を続けている仲間たちのようだった。ヴィドルはおぼつかない意識を振り絞って、槍を構えなおした。ここで死ぬとしても、ルナーの悪魔どもをひとりでも道連れにオーランス神の広間へと赴くのだ。

 だが、彼が一歩を踏み出したとき、異変は起こった。

 どこからか聞こえた鋭い叫び声とともに、雲一つなかった夜空に突然黒雲がわきあがったのだ。見る間に広がり、全天を覆っていく雲の間から雷鳴が響き渡り、ヴィドルの耳を聾した。槍で体をささえながら声のした方角を見やると、村のわきにそびえたつ断崖に、ひとりの戦士が剣を抜きはなって立っているのが望見できた。その男の背後には、さらに十数人…いや、もっとか?…の人影が見えていた。

 猛々しい雄叫びがその崖の上の一団からあがった。次の瞬間、彼らはまるで風に乗ったかのように空中へと軽やかに飛び立ち、手に手に剣や槍を構えて、眼下で騒然となる月の兵士たちの真ん中へと急降下を開始した。空を覆いつつある黒雲からは稲光が走り、飛翔する戦士たちの声にあわせて轟音とともに稲妻がルナー兵たちを打った。必死で統制を取り戻そうとする指揮官の声も虚しく、勝利から一転して奇襲の犠牲者となった兵士たちは空から襲い来る蛮族たちの切っ先によって、次々と倒れていった。

 それを朦朧とする目で見つめていたヴィドルの前に、ひとりの戦士が降り立った。それは先ほど崖っぷちで剣をかかげていた男だった。髭に覆われたその顔は凄惨な喜びに彩られていた。胸甲に刻まれた嵐のルーンが、稲妻の光にあてられて銀色に輝く。男に肩を抱かれたヴィドルは、そのまま嵐の神の支配する空へと舞い上がった。見下ろすと、算を乱して逃げていく赤い装束の兵士たちと、それを追って快哉を叫ぶオーランスの戦士たちの姿が、焼け落ちた故郷の村の風景に混じって見えた。

 と、肩に乗せられた手に力が込められた。振り向くと、隣で同じ光景を見つめていた戦士が彼のほうを見てゆっくりとうなずいた。ヴィドルは、思いを断ち切るように愛用の槍を握る手に力を込めたのだった。



英雄戦争、迫る

 英雄戦争。世界の命運を決する大いなる戦い。それは今まさに始まろうとしています。

 ルーンクエストは、グレッグ・スタフォード氏が創造し、30年以上にわたってさまざまな人々によって深みを増してきた幻想神話世界「グローランサ」をその舞台としています。

 数多くの神々と英雄たちが織りなすこの世界は、今再び大変化の時を迎えています。それは「英雄戦争」と呼ばれる時代。すべての土地がさまざまな相の大変動に見舞われる時代なのです。プレイヤーは、この時代に生きる英雄たちを操り、グローランサの行く末を決定づける大いなる戦いに身を投じます。その中では、彼らは文字通り神話・伝説の英雄として、運命に翻弄されながらも、邪悪な敵と戦い、仲間と出逢い、知られざる禁断の地へと分け入り、いにしえの神々に立ち交わり、そして新たなる時代の潮流を創り出していくことになります。

 広大で複雑なグローランサの中でもルーンクエストが特に英雄たちの主舞台として設定しているのが、「ドラゴン・パス」と呼ばれる地方です。ここは北方大陸ジェナーテラのちょうど真ん中に位置しており、はるかないにしえの時代より、数多くの種族、文化、勢力が遭遇、衝突、混交を繰り返してきた文明の十字路です。「竜の通い路」を意味するこの地域には、大いなる竜の伝説をはじめとするさまざまな神秘と伝説が秘められており、世界を揺るがすいくつもの劇的な事件が過去起きてきました。

 英雄戦争の近づく今、ドラゴン・パスの情勢は風雲急を告げています。

 約四百年前にはるかな北方の地ペローリアに勃興したルナー帝国は、その誕生とともに空に出現した赤い月の女神(赤の女神)を主神と崇め、宗教同化政策と強大な軍事力を駆使してまたたくまに周辺諸国を傘下に入れていきました。その魔手はやがて南のドラゴン・パスにまで及んだのです。

 ドラゴン・パスには、ルナーの侵入以前から平野や山岳部で素朴な生活を営んでいたヒョルト人と呼ばれる人々が暮らしていました。彼らは、嵐の王オーランスを主神とする荒々しい嵐の神々を奉じ、誇り高く感情豊かで、独立心旺盛な民でした。この、血のつながりを重んじ、氏族ごとにまとまって生活するヒョルト人たちは、百二十年ほど前にサーターという偉大な指導者のもとでひとつの王国として団結し、いくつもの都市を築いて栄えました。

 しかし、その繁栄は長くは続きませんでした。北方の諸国を征服したルナー帝国は、月の女神と同じ中空(天空と大地との間の空)を領するオーランス神を打倒するために、ヒョルト人の地域の制圧に乗り出したのです。北方の洗練された文明を持ったルナーは、高度に訓練された軍隊の他、さまざまな手練手管を弄して嵐の民を次々と屈服させていきました。サーター王国の人々は、この侵略に対して勇敢に抵抗しましたが、力及ばず約二十年前に首都ボールドホームが陥落、王国は滅亡してしまいました。

