見出し画像

本音と口実

あなたは本音に素直?それとも口実がある方が楽?

照れや恥ずかしいこと
後ろめたいことや罪悪感が沸くこと
責任があることやリスクがあること
めんどくさいけどやらなきゃいけないこと

普段の何気ないことから
目の前の向き合っていることまで
様々な場面で本音と口実を使ってる気がする。

それは、対相手でも、自分自身の中でも。

口実があると、何が楽かと考えると…
一旦落ち着くんだと思う。

本心で思っていることは、たくさんある。
知識で理解していること、
感性で感じていること、
社会通念上の正しさ。

これらのバランスを、正直な心で一度に整理するのはとてもしんどい。

だから、口実というラベルを貼る。
すると、自分自身に対しても、他の人に対しても
説明がつく。
一応の納得ラインができる。
暴走している頭の考えや、グルグル回路が、いったん止まる。
止まるというか、仮置きのような感じがする。

逆に、
どうしてもやりたいこと、
自由に選択できる場面、
自分への信頼、
楽しくって止まらない。
こういう時は本音で走れる。
止める必要がないからだ。

自分自身へも、他者に対しても、
言い訳じみた余計なものを置かずとも
まっすぐ最短で
余計なところにエネルギーを回さずに進んでいける。

きっと、その状態が
最大の力で
いいパフォーマンスや創造、
いい取り組みができるのだろう。

では、なんで口実が必要なのか。
決して本心を隠したい、否定したいという
ネガティブ感情からだけではないだろう。
それを含む、様々な対立感情、状況、葛藤は、
小さくとも、無数にある。

心配、責任、繊細、欲求、安心、自尊心、見栄、防衛

心の様子を言葉にして並べると様々な言葉が出てくる。
それらのベクトルが同じ方向に向いているもの、
互いにぶつからないもの、
それを持っていて安心のものだと、
本心で進むことができるのだろう。

もしくは、別ベクトルであっても、
腹落ちしている状態、
納得している状態等、
すでに、心の中で整理されていたり
仮置きされていたり…
つまり、それぞれが勝手に暴走していなければ、
決定も行動も、わちゃわちゃしなくて済みそうだ。

自分に対し、言い訳じみた口実が必要な時と、
本心は明確だが、純粋に他者に見せる顔としての
口実もあると思う。

自分の道に進むのに、
他者によってエネルギーを奪われることは、
私にとって、望ましくない。
立ち止まることや、気付きのある関りはとても貴重だ。
しかし、悪意の有無にかかわらず、
他者によって心をすり減らされたり、
エネルギーを配らないと暴れられる、
エネルギーを吸い取られるような感覚になるならば、
そこに無防備に自分を置いておく必要はないと思う。
これは、相手に対する冷たさではなく、
自分を守るために、必要なことだ。

だから、本心をすべてさらけ出す必要もない。
手の内、心の内を出すことは、相手への餌にもなるうるからだ。

相手を喰うほどの、オーラやパワーがあるなら、
もしくは、相手を意に介さず、無邪気に突き進めるのなら、
話は別だ。

むしろ、そうでありたい。

本音で生きることは、強い。
だからと言って、口実を使わないことが正義でもない。

他者の中で生きていく人生。
様々な環境の中で向き合う自分。

相手が何であっても、前に進むために理由が必要なら
存分に使って構わないと思う。
もちろん、口実のはずがいつの間にか事実になることもあるだろう。

人生何が起こるかわからない。
でも、自分が前に進めようとしなければ、状況が変わらないのも事実だ。

休息も食事も、仕事の進め方でさえ、
時に口実は必要だと思う。

使い方とタイミングさえ間違えなければ…






【最後にちょっと宣伝】
等身大の自分でYoutubeやXでの発信をしてますので覗きに来てくれたら嬉しいです。また、配信ではできない個人的な悩みのご相談をお聞きするカウンセリングも承ってます、あなたの価値観を大切にしてます。お気軽にご予約くださいませ🍀
 では、また次の投稿でお会いできると嬉しいです(*´▽`*)
 よい一日をお過ごしください🍀

いいなと思ったら応援しよう!