《時計塔を背に、まだ許していない猫》🎀🏛️
石像絵本『まだ、ゆるしていない猫』
博物館のいちばん奥。
時計塔の街を背負う、白い大理石の猫がいる。
腕はぎゅっ。
しっぽは「?」。
その名は、
《不機嫌と恋情の寓意》
でも、みんなはこっそり呼んでいた。
「まだ、ゆるしていない猫」
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1
昼の猫は、石だった。
子どもが鼻をのぞいても。
先生が三十分話しても。
警備員さんが、
「今日もご機嫌ななめですね」
と言っても。
ぴくりとも動かない。
もちろんだ。
石像だから。
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2
ところが夜。
大時計が十二回鳴ると、
カチ。
右耳が動いた。
コリ。
首が動いた。
そして、
むすっ。
顔だけは、昼と同じ。

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3
猫は台座を降りた。
大理石なので、
ゴトン。
一歩ごとに、
ゴトン。ゴトン。
ぜんぜん忍び足ではない。
でも本人は、
とても静かに歩いているつもりだった。
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4
台座の横に、小さな箱がある。
モザイク模様の古い箱。
金色の文字で、
RE-ENTRY TICKET
その下には、
有効期限:忘れるまで
箱のふたには、時計塔と、遠い港の絵が描かれていた。
猫は毎晩、箱を見る。
そして、ふたの上に前足を置く。
今日も切符はない。
「……まだなのね」
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5
猫が怒るわけを、
誰も知らない。
王様のせい。
失恋のせい。
晩ごはんを忘れられたせい。
いろんなうわさがあった。
けれど猫が毎晩、箱を確かめることを知る人は、いなかった。
箱の中には、昔、誰かと半分ずつ持っていた切符が入っていた。
三つめは、
かなり本当らしい。
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6
猫は窓辺へ行った。
窓の向こうに、小さな石の街。
屋根。
煙突。
細い路地。
遠くに時計塔。
その時計塔の下には、昔、旅人たちが集まる駅があった。
そこは猫が石像になる前に、
暮らしていた街だった。
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7
昔、猫には約束した相手がいた。
雨の降る朝、相手は猫の首に赤いリボンを結び、切符を一枚、手渡した。
切符には、二人の名前が並んでいた。
「先に行って、席を取っておくね」
相手はそう言って、
「また、ここへ帰ってくる」
と笑った。
猫は駅の時計が十二回鳴るたび、窓辺で待った。
一日。
一年。
百年。
待ちすぎて、
美術館に入った。
それでも、切符だけは捨てなかった。
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8
だから猫は、
まだ許していない。
帰ると言ったのに。
何度も時計を鳴らしたのに。
それでも、
大きらいではない。
胸の前の腕は、
ぎゅっと組んだまま。
それでも少し、
ほどけるすきまを残していた。
赤いリボンを結び直してもらうために。
帰ってきたときのために。
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9
その夜。
大時計が十二回鳴ったあと、
箱の中で、古い切符がかすかに震えた。
カタ。
猫は耳を澄ました。
遠い駅の発車ベルのような音が、博物館の奥まで届いた。
そして、
コトン。
箱の中に、
一枚の切符が落ちた。
猫は三秒、固まった。
石像なので、
固まるのは大得意だった。
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10
切符には、
ひとことだけ。
昔、相手が使っていた、少し右上がりの文字で、
「ただいま」
その下には、小さく、
「待たせてごめん。今度は、となりにいる」
と書かれていた。
猫のしっぽが、
「?」から、
ゆっくり、ゆっくり、
ハートの半分になった。
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11
「……遅い」
猫は言った。
それから、切符を胸に抱いた。
「……でも、帰ってきたのね」
大時計が、
一回だけ鳴った。
まるで、
「それな」
と言うように。
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12
翌朝。
学芸員さんが首をかしげた。
昨日までぎゅっと組んでいた腕が、
ほんの少し、
ほどけている。
首元には、いつの間にか古い赤いリボン。
台座の上には、
二人分の名前が並んだ切符が一枚。
展示名の札も、
なぜか変わっていた。
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最終ページ
夜。
窓辺に立つ猫の隣に、
いつからか、もうひとつ影があった。
誰の影なのか、
猫は言わない。
ただ、ぎゅっと組んでいた腕が、
ほんの少しだけ離れている。
窓の外で、時計塔が十二回鳴る。
猫のしっぽが、
「?」
から、
ゆっくりと、
その影のほうへ伸びていく。
触れる直前で止まり、
それから、
そっと、となりに寄り添った。
影は何も言わない。
猫も、まだ何も言わない。
けれど二つの影は、
朝まで離れなかった。 🐈🌹🗿