 その後もルナーは南方侵攻を続け、ついにその版図は海岸にまで達しました。今や、ヒョルト人の都市で彼らに抵抗を続けているのは、わずかひとつ、白亜の壁の都ホワイトウォールだけとなってしまったのです。そして、ルナー帝国の巧みな「分割して統治せよ」の政策によって、ヒョルト人部族の間にも不和がばらまかれました。

 この一見すると絶望的な状況の中で、ドラゴン・パスでの英雄戦争は開幕します。圧倒的な力を誇るルナー帝国の支配に対し、辛抱強く果敢に抵抗を続けるヒョルト人たちは決して少なくはありません。加えて、帝国内部も長きに渡る平和によって弛緩し、腐敗や悪徳が横行するようになっています。苛酷な徴税が原因の反乱も頻発するようになりました。水面下で、革命の火種は次第に熱を増しているのです。

 プレイヤーの英雄たちの冒険はその中で始まります。運命の行く先がどこへ向くのかは、まだ誰にもわかりません。


青銅とルーン

 グローランサは私たちの世界でいうところの古代、それも青銅器文明の世界です。鉄器は非常に貴重で、それを持っているだけで誉れとされるほどです。

 そしてドラゴン・パスに暮らすヒョルト人たちは、木と石で作った簡素な家に住み、素焼きの器や壺を使って食を摂り、青銅の武器となめした革の鎧をまとって戦います。男女の職能分けは進んでおらず、女性でも技量とその意志さえあれば、戦士や指導者として表に立つことができます。一方、ルナーの民は、高い尖塔群に代表される洗練された都市文明を背景に、高度な官僚制度を持ち、より複雑で爛熟した文化生活を送っています。英雄戦争とは、異なる文明の間の衝突でもあるのです。

 グローランサの住人にとって魔術は非常に身近です。畑の作物の育ちを良くする呪文、森でけがをしたときの手当、戦いに備えて武器を鋭くするまじないなど、日常非日常を問わず、彼らの暮らしの中で魔術はひとつの手段として定着しているのです。

 こうした魔術は、世界創世の力であり、現在も宇宙を動かしている有形無形の諸力である「ルーン」を源としています。魔術を使う者は大なり小なりルーンに関わっているのです。幾多の神々や英雄の力もすべて、何らかのルーンに基づくものなのです。

 ドラゴン・パスは神々への信仰を通してルーンの力、すなわち魔術を得ることが特に盛んな地域です。ここに暮らす人々にとって神々とは、陰ひなたとなって自分たちの生活を助けてくれる偉大な隣人のような存在です。

 さらに、森や山や湖や川をはじめ、たとえ瘴気漂う沼地であっても、グローランサではすべてのものが命をもって生きています。グローランサの住人は、神々や精霊、その化身である自然への畏敬の念をもって日々の生活を送っているのです。

 英雄たちは、この魔法に満ちあふれた古代世界を探訪し、ルーンの力を探索して、来たるべき戦いへとその身を投じていくことになるのです。


栄光、衰退、そして復活

 「ルーンクエスト」は、1978年に米国ケイオシアム社から発売されました。緻密でアクション性に富んだルールと、混沌とした魅力にあふれた背景世界グローランサによって、「ルーンクエスト」は一躍名作RPGとして熱狂的なファンを生み出したのです。その後、ライセンスがアバロンヒル社に移り、第3版が発売されました。これが日本語版の出た「ルーンクエスト」であり、一般に「ルーンクエスト」といえばこの第3版のことを指します。

 RQ第3版は、当初グローランサからの脱却をはかりましたが、ファンは誰もそんなことは望んでいなかったので、結局、展開はグローランサのみということになりました。そのため、キャラクター作成ルールなどでグローランサと整合しない部分が生まれましたが、それでも簡便なD100ロールと肉を断ち割り血しぶきが飛び散るヒロイックな戦闘を組み込んだシステムは高い評価を受け、日本でも数多くのファンを生みました。

 しかし、RPG業界自体の不振など諸般の事情から、サプリメントの供給が(海外では1994年の「Lords of Terror」、日本では1994年の「モンスターコロシアム」を最後に)止まってしまい、RQファンによる同人活動だけがグローランサの生命をつなぐ頼みの綱となりました。日本語版が市場からも姿を消したことで、日本でのグローランサ・ファンの増加は望むべくもない状況へと陥っていったのです。

 そんな中、グローランサの創造者であるグレッグ・スタフォード氏は、新たなグローランサRPGを作るために、国内外のRQファンから資金を募って「イサリーズ社」を創立しました。「ルーンクエスト」展開の途絶を残念に思っていた数多くのファンたちがこの呼びかけに応え、開発がスタートしたのです。

 さまざまな憶測や不安や期待が飛び交う中、それから数年の年月が流れ、ついに2000年5月、待望の新グローランサRPG「HeroWars」が発売されました。しかし、斬新なルールシステムを搭載した「HeroWars」は、それゆえにわかりにくい部分も多く、2003年9月には全面改訂をほどこした第2版である「HeroQuest」が発売されました。こうして、再びグローランサ世界の展開が本格的に開始されたのです。

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