スマホ片手に人生謳歌!60代の母に学ぶ「楽しんだもん勝ち」の法則 無職生活156・157日目
若くして私を生んだ母は今も若い
私の母は、60代。若くして私を産んでくれた母は昔から自慢だ。参観日におばちゃんたちが並ぶ中、ひとりだけお姉さんのように立っている母が誇らしかったのを覚えている。
60代という年齢を聞くと、おばあちゃんの仲間入りという響きだが、母はそんな定型文にはまるような人ではない。
自営業で今も現役バリバリ、人一倍パワフルで明るく、とにかく友だちが多い。月に一度は昔からの仲間たちと集まって飲みに行ったり、ライブに行ったりと、その謳歌ぶりには私も驚かされる。
母の周りにいる人たちもまた、みんなアクティブな人ばかり。
美容や健康にお金をかけている人も多く、60代という年齢をまったく感じさせない生き様は、いつも私に元気を与えてくれる。
そんな母が最近どっぷりハマっているのが、スマホゲームだ。
仕事の休憩時間になると、お茶を飲みながらスマホを片手に悠々とゲームに興じている。
その指の動きは、私よりもよっぽど若々しく、まるで熟練の職人のようだ。
「あー!もうちょっとやったのになあ。」
「ここで課金はせーへんで。もうちょい自力やな。」
「ガチャのイベントが・・・。」
そうブツブツ言いながら熱中している姿は、まるで子どものよう。
母の周りの友だちもまた、同じようにスマホを手にゲームを楽しんでいる。
「フレンドからの送れるやつ、送ったで。」
お互いサポートしたり、ゲームの進捗を報告しあったり、
「あー、あのステージ難しいよな。」
と攻略法を教え合う・・・
その光景は、まるで昔のゲームセンターのようだ。
後から母に聞いてみると、こう言う。
「あれ、結局課金してもたわ。ははは。」
豪快に笑うその明るさには、もはや清々しさすら感じる。
一般的に「スマホゲームの課金」と聞くと、少しネガティブなイメージを持つ人もいるかもしれない。
だが、母の課金には、そこにネガティブな要素は一切ない。
純粋に「ゲームをもっと楽しみたい」というシンプルな欲求が、
お金という形になって表れているだけなのだ。
驚くべきは、母はその楽しさを追求する一方で、自分なりのルールも持っていることだ。
最近は使いすぎ防止のために、アプリの利用制限をかけたらしい。
「純粋に楽しむ」ことと「自分を律する」こと。
この二つのバランスを器用に取っているところに、
母の賢さや人間らしさを感じる。
母にとってスマホゲームは、単なる暇つぶしではない。
仕事の合間の気持ちの切り替えであり、日々の活力につながる楽しみなのだ。
仕事になると、一転してテキパキと動き出す。
「あかん、年やからもう動くのが難儀やわ。」
と言いながらも、働く。
そんな頼もしい母の姿を見ていると、私も
「まだまだ頑張れそうやな。」
と励まされる。
スマホゲームの巧妙な手口
スマホゲームの運営者は、実に巧妙なシステムを作り上げているらしい。
セールを導入したり、「1位になったら○○をプレゼント」といったキャンペーンを打ち出したり。
母はいつも
「このゲームの運営者は、私の課金したい気持ちをくすぐるのがうますぎるねん。」
と笑いながら話している。
課金という行為を、運営者との駆け引きのように楽しんでいる母の姿は、
とてもユニークで面白い。
母の生き様から学んだこと
この母の生き様から、私が学んだことがある。
それは、
「どんなことでも楽しんだもん勝ち!」
というシンプルな真理だ。
私はパワースポット巡りやカフェ巡りが趣味だが、
それも母のスマホゲームと同じこと。
自分にとっての「楽しい」を見つけ、それをとことん追求する。
それが、人生を豊かにする鍵なのだと確信している。
年齢や世間の常識にとらわれず、自分の「好き」を素直に楽しむこと。
それはとても素晴らしいことだ。
そして、その「好き」に、お金をかけることすらも「楽しい」に変えてしまう母の生き方は、本当に魅力的だと思う。
私も母のように、自分の人生を心から謳歌できる人間になりたい。
そんなことを、スマホを片手にゲームをする母の背中を見ながら、
しみじみと思った無職生活157日目( *´艸`)
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!